第4話 ササライ鉱山▷▷空洞での遭遇
ーー蒼く光る一筋の太刀筋。
それは横一直線に、私達に向かってきた様に見えた。
「蒼華ちゃん!!」
カルデラさんが、私の前に立ちはだかったのだ。
銀の鎧を着たカルデラさんの背中だけが、見えた。
「カルデラさん!!」
私はその巻き起こる閃刃のなかで、叫んでいた。
とにかく何かが向かってきていたこと。
それだけしかわからない。
突風の様に感じたその風が、止む。
私はカルデラさんの後ろで、静かになったのを感じた。
「腐っても騎士。なるほどな。」
サデューの声が聞こえる。
カルデラさんの後ろ姿を見上げた。
ふと、剣を降ろすのも見えた。
「サデュー殿。そなたが王を護る様に、ワシは“罪なき民”を護る者でもあると、心得ている。通して頂きたい。」
と、カルデラさんはそう強く言った。
だが、その身体はぐらっ……と、前屈みになった。
「え?」
私の目の前で、カルデラさんが膝をついたのだ。
立て膝をついてしまった。
「カルデラさん!」
カルデラさんに、私は即座に近寄った。
しゃがみ込むカルデラさんは、少し痛そうな顔を、していた。
お腹の辺りを手で押さえていた。
「大丈夫じゃ。“衝撃波”でな。傷はこの鎧のお陰で、負ってはいないが……反動を受けるでな。」
地面に剣を置き、カルデラさんは苦しそうにしながら、そう言ったのだ。
「でも……しんどそうだけど! 大丈夫なの!? 私を庇ったからだ……。ごめんなさい!」
悲しくなってしまった。
こんな苦しそうなカルデラさんの顔は、見た事ない。
私は隣でカルデラさんの背中を擦った。
「大丈夫じゃよ。」
やっぱり痛いのかな? 力の無い笑いなんだけど……。
と、カルデラさんのオレンジ色に近い瞳は、隣を見ていた。
私もその視線に目を向けた。
飛翠がグリードさんと話をしていた。
「グリードが庇ったのだ。飛翠くんも“衝撃波”には、慣れておらんからな。」
と、カルデラさんはそう言ったのだ。
「グリードさん……」
私はグリードさんが、飛翠の前で笑っているのを見ると、そこになんか“友情”みたいのを感じた。
飛翠もとても嬉しそうだったからだ。まるで“友達の隼人くん“と、話をしてる時みたいだ。
だが、ふと私は心配が過ぎった。
「あ! ラウルさんは?? 鎧着てないよね??」
私はラウルさんの方を見た。
が……、全くもって平然と立っていた。
心配そうにコッチを見ている。
「カルデラさ〜ん。なまったんじゃない? 反応鈍いよ。」
と、思ったのだが、そう笑ったのだ。
なんかスゴい。よくわからないけど、スゴい。
全然! 平気そうだ。
カルデラさんは、剣を持つと地面に手をつきながら立ち上がった。
「ラウル殿は“鍛錬”を怠らないからな。そこは感心するところじゃ。」
笑ってそう言ってるけど……。
なんか皆、すごすぎる。私には……理解できない。
あんな“カマ”みたいなのが、飛んできたのに……無傷だし。
それに人を庇う事もできるなんて。
私なんて、ただ圧倒されてただけなのに。
キェェェェェッッッ!!!
その時だったーー。
その雄叫びみたいな奇妙な声が、聴こえたのは。
その直後だ。
空洞の上空から、バサッバサッと大きな羽音が聴こえたのだ。
「え? なに?」
急に辺りが暗くなった様な気がした。
上を見上げると、大きな身体をした者がいた。その身体と羽で、陰ったことを知った。
「なに? なんなのあれ?」
身体が真っ赤!!
「“炎龍”か。引くぞ。」
え!?
サデューがそう言ったのだ。
なに? ドラゴン??
兵士たちが慌てた様子になっていた。
でも、ドラゴンとやらは降りて来ながら、炎を吐いた。
真っ赤な火炎放射みたいな炎だった。
「うわ!」
「逃げろ!」
兵士たちは逃げ惑う。
静かだった空洞が、一気にパニックホラーになってしまった。
「いかんな。炎龍など、相手にはできん。」
カルデラさんの声が聴こえたけど、私は目の前で火炎放射から逃げる兵士たちに、目を奪われていた。
「急げ! ここから出るぞ!」
サデューの声が響いた。
怒鳴っていた。
余裕そうな顔ではない。その感じから……私はこれが、とてつもなく“ヤバい奴”である事を知った。
「カルデラ。運が良かったな。炎龍に、喰い殺されるのも騎士としては、“名誉”だろう。」
サデューはそう笑うと、兵士達を引き連れて空洞から出て行ったのだ。
ドンっ!!
と、音がした。
地面が揺れた。
目の前には真っ赤な身体をしたドラゴンがいた。
いつの間にか……降りて来ていた。
口から火を吐いてる。
それも上に向けて。
あれはなに? 威嚇??
「うわ〜……。なんでまたこんなのが、出てくるかね。ホント。蒼華ちゃんと飛翠くんは、“寄せコンビ”だね。」
ラウルさんは、剣を構えながらそう言ったのだ。
とてつもなく……バカにされてる気が、したけど……それどころじゃない。
私は産まれて始めて“龍”と言うのをみたのだ。あの……“月読”で、見た本にそう言えば……火を噴く龍の絵が描いてあった。
なんとなくそれを思い出していた。
「え? コイツらが“呼んだ”のか? すげーんだな。お前ら。」
グリードさん……。そんなワケないでしょう。
「そんなワケねーだろ。」
私の心の声を代弁してくれたのは、飛翠だった。やれやれ。とでも、言いたげな顔でため息までついた。
うんうん。と、私は大きく頷いた。
にしても……デカっ!!
私は目の前にいる炎龍とやらを、まじまじと見てしまった。
本当に大きい。
“トカゲ”みたいな顔してるけど、どう考えてもトカゲじゃない。
それにコッチをじろっと見てるその眼!!
コワすぎ! 真っ赤な眼だ。
なんかめらめらと炎が燃えたえぎってる様な眼!
おっかないんですけど。
「か……カルデラさん。これはなに?」
私は思わずカルデラさんに、擦り寄っちゃったよ。コワいんだもん!
「龍と言う種族でな。このイシュタリアでは、“神”として崇められてる者たちだ。こんな所で出会すとは。」
カルデラさんの横顔は、思いの外……苦渋だ。
と言うか……ビビってる。
「え? 神なのになんでそんな……コワいやつなの?」
私は聞いてしまった。
余りにもビビってる様な感じがしたからだ。
「神は言い過ぎでしょ。カルデラさん。コイツらはただの“暴れたい奴ら”だよ。まあ。一目置かれてるのは当たってるけどさ。」
と、ラウルさんはそうは言ってるが、やっぱりどこか渋い顔をしていた。
「ヒトガ……偉ソウニ吠エルナ……」
え!? 喋った!?
しかもドス効いてて響くんですけど。
「龍ってのは“悪”なのか?」
おいこら! また挑発する様な事を言うんじゃないよ! この毒舌オトコ!!
私は飛翠のすっとぼけたその声に、思わず睨んじゃったよ。
「ああ。簡単に言っちまえばそうだ。人間とは“色々あった”みたいでさ。こいつらは“人間”を目の敵にしてんだ。だから、よく襲う。」
グリードさんまで……。
誰か止めて。この“ワルガキコンビ”みたいなの。
真っ赤な眼が睨んでるし、口元がひくついてる。
そこから牙なんかも見えちゃって……。
あ〜……おっかないんですけど!?
「“恐れられる存在”は、神として等しい。間違いではない。」
カルデラさんは、剣をしまった。
えっ?? しまうの!?
この状況で??
カルデラさんは、頭を低くしてコッチを睨みつける、大きな紅いドラゴンの前に立った。
「すまんのう。こんな所で会うとは思ってもみんかった。ワシらも色々とあってな。お主と一戦交えるつもりは毛頭ないのじゃ。ここを抜けたいだけなのだ。」
なんて勇敢な人!!
臆することなく両手を広げ、まるで戦意が無い事を主張するかの様に話していた。
私は……凄い人だと、本当に思った。
こんな怪物を目の前にして、堂々として……しかも、話し合いをするなんて。
今まで見た魔物たちより、遥かに大きなドラゴンを前に、私は動く事も出来ないのに。
人間の器の大きさを感じていた。
この広い銀の背中に。
ドラゴンは、カルデラさんから頭を反らすと、炎を吐いた。私達の方ではなく、あっちの方向だ。
ため息にしては大きな火の息だ。
頭が動くと、大きな翼まで動く。
もう“ジュラシック”な世界に、飛び込んでしまったみたいだ。
ティラノサウルスっほいし。
それに、歩み寄ったカルデラさんは、何とも……“勇ましい”
父親みたいだ。
「スゴいです。こんな間近で、炎龍を見たのは、始めてです。」
と、そこに“怖いもの知らずな声”が。
その声に私は横を見た。
ん? 誰もいない。
ああ。下にいた。
白いわんこのシロくんだ。
そうだった。シロくんは私の腰ぐらいの背だった。
周りがデカいのばかりだから、ついつい見上げる癖がついてしまった。
「そうなの?」
まー。きらきらした目をしてること。
「はい。蒼華様は見た事ありますか?」
「ありません。私の世界にはこんなのいません。いたらパニックホラーで、大騒ぎです。」
きらきらした目でおっかない事を、言われてしまった。
こんな大きな恐竜みたいな“ドラゴン”が、街中うろついたら大パニックですよ。
それはそれは。
「騎士ニ……戦士。オ前ラノチカラトヤラ……見セテミヨ。」
え??
炎龍は、突然そう言うと、火を噴いた。それはカルデラさんに向けてだった。
「カルデラさん!!」
私は真っ赤な炎に包まれるカルデラさんを、見て叫んでいた。それはもう燃え盛る炎だ。
だが、カルデラさんは
「やはり無理か。」
と、炎に包まれながらそう言ったのだ。
え!? 大丈夫なのっ!?
炎ですよ!? 凄い勢いで燃えてますが!
銀の鎧を着たカルデラさんの、全身を包む炎。けれど、カルデラさんは、その中で剣を抜いた。
「王国騎士カ……“加護”ヲウケタ厄介ナモノタチ。」
加護?? え? どうゆうこと??
ファイアードラゴンは、何だかとてもしかめっ面だ。それにその鱗のついた鼻辺りが、シワが寄ってる。
これは怒ってます。的な顔だよね。きっと。
「お主らの様な“者達”がおるでな。王国騎士は、皆。魔道士から“加護”を受けておるわ。今は少し“感謝”じゃな。」
カルデラさんの全身を包む炎が、消える。
ファイアードラゴンは、カルデラさんではなく私達の方を見たのだ。
「面倒ダ。全員デ、カカッテコイ。」
その眼はギラギラしていた。
「あ〜……やっぱ。そうなるか。飛翠くん。グリードくん。気をつけなよ。」
と、ラウルさんは剣を構えた。
「蒼華ちゃんは、俺達の後ろにいた方がいい。それにそこで“何か嬉しそうなシロくん”も。」
と、その碧の眼が私とシロくんに向けられた。何処と無く呆れた顔で、シロくんを見てる。
シロくんは、さっきから“目が輝いてしまってる”。それに、すごいなぁ。大きいなぁ。などと、ぶつぶつと言っているのだ。
「飛翠。俺の後ろにいろよ。俺ら“コボルト”は、火属性に強いんだ。盾になってやれるぜ。」
グリードさんの勇ましい声が聞こえる。
「そんなのもあんのか? 奥が深けーな。コッチは。」
飛翠はそう言いつつも、全く下がろうとしない。
この御方の怖いもの知らずは、気狂い並みだ。
それに何か……嬉しそうな顔してるけど。
「ドラゴンなんて見れねーからな。どんなモンだか興味あるな。」
好奇心と言うよりも、“力試し、腕試し”の気持ちが、勝ってる様だ。
なんなんでしょうか。この人は。ケンカじゃない。っつーの!
「致し方あるまい。炎龍。お手合わせ願おう。」
カルデラさんの声が、何だかとても“強く”聴こえた。
えっ!? 戦うの!?
ウソでしょ〜〜〜!!
どうやら……私達の旅とやらは、“波乱万丈”が憑き物の様だ。




