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「なんてバカだったんでしょうね」
そこまで話して雅子さんは目に涙を浮かべた。
「一人で浮かれて一人ではしゃいで。だからこんな目にあうんだわ。パパの言ったようにハンドメイドなんかやめておけばよかった」
雅子さんは両手で顔を覆い、泣き出した。
「ママ、ママ、泣かないで」
文果が雅子さんの背中を撫でる。秋実が魔法のようにハンカチを取り出すと、それを雅子さんに渡した。
「ご、ごめんなさい。とりみだして」
雅子さんはハンカチで涙をふくと、鼻をすすりあげた。
「それでーーー」
夏月が気の毒そうに、しかし、断固とした口調で先を促す。
「ファミレスで牧野という男と会ったんですね?」
雅子は出かけるまで一時間も時間をかけた。
最初はめいっぱいお洒落したのだが、鏡を見ているうちに、ふつうの主婦としてはやりすぎだと思い直した。
ふつうの主婦で、少しだけセンスのよさを感じさせる服。
手持ちの服はそれほど多くない。スカーフやバッグを並べ、何度もスカートを取り替えた。
ようやく準備が終わったときには、約束の時間にあと一五分と迫っていた。
近所にしてもらってよかった、と、雅子は作品をいれた箱を手に取った。
「………」
昨日、帰ってきた娘と夫に話をした。娘は大喜びしたが、やはり夫は黙りこくった。だが、あえて反対もしなかった。
「自分の実力を知るにはいいかもしれないね」
しばらくしてぽつんとそんなことを言った。少しいやな気がしたが、それを許可ととった。
そのあと、文果にも夫にも見せながら、出品する作品を決めた。
全部で一〇点。
ほんとは次にTETTEにUPする予定だった作品だ。
二〇点作っていた中から厳選して選んだ。
最後まで迷ったのが紫陽花のモチーフのブローチだった。紫陽花の季節はもうすぎていたから出そうかどうか迷っていたのだが、この紫陽花柄は何度も売れた作品だった。
「この青いのと黄色いの、どっちがいいかしら」
雅子は両方を手にして言った。
「黄色いのがかわいいと思うな」
文果は青い紫陽花を指さして言った。
「青いのが紫陽花らしいな」
夫も最後にはちょっと興味を持ってくれた。
「じゃあ青い紫陽花にするわ」
雅子はそう言って青い紫陽花を箱に納めた。
雅子は玄関でその箱をもう一度開いた。
真ん中に青い紫陽花が光っている。それを手にとって考えた。
(文果は黄色い方がかわいいって言ったわよねえ。アクセを買うのは女の子なんだもの、やっぱり文果の意見の方があってるわ)
雅子は大急ぎで部屋に戻ると黄色の紫陽花をとってきて、青いのと差し替えた。黄色い紫陽花はアクセサリーたちの真ん中で、華やかに輝いている。
「───うん、」
雅子は大きくうなずくと、ふたを閉めて玄関のドアを開けた。
ファミレスで待っていた牧野氏は、誠実そうな人に見えた、と雅子は夏月に言った。平凡な顔だちだがスマートで、頭のよさそうな感じだった。
牧野氏は名刺をくれた。東光ハンドの有名なロゴが印刷され、「戦略販売部 部長」と書かれていた。
そして雅子の作品を見ると、「すばらしいですね」と優しく言ってくれた。
「これを全部預からせていただけませんか?」
牧野の申し出に雅子は驚いた。今日は説明を受けるだけだと思っていたのだ。
「実は、正直に申し上げますと、明日からハンドメイドフェアを開催する予定なんですが、作家さんがひとり、〆切に間に合いそうにないんです」
それを聞いたとき、雅子は少しがっかりした。自分が選びに選ばれた存在ではないと思ったのだ。
「しかしそれをチャンスだと考えてください」
雅子の表情からそれを察したのか、牧野は穏やかに続けた。
「代打打者がホームランを打つこともあるんです」
たしかにそうだわ、と雅子は思った。
自分はハンドメイドの世界では新人だ。こういううまい話しに載って成長すべきなのだ。きっかけはなんでもいい、チャンスは掴まなきゃ。
「それで作品を全部渡したんですね」
「はい………」
雅子さんはまたうつむいてしまった。自分の浮かれ具合を恥ずかしいと思っているのか。




