03 霊界堂満は客に問う
『03_霊界堂 満は客に問う』 2016/10/7
コーン型の香をマッチの火で炙る。
尖ったっ先に火が付き、数秒後に白い煙を吐きながらすうっと消える。
すると、店は瞬く間にお香特有の煙臭さに包まれる。
きっと常人ならばこの鼻にツンと来る匂いに耐えられないと思うが、俺はこの匂いがどこか落ち着く。
それは、それを今まで吸い続けてきたからなのかは分からないが。
霊界堂満……この≪魔術店≫の主人である俺は、古びた椅子に腰かける。
そして、ポケットから携帯電話を取り出す。
ツイッターを確認するためだ。
「オカルトブームは……まだまだ大丈夫そうか」
言葉が出たがそれも仕方ない。今の俺はオカルトブームで生かされている。
と言うのも、それで騒いでいる中学のガキどもが毎日俺の店に来るようになり、片っ端から中二臭いのを買っていくからだ。
それで特に人気だったのが、祭壇用のドラゴンの置物と杖だ。
ドラゴンの方は相当中二心がくすぐられたらしく、6000円もする高価な品だが在庫が次々と消えていく。
まさに、オカルト様様だな。
恐らく明日も来るはずだ。在庫が無くなる事を見越して入荷しておくか……
そう思い、店の端にある置時計に目をやる。
時計の短針は6時を指し、窓からの黄金色の光がそれを照らす。
しかし、この時間帯になってくると客はほとんど来ないのだ。
客の来る深夜まであと5時間もあるという事実を頭に叩きつけられ、思わずあくびが出てしまいそうになった。
10分程経っただろうか。
店内が分かるように設置された窓から女性が見えたと思えば、店内に入ってくる。
「いらっしゃい、お客さん」
挨拶をするとその女性は店内を見回して、次に近くにあった儀式用ロウソクを眺める。
ぱっと見20代のセミロングの女性だが、こんな怪しげな店に来るとは相当なオカルト好きなんだろうか? 夕方に女性が来た事は今までに一度も無いんだが……
――――ふと、その女性のある行動に気が付く。
ほんの一瞬だけ窓の外を確認している。
数秒前にも、それも恐ろしいほど自然な動きで窓の外を確認する。
その女性は3分程店内の杖やアクセサリーを見て回っていて、今は儀式用の器を眺めているが……
自然な動きと言うのも、他の商品に目をやるその一瞬に窓を見るのだ。
普通なら確実に気付かないだろうが、特別動体視力の良い俺にはそれがわかるのだが。
俺はどうしても気になってしまいその女性に聞く。
「何か気になる物、ありました?」
そう聞くとその女性は自然な動きでこちらを向く。
「この置物、手に取ってみていいですか?」
「はい。どうぞ」
俺に断ると、窓側の棚に置かれていたフクロウの香立てをゆっくりと手に取る。
その時も窓に目をやるのが、光の反射でその窓に映り込んだ黒目の動きで分かった。
だが、今度は間違いなく外を直視している……
「そのフクロウのお香立て、海外の職人さんが制作した輸入品なんですよ」
「そうですか。エキゾチックですね」
「裏返してもらったら分かるんですが、底にもフクロウの絵が描かれてるですよ。真夜中の森林に佇むフクロウの絵が」
そう伝えると、目を香立てに移さず裏返す。
「――――外に何かありました?それとも誰か待ってるんですか?」
思い切って疑問を言葉に出すと、その女性は肩をピクリとだけ動かすが、それ以上の反応ない。
こうなったら、意地でも会話を成立させて反応を見るか。
「あ、もしかしてお客さん。何かに追われてるんじゃないんですか? 人ではない、実体を持たない……何か黒いもの。例えば〈悪魔〉とか」
そこまで言って、その女性は少し興味があるのか、こちらに振り向く。
「どうして私が悪魔に追われていると?」
「さっきから窓を数十回も見ているので、その悪魔がこの店に入ってしまわないかと心配なのかと思いまして」
俺が試すように言うと、女性は窓の方に向き直り言う。
「仕方ないですね……もうすぐここに来るんですよ」
女性は諦めたように軽くため息をついたが、どこか自信の混じった声も帰ってきた。
「何がですか?」
「標的が」
そう落ち着いた返答が俺に返ってくる。
「そうですか。まあ、スパイごっこも良いですが、もっと品物を見てってくださいよ。例えばそこの大きな棚に飾ってある、シナモンの木で作られた魔法の杖とか」
俺は店内で最も大きな棚に並べてある杖を示すが、その女性はそちらには向かずに、窓を直視している。
「すみません。魔術とかは信じてないので」
「へえ、オカルト否定派ですか。では何のためにこの店に?」
そう聞くと、またさっきと同じ落ち着いた答えが返ってくる。
「さっきも言ったと思いますが目標を追尾するためです。それに別にオカルトを否定したりはしませんよ。ただ私は見たものしか信じれなく、悪魔も魔術も見にした事がないので」
「では、それ以外のオカルト現象は確認済みと?」
俺はこのやり取りがだんだん面白くなってゆき、少し声を高ぶらせて聞いた。
「それはどうでしょうね。ですがもし、私が……」
その女性は突然話を止めた。
すると窓から20代前半くらいのスーツ姿の男女が並んで歩いてくのが見えて、通り過ぎると、その女性はまたこちらに振り向く。
「あれが、お客さんの目的の人ですか? あ、もしかして不倫現場を見てしまったとか?」
すると今度は真剣な表情で声のトーンを下げる。
「いいえ。尾行を依頼されてるんですよ。私≪探偵≫ですので」
そう言ってドアの方へ歩き出し店を出ていくと思えば、ドアを開けたところで何かを思い出したようにこちらを見て言う。
「知ってましたか? 東京湾には巨大な電波塔があるって」