第9話 明かされるダンジョン
マンドレイクを尾行するという目的を失う。その為、またもや目的などなく迷宮区の散策を再開することにした。
散策をし始めてから間もなくして、これまでの迷宮区の様相とは異なる道へと差し掛かる。そこはまるで、RPGなんかに出てくるような魔王の玉座に通ずる道を彷彿させるように、端には悪魔を模った石像が均等にズラリと並んでいる一本道だった。
――何処からともなく、声が聞こえてくる。
『汝、何者なるや』
何者って……ゼラチナス・キューブですが? としか言えないんだが、俺には答えることが出来ない。なぜなら言葉を発する器官が存在していないのだ。答えたくても答えることができない……う~む、返答なしと見なされ、敵として認識されかねない。
どうしたもんか――
『ゼラチナス・キューブ……否、下等生物に彼のような自我は無し。再度問う、汝、何者なるや』
――って、あれ⁉ 俺の心が読まれてる? マジかよ、思わぬところで読心を使える存在と出会えるとはな。
まぁ、それはそれとしてだ。見た通りに俺はゼラチナス・キューブ以外の何者でもないのは変えようのない事実だ。それに……そう言うアンタこそ何者なのか教えて欲しいもんだわな。まずは己の正体を明かしてからだろ? 姿を見せないのは失礼ではなかろうか。
『…………我は既に汝が前に居る。我は石像、創造主よりこの場の守護を任された生ける彫像也』
生ける彫像――その名の通りに、魔法や憑依によって擬似生命を得た像のモンスター。その強さや能力は模った元に依存していることが多い。元がドラゴンであればそれに似た能力を有し、元がグリフォンならそれに似た能力を有する。だが共通点もある。元が石などで造られている為に非常に硬く、剣や槍などで破壊するのは困難である。また、魔法が通じにくいとも。
RPGなどでは『ガーゴイル』の名のが有名でもあるモンスター。
なお本来のガーゴイルは、雨樋の機能をもつ怪物などを模った彫刻である。
――有翼の人間型の悪魔を模った生ける彫像ねぇ。まぁ、頭部は肉食獣ぽいなにかだけども。そこに悪魔特有とも言うべき巻き角が生えている。元が悪魔となると魔法にも長けているような生ける彫像ってことか。
しかしだ、一番の問題は材質だ。使用されているのが、石とか普通の鉱石なら問題はない……とも言えなくない。いや、どんな鉱石だろうと防御力が半端ないことに変わりないだろうからね。材質が金属、それも非常に希少なものであったなら勝てるものなど存在しなくなるかもしれない。
例えば、銀灰色に輝く金属、金剛不壊金属、古代人工超硬度金属、未知の超金属、なんかが素材だとしたら恐ろしいことこの上ない。
まっ、もっともそんな希少金属で造るとは到底思えないけどね。
『それほどの博識に加え、深慮たるや驚愕である。汝は真にゼラチナス・キューブなるや』
あーそう言われると困るなぁ。ゼラチナス・キューブであることは変わりないんだけどなぁ……その在り方は異質であると言わざるを得ない。なんと説明すれば良いのか悩みどころだな。
それはともかく、一つ先に言っておくことがある。俺は異質な存在かもしれない、しかし敵対するつもりはない。話が通じるのであれば、避けられるものは避けるよ。それに俺としてもそちらさんに色々と教えてもらいたいことがあるしね。
どこまで俺の話を信じてもらえるか――――
――――って、わけで今現在に至るわけなんだがね。理解してもらえたかい?
『……にわかには信じられぬ。が、しかし汝の存在がそれを裏付けているも事実。異なる世界より来訪せし異形の人間、であるか』
まぁそうなるのかなぁ。説明した通りに俺自身がなぜここに居るのかさえ理解っていないからね。
それじゃあ、今度は俺の番だな。まずはここはどこで、なんなのか教えて欲しい。
『ここは “オリティエ大墳墓” 。神代の時代に造られたとされたこの世界最大の大墳墓であり、その大きさは一大陸と大差ないと聞き及んでいる。また、名前の由来となるオリティエと呼ばれる神々が眠る地とされている』
なるほどねぇ、予想通りに地下に存在している場所だったか。しかし、おかしくないか? この場所を知らない物言いだ。お前さんを造ったのがそのオリティエだろ。
『否。我の創造主とオリティエは異なる。創造主もまたこのオリティエ大墳墓を探求しようとした一人に過ぎぬ。そして、この大墳墓に生涯を捧げその身を埋めた』
それじゃあ、このオリティエ大墳墓がなんの為に存在しているかも知らないってことか。残念だぁ……最大の謎が解けるかと思ったんだけどな。
大墳墓の内部構造を詳しく教えて欲しかったんだが、知らないのか。現在地すらわからないのは困って、困って仕方ないんだよな。
『存在理由や目的に対しては否。内部構造に関しては、創造主よりある程度の知識を賜っている。オリティエ大墳墓の内部は大別すると4つに区分されている、上層、中層、下層、最深部と。そして、その最深部こそが神々が埋葬されていると目されている。現在地はオリティエ大墳墓上層部、第10階層』
へぇ~、ここって4層に別け隔てられていたのか。しかし大陸と変わらない大きさの地下大墳墓って、もはや地下世界と言っても過言じゃないな。まぁ、神々が造って眠る地であればそのくらいも不自然ではないのかもしれない。
それで、現在地が上層部、第10階層だって? 各層ごとに階が設けられているわけか。その第10階層とやらが上層部ではどの辺りにあたるのが知りたいところだな。それと各層がどういったものであるか、もだな。
『回答。上層部は10階構成され、また上層部は10階全てが迷宮区としても構成されている。現在地は上層部において最深部となる。中層以下の詳細については知識を与えられていない』
はーはー、なるほどね。このオリティエ大墳墓というダンジョンがおぼろげながら見えてきたな。
上層部はその全てが迷宮区で構成されていて、現在地は上層最深部。ってことはだ、俺が初めに居た場所は迷宮区ではない構成なのだから中層になり、裏側を経てこの上層にやって来たわけだ。その裏側からこの上層に出たことから推察するに、最初の場所は中層において上階にあたるわけだ。
ふ~む、仮に各層が全て10階構成だとすると40階建て……とは言うけど、あまりに規模が規模だけにそれ以上に感じるな。40階建てと言葉にするとそんな感じがしないが、早い話400階建てみたいなもんだよな。そんな場所を制覇するのは不可能に近い気がするなぁ。
ところで、話を聞いてくうちに気になったんだがな。お前さんの創造主とやらは、なんの目的でこの場を訪れたんだ? 教えてくれると嬉しいし、助かる。
『回答。飽くなき探求心を満たす為。このオリティエ大墳墓は様々な叡智があるとされている。神代の叡智だけではなく、創造主と同様に長きに亘りこの地を訪れた者達のも残されている。事実、我が守護するこの奥には創造主が生涯を掛けた研究成果が残されている』
叡智ねぇ……金銀財宝のような物質ではなく、知識かそれに準ずるなにか。不確かなもの……伝説を追い求めこのオリティエ大墳墓に訪れるわけか。
くぅ~なんて浪漫溢れる話だろうか! それでこそだよな! ダンジョンはそういった謎と神秘に満ち溢れてこそだよなぁ。
それにしても、研究成果か。この大墳墓の研究者なのだろうか、だとすると詳細を記した書物とかありそうだな。それを閲覧させてもらえんかね。
『否、断じて否也。我が創造主が残せし研究成果を閲覧したくば、証しを示すか我らを倒して押し通るべし』
残りの数十体の生ける彫像が緩徐の動きを見せる。
待て待て、待ってくれ。閲覧が駄目ならそれで構わないから、無理にでも見るつもりはないから敵対は勘弁してくれ。
生ける彫像達が定位置へと戻る。
はぁぁぁ、助かった。ちなみに何の研究をしてたかは教えてもらえるのかい? と言うより気になってはいたんだが、そもそもお前さんの創造主ってのは人間なのか。
『肯定。正しく人間である、そしてまた正しく魔術師でもある。そして、研究は魔術の探求』
大雑把だが、魔術師とは根源への到達、究極にして無なるものを求めてやまない人種のことを指す。
確かにこの地には神代の神秘が眠る可能性がある、となればそれは魔術師にとっては根源へ至る可能性でもあるわけだ。
なるほど、なるほど。なんでまたこんな住むには苦労する場所に居を構えたかと疑問に思っていたが、そういった理由があるからか。早い話、研究対象が住む場所でもあればなにかと便利だもんな。
まぁ、実情は食糧問題が生じて生きるだけで精一杯だったのではないかと推察するがね。モンスターでも食してただろうからな。食糧調達そのものが死活問題でもあるのだから、その苦労は計り知れない。この地の生存競争を目の当たりにしてきた俺にはそれがよく解る。
それにしても、一つのことに没頭してしまい他がおざなりになるのは研究者も魔術師も変わりないようだ。
けど、叡智が知識だけとは限らないよな。それこそ伝説の武具の類なんてのも叡智の結晶なんて呼ばれたりするからな。そんな物がここに在ったとしてもなんら不自然ではない。RPGよろしくそれらを求めて冒険者がここを訪れているってところかね。そして出会ったスケルトンはその成れの果てことやね。
ふむ、短い質問の中で合点があうことばかりだ。これは有益な情報と言えるだろう。
さてさて、ここで最も聞きたかったことを聞いてみよう。ずばり! ここには多種多様なモンスターが生息しているのはなぜなのか? だ。いくら広大であろうとも所詮は地下に過ぎない、それはモンスターにとって環境が適しているとは言い難い。ゆえに、俺気になります!
『……不明。その知識は与えられていない』
な、なんだ……と。ここが墳墓であるのなら、それも神が眠る地であるのならばなおのことモンスターが蔓延ってるのはおかしい。いや少しばかり居るのは理解できる、それこそ目の前に居る生ける彫像であれば守護の為であると。ただ守護に似つかわしくないモンスターが生息している。だってここは墳墓なんだ、例えばアティアグが墳墓に必要か? 墳墓であって住居ではないのだから確実に不必要と言える。
これはつまり、生ける彫像の創造主のような人間が数多く存在し、長い年月を掛けて各々がダンジョンを好き勝手に改築や増築を繰り返した結果なのではないだろうか。
己を守護する為にモンスターを配置したり、もしくは研究の為とかで飼っていたとかそんな理由だったかもしれない。そして主人は死に、残されたモンスターは繁殖を続けて現在に至るとかかな。にしては、多種多様過ぎるとは思うけど。
最後に尋ねたいんだが、上層部の地図とか持ってたりしない? それを貰えると非常に助かるんだけども。
『一部を記した地図に関しては有る。しかしそれを汝に譲り渡すのは否である。また、知識として有してはいるが口頭での説明では理解が及ばないと推察する』
ご尤もで。例えそれが一部であっても、口で説明されたところでこの広大なダンジョンの道を覚えきれるもんじゃない。
はてさて、どうしたもんかねぇ。話を聞く限りじゃ上層は人間が入り込んでるようだし、遭遇戦になりかねないんだよな。ただ、逆を言えばここのようにダンジョンについての記録などが残されている可能性があって、その知識を得ることもあり得るんだよなぁ。
まぁ、この10階層にまで到達するには難易度が高いようだし、半分の5階層くらいまでなら早々人間と出会わないだろ。もうしばらくはこの上層部を探索してみるかね。
そんなわけで俺は行くとするよ。色々と教えてくれてありがとう、本当に助かったよ。
『……これは独り言だ。汝がもっと早くにこの世界へ訪れていたのであれば、我が創造主はさぞお喜びになったであろうな。あのお方は未知への探求を心から楽しんでいたようなのでな』
……そっか。それは残念だ、俺としてもあれこれと語り合いたいものだ。聞く限りじゃあ、なかなかにどうして……気が合いそうだからね。
まっ、中層に戻るつもりでいるから、帰り道にでもまた寄らせてもらうよ。それじゃ、また。俺も久しぶりに誰かと会話が出来て嬉しかったよ。
『剣難な旅路であろうと、汝に幸あらことを言葉を交わした一人として願おう…………』