第19話 カナカナ山▷▷コボルト村
ーーカナカナ山からの帰り道。
下り坂は本当に恐かった……。
私はほとんど……飛翠とカルデラさんに、両脇抱えられ運ばれていた。
いつぞやの状態を思い出した。
イレーネ国に入った時だ。あの時も黒崎さんと、飛翠に抱えられていたのだ。私は。
そんな状態でも、私はおっかないので口だけは動かしていた。
気を紛らわせないと、この坂道を転げ落ちるんじゃないか? と、嫌な予感しかしない。
砂利で滑りそうだし結構……急斜面に見えてしまう。
「シロくん。頂上には何があるの?」
担がれる様な私を見つめるシロくんの、蒼い目は何とも“可哀相な人”に向けられる視線では、あったが、そこは気にしないでおこう。
転がるよりはマシだ。
「あの山の頂上には、“カナカナの実”があるんです。」
と、シロくんは言うとごそっ。と、ズボンのポケットから、黄色い巾着袋を取り出した。
かなり厚みあるからたくさん、入っていそうだ。それにシロくんの手より大きい。
テニスボールぐらいはある。
あのポケットは何でも入るんだな。
左側にはコカトリスの黄色い羽根が、たくさん突き刺さっている。
「カナカナの実?」
私は殆ど足を浮かせている。
何しろ飛翠もカルデラさんも、大きいので。
完全な“カゴ持ち化”している。
「カナカナ酒の“原料”じゃよ。蒼華ちゃん。」
と、教えてくれたのはカルデラさんだった。
カナカナ酒??
「あー。カルデラさんが飲んでたお酒ね。アワのあったビールみたいなヤツでしょ?」
私は、アムズの宿屋のお店でカルデラさんが、口元を白い泡だらけにしていた事を、思い出したのだ。
「ビール?? はて? なんだね?」
と、カルデラさんはオレンジの瞳を丸くした。右腕で軽々と、私の脇を抱えながら。
「あー。お酒。“麦酒”って言えばいいのかな? 泡があるんだ。」
私は当然のことながら、お酒は飲まない。けれど、父親が飲んでいた事を思い出した。
「ほぉ? 麦酒とな。どんなものなのだ。」
カルデラさんは意外にも、興味ありそうだ。あ。お酒が好きなのかな? なんだかとってもにこにことしている。
「苦味がある酒だ。」
と、飛翠が答えた。
この方も軽々と、左腕で私を運んでいる。文句を言いたそうな顔はしているが、これは諦めている様子だ。
ほぉほぉ。と、カルデラさんは頷く。赤みはあるがオレンジ色に、近い顎の髭が揺れる。
「“カナカナの実”はお金になるんです。お酒の原料ですから。これを僕は“アムズ”に行って売ってお金にするんです。」
と、白い巾着袋を開けるシロくん。
真っ白な紀州犬に近い顔をした犬だ。背格好は、小学生ぐらいだけど。私の腰元ぐらいの背だった。
今は……私が浮いているので、正確には測れない。
「これです。」
と、顔はとっても可愛いし、男の子みたいなんだけど、声は青年。
その手で摘んだ実を、見せてくれた。
「大きいんだね? どんぐりみたい。」
どんぐりのサイズぐらいある楕円形の緑色の実だ。なんかそら豆の色に似てる。
「どんぐり?」
と、私にその実を渡しながらシロくんは、首を傾げた。
あれ? クルミとヘーゼルがあるから……どんぐりもあるのかと、思ってたけど……。
「木の実だよ。どんぐりって言う。ないの?」
私は緑色の実を掴むと、鼻に近づけた。
柔らかかった。ちょっと力をいれたら潰れてしまいそうだ。
ぶにぶにしてる。
匂いもなんか香ばしい。
ポップコーンの豆を炒ったみたいな匂いだ。
「“バラノス”の事ですかね? 木の実と言うと……」
シロくんはそう言った。
「バラノス??」
蜂の巣? それ。
「バラノスはもう少し大きいじゃろ。それにカタチも三日月みたいだしな。」
カルデラさんが、そう言った。
ん〜……わからないけど、この世界の木の実も、私の知ってる木の実とは、やっぱり違うんだろうな。クルミとは言ってたけど、渋かったし。
「ああ。そうでしたね。それなら“フィトニ”ですかね? あれは丸いか。」
と、シロくんは私が渡した“カナカナの実”を、しまいながらぶつぶつとそう言ったのだ。
フィトニ?? なんだかパスタの名前でありそうだな。
▷▷▷
そんな感じで、運ばれつつ……“コボルト村”に帰ってきたのだ。
コボルトの村に入ると、ナガイさん。
つまりこの一族の族長と、若い衆たちが待っていた。
ナガイさんは銀色の眼をした白い犬だ。
シロくんとは、違いやっぱり狼犬みたいに見える。つまり、顔がおっかない。
「ほぉほぉ。帰ってきおった。」
鼻に乗せてある丸いメガネはレンズが、小さい。まるでルーペみたいだ。
大きなこの眼には、サイズが合ってない様に見えるけど。
「村長。」
と、前に出たのはシロくんだ。
「ん? シロ。お主はまた“カナカナ山”に行っておったのか? 危ないから行くな。と、申したはずじゃ。」
シロくんとナガイさんは、あまりにも体格の差がありすぎる。子供と大人……と言うより、リスとクマ? だね。
「これを。“コカトリスの羽根”です。この人たちは、ちゃんと“退治”しました。僕は見てました。」
と、シロくんは左のポケットから、コカトリスの羽根を取り出した。
束になってるその羽根をナガイさんに、見せたのだ。
お〜……
どよめくのは、若い衆たちだ。
蒼い法被姿のコボルトたちだ。彼等も、色んな犬の顔をしているが、獣感がやや強め。
ハスキー犬や、狼に似ている。
「本当に倒したのか?」
「あの風を操るコカトリスを?」
「凄いな。」
などと、ガヤガヤ。
ナガイさんの周りは、にぎやかだ。
皆……目を丸くして、私達を見ている。
ナガイさんは、シロくんの持つ羽根を一本。
取ると眺めた。太い毛むくじゃらの指でで掴むと、羽根の先が爪楊枝みたいだ。
「そうか。倒してくれたか。」
と、途端ににこぉっと笑ったのだ。
その目はとても丸くなり、顔もにこやか。
ここの人達は、キャラ変更が得意なのだろうか?
皆ーー、おっかない“野犬”から、一気にホーム犬の様に愛らしい顔になっていた。
つまり……顔がとてもにこやかだ。
しかも、拍手喝采。
「やるな〜」
「これで、カナカナ山に登れるぞ!」
「ああ。あそこは珍しく“風の魔石”が、落ちるからな。」
「カナカナの実も採れる!」
「原石採取も再開出来るな!」
などと、歓喜の声があがったのだ。
以前……魔石を持ってるのは、妖精が多い。と、カルデラさんは言っていたよね。
そういえば。
でも、魔物も持ってるんだっけ? この人達の喜び方だと、“希少”なのがわかる。
「ふむ。認めよう。お主たちは“罪人”ではない。」
ナガイさんはそう言って強く頷いたのだ。
「初めっからそう言ってるだろ。じじぃ。」
だが、隣の飛翠はすかさずそう言ったのだ。
とても不機嫌な顔をしていた。
気持ちはわかるんだけどね。
「カルデラ殿。我等“コボルト族”は、お主達の力になろうぞ。“アトモス公国”スレイヤ大公宛に、我からも書状をつかわす。罪人ではないと、申し伝える一文を、書こうではないか。」
と、ナガイさんはそう笑ったのだ。
すると、鎧騎士であるカルデラさんは、とても安堵した様子。
朗らかな顔になった。
「それは有り難い。“後押し”になるでの。ナガイ殿! とても助かる。」
良かった〜……。この世界で、私達が“偽物”だと言う事を、わかってくれる“理解者と賛同者”がいてくれるのは、かなり嬉しい。
「ありがとう御座います!」
私は余りにも嬉しくてナガイさんの、手を掴んでいた。にぎにぎと掴み、ぶんぶんと振った。
いきなりの事で、ナガイさんはギョッとしていた。だが、微笑んでくれたのだ。
「良い良い。グリード。お供せい。無事にアトモス公国まで、連れて行くのだ。」
と、ナガイさんはそう言ったのだ。
すると
「あの。村長さん。“僕も行きたい”です。」
と、シロくんがそう言ったのだ。
すると、わっはっはっは!!
と、若い衆はじめ……グリードさんまで、大笑いをしたのだ。
私はーー、その感じに少し“イヤな気持ち”になった。
それは、シロくんが“バカにされている”気がしたからだ。
「やめとけ。お前なんか行っても役に立たねぇよ。」
「そうそう。グリードならわかるけどなぁ?」
「番犬にもなりゃしねぇ。真っ先に魔物に殺される“盾”にでもなる気か?」
やっぱり!! 完全に“集団批判”を始めた!!こんな可愛くて“物知りくん”に、なんてこと!!
私はナガイさんから手を離した。
「シロ〜……。“おつかい”に行くんじゃねぇんだぞ? わかるか? “護衛”だ。」
グリードさんが、大きな斧を担ぎシロくんの横に立った。
可愛いシロくんを見下ろして、にやにやとしている。
う〜ん。さっきまではわりといい奴とか思ってたけど、悪人面が復活だ。
「わかってます。ですが……」
でも、シロくんは真っ直ぐとナガイさんを、見つめた。しかもハッキリとした口調で言ったのだ。
「“魔法使い様”を見たいのです。僕は“魔法使い”になりたいから。」
そう……言ったのだ。
「シロ……」
ナガイさんの銀色の眼が、鋭くなった。