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初恋のお姉さんと ④


「んんん? あ、あの柴乃さん。あの二人が何を言っているのか聞こえて来ないんですけど、もしかして俺の耳が遠くなったとかだったりしますか?」


「んー? それは聞こえないでしょ。だって小声で話してるし。私の方にも届いて来ていないよ? 気になるのは分かるけれど、待とうよ」


「むむむ……待って好転するとでも言うんですか? あそこにいる奴は俺の元パン仲間で、今は普通にダチなんすよ。受験戦争真っただ中なのに、どうしてゆかりなの彼氏なのかも直に問いただしたいのに……」


 本当に意味が分からないままだ。どうしてチヒロがゆかりなに彼氏呼ばわりされているというのか。黙って見守ることしか出来ないなんて、真性のドM……いや、真のヘタレじゃないか。


「それで、三咲さんはどうしてアレとここにいて、あんなことをしていたの?」


「私も受験生なので。高久さんは、姉の柴乃と一緒にいたみたいで私を迎えに来てくれたんだと思います。久しぶりで感極まって抱きついて来たんだなって思いましたので、私もそれに応えただけです。花城さんこそどうしてここへ? そこのチヒロさんと何か関係があるのですか?」


「アレとは別に、チヒロくんと付き合ってみるのも悪くないのかなって思って、それで彼を待っていただけ。アレと別れたわけじゃないし、別れるつもりも無いよ? 何か問題でもある?」


「それは私への宣戦布告ですね?」


「え? どういう意味で?」


「花城さんは高久さんのことが大好きなくせに、遠回りの成長を望んでいるみたいですけど……彼がそこまで想っていながらどうしてそんなことをするのかなって思いました。チヒロさんとそういう関係をしようとしているのなら、私も高久さんを奪いますけどそれでも構いませんか? その意味を分かってのことでしたら、ですけど」


 まるで聞こえないぞ。聞きたい! 聞いて、スーパー土下座をして口を聞いてもらいたいぞ。


「よし、高久くん。行こうか?」


「へっ? ど、どこに?」


「華乃のとこ」


「で、では、土下座の準備を……」


「うん、それはやめてね」


「ハイ……」


 柴乃さんの眼光はかつて恋を抱いた時の乙女チックなソレなどではなく、怯えまくっている獲物を狩ろうとしている、狂暴性のある動物に見えた。


「そこの妹ちゃん。や、今は彼女さんと呼ぶのが正しいのかな? 高久くんを連れて来たよ」


「――! それがどうかしたんですか? 来たから何かが変わるなんて思ってないですけど」


「そうだね、あなたのその態度は高久くんによるものだと思うんだ。だから――」


「ホワット? ちょ、柴乃さん? そ、それに華乃ちゃんまでどこへ連行するのかな?」


 俺の前を歩いていた柴乃さんはゆかりなさんに声をかけたと思いきや、すぐさま俺の腕に絡んで来た。更には、さっきまで何かの口論をしていたらしい華乃ちゃんまでもが、俺の腕に絡んで来た。


 この図はまるで、姉妹さんによってどこかに連行される図にしか見えない。肝心のゆかりなさんは、少しだけ動揺を見せているようだ。チヒロに関しては、もはや石仏のように動くことが出来ないでいる。


「な、何をしているの? 高久に何をするつもりでそんなこと」


「花城ちゃんだったよね。キミがチヒロくんにそういうことをするなら、私たちも高久くんをそうする。理解出来たかな?」


「――あぁ、そういうこと。わたしがチヒロくんに付き合うのは、意味があってのことなので高久を奪うなら、お好きにどうぞ。わたし、何もしませんから」


「え、ちょっと! ゆかりな! お前、なん――」


 反論空しく、三咲姉妹に連行される俺は、遠ざかるゆかりなとチヒロの姿を目に焼き付けることしか出来なかった。


 三咲姉妹にはがっちりと腕を掴まれた状態で、傍目にはモテ男が二人の美人姉妹をはべらせているように見えるだろうが、俺の心はどこかに連行されるヘタレ野郎としか思えなかった。


「高久さん、お話がありますのでこのままお店に」


「ハイ」


「気をしっかり持ってね?」


「ワカリマシタ」


 モテ期と同時に俺のヨメ(予定)が失われることになるなんて、それは何かの冗談に違いない。そう思いながら、素直に姉妹の言うことを聞いて歩き続けた。

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