第1話 鈴谷幸一には運が足りない
ご興味をお持ちくださりありがとうございます。
初投稿です。
つたないですがお付き合いいただければ幸いです。
彼は、日本の関東にある不動産会社の一社員である。
休み明けは午前中に部下とこの先の予定を確認し、
昼食がてら上司に進捗を報告、
午後は取引先のニーズをお伺いに出向くか、
それがなければ自分のデスクに引き籠るかして、
退社時間にはキリよく片付け挨拶も早々に家路につく。
先輩社員にはいい顔をされないが、
年代が下の後輩社員にはある程度の理解を得ているこの業務姿勢を、
もう10年以上も一貫しているのが、
鈴谷幸一だ。
あくる日から休日までは早朝の出勤も夜間のお付き合いも、
なんなら休日出勤も厭わない彼だが、
休み明けは決まっていつも業務確認と現状整理に終始する。
慎重派というよりも動き出しが遅いだけというのが、
人事考課での評価であった。
中途採用は即戦力での期待が大きく、
新卒と違ってやれるようになれというよりは、
やれることやれという扱いなので目立ったこともなく、
業務上可も不可もないまま継続勤務年数が更新されてきた。
大企業系列であり年功序列という慣習が社内に根強く残っており、
立場が上がって部下を持った。
残念ながら部下を率いる能力があるというわけではない。
そして会社として今後の成長を後押しするものでもない。
鈴谷幸一の部下に配属された者は、
そんな訳である程度、
仕事はうまくやらなければならなかった。
仕事というものの中で大きなウェイトを占める、職場の人間関係において、
鈴谷係長は、特に気難しい一部の社員を除いて良好、
目立つ悪評はなかったので、
部下達は、彼に行う報告・連絡・相談においては中身に気を付ければよい。
鈴谷係長は、忙しくなければ世間話にもそこそこ付き合う温和なタイプで、
彼からする話題にはスポーツのものが多く、
これにはお付き合いをしている彼女の影響が大きいことも知られていた。
本人が決してスポーツに向いていそうではない体つきであるから、
鈴谷係長との雑談はえてしてスポーツよりも、
スポーツが好きな彼女と彼の関係性について盛り上がることが常だ。
女性陣であればその人物像とエピソードについて根掘り葉掘り聞きだそうとするし、
若い男性社員は外見やなれ初めを参考にしようとするし、
年配の社員は早く結婚しろだの結婚生活の悲哀を感じろだのと酒の肴にしようとする。
係長は照れながらも嫌がらず、そういった話もそこそこ付き合ってくれるので、
部署の者はもちろんのことその他の部署でも、
また関係する取引先で係長を知る者達も、
あいつ早く幸せになればいいのにと、
微笑ましい思いをもって心の中で応援していたのだった。
そんな係長が、その日会社の最寄駅でホームから、
半狂乱になった部下に突き落とされると誰も思っていなかったし、
後の報道でも、部下が乱心したための不幸な事件とされた。
異業種の関連会社から異動してきた、
5年前は部長補佐という役職であったが、
社内トラブルを起こして降格し、
部内で孤立したために今年になって部署替えになって、
一社員として再スタートとなった50代の彼としては、
30代の係長とうまくやっていけなかったのは不幸であったろうし、
係長不在の間に彼の業務上で面倒なことが起こったのは不幸であったろうし、
その対応を明日でよいと係長が判断したことを自分がないがしろにされていると彼が勘違いしたのも不幸であったろうし、
いつも早く帰られるのは同棲している彼女さんの尻に敷かれているからですか結婚前から大変ですねという彼の皮肉が係長にイマイチ伝わらなかったのも不幸であったろうし、
若造の同僚がしゃしゃり出てきやがって付き合って5年になるんだよいつになったら結婚してくれるの私もう辛いよとかふざけた演技したらダイレクトに伝わって係長がガチ凹みして空気が最悪になったのも不幸であったろうし、
年配の女性社員がアタシはケーコちゃんが悲しい恋愛から救ってくれたコーイチさんと一緒にいられることが幸せだっていっつもSNSで言ってるんだよほら見てみなよとフォローしたいんだかプレッシャーかけたいんだか堂々と業務時間中に端末を私用利用し公開してきたのも不幸であったろうし、
彼が角度的に一瞬だけ見ることになったそのSNS上の写真が前の会社から異動してくる原因となった社内恋愛の相手だったのは不幸どころか運命のいたずらでしかなかったろうし、
彼女の悲しい恋愛=自分との不倫という図式をよく考えれば名前がケーコではなかったので成り立たないことに彼が気付かなかったのはもう致し方なしというものであったろうし、
だって彼が今離婚調停中の妻の名前が圭子なのでもういろいろとこんがらがっちゃって圭子とケーコと不倫相手の美香が区別つかない状態になっていたのだし、
圭子とケーコは関係ないがケーコと美香は同期入社の友人同士で美香の母と年配の女性社員がお茶飲み友達という関係性を彼は知る由もないのだし、
プライベートも大変なことになっていてワークも後がないのに面倒なことになっていて、
そこにこんな畳み掛けるようなことが彼にあれば不幸であったろう。
これほどの期待と不幸に巻き込まれながら、駅を通過する電車に撥ねられる
鈴谷幸一は、運が悪い。