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3-2

 私たちは執事喫茶「アイビーハウス」に戻った。

 人の多い渋谷、池袋を経てこの鬼子母神までくると、ほっとする。


 かすれ気味の蝉の声、ケヤキの葉鳴り、チリンチリンとベルを鳴らすお豆腐屋さんの自転車。

 都心からちょっと離れただけで心安らぐ場所になる。


 商店街には夕食時のいい匂いが漂っていた。


「そういえば春海、今日喫茶のバイト遅れるって許可とってんの?」

「ああ、学校で用事があるっていっといたよ」

「なにそれ、嘘じゃない」

「勝手に動くと夏兄に怒られるだろ。まあ今回はまるっきり役に立たなかったからほめられることも怒られることもなさそうだけどな」

「夏月兄さんは何か考えがあるのかしらね」


 商店街をだらだらと歩いていくと、出口あたりに茶色い石組の喫茶店が見える。緑の蔦が今を盛りときれいに葉を繁らせていた。


 カランコロンとアイビーハウスのドアを開けると、三人の執事が一斉にドアの方を振り向いた。


「ーーーおかえりなさいませ、お嬢様」


 それは私だけに向けられた言葉。


 春海は私からさっと離れると、目立たないように壁にそってバックヤードへ向かった。そこで執事の制服に着替える。


「席はあるかしら」


 オーナー代理である私は予約なしで入れるが、テーブルが空いていなければ座れない。


「大丈夫ございますよ」


 冬真が私を最奥のテーブルに案内してくれた。少し薄暗いので手元のランプに火をいれる。


「オレンジ・ペコを」

「かしこまりました」


 冬真は完璧な執事の挨拶をして、厨房に引っ込んだ。見ていると、着替えを終えた春海が、銀色のトレイを手にくるくると回りながら出てきた。


「春海ちゃん」


 年輩のお嬢様にちゃん付けされている。春海はかなり年齢の高いお客様に人気があった。かわいいペットのような扱いなのだろう。


「今日はどちらへお出かけで? お嬢様」


 オレンジ・ペコをいれながら冬真が聞く。


「え? ええっと、その、渋谷の方へ」

「ほう、渋谷? お買い物でございますか」

「え、ええ。か、かわいい服とかアクセとか」


 私はスプーンをとって砂糖もミルクも入っていない紅茶をかき回した。


「そのわりにはお荷物はお持ちでないようですね」

「え? あ、うん。いいのなくて。えへへへ……」

「渋谷というとさるハンドメイドサイトの本社などがあったようですが……」

「うえっ!」

「のちほどゆっくりお話をお聞かせいただきましょうか?」


 こ、怖い!


 冬真の目が笑ってない。


 こっそり喫茶店内を見ると、給仕が終わった春海が夏月に捕まり、なにか囁かれている。その顔がじょじょにこわばって……。


 あ、そんな助けを求める目で私をみたってダメよ! 私だって今同じ顔してると思うから。





 いつも通り、午後八時に「アイビーハウス」の営業は終了した。

 違うのは「お嬢様」の私と執事の春海がふたりして椅子に座らされ、その前に冬真、秋実、夏月の三人が立っていることだ。


 冬真は腕を組み無表情、秋実は腰に手を当ててにやにや、夏月は紅茶を入れている。


「ファミレスとハンドメイドサイトを運営している会社、ほんとにこの二カ所だけなんだな?」


 冬真の言葉に私たちはコクコクとベコ人形のようにうなずく。


「どっちも収穫なかったよ。ハンドメイドサイトの部長さんが牧野って名前だったときには大当たり! って思ったけど」

「名前がたまたま同じだっただけみたい」

「失礼なことはしなかっただろうな」


 私と春海は顔を見合わせてへらへらと笑った。


 牧野部長を詐欺師呼ばわりしたことは失礼に当たる……だろうか、当たるよね。


「ファミレスのロイヤルボスの店長さんからも電話があったよ」


 秋実が軽い口調で言う。


「夜間のシフトの人にも聞いたけどマキノって名前を聞いた店員はいなかったって。店長さん、すごく心配してたぞ」

「ファミレスの店長と言えばブラック企業に身を粉にされるほど忙しい立場だ。そんな人によけいな手間をかけさせるなんて」


 冬真が額に手をやって苦悩のポーズをとる。


「手みやげのひとつも持って謝りにいかねば!」


 信用金庫で企業と渡り合い、挨拶と謝罪を繰り返した冬真は他人に迷惑をかけることを極端に嫌う。まあ、私たちだってできれば人様に迷惑をかけたくないし、かけるつもりもないんだけど……。


 夏月が私たちの前にミルクをたっぷりいれたアイスのアッサムティーを出してくれた。

 夏月がつくるアイスティーは茶色くにごるクリームダウンなんて絶対にならない。


「まあそれでもファミレスにマキノという男がきていなかったというのと、サイトを運営している会社の牧野さんが詐欺師じゃなかったことがわかってよかったよ」


 穏やかな口調にほっとする。少なくとも夏月は冬真ほど怒ってはいないようだった。


「だいたい、夏兄が秘密主義だからいけないんだ」


 春海がよけいなことを言い出したので、私はテーブルの下でその足をけ飛ばした。


「いてっ! なにすんだよ、こよみ」


「夏月兄さんには夏月兄さんの考えがあるのよ、あんたみたいな単細胞とは違うんだから」

「ファミレスに聞きにいくって言ったらほいほいのってきたのはおまえじゃんか」

「あんただって渋谷に行くって言ったらすぐに賛成したじゃない」


 不毛な罵りあいをしてると頭にげんこつが落ちた。冬真だ。


「どっちもどっちだ。この件は夏月に心当たりがあるそうだから、任せておくんだ」

「……ほんとに?」


 頭を押さえながら伺うと、夏月は微笑んでうなずいた。


「明日、雅子さんに作品を返してあげよう。お店を閉めた後、文果さんも一緒に連れてくるといい」


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