食べさせ合いと距離感。
いったいこれは何の試練だろうか。食べさせられるのは多分ご褒美。だけど、食べさせようとすると距離を取られるとか、怪しい動きをされているんですが。
「あ、あのさ、あの……」
「口、開けて下さい」
「あ、あ~……んむっ……美味な甘さ……じゃ、じゃあ俺もこれを――って、どうして逃げるのかな」
「逃げてないです……それがわたしの望み……」
俺のことを遠くから見つめていたい佐那さんはかなりの変わり者だった。好意を持たれているのは素直に嬉しい。だからこそ、パンの食べさせ合いには喜んで応じた。それなのに、今の状況は何かの試練かな?
「サ、サトルきゅーん……助けて」
「ヤメロきもい! いや、那月はああいうタイプなんだよ。だから慣れろ。そして受け止めてやれ」
「受け止めろって、あんな距離を取られて見つめられて……俺が近づくたびに離れていく彼女をどうしろと」
「耐えろ。すぐ慣れる」
サトルの言う慣れっていうのはそういう意味だったらしい。俺が近づくと離れ、離れた所からじっと見つめて来る個性的な女子に慣れろという、ある意味屈辱的な行為を耐えろとおっしゃる。
「一応聞くけど、あの子は俺とカレカノ関係を望んでるんだよね?」
「まぁな。だが今は慣れろ!」
これはもうマジな奴だ。俺のことをじっと見つめて来る女子に心当たりは一人、いやもう一人くらいはいるものの、明らかにその二人とは違う動きをする女子は初めてだった。一年生の頃から見つめられてきたとすれば、俺はどれだけ鈍かったんだという話になってしまう。
「葛城高久さん、今日は楽しかったです……また来週の新作日が待ち遠しい……それでは、さようなら」
「さ、さようなら。いやっ、フルネームで呼ばなくてもいいからね? 俺も佐那さんって呼んでるんだし」
「はい……検討します」
「じゃあな、那月。また来週ここで!」
サトルの言葉を聞いた彼女は、気配を殺しながらこの場を離れていった……のか? どうにも視線という気配だけを俺限定で残している気がするけど。
「まぁ、何だ。悪い子じゃない」
「そ、そんなぁ……ゆかりなさんには何と説明をすればいいんだよ」
「怪しい関係でもないんだし、そのうちでいいんじゃね? ってか、もう一人の女子だけど、あいつ今日は来れなかった。だから、明日教室で話しかけるって言ってたぞ。平気か?」
「平気じゃない。ゆかりなさんがいる前でそんな大それた行動はよろしくないよ?」
「それなら平気だ。花城には話してないらしいけど、新規パン仲間は花城の知ってる女子だからな! ごく自然に話しかけられるだろうな。パン仲間ってだけならさすがの花城も怪しまないし、安心だろ」
「そ、それなら何とか……え? 俺は知らなくて、ゆかりなさんは知ってる女子なの? 一応聞くけど、その子も俺のことを?」
「モテ期だな。喜べ!」
「う、嬉しくない……俺は妹……じゃなくて、ゆかりなさんだけでいいのに」
「心配すんな高久。お前がモテれば花城は必ず、黙っててもお前にちょっかいを出して来る。その方がいいんだろ?」
俺にずっと成長を望んできた彼女だ。そうなのか? モテまくって、見せつければ焦りを見せて近づいて来るのだろうか。別れたわけでもないのに、俺だけが勝手に勘違いをしている……そうなのかな?
そうだとしてもゆかりなさん不足に陥っているよ? あぁ、会いたいな。