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知能の高い赤ん坊の作り方

作者: 春名功武

 正六角形に改造したベッドの上で、妻は裸で横になっている。その裸体の腹部には地球を表す大きな丸い円がペインティングされてあり、それを囲むように呪文の文節が何重にも書かれてあった。


 ベッドの六隅にローソクを置き、火を付けた。暗かった寝室が神秘的に照らされる。


 ワタシも裸になり、腹部に太陽のペインティングをした。そして、ニンニク、バナナの皮、アワビ、干乾びたトカゲ、ブタの顔、孔雀の羽、タツノオトシゴ、鹿のペニス、虎の睾丸、猿の精液、1万円を3枚、全てミキサーで粉末にして、生卵と牛乳を入れて飲んだ。


 先程、妻も同じ物を飲んでいる。ワタシは置時計を見て、妻においかぶさった。あと15分。日の出と同時に妻の中に射精をしなくてはならない。


 2週間前、ワタシは出張でエジプトの辺鄙な町に行っていた。たまたま入った古惚けた骨董品屋で、奇妙な絵柄の本が目に留まった。男と女が交わる絵であった。


 三流のポルノ小説などではないことはすぐに確信した。ずっしりと重たそうな分厚い表紙に、力強いタッチで描かれたその絵の2人は、男女というよりオスとメスという動物的な荒々しさが感じられた。


 エロチックであるのにも関わらず、何処か神秘的で、気品さえも感じられた。ワタシは吸い込まれるようにその本を手に取り、ゆっくりと中を開いた。


 左側のページには象形文字で文章が書かれてあり、右のページには古代エジプト語で訳が書かれてあった。仕事上、エジプト語は分かるので、大まかではあるが理解が出来た。


 題名は「知能の高い赤ん坊の作り方」。理論、見解、説明などが挿絵と共にギッシリと書かれてある。


 ワタシは面白半分で立ち読みをしていたのだが、結局、出張最終日に購入した。ワタシはその本を日本に持ち帰り、エジプト語の辞書を片手にその本を読み始めた。


 結婚して3年。そろそろ子供が欲しいと思っていたから、すぐにのめり込んだ。どうせ子供を作るなら、知能が高いに越したことはない。もしこの本が出まかせで、一般的な知能の子供が出来たとしても何の問題もないわけだし、試してみても損はないというわけだ。


 ワタシは妻に説明し、納得してもらい今晩実行に移している。


 ワタシは見事に日の出と同時に射精した。朝日が成功を祝福しているかのようにキラキラと輝き眩しかった。


 3週間が経ち、妻が妊娠している事が分かった。本当に知能の高い赤ん坊が宿っているかどうかは分からなかったが、ワタシたち夫婦はお腹の中の子の為に精一杯尽くそうと決めた。


 脳は、一般的に3歳ごろまでの成長が重要だと考えられている。幼い頃の脳は柔軟で、高い吸収能力や順応能力を持っており、幼い間に教育を開始した方が脳の活性化を高められると言われている。ワタシは、それならば胎児のうちから教育を始めようと考えた。


 妊娠5カ月。妻は円盤状になったスピーカーをお腹に当てると、マイクを手にして新聞の朗読を始めた。胎児は妊娠5ヶ月頃から耳が聞こえ始めるので、妻の声は届いているはずだ。


 ワタシも手伝いたかったが、胎児の心拍数は、お母さんの声を聞くことで上がるが、父親を含む他人の声では逆に下げてしまう事が分かっているから、こうして見守る事しか出来ないのだ。


 家のチャイムが鳴った。ワタシは玄関のドアを開けて、お腹の子の為に雇った家庭教師を家に招き入れた。


 家庭教師にはあらゆる分野の専門家を揃えた。歴史学者、科学者、数学者、医学者、テクノロジーの専門家、人間学、宗教学、テレビで活躍中のジャーナリストまでいる。


 もちろん、語学の方も抜かりはない。英語、スペイン語、フランス語、中国語、アフリカ奥地の秘境に住む先住民族の言葉なんかも一応習わせている。人生何が役に立つか分からないものだ。


 今日来てもらった家庭教師は、科学のスペシャリスト。高度で分かりやすい授業が始まる。妻は授業内容をお腹に当てたスピーカーを使い、胎児に伝える。


 妊娠6ヶ月。妻が「胎動」を感じ始めた。最初は何の脈略もなくポコッ、ポコッ、とお腹を蹴っているだけだったが、最近では家庭教師で雇っているクラシック演奏者の曲にリズムを取るように、ポコッ、ポコッと蹴ってくるのであった。着々と脳が発達しているようだ。


 出産予定日。妻は分娩台の上で陣痛に耐えていた。必死に何度も何度もいきむ。ワタシは立ち会い、妻の手をしっかりと握りしめている。ついに赤ん坊が生まれるときがきた。ワタシは既に感動している。


「もうすぐですよ。はい、いきんで」

助産婦がかん高い声で妻に言った。ワタシの手を痛いぐらい握りしめ、妻は精一杯いきむ。

「さあ、出て来てくれ」


 しかしどういう分けか、陣痛の間隔が短くなり「もうそろそろですよ」と言われてから12時間が経つというのに、頭さえ見えてこない。かなりの難産らしい。


 助産婦は顔を曇らせ、バタバタと慌しく動いていた。只ならぬ雰囲気が分娩室に広がっていた。ワタシは不安になり、助産婦に聞いた。

「何かあったんですか?妻と子供は大丈夫なんですか?」


 助産婦は難しい顔して言った。

「先程、一瞬頭が出たんですが…また、入ってしまって」

「また入った?」

「それがね。何だか、赤ん坊が出たがっていないようなんです。ほら、これエコー写真」


 助産婦から手渡されたエコーに写っていたのは、まるで出てくるのを拒んでいるかのように、赤ん坊が必死にヘソの緒にしがみついている姿だった。「嫌~」という声が聞こえてきそうだった。


 その瞬間、ワタシの頭の中におぞましい映像が次々と溢れ出てきて、息の止まる思いだった。


 戦争、環境破壊、自然災害、未知のウイルス、殺人、自殺、横領、詐欺、差別、理不尽な人間関係、いじめ、嫉妬、ねたみ、裏切り、嘘……。 


 赤ん坊は、まぎれもなく天才児だ。生まれてくる前にして、すでに世の中を知り尽くしてしまったんだ。


「そうだよな。こんな世の中に出てきたくないよなぁ」


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