初恋のお姉さんと ②
「――なるほどねぇ。あの小柄で可愛い妹ちゃんが、高久くんにそんな態度を取るようになっているんだ~」
「うぐっ、ふぐっ……あうあぅ」
「うんうん、ずっと好きだったし将来も約束してるんだものね。分かるよその辛さ」
実の母親にすらここまで弱音と泣き顔を明かしたことは無かったのに、何で俺はかつての初恋相手にこうも醜態をさらけ出しているのだろう。そしてまさに泣きじゃくっているカフェの店内には、見事に柴乃さんと俺の前の母さんが黙って見つめている。
「高ちゃんはいつから泣き虫になったの? それもあの子の影響だったりする?」
「い、いや、まぁそうです」
「そっかぁ。強そうだものね、あの子」
「俺は弱くなんかなってませんよ? それに彼女だって甘々だし、俺を弱くしてなんかいないし……」
「言葉と表情がミスマッチだよ、高ちゃん。お母さんだから直ぐ分かるんです! でも、ここは柴乃ちゃんに任せるね? 一番近くで見ていただろうし、恋をしたお姉さんだものね。じゃあね、高ちゃん」
「うん。ごめん」
母親といえども、今はちょっかいを出して欲しくはない。というか、ここのカフェってもしかしなくてもお母さんの店なのか? だとしたらとんでもなく恥ずかしい場面を見られまくりだ。
「ここのお店はもしや?」
「あ、分かった? そうだよ。高久くんのお母さんが経営してるお店なの。だからじゃないけど、バイトというか、お手伝いも兼ねてるの」
「はは……それは何とも言えないですね」
親父と別れたお母さんは現学園長と再婚したらしい。だけど、お母さんが何をしているかまでは聞くことも無ければ、あまり関係の無いことでもあった。しかしまさかこんな身近にいて、しかも初恋のお姉さんがそんな近しい存在だったなんて世間狭すぎる。
「そ、そう言えば、華乃ちゃんは今何をしてるんですか?」
「気になるの? そっか、華乃に心を預けかけたんだっけ? でもあの子はもう他に好きな人っていうか、決めてる人がいるみたいだよ。高久くんは華乃じゃないよね? ね?」
「も、もちろんです。俺は彼女だけで……だからどうすればいいのか分からなくて」
「じゃあさ、他の子と付き合ってみたら?」
「えっ? な、何で同じことを言うんです?」
「あぁ、もう言われてるんだね。高久くんはいい子だからね。彼女さんはその部分を、他の子に認めてもらいたいのかもね。努力してるし、私と初めて出会った時よりも今の方が男の子してる。将来を決めた付き合いをしてるんなら、高久くんももっと何かを変えないとだよ。分かる?」
むむむ……俺はいい子か。ゆかりなさんが言ってた俺への評価を、他の女子から上げてもらうとかそういう意味なのか? 難しいぞ。そしてやはり成長しろと言うのか。付き合うとかじゃなくて、女子の友達を増やすのじゃダメなのだろうか。
「わ、分かりました。いや、何となく分かりました。何かすみません……」
「ごめんね、何か偉そうに言っちゃって。でも立ち直ったみたいだね、良かった」
初恋のお姉さんは真の意味でお姉さんだったらしい。それにしても華乃ちゃんは好きな人がいるのか……それはどんな奴なのか、仮兄だけど見てみたい。
「あ、そうだ。で、結局、あの妹ちゃんとデートしてる男の子はどんな子? 見てみたいな」
「み、見てみたいんですか? いや、でも今どこにいるか分からないし……妹サーチもこの辺にはありませんよ?」
「あははっ! 高久くんって面白いよね。妹サーチとか、真面目に言ってるんだもん。華乃ちゃんも惹かれるわけが分かるなぁ」
真面目なんだけどな。尤も今の状態では、ゆかりなサーチを使っても引っかからないくらい能力が落ちているわけだが。
「じゃ、行こっか?」
「ほへ? ど、どこに?」
「華乃ちゃんのとこ。会いたいでしょ? 去年に別れて以来だものね」
華乃ちゃん……ゆかりなさんとは違うタイプの妹だった。少しばかり間違った兄の起こし方を除けば、好きな人に尽くす理想の妹か、嫁だった。その子を好きになりかけてもフラれて、俺ってダメダメだと痛感してしまった。再会してもくすぶることは無いだろうから、会えるなら会いたい。
「ですね」
「よしっ、行こ」
「は、はい」
これはどんな構図だろう。初恋のお姉さんとかつての仮妹に会いに行くなんて、まさにモテ期(違う)の真っ只中ではないか。これはゆかりなさんに目撃されたらとっても羨ましがられる案件なのではないか?
逆だったとすぐに知る俺である。嫉妬心が恐ろしい妹兼彼女兼将来のヨメは想像よりも甘くなかったことを後々に知る。
「華乃は今は塾に通ってるの。そろそろ迎えに行く時間だからそこに行くね」
「塾? あ、そうか同じ学年でした。妹ってくくりだったから勘違いしてました」
かなり優秀な子だったけど、やはり塾は行くんだなとしみじみと感じる。
「高久くんは進学しないんだっけ?」
「あ、です。なので塾とかは行かないというか、行けないんですよ」
「そっかぁ。それもいいね、キミっぽい。それじゃあ妹ちゃんが気になって仕方ないわけか~」
柴乃さんはまさにお姉さんすぎた。もはや恋とかしていた俺が恥ずかしすぎるじゃないか。
柴乃さんに連れられて某塾の前にたどり着くと、似たような感じで迎えの人たちが沢山いて、辺りは賑やかになっていた。ここで待つとか、何だか今さらながら兄っぽいことをしている。
「おっ! 高久か? お前も塾通いだったっけ?」
「そういうお前はチヒロか。塾……あぁ、そうか。受験戦争の最中だったな。というか、お前一人か?」
確かゆかりなさんとデートに行っていたはず。とは言え、俺が泣き止んで落ち着くまで結構な時間が経っていて、今はすっかり夕方である。さすがにこの時間まで一緒にいるわけはないし、そこまでの関係では無いと信じていただけに、内心かなりホッとしてしまった。
「いや、それは……」
「ん? 一人じゃないのか?」
「高久くん、彼は友達?」
「あ、そうです。同じクラスなんですよ」
「ふぅん?」
おや? 何か含んでらっしゃる? 柴乃さんの表情が心なしか曇りというか、疑いになっているようにも見える。もしや知り合いか? サトル同様にパン仲間たちの裏側を知らない俺には、奴らが何をしているかとか、誰とどうなっているかなんてことを全く知らない。
パン仲間ナンバーワンのサトルにもかなりの裏面があるが、元ナンバー2のチヒロにも裏面がありそうだ。
「あっ、華乃~! ここだよ」
「柴乃……と、高久さん?」
「高久ですよ~」
おお! やはり可憐すぎて目から大量の汗が出てきますよ? 嬉しすぎる! 何を第一声にすべきだろうか悩む。思いきってハグをするのも手か? 兄だったし、きっと許してくれるはず! そうしよう!