序章 私達の向かう先。
ーーぺちぺち。
と、なんだか頬を叩かれている様な気がする。
「おい、起きろ。蒼華。」
ん〜……この声は……ガキ大将?
私は目を開けた。
頬を叩かれて起こされた。
オレンジのランプの下で、見下ろす顔。
「飛翠」
私はどうやらベッドで眠りこけていた様だ。
「蒼華殿。行きますぞ。」
ん? この声は……。
私はようやく起き上がった。
部屋の中には飛翠と、それからカルデラさんがいた。カルデラさんは、銀の鎧を着たままでドアの側に立っていた。
私は、ベッドの上から降りる。
いつの間にか寝ていたらしい。
すると、飛翠が私にブラウンのショールみたいなのを渡してきた。
「これ着ろ。寒みぃらしい。」
と、そう言われたので私は受け取ると眺める。ポンチョみたいになってた。
なので頭から被って着ることが出来た。
「あったかい」
布なんだけど、なんか毛布にくるまってるみたいにあったかい。
飛翠はマントみたいなのをかぶった。
背が高いからこのポンチョじゃ意味ないんだろうなぁ。
色は同じブラウンだったけど。
「カルデラさん。もしかして……王国の人たちが来てるってこと?」
私はソファーに立てかけておいたロッドを掴む。
飛翠は、大剣を背負った。
なんかベルトみたいのをいつの間にか装着してるし。
それで背中に背負れる様になってる。
「近づいて来てる様ですな。遠くで火が灯ったのを、この街の人間が見たそうだ。」
カルデラさんの声は何処となくひっそりとしていた。
すっかり夜になっていて、窓から射し込むのは月の灯りだ。
部屋の中も薄暗い。
「この街から出るんだと。」
飛翠はそう言うと私に、ショルダーバッグを渡してきた。学校に持っていってるバッグだ。
「どうやって?」
と、私が聞いた時だ。
コンコン……
部屋のドアがノックされた。
「カルデラさん。」
と、ドアの向こうから男性の声が聴こえた。
カルデラさんはドアを開ける。
なんだか緊張してきた。
それはこの宿のフロントにいた男の人だった。左手には、ランプを持っていた。
紅い光とオレンジの光が灯るランプだ。
私と飛翠は荷物を持ちドアに向かった。
「蒼騎士の連中です。そこまで、多くはないですが、“サデューさん”がいます。」
と、男の人はひそひそと小声で話をしている。
「出発の時じゃな。」
カルデラさんの腰には重そうな剣が、挿してあった。その剣を使うんだろうか。
私はそんな事をちらっと考えてしまった。
宿の男の人の案内で、私達は下に降りると外に出る。表玄関ではなく裏口からだった。
そこには既に、馬が三頭。
ああ。トーマスくん。
元気そうでなにより。
私の乗ってる馬ーー、トーマスくんは茶色の毛並みがつやつやしていた。
頭をぶるぶるとさせて、出陣の時だと悟っているかの様だ。
戦う気はないけど。
「すまんな。“ヴィッセ”。」
と、カルデラさんは馬を連れて来てくれたであろう。男の人にそう言った。
馬小屋の主人であった。
何だか心配そうにカルデラさんに、黒馬の手綱を渡している。
「本当は街の外れから出るのが、安全なんだろうが……街の中は目立つ。“ホルン峠“を越えてゆくしかないだろうな。」
と、ヴィッセと呼ばれた男の人はそう言った。
するとカルデラさんは
「いや。それは余りにも危険すぎる。お二人はまだ“浅い”。少々遠回りだが“ウルスの洞窟”から回る」
と、言った。
ホルン峠? ウルスの洞窟?
なんだかどっちも怪しい。
とにかく“平坦な道”では無さそうだ。
「お気をつけて」
と、トーマスくんに乗る私に手を貸してくれたのは、宿屋のフロントの人だった。
「ありがとうございます」
私は、ロッドを持ちながら手綱を握る。
それぞれ馬に乗り、出発である。
私はヴィッセさんと宿屋のフロントの人に手を振った。
こうして私と飛翠。
そしてカルデラさんは、“サデュー”とやらの気配を感じながら、クレイルの街を後にしたのだ。