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2-2

 早瀬雅子が自分のスマホでそのメールを受け取ったのは、事件の起こる一週間前だった。


 メールはドコモやauなどの通信会社のメールでもなければ、ヤフーメールやGメールなどのフリーメールでもなかった。パソコン用の、プロバイダーの発行するメールだった。


 差出人の名前のところには、東京に住むものなら誰でも知っている大型バラエティストアの名前があり、差出人はそのバイヤーだと名乗っていた。


 TETTEで作品を拝見しました、とそのメールは始まっていた。


ハンドメイドサイトの作家さんからこれは、と思う作家をよりすぐり、バラエティストアの一階フロアでハンドメイドフェアを開催する、ぜひそこに作品を出品してもらえないだろうか、という内容だった。


 雅子は舞い上がった。


 そのサイトから何人ものプロ作家が誕生していたことも知っていたし、バラエティショップで作品が売られているという記事も見ていたのだ。


 言葉には出さなかったが、いつか自分も……と小さな希望を胸に秘めていた。


 メールには後日電話したいと書いてあり、電話番号を聞いてきていた。


 どうしよう、と雅子は考えた。夫に相談するべきだろうか。


 しかし、先日救急車騒ぎを起こしてから、夫は自分の作品づくりにいい顔をしない。頭ごなしに禁止はしないが、いつも心配そうな顔をしている。


 娘に聞いたところによると、自分が倒れたとき、夫はなにもできず、ただうろたえていただけだったそうだ。救急車を呼んだり、医者に話を聞いたのは娘の文果だった。


 女の子を産んでおいてよかった、と思ったのはこのときだ。


 たぶん、と雅子は思う。夫はその場で正しく対処できなかった自分自身をも責めているのだろう。

 倒れたのは雅子自身の体調管理がなっていなかったのだから、責任を感じることはないのに。

 とは思っても、夫がそれだけ自分のことを思っていてくれたのはうれしい。


 だけど。


「やっぱり、言えないわよね」


 だいたい、このあと電話で打ち合わせ、顔を見て話して打ち合わせ、という段階で、いつ話がぽしゃるかもしれない。


 だったら、本当に話が動いたときに改めて相談すればいいわ。


 雅子はそう判断して、メールに自分の携帯の電話番号を書いて、送信した。




 その日そのあと、そわそわして過ごした。あの有名ショップから電話がかかってくるかもしれないのだ。

 何度も雅子はその受け答えをシミュレーションして過ごした。

 晩ご飯の支度も気がそぞろで、いつもより食卓は寂しいものとなった。



 

 翌日はいつもより早く目が覚め、時計を見ては、ふつうの会社の営業時間は九時よね、と照れ笑いした。


 九時をすぎてから緊張が一気に高まった。作品作りも手がつかず、ハンドメイドサイトのほかの作家の作品を見て回った。


 どの作品も自分のものより出来がいいと思い、どうして自分に声がかかったのだろうと思ったりもした。


 作家の中には憧れの人もいた。


 作品もすばらしいが、なにより、リンクしている個人ブログが好きだった。


 そこにはどこの店に置かせてもらった、とか、どこそこのイベントに行って完売したとか、その売り上げで旅行に行ったとか、ご主人にプレゼントしたとか、幸せな主婦の姿があった。


 雅子はこの日初めて無料ブログに登録し、自分のブログを立ち上げた。




 ブログをいじっているうちに昼になった。

 デスクに置いていたスマホが振動する。雅子は椅子から飛び上がり、あわててタップした。


「も、もしもし!」


 声がひっくりかえった。


「ーーーもしもし、早瀬雅子さんのお電話でしょうか」

「は、はい」

「わたくし、先日メール差し上げました東光ハンドの牧野と申します」


 来た!


 雅子の携帯を握る手に力がこもった。


「ハンドメイドサイトで早瀬さんの作品を拝見し、ぜひ、うちの店頭で取り扱わせていただけないかと思いまして」


 牧野は雅子の作品をほめ、主力製品になるとまで言ってくれた。雅子は自分の体がふわふわと空に登っていくような気持ちになった。


「それで、ぜひ一度、早瀬さんにお会いして、作品をじかに拝見したいのです。もし作品がそろっていれば、その場でお預かりしたいと思っています」

「はいーーーはい、ぜひーーー」

「それでおうちの近くまでお伺いしたいのですがどこにしましょうか?」

「え、来てくださるんですか?」

「はい、先生にご足労いただくわけにはまいりませんし」


 先生!


 心臓を打ち抜かれたかと思った。


「近くにファミレスがありましたね、そちらでいかがでしょうか」

「あ、は、はい。あります、じゃあそこで」

「はい。明日の三時ではいかがですか?」

「わ、わかりました!」


 電話が切れた。


 あまりに強くスマホを握っていたので、間接が堅くこわばっていた。


 どうしよう、どうしよう。


 これはパパに言った方がいいわよね。文果にも教えよう。きっと喜んでくれる。


 お店に並ぶなんて私、プロみたい。ううん、プロよ。だって牧野さんが私のこと「先生」って言ったもの。


 ああ、なんて。


 なんてすばらしいの!


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