第15話 カナカナ山▷▷強烈すぎっ!コカトリス!
ーーコボルトの村から、カナカナ山へ。
私達を背中に乗せて運んでくれるトーマスくん達は、今回はお留守番だ。
なんだか人質にとられた気になってしまうのは、仕方ないことだろう。
蒼い毛に覆われた犬人の、“グリード”と言う明らかに、“荒くれ者”に案内されて、私達は……カナカナ山に来たのだ。
森を抜けて少し歩くとその山はあった。
ゴツい岩山。黄土色の岩肌しか見えない。
それなりに高そうな山の絶壁が、目の前に現れたのだ。
「ウソでしょ? こんなの登るの??」
正直なところ、登山など申し訳程度の経験しかない。小学校の時の遠足で、軽い登山道……しかも、初心者向けをちょろっと登った記憶しかない。
その時、とても疲れた印象しかなく二度とやるか!と、心に誓ったのを記憶している。
「ああ。大丈夫だ。歩きやすい。」
と、絶壁の登り口に進むグリードさん。何だかさっきまでと様子が違う。
ここに来るまでも気さくに、カルデラさんに話しかけてたし、私達を弓矢で射とうとしていたとは、思えない。
「大丈夫って……」
どう見ても大丈夫そうには見えないが、グリードさんを先頭に、さっさと岩山の登山道に進む男性陣。
「ちょ……ちょいちょい! 飛翠!」
そこにきて薄情にも、置いていきそうになった飛翠の腕を掴んだ。
「大丈夫だ。って言ってんだろ。手は貸してやるよ。行くぞ。」
と、強引に引っ張られた。
「それはコボルトさんの話でしょ!? 慣れてるんじゃなくて??」
「うるせーな。」
ぐいぐい。と、引っ張られながら……私は、坂道になっている岩壁のその道に、連れ込まれた。
絶壁だ。
そこにこの意外と急な坂道。しかも地面は砂利。それに石がごろごろ。
舗装なんてされていない。自然の岩の道だ。
「これって……完全な“登山”じゃん! ムリでしょう!? 初心者だよ!?」
勿論ーー、手すりつきの安全な階段などはない。その砂利だらけの道を、歩いて登る。
サバイバルな登山だ。
見上げればみんなの背中が見える。
滑ったら雪崩のごとく……転がるんじゃなかろうか。
「蒼華。先に言っとくぞ。」
くるっと、飛翠が振り返ったのだ。
とても真剣な眼をしているので、私も思わず立ち止まった。
「え? なに?」
私は、こんな真剣な飛翠の顔を見た事があるだろうか? いや。ないな。
いつもどこか“バカにしてる”様な冷めた顔や、やる気があるのかないのかわからない、無表情。何にも期待とかしてない“冷めた目”しか、知らない。
ケンカの時ぐらいしか、イキイキとしてない。
「ここが、今の俺達の“現実”だ。受け止めろ。俺らのいた世界の事は忘れろ。じゃねーと“死ぬぞ”」
と、そう言ったのだ。
は?? なにを言ってんの?? 死ぬって大袈裟な……。
けれど……突き放された気がした。
なんだか……哀しくなってしまった。
私の知ってる飛翠じゃなくなってしまった気がした。
「飛翠……」
私は呼んだ……。
でも、飛翠は背中を向けた。
「お前の事が“大事”だから言ってる。わかったらさっさと登れ。ヨケーな事考えてると滑るぞ。」
と、淡々と言うと登り始めたのだ。
砂利道を。
「………」
その背中を見つめながら……ふと思う。
何か覚悟してるみたいな顔だった。飛翠はもう……受け入れてるんだ。ここの世界のこと。とは言え……いきなり受け入れろ! って、ムリでしょ!
私はそんなに“ボジティブ”ではない!
でも……“大事”だと言われたのは……嬉しかった。
なので、やる気のでた私はーー、登ることにしたのだ。
岩壁を伝いながら。
我ながら……軽い女だと思う。
ーー、そのやる気も上にあがってくると、なかなかブレまくる。
何しろ、左側は岩壁がずっとあるから、手をついて支えにしながら歩ける。
でも……右側。
ガードレールなんて無い崖。
岩山を切り崩してこの登山道が、出来てるのか……崖。ただひたすらに。
下を見たくはないが見えてしまう。
遮るものがないからだ。
なんて……高い。
この岩だらけの縁から、落ちたら即死。間違いなく死ぬ。
おっかない!
「大丈夫か? もう少しだと。」
ふー。
と、息を吐いた飛翠が、右手を差し出してきたのは、そんな時だった。
あ。少し疲れた顔してる。
良かった。私と同じ人間だった。
「うん。ありがと。」
私は遠慮なくその手を掴む。
飛翠は手を繋いで歩いてくれた。
なんと逞しいお手てになったんでしょうか。こんなに、大っきな手だったっけ?
手なんか繋いだの……いつぶりだろ。
そんな事を考えている時だった。
グゲーッ!!
グゲーッ!!
と、けたたましい“鳴き声”が響いたのだ。
「なに? 今の……」
私も飛翠も立ち止まった。
聞いた事もない鳴き声だ。
低くて太くて……まるで、獣が雄叫びを上げるような不気味な声だ。
「コカトリスじゃ。この上におる。」
カルデラさんが、少し上の方から見下ろしていた。さすがだ。
疲れとか滲んでないんだけど。
ラウルさんといい、あのグリードさん。それにカルデラさん。
この三人は、全くと言っていいほど、歩くスピードが変わらない。
その歩幅も、軽やかさも。
私が……遅いので、ペース配分しながら、この頂上付近まで来たのだが。
「……この上に“巣”があるんだ。」
グリードさんも甲冑着て、あんな大きな斧を担いで……。よく平気だな。
と、思いつつも私達は、とうとうその“巣”のある所にやってきたのだ。
頂上は、岩壁に囲まれていた。
空が直ぐ側にあるのかと、思うぐらい近い。
その岩壁の中に、鳥の巣。
枝と蔦やツルなどで編み込んで作ったのだろう。
でも、大きい。見た事ない。
それにその巣の中には、巨大な卵が二つ。
白いんだけど……まるで人間が入ってるのかと思うぐらい、大きな卵。
その前に巨大な怪鳥はいたのだ。
黄色い身体をした大きな鳥だ。
翼を広げ立っていた。孔雀の様に色鮮やかな羽根だ。ピンクやオレンジに紫……。
カラフルな羽根を広げ大きく長い真っ赤なクチバシを、開けて鳴いたのだ。
グゲーッ!!
グゲーッ!!
頭の上には王冠みたいなトサカ。
ツンツンとしたグレーのトサカだ。
トゲみたいに逆立っていた。
とにかく巨大な鳥だ。その鳥足ですら私のことなど、踏み潰してしまいそうだ。
「な……なんなの? ここは。“巨大怪獣”の世界ですか??」
大きなイノシシや、大蛇、そしてーー、怪鳥。
最早……特撮映画か、パニック映画の世界だ。
どっかのアトラクションの世界にでも、迷い込んだ気分だ。
すると……グレーだったツンツンしたトサカが、真っ赤に変色しだしたのだ。
蒼っぽい鳥目も心做しか……青碧色に、変わってゆく。
「いかん! 飛翠くん! 構えるんじゃ!」
と、カルデラさんがいきなり声を荒げた。
その手は素早く剣を引き抜いていた。
グリードさんもラウルさんも、武器を構えていた。
私と飛翠は、その声の意味を直ぐに知ることになる。
翼を折り畳みコカトリスは、ドスドスドス!! と、向かってきたからだ。
それも駆け足!!
「えっ!? 向かってくる!!」
「マジか……」
しかも速い!!
「蒼華ちゃん! 飛翠くん!」
カルデラさんの声が聞こえたが、私達は慌てて逃げるしかなかった。
それも上からその凶器みたいな真っ赤なクチバシを、振り下ろしてくる。
まるで巨大なキツツキだ。
「飛翠!」
「逃げろ! とりあえず」
ドスッ!ドスッ!
と、穴が開く。
地面に。振り下ろされるクチバシが、ドリルみたいに穴を開けているのだ。
こんな怪鳥に追っかけられる事になるとは……思ってもみなかった。
「飛翠! 壁!!」
私はーー、目の前に岩壁が立ちはだかっているのを見て叫んだ。
追い込まれる!
だが、飛翠は私の手を掴みその壁まで走ったのだ。
「飛翠!? ちょっと! 行き止まりだけど!?」
「うるせー。黙ってろ! “何とかしてやる”から」
と、そんな飛翠の声を聞いて感動とかしている場合ではなく……、私と飛翠は壁に行き着いたのだ。
後ろから追いかけてくるコカトリスは、クチバシを私達に向けて走ってくる。
突き刺す気だ!!
飛翠は、コカトリスを見ながら壁に、向かってくるその瞬間。
私を引っ張り走ったのだ。
ガンッ!!
と、壁にクチバシが突き刺さる音がした。
コカトリスが、私達を突き刺そうとしたのだろう。
だが、私と飛翠は壁から走って逃げたのだ。
そう……横に走ったのだ。
そのお陰で、串刺しにされずに済んだのだ。
飛翠は直ぐに背中から大剣を、抜いた。
私は自然と後ろに追いやられた。
コカトリスは、岩壁からクチバシを抜き、ゆらりと、コチラを向いた。
蒼碧の眼が不気味に煌めいた。
「蒼華ちゃん! 飛翠くん!」
カルデラさんの声が聞こえる。
グゲーッ!
グゲーッ!!
だが……カルデラさん達の方では、もう一羽のコカトリスが、降り立っていた。
それも全く同じ大きさのトサカが真っ赤なコカトリスだった。
二羽の怪鳥コカトリス……。
それは私達を、敵と認識している様であった。
これは……“何とかなるんだろうか”……。
と、私はロッドを握りしめたのだ。




