第2話 最弱モンスターがスライムだと、いつから錯覚していた?
ミノタウロスの生息域から移動中。しばらく、あの地域を徘徊していたが特に面白いモンスターに出会うことがなかった。なので別の地域へと移動しようと思い、現在移動中。
どうやらここは複合地域のようだった、荒野、草原、森林の三つから構成されたエリア。そしてこのエリアの上位がミノタウロスのようだ。彼らは他のモンスターとは違い知能があり、群れで生活している。そのため、他のモンスターと比べると優位に立っている。
そのせいか、エンカウント率が悪い。見かけるモンスターの大半がミノタウロス……飽きた。タラスクスのようなレアモンスターと出会ったのはあの一回だけ、ここにはさほど珍しいモンスターは生息していないのかもしれない。あのタラスクスもこのエリアのどこか奥地に生息しているかもしれないなぁ。多分、あの個体以外はいないと思う、居れば何度か見かけてもおかしくないし。
――移動を始めてから3週間ほどが経過した。ただ体感なので正確ではないし、このダンジョンがおかしいのもその原因の一つでもある。ここは間違いなくダンジョンだ……それなのに、しっかりとした光源が存在している。常に明るい、ダンジョン内を明るくする目的と日数を数える為に擬似太陽みたいなものがあるのかと思ったが違う。岩陰を1日中観察していたが、一切影の形が変わらないのだ。それはつまり、光源は一定方向から常に照らしてることになる。
そんなわけで、実際ここに来てからどれくらい経つのかも曖昧だったりする。
そういえば、移動中に一つ変化したことがある。それは襲われるようになった……まぁ余裕なんですけどね。下等なモンスターに襲われたところで俺はゼラチナス・キューブだ、易々とは負けない。ミノタウロスの集団やタラスクスが相手だったら死ぬかもしれない。ミノタウロス相手なら死ぬとは思えないけど。
けど、彼らはゼラチナス・キューブを敵と見なしていない為、襲ってくる心配はない。タラスクスには不用意に接近はしないけど、なにが逆鱗に触れるかわからんし。
野生動物と大差ないような、そんな本能のみで生きる下等なモンスターに襲われる。確かに、縄張りに不法侵入すれば敵対行動をとられてもしかたない。けど無駄死には変わりないからやめてほしい、俺は何もしていないから尚更遣る瀬無い気持ちにさせられる。
スライム……俺はゼラチナス・キューブだから正確にはその亜種になる。スライムと聞いて雑魚モンスターと思い浮かべるのは、にわか知識だ。本来のスライムは最弱モンスターではなく、難敵なのだから。
俺は亜種ゆえに不定形ではないが、通常のスライムであれば不定形粘液生物になる。そんな相手に物理攻撃はあまり意味を成さないし、体内に心臓などの器官がない上に分解酵素か酸性に満たされている。攻撃した相手のが傷を負うのは必須、これが武器であれば多少刃こぼれなどの損傷になる。無効……とまでは、さすがに無理だろうけど、基本物理攻撃は効果がない。
まぁタラスクスとかの大型モンスターの大質量で踏みつぶされたら死ぬ気がするけど。実際のところはわからない、当然だそんな死ぬかもしれないことを己の身を使って確かめる気なんてさらさらない。スライム系のモンスターと出会ったら、注意深く観察しようと思う。
それで……RPGで言うところの『G系』が襲ってくる。『G系』と言っても、ゴキブリではない……多分、類似はいる気がするけど。 “G” はGiant という意味だ。平たく言えば、通常の生物が大型化し脅威と判断され、モンスターと認定しているようなものだろう。
本能に従い外敵に対して攻撃を行う……けどそれは無意味だ。スライムの亜種に対してそんなことは自滅行為に他ならない。俺の身体に攻撃しようものなら、その部位は体内から抜け出ることは不可能だ。俺が吐き出さない限りはだけども、しかし正当防衛である! そんな不定の輩を逃がすわけはない! スライムだと侮った貴様らが悪い。いやまぁ、そんな知性は無いだろうけどな。
勝手に襲ってきて、勝手に自滅していくのだ……虚しい。
これまでに襲われたのは……鼠、コウモリ、サソリ、蛇、蛙、蟻。もちろん、全てGが頭に付く。サソリと蛙は少し厄介だった。この2匹は毒を持っているようで、サソリの尻尾の針が身体に突き刺された時に整体なんかで使用する微量の電流を浴びたような感覚だった。蛙はバカみたいに突っ込んできて、そのまま体内に収まったけど、その時に電流を感じた、だから毒だと思う。RPGだとしたら、元々身体構造からして分解酵素か酸性から出来ているから、毒耐性が異常に高いんだろう。
けれど、G系で一番面倒だったのは蟻だったりする。軍隊蟻のような生態だったようで、近くを通っただけで物凄い数の蟻が襲ってきた。もれなく、俺の体内逝きの餌食だったけど……その時の俺を客観視したら、相当気持ち悪い見た目をしていたことだろう。体内に収まりきらずに、至る所から蟻がはみ出していた。
『苦しい……助けてく、れ』
『いっそ、殺してくれ』
そんな呻き声が聞こえてくるようだった。蟻は言語を解さないから、知らんけど。
不気味な見た目をしていたせいか、襲ってくるモンスターが減ったのは助かった。体内のものを全て消化し終わるまでにかなり時間を要した。元々消化には時間が掛かるけど、今回は量が半端なかったからな。
そして徘徊し続け、ようやく通路の入り口が見える場所までやって来た。“ぽっかり” と開いたそれは口を彷彿とさせるほど大きい通路だった。
最初にいた通路は俺だけで道を塞いでしまうくらいの大きさだったのに、この通路はかなり広い。横幅が100m以上あるように思える。もしかしたら、タラスクスはこの先のエリアからやって来たのかもしれないな。となると、この通路の先にレアモンスターがいる可能性が大きいのか、それはそれは楽しみだ。
……と、思って意気揚々とその入り口に向かうのだが、その近くにとんでもないものが寝ていた。
大蛇だ……それも、あのタラスクスをも丸飲みにしてしまうほどの。
スライムなんだから、いくらデカイ蛇だからって恐れる必要はない……とは、とても思えるような相手じゃない。どう見ても、 “ワイアーム” なんだもの……あれには近寄りたくない。
ワイアーム――大蛇に前脚が一体化した翼を持つドラゴン。
モンゴリアンデスワームなどの『ワーム』の大元とも言われているモンスター。非常に凶暴でも知られている。
そんなワイアームの傍を通り過ぎたいと思うのは自殺行為だ。そう奴は見た目こそ蛇に翼が生えたものだが、れっきとしたドラゴンなのだ。タラスクスもそうであったように、ドラゴン最大の特徴は『火炎の息吹』を使うこと。
スライムは粘液状生物で火や雷などの攻撃に弱い。今までドラゴン種のように息吹攻撃をするモンスターや魔法攻撃を行うモンスターと遭遇してたなかったから油断してた。いやタラスクスが居たけど、感動のあまり失念していたんだよね。
おそらくワイアームの火炎の息吹を喰らったら、一瞬で蒸発しかねない……俺、まだ死にたくないっす。絶対にあれに近づいたら襲われる、問答無用で襲ってくるに違いない。
はい、すいませんでした。ちょっと調子に乗ってましたよ、敵無し状態で俺TUEEEでしたもんで。はは、所詮スライムなんて厄介なだけで、対処さえすれば下位モンスターですからね。俺、メタルなスライムに生まれ変わりたかったっす。アイツなら弱点克服しているし、素早さもあるから逃走も余裕だろうし……つーか、実際にいるかわからんけど。
というわけで、メタルな奴の如く逃げ出した。
怖ぇよ、このダンジョン思ってたよりも危険かもしれない。ゼラチナス・キューブだから、滅多に襲われることはないと思ってたし、襲われたとしても下等モンスターだけだと思ってた。
さて、これからどうしたものか……このままこのエリアに残り安全に過ごすか。いや、やっぱりこのダンジョンのことを知りたいし、なによりもレアモンスターを思う存分に観察したい!
なんてことを考えていたら、横穴を見つける。人間一人くらいな、楽に通れそうな幅だった。もしかしたら、獣道みたいなものかもしれないと考えた。ワイアームが居座る通路を通ろうと思うモンスターは居ないだろう、本能でもあの恐怖を感じ取れるだろうし。ワイアームを避ける為に作られた抜け道として。
ゼラチナス・キューブとは言え、スライムに変わりないからこんな道も楽々通れます。未知への好奇心を抑えられずに、俺はその横穴へと入る。