第28話 制御と解放
『ブチ壊す。』
彼の……飛翠の言った眼は本気だった、ワケが解らない。でも、このイシュタリアに来てからいつもそうだった。私の得意ワードは、
『何なの!?』
『どうなってるのっ!? 飛翠っ!』
『えっ!?』
『どうゆうことっ!?』
こればかり。
イシュタリア……異世界来訪者語録で、コレ載ったらガチで“黒歴史”だわ。
私は飛翠から離れた。
「蒼華?」
彼が少し心配そうな顔をしたけど、私は自分の右手に掴んでいる“空からの贈り物”、黄金のロッドを眺めた。本当に不思議だ。こんなの見たことない。翼が今も羽ばたいてるんだ。
全体的に黄金のロッドだ。長さは私の身長と同じぐらい。うん、157ぐらいかな? 最近、少し伸びたんだよね。先端には丸い黄金の石……光輝く砲丸程度の大きさの“宝玉”だ。その周りに、黄金の両翼が羽ばたく。ばっさ、ばっさって。
(日本の女子高生で……こんなの持てる人居ないよ。きっと。)
ぎゅっ。私はロッドを握り締めた。飛翠を見ると彼の右手には、私と同じ“黄金の大剣”、それが握られてた。私は……驚いた。
「飛翠のも翼羽ばたいてますね?」
そう言うと飛翠は、あ? と、大剣持つ右手を少し上げた。あー……。と、彼は言うと腕を上げて私に大剣を見せてくれたんだ。
「コレ……エグくね? 剣に翼生えてばっさしてんよ? 有り得んだろ。」
だね。と、私は笑ってしまった。ちょっと困ってる飛翠に。
飛翠の言うとーり、彼の剣は相変わらずの長さ、大剣だから刃の幅も太い。そう、彼の身長は185越え、最近はまだ伸びてるらしい、それより短いから170はあるのかな。全長。
全体的に私と同じで黄金の光を放ってる。全てが金ピカ。その大剣の柄は、やっぱり握りやすいグリップ式で、叩っ切るに最適な太さらしい、良く解らないけど。
その柄の先に私と同じ“黄金の宝玉”が嵌め込まれていて、その両脇に生える黄金の両翼。それは、私のロッドと同じで常に羽ばたいてるんだ。まるで生きた“鳥”が棲んでるみたいに。
私は彼の大剣を見つめ……ふと、この旅の始まりを思った。私は“魔法使い”、彼は剣を持つ“戦士”……。
杖と剣が交差する古書店“月読”に掛けてあった、あのタペストリーの絵柄。運命……。そんな言葉が過ぎった。だから、私は飛翠を見つめたんだ。
「飛翠……、この世界を“ブっ壊そう”。」
言ってから、私は彼の大剣握る右手に手を添えた。飛翠は、少し驚いてたけど、フ…と、軽く笑った。
「阿保、さっきから言ってんだろーが、バカ女。」
「は?? バカ女って何? え? バカ女言いましたっ!? 」
「あー、言った。言ったわ、俺。」
「バカ言う奴……お前がバカだっ!!」
イラっとして言うと、バチンっ! と、本気のデコピンされた。
「いたっ!!」
「あ"? お前よりバカはこの世界にも居ねぇわ。」
ガチ切れされた。
✢✢✢✢
ヒュ〜……ヒュ〜……
目の前のゼクセンさんは苦しそうな呼吸しながら杖を付き
片膝立ててそこにしゃがみ込んでいた。炎に包まれる全壊寸前で、不思議と停まってる“月読の塔”の前に。
最早……アズール魔導館なのか、月読の塔なのか解らんけども、私は馴染あるんで、月読の塔で行かせて貰うわ。
けれども、ゼクセンさんは、空を見上げた。上空には旋回してる黒龍達がいる。不思議とさっきから降りては来ない。警戒してるのか、この塔の上空を羽広げて飛んでるだけだ。
はぁ。 ゼクセンさんは息を深く吐くと私と飛翠を見た。ゼクセンさんの眼は、金色の眼ではなく両眼ともグレーの眼をしていた。瞳も普通なら白目の部分さえも。
(何? ゼクセンさんの眼……まるで……石……?)
私はそう感じたんだ。灰色の石に近く見えたんだ。でも、彼は見えてるのか私達に顔を向けて言った。
「殺しなさい……飛翠くん。多分……君は察しておるのだろう? 私の寂心、弱さ……そして……強欲さ。全て……君は察しておるのだろう?」
樫の木の杖を握り灰色の瞳で私達を見上げるゼクセンさんは、申し訳ないけど、とても弱って見えて……一緒にお煎餅を食べて、笑い合ったあの頃の“黒崎さん”とは別人で……
「蒼華っ!!」
飛翠の怒鳴り声が聞こえた。はっ。とした。私は彼を見た。彼は、剣を握り構えていた。私を見てる訳ではない、彼は目の前のゼクセンさんを見ていた。でも、何よりも彼の眼、険しい表情、鋭い……凍てつく様な眼に驚いた。
こんな眼は私も見た事がない。喧嘩する相手に向ける威嚇の眼とは違う。
そんな彼は言った。
「飲み込まれんなっ! 」
それは珍しく……怒鳴るではなく、叫ぶだった。だから、驚いて私は聞いていた。
「ど……どーゆうことっ!?」
飛翠ではなく、ゼクセンさんの声が聞こえる。
「蒼華ちゃん……。」
え? 私は彼を見た。灰色の眼をしてるけど、表情、顔立ち、それは何も変わらない。銀髪の長い髪、白いローブ、私達を助けて来た樫の木の杖。と、言っても何回かなんですが。
でも、何ら変わらない。
「蒼華ちゃんが持って来てくれる、あの“栗どら焼き“は絶品だったな。アレは至極の一品じゃった。」
彼は微笑んでそう言ったんだ。私はそれを聞いて、憶えていてくれたんだ。と、嬉しくなった。
そう。私は甘い物大好きで、私の家は核家族だったから、おじいちゃん、おばあちゃん知らんのよ。で、古書店“月読”を知ってから、この“黒崎さん”がお祖父ちゃんって感じじゃなかったんだけど、何か親しみやすくて年代高いお友達だったんだよね。
歳上の人との交流なんて無かったから。お父さん亡くなってから。黒崎さんは白髪だったけど、とっても若くて、伯父さん? なのかなぁ? 親戚づき合いあったら。
けど、イシュタリア来たらお祖父ちゃんになった。でも、私は……大好きだったんよ……、貴方が。
(黒崎さん……。)
「蒼華っ! 聞くなっ! 飲み込まれんなっ!」
飛翠がそう言った時だった。
「蒼華ちゃん……また……あのどら焼き………」
バチ……バチ……と、黒崎さんの身体が黒い稲光みたいな光に包まれ始めたんだ。
「ゼクセン殿っ! しっかりして下さいっ!」
叫んだのはネフェルさんだった。その後に
「ゼクセン様っ!!」
シロくんの声も聞こえた。
けれども、ゼクセンさんの身体は、
ウォォォォォ……って言う地鳴り声? みたいな声と、同時に真っ黒な靄に包まれたんだ。重複する……。黒い稲光を放つ白いローブ姿のゼクセンさんと、その上に重なる様な大きな黒い影が。
「マズい!」
ネフェルさんは咄嗟に神道書を開いた。パラパラ捲られるそのページ。
彼はそれを前に唱えていた。
「汝、目覚めることなかれ……己の魂は捕えられし闇深き“塊”……」
ネフェルさんの神道書が黄金に光輝いた。彼は、右手をゼクセンさんに向けた。
「目覚めは……“罪”…」
カッ!!
ネフェルさんの身体が金色の光に包まれたんだ。それも、旋風の竜巻みたいに。
「ネフェルさんっ!?」
「いいですか? 僕は“制御”までです! 後は、貴女達の“力”で奴を破壊するんですっ!!」
黄金の旋風に包まれたネフェルさんが怒鳴ったんだ。その後、彼の右手から黄金の光が放たれる。
「聖光の束縛」
その光がゼクセンさんに届くと、彼の周りに居た魔導士達は光で吹き飛ばされて、ゼクセンさんは黒い靄に包まれて……その靄は少し揺らいだけど、ネフェルさんの光を跳ね返したんだ。
「うわ!」
ネフェルさんは光を跳ね返されて、吹き飛んだ。それを、飛翠が受け止めたんだ。
「ネフェルっ!!」
でも、彼の身体は血だらけで、はぁ。はぁ。と、少し苦しそうな声を上げた。
私は咄嗟だった。
ロッドをネフェルさんに向けた。
「“水流の雫”!」
けれども、私のロッドは何の反応もしなかった。
「なんで!?」
そしたら、
「“水流の雫”!!」
シロくんの声が聞こえた。
ポゥっと、ネフェルさんの身体が青く光って、彼の身体に1滴の水滴が落ちる。それが全身に瞬く間に水溜りみたいに広がって、彼の血だらけの身体は癒えていく。
「ネフェルさんっ!!」
私は叫んでいた。彼は光が消える頃、飛翠の腕に、
抱かれながら目を開けた。銀色の眼が、私と飛翠を見上げた。
「最早、僕では止められない、ゼクセン殿に巣食う“呪術”は。それが良く解った。」
彼は言うと飛翠の腕を退かし身体を起こした。飛翠は、立ち上がるネフェルさんを見上げた。
「蒼華ちゃん、飛翠くん。ブッ壊す覚悟はおありで?」
ネフェルさんは神道書を開いていた。金色の光に包まれるそれを。
「うん。」
私はぎゅっ。と、ロッド握った。
「当然だ。」
飛翠も大剣握り締めてた。ネフェルさんは私達を見て微笑むと、ゼクセンさんに身体を向けたんだ。
「解りました、では、敢えて“解放”します。」
パラパラと捲れる神道書、黄金の光に包まれるそれは、彼の手には支えられてない。彼の前で浮いてるんだ、それが勝手にページ捲って、ネフェルさんが使いたい術を開いて止まる。不思議な書籍なんだ。
「解放??」
私が聞くとネフェルさんは、ゼクセンさんを見ていた。私達には背を向けてた。碧の髪が腰元で揺れる。
「ええ、“制御”出来ないなら破壊するしかない。最早、アレは“闇”に取り憑かれた“魔者”、どちらにしても魔導館は終わりです。」
ネフェルさんは言うと私達を横目で見た。
「この世界をブッ壊す……“鏑矢”を放つ時ですよ、蒼華ちゃん、飛翠くん。」
彼は言うとフ……と、何かを諦めた笑みを溢していたんだ。




