回想入りま~す
教室の窓から木漏れ日が差し込む。今の時間は夕方で皆下校の時間だ。部活をしている人たちはいるけれど、僕は窓際の近くの席で本を読んでいた。
光が僕の席を照らす。教室には僕以外にもいつもなら友達と会話をしているはずの生徒たちが見える。なぜ、僕は友達と話しはしないのかって?………ふっ、聞くなよ。わかるだろ?そんなぼっ……一匹狼な僕が今は教室の人たちの目を釘付けにしている。いや、正確には僕じゃないか。正確には僕の目の前にいる彼女、日向千惠に皆の目が釘付けになっているのである。そして彼女は、本に視線を寄せる僕に一言……。
「………私と付き合って下さいませんか?」
そう言った。周囲はあんぐりと口を開けていた。って、そこのお前顎はずれてるよ?
出来ることならば今から全力で教室を抜け出したいと思った。そして、自惚れるつもりはもうとうないがこうなった理由を考えるために、僕は今日あったことを思い返していた………。
--チリリリリリッ!……チリリリリリッ!……カチッ。
「……はいはい、起きますよぉ……っと。うぅ、寒い」
布団の中でくるくるくるまって、冬の寒さに打ち勝とうとするも惨敗している姿がそこにはあった。
「うぅ、やっぱりあともう少し……」(ゴソゴソ)
バンッ!と扉の開く音が聞こえた。
「にぃに、いつまで寝ているの!もう朝だよ!7:00だよ!起きて!」
たぶんお母さんに言われたのだろう、妹の奈月が僕の布団を揺すってくる。
「わかってるよ………でも寒くて……ゴニョゴニョ……」
「もう!ほんっと、朝弱いんだから!」
うっ、否定はできない。僕は朝が苦手でいつも遅刻ギリギリだ。そのため、妹に起こしてもらう。言い返せない。
僕が布団からでるのを渋っていると、妹は急に口元をニヤリとさせゆっくりと迫ってきた。そして、ひざを折って力をためて………って、なにしてるの?!ちょっとまっt………
「とうっ!」
「ぐぼはっ!?」
朝に煩いベルをならして強制的に起こしてくるあんちくしょうよりも効果的な妹のかかと落としは、僕のお腹に埋まって朝なのに目の前に星が舞う。
「起きないからこうなるの」
最後にもう一度ニヤリとした笑顔を見せてから、奈月は部屋を出て行った。妹はいつから某料理人である黒足さんもかくやというほどの見事なかかと落としをするようになったのだろう。
そんな風にたたき起こされた僕の名前は、上條琉乃。上代高校に通う高校1年、今年入学してきたばかりだ。といってももう冬なんだけどね。
僕の家はふつうの一軒家で二階建てだ。僕の部屋は二階にある。そこから階段を下りるとリビングには、既に席に座ってパンをかじっている奈月と、お皿を運んでいる少女がいた。
「あっ!琉乃くん起きた?朝ご飯できてるよぉ?」
「ありがとう、母さん」
彼女の名前は上條千華さん。見た目は中学生である妹の奈月とあまり変わらない。髪をポニーテールにくくり、童顔とあいまって可愛い顔立ちをしている。
エプロンをきた母さんが朝食の乗った皿を運んでいる。
「はいどーぞっ!」
「ありがとう」
席に座ってご飯を食べていると、奈月が席を立った。
「ご馳走さまでしたっと、じゃぁ、いってくるね!ちぃちゃん」
「はぁい、いってらっしゃい!」
「……ゴクン、いってらっしゃい」
「うん!」
そう言って、席の横に置いてある鞄をとって駆けていった。
「にぃにも!早くいかないと遅刻しちゃうよ!」
そう言われて時計をみると7:20をまわっていた。
「あぁ、もうこんな時間。うん!そうするよ!」
その返事を聞く間もないまま奈月は家を出て行った。
「さて……僕ももういくよ」
「はぁい、いってらっしゃい!」
教室を開けると、颯爽と自分の席に座る。そして、一週間前に買った本をあけて読む。ファンタジー物が結構好きで、部屋の中のほとんどは本で埋まっている。これはそのファンタジー物の新作で、神崎京子という人が書いた作品だ。もちろんペンネームだ。
--深い森の中、ここはダンジョン都市として栄えるダンジョン『バベル』。塔のようになっているそのダンジョンは、あがればあがるほど魔素が濃くなっていき強い魔物が沸いてくる。
10層おきにボスが配置されており、それは“孤高の王”と呼ばれ一匹で小隊一つを苦もなく消滅させられるほどの力を持つ。
そのダンジョンに一攫千金を夢見て挑むもよし、力試しをするのもよし、運試しや度胸試しをするのもよし、それら全ては自己の責任である。そんな酔狂なものたちを人々はこう呼んだ。【冒険者】と。
ここは『バベル』の第5層。その中で異形と戦う若い冒険者の姿が見えた。金属同士が削ってぶつかり合う特有の音が聞こえてくる。
「ふッ!」
小さな呼気とともにふった剣が異形の腹を切り裂く。
『ガアァァァァァァァッッ!!』
取り乱した隙を見逃さず、すかさず切り返し、切り上げ、袈裟懸け。そして異形の中心部にある核“魔石”目掛けて剣を突き刺す。
パキリッ、という音が聞こえて“魔石”が壊れた。すると、異形は灰に変わりその場には魔物の落とした皮が落ちていた--
--キーンコーンカーンコーン
「もう、ホームルームか……」
読んでいた本を閉じ、一息つくと教室には既に先生が入ってきていた。
先生からの連絡が終わるといつものようにまた本にのめり込んでいた。
--僕は本が好きだ。本は自分の想像力を駆り立てる。とりわけファンタジーというのは一番この世界から遠い。だから、僕の読む本はだいたいがファンタジー物だ。その中でも、王道でありテンプレ満載な物語などは、作者の力量が試されるから特に好きだ。バトルシーンなどは自分ならこうするなど想像するのが楽しかったりする。その物語の中で恋愛があったりなどそういうことも萌える。とにかく、僕の思う本とは現実ではないから面白い。と言うことだ。
4時間目、体育。『本を読んでいる=運動できない』なんていう偏見がこの世の中にはあるようだが、僕は決してそういうわけではない。身体は柔らかい方だし、反射神経だっていい方だ。と、思う。
今日はグラウンドでドッジボールだ。何でも、避けるのに体を動かして温まろうということらしい。僕の学校のグラウンドはそれなりに広いので、めいいっぱい動き回れる。そんな事しないけど。
「上條!お前避けるの得意なんだから、ずっとボールよけとけ。ボールは投げなくていいから」
「わかった」
クラスのみんなと中が悪いわけではない。まぁ、良いわけでもないけど。僕は彼らの邪魔にならないように避けることに専念しようと思った。
歓声が飛び交い、野次馬が集まる。僕は僕に向かって投げてくるボールをただひたすらによけていた。それはもう完璧に。ギリギリだと当たったと言われそうなので、少し余裕を持ってよけ続けていた。
「何なんだよあいつッ!やっぱり全然あたらねぇっ!」
「外野にまわせっ!」
「こっちだっ!」
「いいぞ!そのまま避け続けろ!」
歓声だらけで、もう誰が自分の味方なのかわからなくなってきた頃、ボールを避けるのは既に流れ作業だった……。
(あぁ、まただ………)
心の中で呟く。
ボールの速度が落ちている。目の前にボールが来たとき、明らかにボールの速度が落ちている。そして、僕の動きが少し速くなったような、そんな気がした。
結局ボールは僕に当たらず、でも味方は僕しか残っていなかったことで僕のチームの負けで終わった。
「今日も無理だったかぁ」
「だいたいわかってきたよ、上條はそういう奴なんだって」
「あきらめもつくよなぁ」
「「「はぁ~」」」
クラスの男子がなにやら失礼なことをいっているが、気にしないでおこう。
クラスメートの失礼な会話をスルーしながらグラウンドを横断し、教室に帰っていった。