第2話 アトモス公国を目指して
ーーローズさんの家で、暫く待つと彼女は大きな荷物を肩に担いでいた。
それは黒っぽい革製のカバンみたいなものだった。でも紐が取っ手。
更にそれをハウザーさんに渡した。
ハウザーさんは何も言わず……受け取った!?
あらら……完全な荷物持ち。しかも文句ひとつも言わない。表情すら変わらない。
なんなの?? この関係。
「ローズさん。僕も行きます。」
「アンタは留守番。フェニックスの面倒を、誰が見るんだ? 」
カイルさんは後ろで心配そうな顔をしている。へー、お供なのかな?
「ですが……僕がいないと“酒を飲みすぎ”ますよね? 迷惑かけますよね?」
は……??
私達……、ミリアと飛翠たちは、目を丸くしていたであろう。
迷惑?? と言うよりも心配なのは、そっちかい!!
「大丈夫ですよ。カイルくん。ハウザーがいます。付き合いますから。」
さらっと言ったのはネフェルさんだ。
「へ? 勘弁してくれよー。あ! ライア! お前なら酒飲めるだろ?」
無茶振りしだした!! くるっと振り返ると、飛翠の脇にいるライアさんに、そう言ったのだ。
「ん? あームリムリ。オレ飲めねぇもん。飛翠は?」
「飲まねーよ。」
ライアさん……彼は、未成年です。それにケンカはするけど、酒とタバコには手を出さない荒くれ者なんです。
その分……女の娘は手当り次第だけど。
「強そうだけどな。」
「よく言われる」
まじまじとライアさんは、飛翠を見ていた。
ライアさんの方が、とってもお酒強そうだけど。飲まないんだー。と、私は思っていたのだ。
「酒の相手ぐらい幾らでもいるだろ。ねー? ネフェル。」
ローズさんはにやっと笑いながら、ネフェルさんを見たのだ。
「嫌です。癖強いんで。」
はっきりと拒否した! ネフェルさんが。あの優しいネフェルさんが!!
はぁ。ローズさんはため息ついた。
「あっそ。まーいい。さっさとしな。行くよ」
と、ローズさんは玄関に向って歩きだしたのだ。う〜ん。なんとも強い人みたいだ。でも、引退してからもこうして、元部下に頼られるんだなぁ。それは、凄いかも。
お家を出ると、金色のフェニックス。二羽が門の所で待っていた。
なんだかにこにこしている様に……見えるけど?? 鶴の顔が。
でもローズさんは、二羽の前に立つと
「留守番だ。頼むよ」
と、そう言った。
するとどうでしょう!? フェニックス二羽は途端にがっくり。と、項垂れたのだ。
すごい! 言葉わかるんだ! それにこのリアクションの強さ。もう見てわかる。残念! 無念! なんで置いてくの!! と、言わんばかりだ。
長い首をもたげてしまった。
「カイル。頼むよ」
「はい。ローズさん。飲みすぎないでください。」
カイルさんはとっても微笑ましい顔で、念を押したのだった。ローズさんは、ひくひくと顔を引き攣らせていた。
▷▷▷
漁村ーー……恐るべしっ!!
なんですかっ!? これは!
そうです! 私達は只今! 海列車に乗っているのだーーーっ!!
本当は叫びたい! この爽快感っ!! ハンパない!
海の上を走る列車ですよ! こんなの見たことない! 実際に乗ってみるとそれはもう爽快!
不思議なのは波が立たないのだ。まるで水面を滑るアイススケート! そんな感じで、海列車は走る!
赤と青の機体。何で出来てるんだろう? 鉄??
真四角なボディで4両編成。運転席のある車体。そこにエンピツみたいなカタチの煙突。そこからもわもわっと白い煙を、吐き出して走ってます。
アレがない。タイヤ。ソリみたいになってるのかな?
「つーか。スゴくね? 沈まねーし波の上を走ってるぞ。」
はい! きました! 飛翠くんはもうお子様みたいです。目がきらっきら!
「すげーよなぁ。浮かんでるみてぇじゃねーか?」
ここの世界の人のはず。その隣で賑やかなのは、ライアさんだ。窓から顔まで出してます。
海の上を走ってるからか、ちゃんと窓がある。ガラスなのかな?
辺りは閉まってるけど、ここだけは全開! 運転席のすぐ脇。男達。スフィトくんとクライブくんまでもが、四角い窓の傍で大はしゃぎだ。
修学旅行か!
「困ったものだ。ガキ!」
ミリアはベンチシートに座っている。
中もカワイイ! 青い壁に紅いベンチシート。しかもふわっふわっ! 毛じゃないのにふわふわ!
お尻がとても気持ち良い。
「ここからだと見えませんが、水面は氷になるんです。それが“道”になり、海面を走る事が出来るんですよ。」
ネフェルさんはそう教えてくれた。
「えっ!? 氷!?」
私は思わず立ち上がった。
飛翠の隣で窓から海面を覗く。
「見える?」
「飛沫しか見えねー。あ。でも音は滑ってるみたいな感じか。風の音が凄すぎて良くわかんねーな。」
波を掻き分けてはいないのだが、飛沫は上がっている。あ。でもこれは氷を削ってるってこと!?
「完全なアイススケートじゃん。」
「白氷石か?」
私と飛翠は必死で海面を覗くが、氷になってるのは見えない。
通り過ぎた後を見ても、波が静かに漂ってる。
「ネフェルさん。白氷石の力なのになんで、海は凍らないの?」
私は顔を戻し、ベンチシートに座るネフェルさんに聞いた。
「このスピードと瞬間的凍結。そう力を制御しているからですよ。海はその為、列車が通り過ぎると水で覆う。薄氷なので溶けます。」
ネフェルさんはそう教えてくれたのだ。
「……原石は他に何だ? 火じゃねーんだろ?」
飛翠がそう言うと
「ええ。碧風石。風を使ってます。この列車は風で動き、氷を滑って走る。」
ネフェルさんはそう言った。
うひゃ〜〜。すごい。恐るべしっ! 魔石!! しかも自然を大切にしてるのね。
「マジか……」
飛翠は窓から顔を出していた。風は確かに強い。新幹線とまでは行かないけど、相当速いよね?
飛翠の黒髪がばっさばっさ揺れてる。
因みにトープからこの海列車で、アトモス公国まで行けると言うんだから、驚きです。
ローズさんに会わなかったら、この列車に乗る事は出来なかった。
あ! そうだ!
私は足くんで座ってる美しい女性。ローズさんの隣にちょこんと、座った。
「なに? 観光はもういいの?」
ローズさんはちょっとキツい言い方するけど、別に怒ってる訳じゃないみたいだ。
さっき。私がこの列車に乗るときに、躓きそうになったら
『前を見ろ! アブないね!』
と、言いつつも引っ張ってくれたのだ。優しいのだ。きっと。
飛翠には呆れられたが。
「観光はいいです。あの。フェニックスって魔物なんですか?」
そうだ。気になっていたのだ。
「ん? ああ。そうだよ。でも魔物だけど、人間よりなんだ。アイツらは夫婦で、戦争の置き土産だ。敵陣の飼い主が死んでね。あたしが預かった。」
ローズさんは少しだけ悲しそうな顔をしていた。
魔物にも色々いるんだ。知らなかった。
「“鳳凰山”が巣なのさ。群れで棲んでて、あいつらも返そうかと思ったんだけど。どうにも人間慣れし過ぎててね。野生には帰れない。だから面倒見てるんだ。」
そうなんだ。巣があるんだ。なんかあんな金ピカなのが、たくさんいるのもあまり……見たくないなー。
「人間に飼われると……そうなりますよね。」
変わらないんだな。魔物も。
「そうね。ま。色々いるよ。」
ローズさんは膝の上に肘をつくと、頬杖ついた。
「……あの、カイルさんは家族なんですか?」
「ん? あー。そうね。そんなモンね。アイツも戦争で拾ったんだ。何処にも行く当て無さそうだし、戦士には向かないし。」
ローズさんはそう言うと、くすっと笑った。思い出したかのように。
「でも生きたそう。そう見えたから拾った。」
生きたそう??
「……どうゆう事ですか?」
私は聞いていた。何故か。
「戦争で人の死を見ると、負の感情に持ってかれるんだ。そうは思ってなくても、呑み込まれる。わかりやすく言うと、言葉は悪いけど、流される。だね。」
ローズさんは手を開いた。
私はその手がぎゅっ。と、握られたのを見ていた。きっと……この手は、たくさん戦ってきたんだろうな。長い指だけど……。骨はやっぱり太い。
手も軟弱じゃないし。
色んな人を見てきたんだろうな。このコスモス色の眼は。
「強い気持ち。それが無いと勝てない。戦争ってのはちょっと特殊だ。魔物と戦うのと訳が違う。カイルはその中でも、呑まれなかった。」
ローズさんの横顔は、とても凜としていた。キレイだった。
「そうなんですね……」
強い気持ち……。
私は言葉で思うだけしか出来なかった。ローズさんは、きっといろんな人を見てきたんだろうな。
真っ青な海を走る海列車。私はその外を見ながら、戦争になったらどうしよう? と、不安でいっぱいだった。
何とかならないのかな? 話し合いとか。
ムリだよね。きっと……。怖いな。