第8話 迷宮の番人と言えば⁉
やっとの思いで表側のダンジョンへと戻って来たが……そこは迷宮区だった。
いつものように行く当てなどないので、テキトーに探索でもしようと思った。しかしそこに、この場所で初めて出会ったモンスター――マンドレイク。
目的地なんてものはない俺は、とりあえずマンドレイクのあとを尾行てみることにした。
――幽霊系のモンスター……その実態は判らず終い。いや~区別つかないです。今目の前を歩くマンドレイクもあくまでも便宜上だしな。ちと悔しい、どこかで区別の仕方を知れないもんかな。
そんな悔しい思いを感じていると、目の前にさらにマンドレイクが現れた。2匹のマンドレイクが見つめ合ったまま動かない……これは牽制でもしているんだろうか。もしかしてこのまま戦いに発展するのか、マンドレイクの戦闘法なんて聞いたことないからな、そんな珍しい行動を拝めるとはラッキーだ。
さぁ、世紀の一戦が今行われようとしております。実況は、私ゼラチナス・キューブがお送り致します。
チャンピオンの前に突如として現れた挑戦者。見たところ挑戦者の方が若干体格が小さいですね、この差をどう埋めるんでしょうか。対するチャンピオンは落ち着いております。
互いに睨み合ったまま動きません。これはどうしたことだ⁉ これは俗に言う、隙を窺って両者ともに動けない状態なのでしょうか。
おおっと、ここで遂に二人が動き出した! 一体どんな攻撃を魅せてくれるのでしょうか⁉ 両者、ゆっくと距離を詰めていく。そして、両者の間がなくなり――踊り出した。
――って、どういうことだよ⁉ へ? なに? もしかして求婚のダンス的なアレなのか……球根じゃないのに。しばらく、2匹の踊りは続き、踊り終わると2匹はどこかへと歩き出した。
なんだったんだ……マンドレイク特有の挨拶なのか。呆けている場合じゃない、あとを追わねば。
それからもマンドレイクが合流し、その度に踊る。どうやら挨拶みたいなものらしい、しかし他の場所で育っただろうに意志の疎通をするとはな。意外と知能が高いのかもしれないな、まぁ魔法薬などの原材料にもなるから納得ではある。または、種の存続として本能かもしれないな、他の土で育ったのなら遺伝子は多少異なるのだから。多数による受粉をする目的とも考えられるわけか……それにしても、迷宮区にも関わらずに他にも育つような場所があるのか。土が多い迷宮区ってはどうなんだ? RPGな迷宮かと思ってたけど、現実はこんなもんなのかね。
集まったマンドレイクの数は16匹。かなりの数が集まったな、集団で新たな土地を見つける習性なのか。にしては、地上に出て1匹で行動するのはどうなんだ? 周りにいるのだからそれらが這い出て来るまで待てばいいものを。挨拶の為に踊りをするくらい知能があるんだからその程度も思い付くと思うけどなぁ。
そういえば、亜種である『アルラウネ』は人間が知り得ない知識や未来の出来事を知っているんだよな。知能が高いってことは、この目の前にいるのは実はアルラウネの方なのかもしれないな。いや待てよ……質問に答えるってことは、人語を解せるってことだよな。しかし、目の前のコイツらは言語を用いていない……あれれ? なんだかわからなくなってきた。
――すると、マンドレイク達が “ピョンピョン” とその場で跳ね出した。これは警戒の合図だな、近くに別のモンスターが居るのか。問答無用で襲い掛かってくる獰猛なモンスターではないことを祈るしかないな、この狭い通路じゃ俺はまともに戦えない。マンドレイク達に戦闘は期待できないしな。
“カシャカシャ” と前方から奇妙な音が聞こえてくる。金属が擦れ合う音のようでもあり、木みたいに軽い物同士がぶつかる音のようでもある。
音だけが聞こえるってのは案外不気味なんだな、音の発生源が正体不明なのは不安を掻き立てられる。前方に注意を向ける……ゆっくりとだが確実にこっちに近づいている。しかし、音を立てながらゆっくりと近づくってことはこちらを襲うつもりはないのか。それとも、こちらに気付けない視力を持たないモンスター――駄目だ、候補が多すぎて絞り込めない。
そして遂に、淡い光に照らされ音の正体が露わと成る…… “白骨死体” が動いていた。
スケルトン――骸骨に魔法や悪霊の憑依によって擬似生命を与えられたモンスター。
戦闘力自体は人間よりやや劣る程度なので単体なら怖くはないが、武装し更に集団となると強敵となり得る。そして最大の特徴は、恐れも疲れも知らず骨格がバラバラになっても元に戻る再生力。と、小説やゲームでは描かれることが多いが本来のスケルトンは異なる。
ギリシャ神話における『カドモスのドラゴン退治』が由来である。カドモスの部下達がドラゴンによって殺されてしまう。そして、ドラゴンを見事退治したカドモスは女神アテナにその献身を讃えられ、ドラゴンの歯を大地に撒くように勧められる。そして、撒かれた歯から生まれたのが『スパルトイ』と呼ばれる戦士達だった。スパルトイの意味は『撒かれる者』であり、スケルトンの語源とされる。
迷宮区だけに居るとは思ってはいたけど、まさか想像通りだとは思わなかった。右手にショートソードを持ち、左手には円形盾、胴体には兵士鎧、とまさにRPGに登場する姿のままだった。
そう……見知った姿をしているのである。明らかに “人骨” から成るスケルトンなのだ。それはつまりこの異世界にも、きちんと人間が存在している証明でもある。
正直、俺はこの異世界に人間はいないと思っていたほどだ。これまでこのダンジョン――いや、ここが世界の全てなのではないか、と考えていた。だからこの事実に驚愕を隠せないでいる。
このダンジョンに人間は住んではいない……というよりは住めないと言うのが正しい。こんなモンスターだらけの場所で人間が安全に暮らせるとはとても思えない。そうなると、ダンジョンの外に人間が住まう地があるということだろう。
それとこの迷宮区にスケルトが居るということは、やっぱりここは地上に近い場所である可能性があるのか。これまでに人骨なんて一度たりとも目にしたことが無い、それはこのダンジョン内に人間が居ないと言える。そこへきて人骨のスケルトンだ、これは間違いなく外界からこのダンジョンへと訪れた者の末路。それこそRPGのようにこのダンジョンを攻略か探索の為にやって来るのだろう。
人間――俺は元人間だ、だから外界が気にならないと言えば嘘になる。
だがしかし、元人間でしかない……今の俺はゼラチナス・キューブと言う、紛うことなきモンスターでしかない。そんな俺が人間に出会ったところで殺されるのがオチだ。
だったらこのままダンジョンにいるのが良い、なによりモンスターを思う存分に観察できるもの。地上とか人間の世界とかどうでもいいや、って気になってきた。
そんなこんなで、目の前に立ち塞がるスケルトンは思考にふけっていた俺に同調でもするように立ち尽くしたまま微動だにしていなかった。
どうしたんだ? 俺の様子でも窺っていたのだろうか。こちらを見たまま立っているだけだ、襲ってくる様子がないのは安心だけど、こうも不可解だとそれはそれで困る。なんて思ってるうちに、スケルトンは踵を返してこの場から去って行った。本当になんだったんだろうか……巡回でもしていてマンドレイクが集まっているから様子でも見に来たのかな。
スケルトンがいなくなると、マンドレイク達は再び移動を開始し始めた。
う~ん、スケルトンを追いたいところでもあったけど、さすがにマンドレイク達を体内に取り込んでまで無理矢理前に出るのはなぁ……。スケルトンを尾行る方がこのダンジョンのことを知れそうではあるけどね、出来る限り無用な殺生は避けたい。
マンドレイク達のあとを尾行るが、数が増える一方でなにも起きない。この迷宮区は本当にモンスターが少ない。しかし30匹ほどにまで集まっているが、彼らは一体どこに向かっているのだろうか。最初に見つけた場所でさえここまでの数で群生してはいなかった、この迷宮区は彼らの縄張りなのか。さすがにそれはないか。
集団を作り上げ成すこと……小魚なんかは群れを形成し、自分たちより大型の魚からの捕食を防ぐ為とかある。けど、植物である彼らがそれをするとは思えない。生息するなら地中だろうから、わざわざ危険を冒して地上に出る理由が無い、そのまま地中に隠れていればいいからだ。
そう考えれば考えるほど彼らの生態は不思議さを増していく、なんの目的があって集団行動をしているのか。俺は興味深々なのである。
突然、彼らは “ピタリ” と動きを止めた。また別のモンスターでも近づいて来てるかと思ったが、例の警戒を示す動きは見せてはいない。これはどうしたものかと思い、前方になにかあるのかとよーく目を凝らして見てみる……実際には眼なんて無いけどね。
暗くてよく見えないが、地面から “何か” がいくつも生えている。しかしマンドレイクとは明らかに形や大きさが異なるのは判る。ただ、動く様子はないからモンスターではないようだけど、彼らはどうしたのだろうか。
そして彼らが動き出したが驚いてしまった。これまでとは違い、走り出したのだ。しかも意外とすばっしこい。彼らの行動から危険地帯かもしれないから、俺はゆっくりと後を追うことにした。進んでいくと、地面から生えていた物の正体がわかった。それは――キノコだった。
しかもキノコとしては、かなりの大きさがある、人間の大人くらいはあるんじゃなかろうか。となると……やっぱ、“アレ” なのかな。
キノコに近づき過ぎずに、マンドレイク達を見守る。彼らが今走っているのは一本道、そこにいくつものキノコが生えている状態だ。道の中腹まで到達すると、先頭のマンドレイクがキノコに喰われた。
あー予想は的中したみたいだな。やっぱり、あのキノコは “フングス” だったか。
フングス――巨大なキノコの姿をしたモンスター。『モスフングス』『マイコニド』『マタンゴ』とも呼ばれる。
フングスには二種類ある。一つは、その場から動けぬもの。もう一つは、動物のように自ら動き回れるもの。
戦闘力は低く、動きは散漫ではあるが非常に危険なモンスターである。種類に関係なく、そのどちらも胞子を撒き散らす。そして、その胞子には毒性があり、しかも吸い込むと体内で菌糸を伸ばしフングスの餌食となってしまうからだ。
まぁね、ここ迷宮区だから居なくはないよね。これは近づかないのが身のためだろうなぁ、いくらスライムでも胞子を大量に浴びるのは危険だと思う。体の内側なら問題無いだろうけど、外側は菌糸で身動きできなくなりそうで。
しかし……なるほどね。マンドレイク達はこの危険な道を集団で通り、少しでも通り抜ける確率を上げたわけだ。ただ気になるのは、危険を冒してまでなにをしようとしているのか、この道の先にはなにがあるのか、と。無理をすれば通れるかもしれないけど、やっぱねぇ……それに興味本位だけで殺生するのも嫌だし。
ここは仕方がない、別の道を行くとしますかね。再び目的を失い徘徊することに。さてさて、今後はどうしようかねぇ、なんて考えていたら雰囲気や様相が異なる場所へと出る。
そこは広々とした一本道ではある、その通路の端には悪魔を模った石像が均等にズラリと並んでいる。まるで、魔王の玉座に通ずる道かと思ってしまう。
これは是非とも色々と確かめねばと思い進むと――
『汝、何者なるや』
何処からともなく、声が聞こえてきた…………。