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雅子さんと文果は何度もお礼を言いながらアイビーハウスをあとにした。もちろん、ちゃんと冬真が示したお礼金を払って。
私は二人に手を振って見送った後、ドアを閉めて店内を振り返った。
「説明して」
「え? なにを」
秋実がわざとらしい声を出す。
「そうだ、そうだ。ちゃんと説明してくれなきゃわかんねえよ。ネットの検索だけで見つけたって、信じられるわけないじゃん」
「そうよ」
「第一ネットオークションの管理者から商品を手に入れるなんてできっこないだろ。オークションのときは商品は出品者の手元にあるんだから」
「え? そうなの?」
私の声に春海はうんざりした顔をした。
「ハンドメイドサイトと一緒で、商品は発送されるまで出品者の手元にあるんだよ」
「じゃ、じゃあ管理者から手に入れたっていうのはーーー」
「嘘も方便ってやつだ」
冬真がテーブルの上を片づけながら言う。
「じゃあいったいどうやって……」
夏月が笑いながら答えた。
「作品を持っていった人から返してもらったんだ」
「ええっ?!」
私と春海は同時に声をあげた。
「どうやってその人をつきとめたの?」
「誰だったんだそいつ!」
「雅子さんの話を思い出してごらん」
夏月は手品師のように両腕を広げた。種も仕掛けもありません、と。
「最初は雅子さんのところに牧野氏からメールがきた。ハンドメイドサイトを経由せず、ふつうのメールソフトを使って」
そういえばサイトの会社の牧野さんも言っていた。どうやって雅子さんのメールアドレスを知ったのだろうと。
「つぎに電話がかかってきて近くで打ち合わせをしたいと言ってきた。近くのファミレスで。通常は喫茶店とか言うだろうね。でも雅子さんの家の近くには喫茶店はなかった。だからわざわざファミレスと言ったんだ」
雅子さんの近所をよく知っているってこと?
「最後に犯人はうっかり口を滑らせた。雅子さんの奪われたアクセサリーの中に、前日とは違う色のものが入っていたということを」
違う色? 雅子さんが迷っていたのは紫陽花のアクセサリー。前日までは青を選んでいたけど、当日急に黄色に変えた。
「え? え? それって……」
「まさか、雅子さんの、」
夏月は広げていた手をパン、と叩いた。
「そう、ご主人だ」
「でも、旦那さんがファミレスにいたらわかっちゃうじゃない」
「それは代役を立てたんだよ、ご主人は友人に頼んで牧野という架空の人物になってもらったんだ」
「メールアドレスを教えたのも、ファミレスで打ち合わせって言うのも旦那さんが?」
夏月はうなずいた。
「でも、どうして」
「文果さんが言ってただろ、雅子さんは作品作りに根をつめすぎて、でも家事もちゃんとやって、倒れてしまったって。ご主人はそのことをすごく心配してたって」
「それでーーー」
「作品が奪われて雅子さんがひどく落ち込んだのが、ご主人の良心に堪えたんだろうね」
「あ……」
雅子さんが言っていた。その日からご主人が毎日早めに帰ってきてとても優しくしてくれたと。
「メールアドレスの件やファミレスの件で、たぶん近しい人だろうと思ったんだ。ご主人が黄色い紫陽花と言ったときのことは、雅子さんは気づいていなかったみたいだ」
夏月はいたずらっぽく笑った。
「あとはご主人に連絡して作品を返してもらっただけ」
「ご主人は作品をどこへ?」
「会社のロッカーだって」
秋実は肩をすくめた。
「見るたびに罪悪感に駆られたと言ってたよ。このことは奥さんには絶対に内緒にしてほしいって言って」
胸ポケットから一万円札を三枚出した。
「口止め料ももらった」
「うわ、こすい!」
春海が叫ぶと、秋実はぴしりと人差し指で彼の額を弾いた。
「別に要求したわけじゃない、押しつけられたからありがたく頂いたんだ」
「雅子さんもアクセサリー作りはほどほどにすると言っていたから、丸く収まったということでいいじゃないか」
冬真がうんうんとうなずきながら言う。
「こよみ、わかっているだろうがこのことは友達にも内緒だぞ」
「わかってるわよ」
私ははあっとため息をついた。なんだ、大騒ぎした詐欺事件もふたを開ければご家庭の事情だ。
「それでいいさ。僕たちは刑事でも探偵でもないんだから。お嬢様たちの悩みの解決をお手伝いするだけの、パートタイマー執事なんだから」
私のつぶやきに夏月が笑って言う。
そうね、今回のこともいつか旦那さんが雅子さんに告白するかもしれない。そのとき二人で笑い話になるといいわね。
照明を全部落として、私たちは執事喫茶を出た。春海が傾いた「Cloused」の看板をきちんと掛け直す。
明日「Open」の札がさがるまでーーー
緑の蔦に覆われたアイビーハウスは眠りにつくのだ。




