第14話 アスタの森▷▷コボルトの村
ーー弓を構えていた犬人達は、白い毛をした者や茶色、黒。中にはブチな人もいる。
みんな身体は大きめだ。
私なんかよりも大きい。たぶん……170は超えてる。ラウルさんが、きっと170〜180ぐらいだと思うんだよね。
飛翠より低いから。カルデラさんはなので……190近い。大柄な人なのだ。本当に。
鎧と言うのは着てないけど、膝当てや胸当て、肘当てなんかをつけていて、背中に矢の筒みたいのを背負ってたりしてる。
中には腰元に下げてる者もいる。
顔は犬なんだけど……やっぱり怖いな。
わんこ。とは言えない。猛犬だ。
狼に近いだろうか。
森の中を歩く。
木々に囲まれ草むらが物凄く生えてるその道なき道。せっかく森を抜けれそうだったのに、逆戻り。
どうやらコボルトの村とやらも、カレンさんのいた村と同じ様に、森の中にあるらしい。
さすがに弓は向けられていないけど、総勢二十は超えてるその集団に、私達は囲まれながら“村”に、辿り着く。
猫人族の村はテントだったけど、ここは丸太小屋だ。
高床式のログハウスみたいな小屋が、並んでいる。
草むらの中に現れた集落。
その小屋が囲む中心地。そこに、やはり犬人達が待っていた。
随分と大きな村なんだな。
でも、ここにはそんなに丸太小屋は建ってないけど。奥にもあるのかな。
ざっと見ても三十人だ。私達を連れて来た集団と、ここにいる人達を合わせて。
丸太小屋の数は、明らかに足りてない。
十数軒。ずらっと円を囲む様に建っている。
「罪人と逃亡か。“王国の騎士”どもも随分と落ちぶれたな。」
丸い眼鏡を掛けた白い犬が、そう言った。
チェーンのついた丸眼鏡は、意味が無い様に思えるほど、眼の下にある。
ほとんど鼻の上に掛けてある。
銀色の眼が私達を睨みつけていた。
大きな身体だ。さっきの蒼い犬よりも大きい。
二メートルは超えてるでしょう。
でも、この人は鎧みたいのを着ていない。
日本の着物みたいな羽織りを、着ている。
黒い羽織りは紅い襟元。
白い毛に覆われたお腹をだして、下には白いズボンを履いている。
なんだか職人さんが履く様なズボンだ。ニッカポッカだっけ?
これで、足袋でも履いていたら完全な鳶職人だろう。
残念ながら素足だけど。
にしても……猫人の人達もそうだったけど、手足は人間と変わらない。
五本指でちゃんと手の指も長い。
まあ、若干……この方は太く短いけど。
毛むくじゃらだし。
その人の周りにいる犬人達も、ちゃんと手の指がある。う〜ん。よく見ればみんな“羽織り”か、半纏みたいのを着てる。
法被に近いかな。半纏より薄手だ。
それも蒼と白の襟元。まさか後ろに“湯”とか描いてないよね?
「犬人族の“ナガイ”殿。すまんが先を急いでいる。通して貰いたい。」
木刀や棍棒。木の武器が目立つな。それに、槍。それらを持ち白い犬……ナガイさんとやらを囲む若い衆の視線は鋭い。
カルデラさんは、白い犬人にそう言った。
「ふむ。“お主ら”のお陰で最近、ここらも“国の連中”が来る。全くもって忌々しい。さっさと終わらせて貰いたいもんだ。」
ナガイさんは、私と飛翠を睨みつける。
銀色の眼がちょっとナイフみたいな光り方してて、イヤなんだけど。
私はこそっと、飛翠の陰に隠れた。
こんなバカでかい犬はイヤだな。正直。トラウマになりそうだ。
「それは……すまぬ。としか言えん。」
カルデラさんは隣で、少し苦しげな表情をしている。なんかとっても可哀想になってしまった。
カルデラさんは何も悪くないんだ。
「ちょっと! 言っとくけど。私達じゃないんだけど! 似てるだけなの! わかる!? 別人! 私達を捕まえたって懸賞金なんて出ないよ!」
飛翠の陰に隠れながら、口だけ出してみた。
すると、白い毛が3本。
ピクピクと動く。ナガイさんがその口元を緩めた。と言うか、バカにした様に笑ったのだ。
「それは突き出してみればわかること。お主らだろ? “城”から抜け出した“罪人”は。それにそこに“王国の兵士とやら”もおるでないか。それが、何よりの証拠じゃ。」
ナガイさんはそう笑った。
とってもイヤな笑い方だ。
「だから! 違うっての! 殺されそうになったから逃げただけ! もう! わかんないかなぁ?」
あーもう。なんかハラたってきちゃったよ。
私がそう言うと、ナガイさんは眼鏡をくいっとフチを掴みあげた。
「それでも“懸賞金”が掛かっておるだろ? 王国としては“捕らえよ”と言う意味であろう。間違いだとすれば、今更……この近辺で討伐なんざしないだろう? お主らを“捕らえよ”。そう言う事だろが。」
ダメだこりゃ。お話にならない。
真っ向から“懸賞金”の事しか、考えてなさそうだ。“理由”なんてどうでもいいんだ。
私はため息しか出なかった。
「オイ。じじぃ。どーでもいいが、俺達はやってねー。やってもねーことで捕まんのも、うぜーからな。コッチから“本人”を探して捕まえようとしてる途中だ。邪魔すんな。」
と、飛翠がキレたのだ。
とてつもなく低い声が響く。
私はちょっとびっくりした。
いつもの様に、素知らぬ顔で通り越すかと思ったからだ。
すると、ナガイと言う犬人は銀色の眼を大きく見開いたのだ。
「……お主……“誰じゃ”? シェイドではないな?」
と、そう言ったのだ。
「だから違げーって言ってるだろ。ボケてんのか?」
毒を吐く。キレた飛翠は“毒吐き”が、得意技だ。これが人の感情を、逆撫でする。
「シェイドはもっと……“聡明で凛々しい男”だ。お主は……“悪ガキ”か?」
あー……当たってる。すごい。ピッタリなお言葉。さすが!
しかもめっちゃ覗きこんでるし。銀色の眼で。
ぱちくりしちゃってるし。
「あ? 女と逃げ回るクソと比べてんじゃねー。」
おいおい。アンタも女と逃げ回ってるんだけど。
私は最もらしい飛翠の厳しめの言葉の前に、そうツッこんだ。心のなかで。
「ふ〜む。どうゆうことだ? 兵士殿。」
ナガイさんはカルデラさんの方を向いた。
カルデラさんは、少しひやひやとしていたのか、汗を拭った。
額の汗を。
ラウルさんに至っては……ハハハ。と、苦笑いしていた。
この飛翠の“発言”は、コボルト族の族長。ナガイさんを、動かす切欠となったのだ。
ーーー、
カルデラさんが、ナガイさんに話をしたあとだ。
う〜む。
と、ナガイさんは顎を擦る。
少し太い白い毛の指で。
「なるほどな。“偽物”でありながら……お尋ね者か。それならば“討伐”の意味もわかるでな。イレーネ国王は、“辻褄合わせ”をしたいだけ。」
ナガイさんの銀色の眼は、いつの間にか優しくなっていた。
その眼は飛翠に向けられていた。
「お主……“なかなかの強者”だな。その女子を、護ろうとする。その心根は“シェイド”に、似ておるな。」
と、ナガイさんはそう言ったのだ。
なんだか少し笑っている様にも見えた。
「あ? 関係ねー。だから、クソと一緒にするな。」
オイ! そこは肯定しろ! ウソでもいいから!
赤ら様な拒否に私は、むっとしてしまった。
「ナガイ殿。先を急ぐのだ。すまんが……」
と、カルデラさんはホッホッホッ。と、笑うナガイさんに、そう言った。
「いやいや。そうはいかぬ。“その話”が本当かどうかは、この目で確かめねばな。」
と、ナガイさんはそう言ったのだ。
は?? 納得したんじゃなかったの??
「ナガイさ〜ん。頼むよ。早くしないとさ、“アトモス公国”にまで、話通されちゃうよ。イレーネ王の事だから、手を打ってくると思うんだよね。❨不仲なのをエサにして❩」
ため息ついたのは、ラウルさんだ。
なんだか気になる話だが、ナガイさんの銀色の眼が、再び……私達に向けられた。
「逃亡の先々で、“殺戮”を繰り返している。と聞いている。その様な者を野放しにしておくのも、我としても好かん。もしも、“お主ら”があの二人と違うと言うならば……証拠を見せよ。」
と、少し険しい表情でそう言ったのだ。
殺戮? なに? どうゆうこと?
あ。マリーさんもちらっと、言ってたよね。
『優しい人達を……』
って。あれってこの事なのかな?
殺した。って言いたかったのかな?
途中になっちゃったから、最後まで話を聞けなかったけど。
「“グリード”」
と、ナガイさんが言うと出てきたのは、あの蒼い犬人だ。銅みたいな甲冑着た大柄な犬人。
額の三日月の傷が何とも言えない。刀傷なんだろうか。
「へい。親分。」
あ。このナガイさんの事を、親分と呼んでる訳ね。なるほど。
私は、ナガイさんの隣に立つその“グリード”とやらを、見ながらそう思った。
相変わらず大きな両刃の斧を担いでいる。
「“カナカナ山”へ案内してやれ。」
「へい。」
ん? なに? なんかグリードってヤツの口元が、にやっとしたけど??
なに?? なんかイヤな予感しかしないんだけど。
ナガイさんは、私達の方を向いた。
「最近、この辺りの村や町を襲う、困ったヤツがおるでな。お主らが、“罪人”でないと言うならば、その者を退治して欲しいのだ。“正しき者達”ならば人助けは、嫌がらんだろう?」
と、何だか薄ら笑いを浮かべながら、カルデラさんとラウルさんの方を向いた。
「特に……“王国騎士たち”よ。民を護るのも仕事じゃ。近隣の民は関係ないとは申さぬよな?」
と、そう言ったのだ。
すると、飛翠が、ため息ついた。
腕を組む。
「じじぃ。素直に“倒してくれ”と言えねーのか? しかもこんな大群引き連れといて、コイツらはただの“飾り”か?」
と、何故か挑発したのだ。
「ちょっと! 飛翠!」
私は思わず飛翠の、背中のシャツを引っ張った。
ツンツンと。
「あ? ホントの事だろ? こんだけの人数いても倒せねーんだろ? 最もらしい事言ってるが、ガチで困ってんじゃねーの?」
と、飛翠は強気な眼をナガイさんに向けたのだ。
ホッホッホッ……
ナガイさんは笑う。
「その通り。冒険者……我等。何度か討伐隊を組んだがな、残念ながら倒せんのだ。お主……なかなか鋭いな。」
と、ナガイさんだけだ。
笑ってるのは。他は噛みつかん勢いで、飛翠を睨んでいる。
それに、カルデラさんもラウルさんも苦笑いしかしていない。
私よりもひやひやしてるんだろうな。きっと。
フン……
飛翠は鼻で笑う。
「最初っからそう言えよ。気に入らねーな。」
「飛翠!」
私は、飛翠の背中を軽く抓った。
「イテーな」
いやいや。凄まれてもアンタが悪い!
「ナガイさん。その退治して欲しいってのは?」
ラウルさんは、ため息つくとそう聞いたのだ。
何だか諦めている様な気もする。
ここまで挑発してしまったのだ。引き受けるしかないと、思ったのだろうか。
「“コカトリス”じゃ。」
ナガイさんが言うと、ラウルさんとカルデラさんの表情は、険しくなった。
「コカトリス?」
私はーー、そう聞いた。
こうして、私達は、カナカナ山に“コカトリス”とやらを退治しに行く事になったのだ。
“お尋ね者の偽物である”と言う事を、証明する為に。