かりそめ彼女でもいいのかな?
「高久さん、わたしと本当に付き合いませんか?」
「ホワット? え、どうして俺と……? マリカさんって確か、梓っていういけ好かないイケメンが好きなんじゃなかったの?」
「もう! いつの話をしているんですか? 去年のことならとっくに終わってますよ? それに、人の気持ちを考えられない人は好きじゃないんです……でも高久さんは違いますから。だから……なんです」
最後がよく聞き取れなかったけど、きっと同情の言葉でも投げかけてくれたに違いない。それにしても、マリカさんがこんなことを言い出すなんて想像していなかった。ゆかりなさんと友達で、彼女と俺とを上手く繋げてくれたのもマリカさんのおかげでもあるのに。どうして俺なんだろうか。
「で、でもですね……」
「しっ!」
「ふごっ!?」
「あの子がこっちを見てます。高久さんとわたしは付き合っているって誤解をされていますけど、その方が都合がいいと思いませんか?」
「ホワイ?」
「その……本当にお付き合いを、とは言いませんけれど……かりそめでもいいんです。高久さん、最近ひどく落ち込んでいるし、そんな状態であの子……那月さんが接近して来たら、きっと優しい高久さんは離れられなくなります。でもわたしなら、同クラですし……パン仲間なので、だからあの……」
本当に優しくて思いやりのある女子なんだなと、間近でお願いをされて初めて気づいた。ゆかりなさんとは真逆の、こんな優しさに溢れる子なら、何の迷いもなく将来を決められるのだろうか。
「ワ、ワカリマシタ。不甲斐ない俺で良ければ、お付き合いをして頂きたく……」
「ほ、本当にいいの? え、嘘……高久さんとお付き合いを……う、嬉しいです! あ、あの、手を繋いでもいいですか?」
おおう、決まった途端に大胆派かな? 手繋ぎくらいは彼女とか関係なく出来そうなものではある。現に、ただのお友達だったマリカさんには二度も目隠しをされて、この上なく心地よすぎる息遣いを間近で感じられたわけだし。手を繋ぐくらいしないと、サナって子は信用しないかもしれない。
「ハ、ハイ」
「右手にしますか? それとも左手……もしくは指だけとか」
「はは……な、何でも構わないです」
「そ、それと、これからはお互いに敬語、やめませんか? じゃなくてやめよ?」
「そうですね……そうだね」
これはいつ以来の照れになるのだろう。ゆかりなさんとはこんな感じではなかった。もちろん、初めから妹として一緒に暮らしていた近さもあったけど、そこから恋に気づくまでは時間がかかりすぎたことも関係しているかもしれない。
「今まで敬語で話していたのが不思議だったよね?」
「それはだって、ゆかりながあなたのことをジッと見つめていたから……そんな時に、タメ口で気軽に話なんて出来ないよ。あなたもそうだよね?」
高久さんからあなた呼びにレベルアップ! これが彼女ということか! 仮初めだけど……もしや、これがゆかりなさんが求めていた成長という奴なのだろうか? そうだとしたら、言葉は悪いけどマリカさんとの仮初め期間を利用して、俺自身が成長を遂げるべきなんだ。
「う、うん。それはまぁ、そうだね」
「そうでしょ? 那月さん、あの位置から離れないし、コンビニに戻って彼を呼びに行かない?」
「サトルはまだコンビニにいるの?」
「いますよ。あの人、パン仲間かもだけど……信用できないし。言っちゃなんだけど、絶対ゆかりなに近づきたいはずだよ。中学で付き合ったことがあるから、もう一度ヨリを戻すんだ! なんてことを言っているし。それがホントかどうかは別としても、パン仲間の風上にもおけないよね?」
「それマジな話なの? サトルとゆかりなさんが付き合っていた? 奴の妄想じゃなくて?」
「本人が言ってるし、ゆかりなもその話題は避けていたし……そういう感じはあったかも」
許さん! いや、今の俺がそんな怒りを奮い立たせる立場に無いけど……だとしても、いつまでも諦めの悪い妄想でヨリを戻そうだとか、近づこうとしているのは許せん!
「サトルめ!」
「あっ……」
「え?」
「こらこら、俺のいない所で悪口合戦か? パン仲間にそんな陰口を叩く奴はいないはずなんだけどな」
「陰で見つめている子ならそこにいるよ? あの子はいいんか?」
「慣れろ! すぐ慣れろ! それがお前の為だ。花城に似てるんだし、今の状況を考えればどう考えてもお前と那月が親しくなった方がよくね?」
「どうしてそんなことを言うんですか? 高久さんの気持ち、理解してます?」
「垣根? 理解も何も、花城とくっつけた工作をさんざんしてきたのは俺だよ? それなのに、何だってチヒロなんかとあんなことになっているのやら、俺が聞きたいね」
サトルめ……やはり何か良からぬことを企んでいるようだ。この機会に聞いてやろうじゃないか! 秘密の時代、ゆかりなさんとサトルの過去を聞いてみたい。
「サトルはゆかりなさんと付き合ったことがあるって、それはマジなの?」
「……何だよ、高久まで疑ってるのか? しょうがねえな、だったら中学時代の回想に入ってやろうじゃねえか! そこそこの長さになるけど、いいよな? 垣根も聞きたいんだろ? 真実って奴を」
「真実なら聞きます。それでハッキリさせたいし……」
「た、頼むヨ、サトルきゅん」
「キモい、やめろ! 外で話すのもアレだから、高久の家に行くぞ。茶くらい入れてくれ」
「リアリー!?」
「その方がいい。そうじゃねえと、那月にまで聞かれちまう。でもお前の家なら、那月は入って来れない。なんせ、遠くからお前を眺めていたいからな」
やはり不思議ちゃんは陰な女子だった。あまり家に入れたくないけど、マリカさんがいるなら多分大丈夫だろう。ゆかりなさんとサトルとのことよりも、中学時代のゆかりなさんのことが知れるのはすごくワクワクが止まらなかった。




