第5話 死力を尽くしての戦いⅠ
水を求めて三千里……実際にそこまで歩いてはいないだろうけど、気持ちとしてはそれくらいに感じている。
この裏ダンジョンに迷い込んでから二週間以上は経った気がする。しかし、ようやく水場に辿り着けそうだ。今歩いている場所が湿気と水気をおび始めた、これは間違いなくこの先に水場があるに違いない。いやそうであったくれ、切実に。
水場か……やっぱり水棲モンスターはいるのだろうか? 俺としては出会いたい。けれども、ここは裏側だ。これまで観察などを続けてきたが、やはりモンスターの生息数は表に比べると圧倒的に少ない。まぁ、そもそも洞窟内の水場だから俺が期待しているようなのは居ないだろうなぁ、残念だ。
ケルピーなんて是非この目で見てみたいものだ、あんな半魚馬なんて面白すぎる。絶対に居ないのは判ってるはいるが、期待をせざるを得ないではないか。
だいたい、水棲モンスターの多くは巨大なんだよ。クラーケン然り、シーサーペント然り。だから、この窮屈な洞窟に生息してるとは思えない。
それでも考えようによっては良いのかもしれないけど。モンスターが居ないということは、危険な目には遭わないということだ。
水棲モンスターだから火炎系の攻撃をすることは稀だろう……水棲のドラゴンは居るからな。シーサーペントは、ドラゴン種である可能性が高いし。
それに水棲モンスターには、ある共通点があったりする。それは、水中へと引きずり込むというものだ。これにはさすがの粘液状生物であるスライムも太刀打ちできない。粘液状生物とて、酸素は生きるのに必要不可欠なのだから。
危険なモンスターが居ないとなられば、安心して水浴びが出来ると言うもの。岸辺の浅瀬ならいくらスライムでも問題なく体を洗えるはずだろうしな。まぁ、その辺は粘液状生物の実体を確かめる意味もあるけど。
なんてことを考えていたら、足元にいくつもの水たまりが現れはじめた。うむ、どうやらこの先に水場があるようだな。そういえば洞窟にある水場だから、地底湖扱いなのか? いや、そもそもダンジョン内なうえに、そのダンジョンがどこに存在しているものかさえ解っていなかったな。
まぁなんでもいいか、ダンジョンの謎は追々考えればいいからな。早いとこ水浴びをしたいぜ。水場が近いと思うと自然とテンションが上がってきた。ゼラチナス・キューブだから脚は無いけど、急ぎ足で水場を目指す。
――開けた場所へと出るとそこは巨大な地底湖が広がっていた。
予想外な大きさに俺は呆けてしまった。いやだってさ、まさかここまで大きさの水場と思ってなかったんだよね。ちょっとした溜め池やゴルフ場にある池くらいを想像してたら、目の前には琵琶湖ほどあるのではないと思うほどの湖があるのだから。
なにはともあれ、さっそく水浴び――ではなく、観察を開始しよう。俺とて早く体を洗いたいところだが、この地底湖に危険なモンスターが潜んでいる可能性があるからな。まずは安全確認をしなければならない、注意一秒怪我一生ってね。それにここまで大きさの湖であれば、下手したらシーサーペントなどのモンスターが生息していたとしてもおかしくないからな。
周りを見渡し、地底湖の奥を注意深く観察してみる。ふむ……予想通りに水棲モンスターは生息していないようだ。水面に変化が見られない。地底湖ゆえに無風だ、波が立つとすればしれは何かしらの生物がいた時だけ。しかしこの地底湖は波一つ無い、それはここには生物がいないと言える。仮にいたとしても魚程度だろう。波を起こすような大型は居ないのは確実だ。
よし、危険は無いな……であれば、ゆっくりと体を洗いますかね。はぁぁ、やっぱ日本人だからか風呂が恋しいなぁ。お湯を沸かしたいところだけど、今の俺には火を起こすことすら叶わない。
さて、水に入ってみるか。粘液状生物とは言え、水と溶け合うことはないだろうけど水に身体を浸すのは少し怖いよな。まぁクラゲみたいなもんなんだろうが……気持ちや気分的によろしくない。なんたって、ゼラチナス・キューブに転生してから初体験だからな。自分の身体なのに把握しきれてないからな、今後のことを考えてもここで水に対してどう反応するか確認しておくべきだ。
意を決して、しかし安全を考慮し小学生のプールの時間を思い出すようにして慎重に入水をする。
その結果――水ヤベぇよ! マジ危ねぇってこれ! 洒落になってねーから⁉
なにが遭ったかと言うと水に溶け合うことはなかったものの、体が勝手に水を取り込む。そりゃあもう、物凄い勢いで水を吸い込むもんだから体積が急増して破裂するかと思ったぜ。実際には破裂などしないだろうとは思うが、身の危険を感じた……これが本能というものだろうか。
うむ、モンスターと出会って危険な目に遭わずに油断してたよ。まさか水そのものが危険とは思わなんだ。だって人間の時じゃよほどのことがなければ水は危険ではなかったんだもの。そんな認識は皆無だ。
今後は水にも気を付けるべきかもしれんな……あり? そういえば今まで水気のある道を通って来てたよな? まさか俺が気付かないだけで体積が増えてた、のか? ここに来て、自分の体の不便さ……身体構造を理解していないことが仇となるとはなぁ。
――この時、水面に波が起きていたことに気付かなかった。それは、てっきり自分自身が暴れたことによって起きた波だと思っていたから。
岸際に波が後から後からと押し寄せ続ける、それは “ナニカ” が岸へと向かっているということ。
そのナニカに気付いた時には既に遅かった、俺はわけもわからずに背後から攻撃を受けるだけだった。
長い腕から放たれた鉤爪によって、背中が裂ける。
「――ッ⁉」
避けた部分がすぐさま元に戻る。さすがは粘液状生物、しかしそれでも痛覚はきちんと機能しているようだ。裂かれたのは背中だというのに、全身に激痛が走る感覚を確かに感じた。
理解が及ぶまで時間を要した。痛みでようやく俺は自分が襲われているのだと自覚したのだから、世話ない。
それにしても痛覚が機能してるってことは、やっぱスライムもれっきとした生物なんだな。痛覚は危険信号だ、それは生死を分かつ大事な要素である。危機的状況にも関わらずに、俺はそんな暢気なことを考えていた。
攻撃を加えた相手を確かめるべく後ろを振り返ろうとしたが、追撃の鉤爪を再びくらってしまう。勢いそののまま、岩へと叩き付けられてもしまう。
「――ッ⁉ いっっっ痛てぇ!」
壁などに叩き付けて遊んだ、おもちゃのスライムを思い出した。小学生の時によく遊んだっけなぁ……って、これ走馬燈か⁉ こんな所で死んでたまるかぁ!
怒りを露わに襲ってきた相手を睨みつける――目が無いから気持ちだけどな。
『ブゥゥゥウウウウウウ!』
「おいおい……それは威嚇か? そんな鳴き声も上げられたんだな。しかし、まさか “バニップ” とはな」
バニップ――鰐のような胴体に頭は鳥で、硬い嘴の姿をしたモンスター。
主には川や湖に生息しているが、陸上でも活動することも可能であった。その際、直立二足歩行をする。鳴き声は『ブー』と唸るような響き声と言われている。
これは、本格的にヤバイかもしれんな。完全に俺を外敵と認識しているようだし、なにより気付くのが遅れた為に逃げることも無理そうだ。
しかし、バニップはデカイなぁ……ざっと見、4m近くはありそうだ。この体格差の不利も加わるのか、絶体絶命ってやつかな。
物理的な攻撃は全く無効というわけではない。あくまでも物理的な干渉では死ににくいってだけだ、その証拠に痛みを感じている。あの巨躯から繰り出される攻撃はかなりの衝撃だろう、耐え切れるもんじゃないよな。
ここは戦って勝つしか生き残る術は無いわけだ。
バニップは鈍重な足音を響かせながら、俺へと近づいて来る。幸か不幸か……岩に叩き付けられたおかげで、距離が開いたわけか。この短時間で何か対策を考えないとな、相手はバニップだから一撃で殺されることはないだろう。水棲モンスターだけに火炎系の攻撃は有していないだろうからな。基本は、鉤爪や嘴による直接攻撃のみだ。
これを避けれれば活路を見い出せるが、体格差とダメージで俺の動きのが遅い。元々スライムだから遅いってのもあるが。
こちらが考えを巡らしている最中にもバニップが段々と近づいて来る。考えろ、考えるんだ俺! でないと死ぬんだぞ⁉ 冗談でもなんでもなく、本当に……現実は常に非常である。
何も考えが浮かばず、目の前にバニップが立つ。そして、硬い嘴が俺目掛けて振り下ろさせる。
背後にあった岩ごと俺は嘴を受ける。岩はバニップによって粉砕された、それだけの威力であると否応なく伝わってくる。
ちくしょうぉぉ、クソ痛ぇな。俺を嘴で貫いたことで、体内の分解酵素か酸性に触れたことによってバニップが嘴に傷を負ったようだ。ざまぁみろってんだ、これがまさに痛み分けってやつさ。
まだなんとか耐えてはいるが、もう何回か攻撃を喰らってしまえば死んでしまう。本能でそう確信する。
今のはただ単に運よく、死ななかっただけに過ぎない。こんなことをそう何度も続けられない、俺の生命が先に尽きる。
さっきのは攻撃をしたとは言えない……こちらからも攻撃をしないことにはこの場を生き残れない。
バニップは少し戸惑いをしている様子だ。それも当然ではある、ドラゴンやバニップなんかは堅牢な鱗によって攻撃を弾いたりして受け付けていない。しかし、俺は攻撃を真正面から受けてなお死なないうえに見た目には傷を負ってはいない。そんな相手と戦ったことないだろう。
だから、スライムは難敵なんだよ。
更新が遅れて申し訳ありません。元々、遅筆なのですが今回の展開を悩んでました。
前話までのように、モンスター紹介をするか、山場を作るか、悩んでいたわけです。
物語に起伏がないと平坦となり、読者さまを飽きさせるのではないか、と不安に思う。しかし、モンスター紹介をするのが、この小説の持ち味でもあると考えてます。
その為、どちらが良いのかと悩んでいたわけです。
結果、山場を作ることにしました。
こう言ってはなんですが『ものは試し』という言葉がありますので、どのような感想を抱かれるのを知るのも一つと考えた為です。
スライムで戦闘って本当に難しいです。本音を言うと……どうやって勝たせたら良いものかと悩んでおります。(笑)
まぁ、そこが創作の楽しみや醍醐味でもあるので、楽しんで書かせて頂きます。
ちなみに主人公のセリフですが、実際には喋ってませんよ。スライムなんで発声器官はないので、あくまでも本人は喋ったつもりでいるだけです。表現としてあった方が、臨場感が出るのではないかと思った次第です。