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ゆかりなさんと過去編 ゆかりなさん視点

 公立の中学に転校すると決めたのはママだった。花城の令嬢であるわたしは自動的に私立に行くことが決まっていた。それなのに、普通の人と付き合いを始めたママから聞かされたのは、まるでおかしなことだった。


「ゆかりんと同い年の男の子がいる彼の家に住むことにしたからね。だからゆかりんは、公立の学校に転校して普通を学びなさい」


「何で? だってわたし、後継ぎでしょ? 公立に行ったら帝王学とか経営の色々をどこで学ぶというの?」


「それはもう必要が無くなるかもしれないわよ? ゆかりんがその男の子を好きになって、ゆくゆくは……ってなったら後継ぎも考えなくて済むかもね」


「え? 再婚じゃないの? 再婚したらどんなに好きになっても、兄妹のままになるはずでしょ……」


 ママと彼氏さんが再婚すると、わたしとその男の子は兄妹になる。お互いが連れ子同士の再婚。そうなれば、もし男の子のことを好きになっても、その想いは無駄なものとなる。


「後継ぎはあの子がいるからいいとして、ゆかりんはその男の子に会うまでに、外でアルバイトでもして来なさい。そうすることで、男の子といつかどこかでアルバイトをする時に恥をかかなくてすむわ」


「でも公立の学校って色々制限があるんじゃないの? それも中学だよ? アルバイトなんて許されないでしょ」


「もちろんゆかりんはタレントではないから出来ないわ。そうではなくて、職業体験をしてくればいいわ。私の許可印を押しておくから、転校先の学校で申請を出しておきなさいね」


 そうしてわたしは男の子の家に住む前に、公立の中学へ転校した。その中学から近くの高校に行くためと、男の子と一緒に通う為に。


 転校早々、しばらく会っていなかったチヒロくんに出会った。懐かしいな……そう思っていたのに、すごくムカつく男子にも出会ってしまう。こんなムカつく男子と友達とか、それだけでチヒロくんとも距離を置きたくなった。


「今は近くのカフェで職業体験を行なっている。花城さんと後二人の女子で行くことになるが、問題ないか?」


「はい、構いません」


 そうして学校にお願いされているカフェに行くことになった。二人の女子はとても大人しい子だった。一人は名前を聞いて納得出来た。わたしと同じように、途中で公立に来たらしく、世間を知るために体験をすると言っていた。


綾羅木あやらぎあきらさん? あのグループの?」


「花城さんもそうですよね?」


「ええ、そうです」


 ママが一代で築いた花城と一線を画す綾羅木は、ママいわくソリが合わない財閥ということを聞かされていた。わたしと違った理由で公立に来たことは想像できるけれど、こんな大人しそうな子が人前に立つなんてことが出来るのだろうか。


「顔色がすぐれないみたいだけど、無理してない? 大丈夫?」


「ごめんなさい、ここまで来ておいて勿体ないですけれど……ここで戻ります。花城さん、私の分まで体験をしてくださいね」


「え、ええ」


 常に誰かと会う花城の環境と違って、人に会わない綾羅木がそもそもカフェで体験をするなんてそれは初めから無理だったんじゃないかな。


 あの子のこの先が、他人事ながら心配になった。そしてもう一人……無口すぎて、わたしとは絶対に合わない。


那月なつきさんはどうして職業体験をするの?」


「……役立つから」


 何に役立つかは聞いても無駄。そう思えた。それほど口数が少ない子だった。不安を間近に感じながら、目的地のカフェにたどり着いた。


 店内はとても静かで、客一人としていないお店だった。そのお店の正体が判明した時、わたしはわたしに隠されたもう一つの性格を開花させることになる。


 人通りの激しい中に、ポツンと佇んで見えた古風なお店。中から出て来たオーナーさんらしき人に、深々と頭を下げるわたしたち。


「いいね。丁度、奥手そうな女の子を求めてたんだよ」


「奥手?」


 そこがどういうお店で、どんな風なのかそれは深く考えなかった。これも何かの役に立つ……それこそ、那月さんの言葉のように。


「い、いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」


「キミの笑顔を一つ!」


「は?」


「ゾクッゾク来るね~そうそう、その調子。キミは、ドSの才能がありそうだね」


「へぇ……? ドS?」


「そうそれ! そのお上品な雰囲気からのギャップが最高!」


「あ? 誰がS?」


「おおぅ……背筋が冷たくなるねぇ。いい! 実にいい!」


 男とはこうもおバカばかりなのだろうか。少なくともパパはそうではなかった。ママと別れてからどこへ旅立ったかは分からないけれど。


 わたしがSだとして、わたしの属性として受け入れてくれるおバカな男の子がいれば、わたしはその男の子を好きになるかもしれない。まずはわたしを見つけ出して、わたしを作り出すことにした。


 一方の那月さんは、ただただ無口なままだった。それどころか、気づけば壁際に立っていて可愛らしく微笑んでいるのが、何とも言えない気分だった。彼女もまた、この先のことが心配になった。


「……あ?」


「うーん、イイ!」


 などと、何しにカフェに来たのかと思うくらい、わたしは自分の何かを目覚めさせてしまった。高校に上がる前に出会う同い年の男の子は、こんなわたしも受け入れてくれるだろうか。好きになれたらいいな……きっと好きになる、そんな予感。

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