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2-5

 そのときのことを思い出したのか、雅子さんはまた泣き出してしまった。文果が盛んに慰めているが、覆った顔を横に振り、嗚咽は収まらないようだった。


 しばらく兄たちも口を聞かず、雅子さんを泣くだけにさせておいた。


 やがて、紅茶がすっかり冷めるころ、雅子さんはようやく泣きやんだ。


「紅茶を入れ替えましょう」


 夏月がそう言って、新しい茶葉を用意する。

 雅子さんはスン、と鼻をすすった。


「しかし、そいつは許せないなあ。人が一生懸命作った作品をだまし取るなんて」


 春海が右の手のひらに左の拳を打ちつけた。


「転売屋ですかね。人の作品で小銭を稼ごうとするとか?」


 冬真も不快を感じているようだ。


「自分の作品は我が子も同様。そんな誘拐みたいなことは許せない」


 クリエイター同士、通じるところがあるのか、秋実もかなり怒っていた。


「それで」


 二杯目の紅茶を注いで夏月が尋ねる。


「そのあとはどうされましたか? ご主人や警察に話をされたんですか?」

「警察には話していません。主人と娘に話しただけです」

「どうして? 大事なものをとられたんだから警察に言ったらいいじゃん」


 春海が口をとがらす。


「警察は動いてくれないかもしれないね」


 冬真があごをさわりながら言った。


「雅子さんの作品はひとつひとつの価格が低いし、なにより素人の手作りだ。商品的価値から考えれば被害額はたいしたものじゃない。被害届けを出しても、警察が本気で動いてくれるとは思えないな」

「言い過ぎよ、兄さん」


 あまりにも冷たい言葉に私は思わず口を挟んだ。しかし雅子さんは首を縦に振った。


「主人にもそう言われました。それに一度奪われたものが戻ってくる可能性も低いって。私もそう思います」

「だけどさ……」


 春海はまだあきらめない。


「ネットで人気だったんだろ? ファンだってついてた。もしかしたらネットで検索すれば、作品がこっそり売られてるかもよ。あ、オークションとかもあるじゃん」


「ネットの中からそういうのを探すのは海の中から針を一本探すようなものだ。第一捜し当てたって、それが雅子さんの作品かどうか証拠がない」

「ママは自分の作品見たらわかるでしょう?」


 文果が言う。雅子さんはうなずいたが、


「でも、素人のわたしでも作れる作品です。それにハンドメイドサイトでも人気のある作品は真似られることが多いですし、実際真似するのは簡単なんです。少しの技術があればそっくりに作れます。冬真さんの言うように、わたしの感覚だけでは証拠になりません」

「ご主人はーーー」


 夏月は雅子さんの顔を見ながら言った。


「ご主人はあきらめろと? あなたの話を聞いたとき、どういう反応でしたか?」

「主人はとても怒ってーーー一緒に悲しんでくれました」


 雅子さんは膝の上で手を組み、右手にはめた指輪をいじっていた。結婚指輪だ。





 あの日、学校から帰ってきた娘に話し、帰宅した夫にも話した。

 娘は激怒し、大いに悲しがってくれた。主人も驚き、怒り、やはり悲しんでくれた。


「警察に言うべきよ!」


 娘は言ったが夫は首を振った。


「警察は素人のハンドメイド作品のことじゃ動いてくれないよ。ママがこれ以上傷つくのはかわいそうだ」


 夫は泣き出した雅子の肩を優しく撫でた。


「それよりママが無事でよかった。作品と一緒におまえまで連れてかれなくてほんとによかった」

「パパ……」


 優しい言葉にまた涙があふれる。


「しばらくアクセサリ作りは控えた方がいいね。どこにどんな悪い奴がいるかわからないんだ」

「ええ、私もちょっと……もう、作りたくない……」


「気持ちが落ち着いたらまた作ればいい。あの作品はとてもよかったものな。ビーズの蝶も、黄色い紫陽花も」

「そうよ、ママの作品、すごくすてきだもの。また作って!」

「ありがとう、二人とも」


 雅子は夫と娘を抱きしめて泣いた。





「でもあれ以来、デザインが思いつかなくて……ほんとに作品が作れなくなったんです。しばらくお休みするつもりです」


 雅子さんは力なく言った。


 無理もないだろう。作品を作ろうとすればいやでも奪われた作品のことを思い出してしまう。


「ご主人は………」


 夏月が雅子さんの顔を覗き込むように少し身を屈めた。


「その後どんな風ですか?」

「え………、はあ」


 雅子さんは頬を撫でた。


「あのあとすごく優しくて、いつも早く帰ってきてくれるんです。花とかお菓子とかお土産買ってきてくれたり、食事のあとの片づけを手伝ってくれたり」

「ねー、パパほんとにすごく気を使ってくれてるよね」

「とてもありがたいです。今度のこともわたしの自業自得な部分があるのに、全然叱らないし………うれしいです」

「そうですか」


 夏月はにっこりした。


「御夫婦が仲がいいのはなによりです」


「でもあたしはまたママにアクセサリー作ってほしい」


 文果が強い調子で言った。


「もしあの作品を取り返すことができれば、またママは作品を作ることができると思うの」


 文果はテーブルに両手をついて、私の兄たちに頭を下げた。


「おねがい! ママの作品を取り返して!」


 軽く冬真がため息をつく。


「これが高価な宝石のたぐいなら、闇のマーケットとか質屋とか、探す宛もあるだろうけど」

「素人作品の販売だしなあ」

「でもできることはあると思います」


 そう言ったのは夏月だ。文果も雅子さんもはっと顔を上げた。


「少しだけ僕に時間をくれませんか?」


 夏月が静かに笑う。

 薄い眼鏡にテーブルの上のランプの明かりが反射して、キラリ、と輝いた。

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