第6話 死力を尽くしての戦いⅡ
やっとの思いで水場に到着したと浮かれていたら……なんとバニップと遭遇。
そのまま戦闘へとなる。ゼラチナス・キューブに生まれ変わってから初めての戦闘――いや、死闘だった。
この謎のダンジョンで行われている生存競争に、ついに俺自身も入ることになってしまった。
このバニップを殺さなければ、こちらが殺される。
今の俺はゼラチナス・キューブ。スライムに出来る攻撃手段はなんだ……体当たりが関の山か。
粘液状生物だから形状変化は可能、そして俺は元は人間でその強みは思考力だ。知恵を絞り己の身体の形状を変化させ、武器を模ることを試そうとしたが、無意味だとすぐさま思い直す。
形状は変化したとしても、性質は変化しないのだから。いくら剣の形を作り出そうとも、それは柔らかいものである。そんな子供のおもちゃの剣では傷を負わすことは不可能だ。
駄目だ……有効な攻撃手段が見つからない。
痛みに悶えていたバニップがこちらに向き直る。そして再び『ブゥゥゥウウウウウウ!』と咆哮。洞窟内に反響するほどの咆哮、怒りが頂点に達したのは明白だ。
バニップは二足歩行を止め、四足歩行による怒りの突進をしてくる。これは避けねばならない、ここは形状変化を活かして避ける。
球体へと変化させ素早く真横へと移動し体当たりを躱す。どうだこれが人間の知恵だ、思い知ったか。勢いそのままにバニップは壁へと激突する。
確かに形状変化で攻撃を加えるのは意味を成さないかもしれない。しかし要は使いようなんだ、回避や防御に活かせばやってやれないことはない。ピンチこそチャンスとはよく言ったもんだ、死ぬかもしれない状況でこんなことを思い付くなんてな。自分で自分を褒めてやりたい気分だ。これでまだ戦える。このまま攻撃を避け続けている間に打開策を考えるとしよう。
一筋の光明を見出したことによって、生きる活力が湧き上がる。
それから俺はバニップの爪、嘴、体当たりと攻撃を躱し続ける。球体で素早く動き避け、細長い棒状になり足元をすり抜け、火の輪くぐりのように輪っか状に変化し躱す。
しかし何度も形状変化で攻撃を躱し続けていくうち、全身に違和感を覚え始めた。通常のスライムならいざ知らず、ゼラチナス・キューブである俺に形状変化は負担みたいだ。
ここは逃げるべきか――いや、逃げるわけにはいかない。今ここで形状変化を駆使すれば逃げ出すことはできる、けれどここで戦って生き残れなければこの先やっていけはしない。
だから逃げるなんて選択肢は無い。
何度も攻撃を躱され怒り狂ったのか、バニップは手当たり次第に暴れまわる。周囲を破壊していき、岩塊などが降り注ぐ。考えての行動か、それとも考え無しか……飛んでくる破片をも避けねばならなくなった。これは厄介だな、底なしに能無しってわけでもなさそうだ。
バニップの攻撃と岩塊を躱し続ける。こう回避に専念しなければこっちが殺れる。打開策を考える余裕もなきゃ、形状変化の負担で体力が尽きちまう。
「――ッ⁉」
――その思考が不味かった。バニップから注意が逸れてしまい、鉤爪で切り裂かれ続けざまに尻尾で思いっきり叩かれた。
今のは相当効いた……視界がくらむ。ヤバイ、体が動かない。
ちっくしょぉぉおお! このまま成す術なく殺れる。なんとか……どうにか……なにがなんでもバニップを殺さないと。
日々、弱肉強食が繰り広げられているダンジョン。現実とは常に非情である。
身動き出来ない俺は……バニップの右前脚によって踏みつぶされた。弱いものの犠牲の上に強いものが栄えるのが世の理。
――だが甘い! 俺は人間からゼラチナス・キューブへと生まれ変わった。本来のゼラチナス・キューブであれば、意志や自我なんてのは無いはずだ。しかし俺にはそれらがあり、今もそれらによって生き延びている。
それはつまり……世の理から外れた存在である証拠。だから、この世界の下らない理に従ってやる義理は無い。
踏みつぶされる直前になるべくバニップの前脚に触れないように形状変化する。その後は、地面に先に触れた前脚によって出来た割れ目に滑り込み回避。
バニップは俺が跡形もなく死んだと勘違いしたようだ……狙い通りだ。もちろん、逃げる為に隠れてやり過ごすつもりなんて毛頭ない。俺とバニップでは力の差は歴然、そんな俺が殺すには隙をつく他ない。
バニップがその場から移動を始める。背を向けたと同時に穴から這い出て、バニップに気付かれないように天井へと移動し貼り付く。
傷のせいか、俺を殺したと思ってかバニップはゆっくりと歩く。俺は少しばかり先回りし、タイミングを見計らいながら待ち伏せる。
真下にバニップの頭部が差し掛かる。待ち伏せると同時に体内に予め取り込んでいた岩塊を奴の眼球目掛けて天井を蹴るようにして落下する。
勢いよく落下速度を加えて岩をぶつけ、狙い通りに左眼球を潰す。その痛みに苦しみ大口を開けたところへ、体内から岩を出しバニップの口内へと無理矢理に叩き込む。そして、すかさず頭部全体に覆い被さる。
潰れた眼球と口内を俺の消化液で溶かしていく。バニップはその激痛で狂ったように暴れる。
けれど溶解で殺しきるのが俺の狙いではない、溶けきるまでにかなりの時間を要してしまう。俺はバニップを窒息死させる為に覆い被さった。
バニップは暴れそこかしこに全身をぶつける、俺ごとぶつかることもある。しかし、俺は必死に喰らい付く。ここで引き剥がされたら終わりだ、この機を逃したらもう殺せない。だから絶対に離されないように最後の力を込める。
……どれくらいの時間が経ったのだろうか。無我夢中で必死に貼り付いていたので、体感では数時間に思える。初めは暴れ回っていたバニップだったが段々と動きが鈍くなり次いで痙攣しはじめ、やがて動かなくなった。実際には数十分ほどだろうけど、俺にとっては長い戦いの終わりを示していた。
死力を尽くしてなんとか生き延びる事に成功した。けど、喜ぶ余裕なんてなかった……俺はその場で気を失った。
――――目を覚ます。
状況確認に為に周りを見渡す。目の前にはバニップが横たわり、そしてその死体にG系モンスターが数匹集っていた。
そうかちゃんと殺したか――おかしい。確かに生きるか死ぬかの問題ではあるし、殺されないように必死だったとはいえ……生き物を殺す事になんの忌避感を覚えていない自分がいる。
これはやっぱり自分も同じように生存競争を生き抜く生物へと生まれ変わったことによって感情や感性がモンスターのものへと変化したからか。
少し考えてみる。出会ったのがバニップではなく “人間” だったとしたら、俺は人間を殺せるのか……と。
考えた末……殺せる。俺は、そう結論付けた。人間相手だとやっぱり思うところはある、しかしこれが死活問題であると考えたら迷うことなく人間を殺す、と思う。
生き残る為に仕方ないと言い訳がましいが、実際にそうなのだから仕方ない。殺さなければ殺されるのだから。
モンスターへと生まれ変わった事とこのダンジョンの生存競争を目の当たりにしてきたからか、それが当たり前の考えであると認識していた。
まぁモンスターなのは変えようのない事実で、モンスターとしての生き方をするのは当然だとも思う。俺は立派なゼラチナス・キューブというモンスターとして生涯を終えることを再度決意した。
モンスターに相応しい生き方をしなければ、あっさりと殺されてしまうだろう。そんなのは御免蒙る。
はてさて、これから先はどうしようか。念願の水浴びを達成したからな、やっぱりここは裏ダンジョンから抜け出すのが一番だよな。ここモンスターが少ないから楽しくない。俺は様々なモンスターを堪能したい。
しかしだ、問題は現在位置はどこなのか、それと出口はあるかということだ。可能性が高いのは目の前にある地底湖だったりするわけだが。バニップほどの大型モンスターが生息するには、この場は餌の量が少なすぎる。だからこの地底湖は表側と繋がっている可能性が高いはず。餌場には不向きだ。
けれども俺が水に入ると意志とは関係なく勝手に身体が水を吸収してしまい、泳ぐこともままならない。遵って、却下。
地道に洞窟内を歩き、出口を見つけるしかないか。風を頼りにしたいところだけど……無風なんだよね、ここってば。なるべく上を目指して進んでみるか、洞窟なんだし坂道を上がっていけば地上に近づくだろうし。
それとモンスターをよく観察していこう。ここは餌が少ない、モンスターの数が増えるということは表に近いはず。表側のダンジョンに近ければ、自ずと餌が増えると言える。それを鑑みると、ここはモンスターの数が極端に少ない。その証拠にバニップという大きな餌が転がっているにも関わらず、食しているのは数えられるほどのモンスターしかいない。
と、なるとここは裏側でもかなり奥深い場所なのかも。脱出の確実性が高いのもあるにはある……アティアグの巣穴へと戻ること。来た道を帰るのが一番なのだから、しかしそんなことをするならわざわざ水浴びなんてしてないてーの。あそこには二度と近づきたくない……こう思うってことは、俺にはまだ人間性が残ってるんだな、とふと思った。
よろよろ、とした足取りで水場から離れ――その前にバニップを吸収しておこう。体力を回復するにもまずは食事からだ。
食事を終えたら、出口を探しに行くとしよう。きっと、なんとかなる。この死闘をも切り抜けたんだからな。
一つの戦いを生き延びたことで俺は自負心が芽生えた。不安に思うことが多かったが、この苦難を乗り越えた為にこのダンジョンでやっていける。そう確信していた。
更新が遅れて申し訳ありません。
初の戦闘なので泥臭くもカッコイイ、もしくは泥臭くても見応えのあるものにしたかったので。
スライムの特徴を活かしつつも、おかしくならないようにしたいと考えてました。そうすると大変なんですよね、勝ち方が思い浮かばない、思い浮かばない。(笑)
相変わらず更新頻度は低いと思いますが、どうか気長に待って頂けると助かります。