第7話 裏ダンジョン脱出
突然のバニップとの死闘を終え、今度は裏側からの脱出を試みる。出口を見つける為に徘徊したところ――案外、簡単に脱出できてしまった。
なんか……こう、自分でもあっけなさ過ぎてなんとも言えない気持ちになった。
この裏側から出るには来た時のように横穴に入るのが一番だと思った。そこで天井に開いていた穴へと――すると、出た先は石造りの通路だった。ようやく、元の表側に帰って来たのだと安堵した。
ふぅ、これでまたモンスター観察を楽しめる。
――なんて思っていたのだが、どうやらここは以前いたエリアの通路とは異なるようだった。歩けど歩けど、石造りの通路が続いている。あげく迷路のように入り組んだ道筋をしている。まさに迷宮――ダンジョンだった。
ただ迷宮区だと、どんなモンスターが生息しているか予想できないんだよなぁ。下手したらバニップと同様に遭遇戦になりかねないんだよね。
そもそも迷宮がなんの目的で作られたものなのか、と考えるとその理由が解る。迷宮……平たく言えば “迷路” だ。予め複雑に入り組んだ道を用意し、侵入を拒む為にある。侵入者に対して目的地へと辿り着かせないように、と。
つまり、何者かが内部への侵入を拒むのが目的。すると迷路だけでは不十分であると言わざるを得ない、そこで登場するのがモンスターなのである。迷路内にモンスターを配置し、侵入者を撃退する為になる。それは規則性が見受けられないとも言え、どんなモンスターがいるのか不明なのだ。
しかし迷宮区か……やっぱりここは誰かの手によって作られた場所なんだな。侵入を拒む為の迷路があるってことは、それは『この場に侵入されたくない』という表れそのものだからだ。
そうなると、なんかちょっと残念だな。謎かと思っていたこのダンジョンがRPGよろしく、魔王の城の如く勇者の進行を食い止めるために存在してるなんてな……ありきたり過ぎるだろ。
こうも多種多様なモンスターが生息し、それに沿った生息域があるにも関わらずにそんな理由だとなぁ。テンション下がるわぁ……。
まぁ魔王うんぬんは俺の勝手な想像――というより、邪推なんだけども。こんなにも広大なダンジョンを建造するなんて魔王くらいなもんだろうし。神様がってことも考えられるけど、そうなると今度は侵入を拒むような作りにするのはおかしくなる。拒む理由が思い浮かばない。
なんにしても、ゲームと大差のない理由だろう。
それにしても、小一時間ほど歩いたがモンスターに出会わないな。迷宮区なんだから、スケルトや動く鎧をはじめとした、アンデッドモンスターが定番だと思うんだけど居ない。
あとはG系が定番かな? 意外なところだと、番人などにドラゴン種やゴーレムなんて強力なモンスターがいるかもしれないな。ドラゴン種だったら即逃走だけど。
う~ん、道がわからないのは困るなぁ。いや、今までも道が分らなかったけど見通しが悪いけではなかったからな。洞窟は……分からないなりに道なりには進めたけど、今は迷路で行き止まりに突き当たることもしばしば。そんなわけで、気が滅入ってくる。
――更に小一時間ほど歩いた。
すると、少し広めの部屋のような開けた場所に出る。しかし、様相が変化していた。歩いてきた道は石造りの通路だったのだが、ここは植物が生えている。草原……というよりは、畑に近いかもしれない。規則正しく生えているわけではないが、床の石板がところどころ破損して土と葉茎部分が散見していて、なんとなく日本でニュースやネットで見た “根性大根” を思い出す。
そういえば大根で思い出したのが食事に対することだ。これまで俺は様々なモンスターを捕食してきたが、味覚は機能してない。某漫画のように『味もみておこう。なるほど蜘蛛ってこんな味がするのか』と言ってみたかったもんだが。まぁ絶対に美味しいものではないと思うけど。
それにしても、なんだって急にこんな場所が? 放置された時間が長くいつの間にか自生でもしたのかもしれないな。葉っぱの形状を見るかぎり以前いた森林地帯では見たことない植物だな。この迷宮区、特有のものだろうか。
あれ? そうなるとおかしくないか。だってここ迷宮区だよ? 普通は植物が育つ場所じゃない、その種はどこから持ち込まれた? 誰かが持ち込まないかぎりそんなことにはならない。動物の糞に種が含まれ、そこから植物が育つ話はあるが、ここに来てからモンスターなどの生物を一切目にしていない。それはつまりここに生物が極端に少ないとも言える。下手すれば、一切生息していないことも考えられる。
そんな場所で植物……水は無い、光は一応ある。前の場所と違い、擬似太陽のようなものではないが、ウィル・オ・ウィスプのような浮遊する発光体だ。最初に見た時、ウィル・オ・ウィスプではなかったことが残念でならなかった。
そこかしこに浮遊しているとはいえ、淡い光を放つだけだ。これでは光合成するには不十分だと思うし、水も無いから植物が育つ環境ではないのは明らかだ。にも関わらずに立派に育っている。植物に詳しいわけじゃないけど見るかぎり虫食いなどの異常は見受けられない。
そんなことを考えていたら、足元に生えていたその謎の植物が動いた。あー……なるほどね、そういうことなのね。
“もぞもぞ” と動き出し、そして土が盛り上がり “本体” が姿を現した。人体にも似た塊根をし、葉茎部分がちょうど髪の毛のように見える。そんなモンスターが地中から這い出てきて、“トコトコ” とこの場から歩き去って行った。
マンドレイク――ヨーロッパ各地に伝承があり、一般的に知られている姿は地中にある塊根が人体の姿に似ており、地上に露出した葉茎部分は髪の毛のように見える。成長過程では地中にあるが、成長すると自力で地中から這い出して歩行する。
様々な魔法を実行する触媒や魔法薬、錬金術の原材料とされ媚薬や不老不死の薬の元になるとも言われている。
別名、『マンドラゴラ』とも言う。引き抜かれる際に絶叫を放ち、それを直接聞いた者は即死してしまう。
又、ドイツには亜種である『アルラウネ』がいる。生態はほぼ変わりないが一点だけ違いがある。
アルラウネを引き抜いた後、赤ワインで体を洗い紅白模様の絹布で包み箱に収める。そうすると、持ち主の問い掛けに答え人間が知り得ない知識や未来の出来事を話すという。
ちなみに、マンドレイクという名の植物は伝承とは異なるが実在し、根には各種薬効成分がある。
この植物はなんだろうか。マンドレイクなのか、それともアルラウネなのか。もしアルラウネだとしたら俺が疑問に思っていることに――って、意志の疎通できないじゃん⁉ そもそも赤ワインに紅白模様の絹布に箱なんて持ってないし。ちくせう……謎が解けると思ったのに。
とりあえず、便宜上マンドレイクにしておこう。しかし、マンドレイクがなぜここに? 大した戦闘力を有していないのだから、外敵に対して配置するモンスターとしては不向きだ。もしかして、他のモンスターの餌だったりするのか。確か餌用としてペットとは別に育成などをする人がいると聞いたことあるけど、それかな。
それにしてはモンスターが少なすぎるとも思うけど……謎が増えたかもな。まぁもう少しこの迷宮区を徘徊してみれば、どういった区画なのか解るだろう。モンスターが少ないってことは危険も少ないってことなんだし、気楽気ままに探索ができるってもんよね。
ん? 待てよ……このマンドレイクのあとを尾行れば、他のモンスターに出会うか、この迷宮区を知れるか、上手くいけばこのダンジョンの出口を見つけれられるかもしれない。
これまでの場所に生息しておらず、誰かが持ち込んだということは出入り口に近い……はず。本来はこのダンジョンに生息していないものだから、外界から持ち込まれたから配置されたモンスターとは異なる、ということも推察できる。まぁこの推察は可能性は低いだろうけどね。
他にすることもないし、あとを尾行てみよう。他のマンドレイクが地上に這い出て来るまで、待つこと30分ほど。ようやく二匹目が地上へと出てきたので、予定通りにあとを尾行る。
“トコトコ” と歩く後ろ姿は可愛い、正面は……お察しである。これがドライアドみたいな女性型モンスターならより一層可愛いんだけどなぁ。
それにしても、しばらくあとを尾行ているが道に迷う素振りを見せずに向かう場所を知っているかの如く進むなぁ。土の匂いとかそんなものを感知する能力でもあるのだろうか。歩く速度は、3~5歳児くらいかな、そんなに速いものではないから見失うことなく追える。
微笑ましく後ろ姿を眺めていると、突然止まったかと思ったら “ピョンピョン” とその場で跳ね出した。なにか困っているのか、それとも慌てているのか……いったいどうしたのだろうか。
その時、冷たい風が通り過ぎた。そして、この場の空気が冷たく変わったのを感じた。あー植物だから冷気には弱いから、慌てているのか。
なんてことを思っていたら目の前に白くぼやけたなにかが通り過ぎた。その正体を確かめるべく注視してみると、いわゆる幽霊だった。多分モンスターなんだろうけど……幽霊系だと区別がつきにくいんだよな。
大雑把に区分すると――
『ゴースト』。人間が死ぬ時に強い怨念や宿願などがあり、成仏できずにこの世を彷徨っている魂。一応はモンスターではあるが、心霊写真などの幽霊としてのが馴染みが強い。
『ファントム』。これに関しては、必ずしも死者の霊であるとは限らない。例えば幽霊船や幽霊飛行機などが該当する。
『スピリット』。日本語に翻訳すると理解しやすい。幽霊というよりも精霊や魂と言う方がしっくりくるモンスターだ。生霊、死霊どちらも問わず、あらゆる魂を含んだものである。
『スペクター』。悪霊として扱われることが多く、恐ろしい姿をしている。遭遇してしまった者は例外なく心の底から震えあがってしまうという。又、スペクターに身体を乗っ取られ追い出された魂は、己の容れ者となる身体を探し求める新たなスペクターと成り果てる。
『レイス』。民間伝承おいては、生霊に近いものとされている。死が近づいた者の遠く離れた家族や親しい友人に別れを告げたいという想いがレイスと成って、その相手の元を訪れる。
先程から目の前を行ったり来たりするばかりでこちらを襲う様子はない。ってことは、ゴーストか、スピリットか、スペクターか――って、区別がつくかっ⁉ どれだよ⁉ 誰か教えてくれ。まぁとにかく害はないのでひと安心。
そんなわけで目の前のマンドレイクさんや、そこまで怯える必要はないよ。早いとこ俺を案内してくだされ。