ゆかりなさんと過去編
「高久までもが俺を疑うとはショックだぞ……しょうがねえな、貴重な中学時代の話、それも出会いたての中二の頃から話してやろうじゃねえか。垣根もきちんと俺の話を聞いて判断しろよな?」
「もちろんです! ねえ、高久さん」
「ハ、ハイ……」
何故か俺の家にサトルとマリカさんを入れることになってしまった。実のところ、マリカさんは一部知っているものの、サトルには教えていない事実がある。それは妹としてゆかりなさんが、同じ屋根の下で暮らしていたことだ。
彼女と彼女のママ……ゆりなさんが暮らしていた部屋もそのままなので、中々にスリルのある訪問客と言えるかもしれない。いくら何でも人の家を勝手に歩き回ることは無いと思われるので、それに関しては割愛。
家に上げたサトルは入る早々にお茶を要求し、そのまま腰を下ろして自慢げに中学時代の話を開始した。過去のゆかりなさんのことが聞けるのは初めてなだけに、楽しみは膨らむけどこれはあくまでも、サトルの見解による話なので、付き合っているかどうかは話が終わってから判断することにした。
「橘、お前あの子のことをどう思う?」
「あん? どの子だよ?」
教室で話している彼らの目に飛び込んで来たのは、廊下を颯爽と歩くとある女子の姿だった。
「見たことねえし随分と可愛いけど、あの子がどうかしたのか?」
「最近新しく入って来た女子だよ。俺は前から知ってるけど、橘は初めて見るだろ? 紹介してやろうか? もちろん、付き合えって意味じゃなくて友達としてって意味だけどな」
「何? 神郷の知り合いなのか? それを早く言えよ! すぐ紹介してくれ。というか、その時点でお前は俺のダチとして認めてやろう。チヒロって呼んでいいか?」
「その理論がよく分かんないだけど、俺もお前のことはサトルって呼ぶよ。休み時間になったら隣のクラスに行くから」
「分かった」
「最初は俺が話をするから、自己紹介は自分でしてくれよ? 彼女は花城ゆかりな。くれぐれも丁寧に話してくれよな」
「もちろんだ!」
橘サトルと神郷チヒロは同じクラスで、席が近かったことから話しかけていただけの関係だった。お互いが探りを入れていた時期でもあり、友達として近くなろうと思っていた二人は、思わぬ形で友達を得た。
「花城、ちょっといい? 話があるんだけど」
「あれ? チヒロ君? ここの学校だったの?」
「まぁね。久しぶり! でもないかな? 花城こそどうして普通の学校に来たの? キミはもっと上の……」
「それは……」
「ちょっと悪いな! 俺は橘サトルって言うんだ。キミは花城ゆかりなだろ? 俺はそこのチヒロとダチなんだけど、花城のダチにもなりたいんだよな。だからよろしく~!」
「……は? 誰?」
「いや、だから――俺はチヒロのダチの……」
「だから何? チヒロのダチだから、わたしにあなたの友達になれと言うの? 一度病院に行くことをおススメするけれど、いつ行きますか?」
「花城、落ち着いて? 彼は紛れもなく俺の友達なんだ。同じ学校に来たんだし、せっかくだから友達を紹介しようと思っただけだよ」
彼が放った言葉のせいで、彼女はひどく怒り出した。その矛先は、前々から知っているらしいチヒロにまで向けられた。
「こんな礼儀知らずの男子が友達って本当? それならチヒロ君とは距離を取ることになるけれど、いい?」
「え、それは困る。ごめん、彼には悪気なんか無くて、豪快な自己紹介が嫌だったのならもう一度丁寧に挨拶を……」
「ううん、どのみち……チヒロとは会えなくなるし。だから、悪いけれどそこの誰かとお友達にはなれないかな。ごめんね、チヒロ。わたし職員室に行って申請をして来なければならないの。もう行くし」
「会えなくなる? それはどういう意味――」
「そのままの意味だよ。じゃあね、チヒロ」
「ちょっと待った! 二人だけの世界だけで終わらせないでくれないか? 俺の態度が問題だったんなら謝る! 悪かった! 友達じゃなくていいから、俺の名前を覚えてくれないか? 見かけたら声をかけやすいし、名前を知っていれば話しかけられるだろ? な?」
失礼な態度は変わらずに、彼は思い切って彼女に提案をしてみた。その場から急いで立ち去ろうとする彼女の腕をよりにもよって、触れかけた次の瞬間だった。
「気安く触れないでくれます? わたし、二度は言いたくないので言いませんけど、そういう態度をする男子とは絶対に、友達になる気は起きませんから。彼の友達だからわたしも友達になる? ふざけんな! あり得ないです。あなたの名前を覚えるつもりはないです。もし廊下で出会っても、声はかけて来ないで下さい。そもそも名前を知っていただけで、気安く声をかけていいだなんて誰が決めたんですか?」
「ご、ごめん……」
「分かったらその出しかけた半端な腕を、引っ込めたらいかがですか?」
「は、花城……言いすぎなんじゃないかな」
「チヒロ君、あなたもしばらく話しかけて来ないでくれる? うざいから」
「う、ごめんね」
何故あそこまで怒りを露わにしたのか、男子二人には理解出来ないまま、彼女は職員室へと急いで行った。
「どうよ? これが俺と花城の出会い初めだ!」
「……最悪ですね。そこからどうして付き合える展開になるんですか?」
「落ち着けよ。垣根は何事も焦りすぎだぞ。なぁ、高久! ん? どうした?」
「チヒロとは同じ中学だったんだ? 随分長い付き合いなんだね。そ、それに、チヒロとゆかりなさんが知り合いだったとか、初めて聞くんだけど……それに、サトルとチヒロの名字も初めて知ったよ」
「俺も詳しくは聞いていないぞ。ただ、チヒロがいなければ花城を知ることは無かったし、その辺の細かいことは聞かなかったな。名字? あぁ、そんなのはどうでもいいだろ。男のダチ同士だと下の名前で呼んだ方が仲良くなれるからな。女子にそれは出来ないけど」
「高久さん、気持ちは大丈夫ですか? 話をこのまま聞いても平気?」
「イ、イエス」
「よし、ではまだまだこれからだぞ」
出会い方が最悪な状態で、それでもゆかりなさんとサトルは付き合ったことがあるのだろうか? ほんの少しの不安を抱えながら、自慢げに話すサトルの昔話の続きを聞くことにした。




