■Scene 47 復活【Revival】
同じ顔を持つ少女が二人、向かい合っていた。
一人は高校の制服、夏服姿だ。もう一人は白のブラウスに毛足の長いスツールを巻いていた。
二人の間は五メートルほど、手を伸ばしても届く距離ではない。
二人は一歩も動いていないが、距離はだんだん離れているように思えた。
いつの間にか床も天井も壁も消えていた。
その異変に気づき周りを見回したのは華蓮だけである。
もう一人の‘あ・り・す’はただじっとその場所ができあがるのを待っていた。
闘技場……マルドゥックの‘あ・り・す’の居城でみたそれに似ている。
二人の間になにもなく、闘いの邪魔になる物も無かった。
口を開いたのは華恋の方が先だった。
「……自分がどんな選択をしたのか判って無いようね」
「ううん、判っているわ。わたしは亜理寿を目覚めさせる」
「それがどういう事を引き起こすかあなたには想像ができないの?」
「……できないのかもね」
華蓮はそう言って微笑んだ。
「どんな事が起きるかわたしには判らない。ただ、確実なのは亜理寿が現実の世界に戻る事よ」
「わたしたちの世界はみんな消えるのよ、あなたの大切なお友達も、街も何もかも!」
「消えないわ」
「なぜ? あなたはまだ信じていないの! わたしの言うことが……」
「判っているわ……ネボもニニブもネルガルもマルドゥックも、わたしの慧香町もあなたの恵夏町も、全てたった一人の女の子の作り出した幻想であることを……でも、もしかしたら」
「もしかしたら?」
「……その幻想が真実になることもあるわ」
「……幻想はつねに虚実よ」
「最後まで意見は合わないようね」
「残念だわ」
無言である。
お互いの意見がかみ合わないことを認識し、言い合いをするだけむなしく感じたのかもしれない。
童顔の二人の少女が何も言わずにお互いを見ている。
一時の間をおいて、二人は同時に右腕を上げた。
「いでよ、水の龍!」
華蓮である。
「いでよ、炎の龍!」
華恋である。
華蓮の指先から一粒の水滴が浮かび、それが面状に一気に広がるとその中央から水の龍が召還され、そして華恋に向かって飛んだ。
華恋の指先から小さな炎の揺らめきがおき、熱対流が段々と大きくなってその真ん中から炎の龍が召還され、そして華蓮に向かって飛んだ。
二つの龍はちょうど二人の真ん中で絡み合う。雄叫びをあげ顎で相手をかみちぎり、水と炎が飛び散り、そして融合して爆発し何も無くなった。
その空間にまた静寂が戻った。
今度は華蓮が口を開いた。
「……やっぱり勝負は付かないのね」
「そう、わたしとあなたは同じ力を持っている。黒と白はそれぞれ相反するものだけど、その中のエネルギーは等価」
「どんなに呪術を繰り返しても」
華蓮はそう言って指をのばすと手を横に振り回した。
「決着は付かないわ」
華恋もそういって、指を伸ばして手を横に振り回した。
華蓮の指からは無数の水の針がまっすぐ華恋にとぶ、華恋の指先からは灼熱の炎が針となってまっすぐ華蓮へととんだ。
華恋に迫り来る水の針、だが差し出した右の手のひらから炎の壁がわき出たかと思うと、水の針を一瞬で蒸発させた。
華蓮に迫り来る炎の針、だが差し出した右の手のひらから水の壁ができあがり、炎を全て消し去って針を蒸発させた。
全ては同じ。
属性の違いはあるもののお互いの攻撃はすべて無効にできる。
それに、使わないだけで華蓮にも炎は扱えるし、華恋にも水は扱える。
そのための完成された水晶なのだ。
「打つ手なしね」
華蓮は腕組みしてため息をついた。
実のところこれは予想できた事だ。
すると、後は体力勝負にでるしかない。
それなら、設定上こちらが有利かもしれないが……華蓮とて、格闘技に明るいわけではない。
「こんな事なら栄子に習っておくんだったわ」
「……無理よ。あなたではウェイトが軽すぎるもの」
「と言うことは、あなただともっと不利じゃないの? 普段から運動なんて縁遠いでしょ」
「判っていないようね。わたしには切り札があるのよ」
「切り札?」
華恋は黒い水晶に両手をあて目を閉じた。
何かを召喚するつもりだろうか。
だとしたらこちらにも使えるはずである。切り札にはなりえない。
案の定、華恋の目の前の空間で揺らぎが起きた。
何が出てきてもいいように華蓮も水晶を引き寄せて身構えたが、その揺らぎから出てきたのは。
「……草薙くん」
それはマルドゥックの甲冑を身につけた、草薙剛史=タルウィの姿だった。
§
「どう、こちらの切り札。気に入っていただけて?」
華恋はそう言って含み笑いを浮かべる。
逆に華蓮の表情には焦りの色が伺えた。
「彼はね……今ではわたしの言うことしか聞けないわ。しかも、マルドゥックとかネルガルなんて関係ない、このわたし、『平定の‘あ・り・す’』の支配下に居るのよ」
「草薙くん!」
華蓮は叫んでみた。だが、タルウィは微動だにせずじっとにらみ返しているだけだった。
剣は持っていないが、ラグナロクは彼の呼び出しに応じてどこにでも飛来する。
ゆえに、鞘も存在しない。
「タルウィ……目の前に居る『混沌の‘あ・り・す’』は世界の消滅を企んでいるわ。そんな恐ろしいことは止めてちょうだい」
「……かしこまりました、‘あ・り・す’様」
「草薙くん!」
華蓮は絶叫したが、タルウィは瞬きの間に自分に近づき、そして右手を高々と天に突き上げた。
空間がゆがみ陽炎がたち、その場に巨大な剣が出現したのである。
ラグナロクが華蓮めがけて振り下ろされる、華蓮はとっさに右手を剣に向けてつきだし、
「大地の盾!」
と叫んで、透明無色な壁を作り上げたのだ。
ラグナロクはその盾に食らいついた。骨が砕けそうな衝撃があったものの、盾は剣の直撃を防いだのだ。
「……やるわね、ダイヤモンドの盾?」
「そうよ、硬度ならこれに勝る物はないわ」
「そうかしら?」
華蓮は盾で剣をはじいて後ろに飛んだ。間合いを計るためだ。
しかし、着地したとたん最高の硬度を誇るはずの盾がもろくも砕け散ったのである。
だがそれを驚いている余裕はない、タルウィは次の斬劇を繰り出していた。
あの剣の攻撃を防げないとすれば、剣を砕いてしまうしかない。
「来て、水蛇!」
華蓮が手を振ると、その軌跡に水滴が残る。
それは回転し一つ一つが蛇の形となってタルウィのラグナロクに向かって飛んだのだ。
召喚した数は一〇数匹あまり、すべてが華蓮の思い通りに動く。
あるものは正面から、あるものは側面から、あるものは背後に回り込む。
それぞれが剣をかみ砕こうと顎を開き食らいついた。だが、
「破!」
タルウィの気合いが響き、剣を一閃するととりついていた全ての水蛇が水滴となって消えたのだ。
「そんな……」
「水蛇がラグナロクに利かないことはアールマティで実証済みよ」
華恋は腕組みしながら笑顔を浮かべていた。
「どんな物でも切れるその剣相手に、あなたは何ができるのかしら? さあ、今からでも遅くないわ。あなたの決断を取り消しなさい」
「判ってないようね」
華蓮も顔をこわばらせながらそう言った。
「一度決めた事はそう簡単に引っ込められないのよ!」
「そう……ならば消えるしかないわね」
華恋が顎をしゃくり上げると、タルウィが剣を振り上げた。
頂上で一瞬止まったそれは振り上げた以上の速度で華蓮に迫ってくる。
〈……何もできない!〉
彼女に残されたのは……『誰か』を信じることだった。
§
「アールマティ様、こちらです!」
ネボの世界、アールマティは治療所の医師に呼ばれエーコの部屋に訪れていた。
彼女の様子が変だと言うのだ。
容態が悪くなったのかと従女を従えて部屋に入ってみると……イスに腰掛けたエーコは全身から光を放っていた。
「……どういう事です?」
「原因は判りませんが、先ほどから発光現象が始まりまして」
「彼女は大丈夫なのですか?」
「様子を見ようにも近づくことすらできません!」
医師の言葉を無視し光の中に足を踏み込もうとしたアールマティだが、何か強い力で弾き飛ばされてしまった。
「アールマティ様!」
「わたしは大丈夫です、ですが……」
「まて、何かつぶやいて居るぞ」
医師の一人がそういう。確かに、エーコの唇は小さく動いていた。
そこにいた全ての人がエーコの声に耳を傾けると……
「……つきの……さばくを……はる……ばると……たびの……らくだが……」
「月の砂漠?」
アールマティには何の事か判らない。だが、たどたどしかったその歌い方は段々と明確になったのだ。
「はるばると、旅の駱駝が行きました……金と銀との鞍置いて、二人並んで……
‘あ・り・す’様……姫……華蓮!」
その時、光が部屋を覆い全てが見えなくなった。
§
鋭い金属音がした。
とても堅い物通しがぶつかり合う音、それが華蓮の頭の上から聞こえてきたのだ。
少なくとも自分の頭が二つに割れる音ではないだろう。そんなに石頭でもない。
伏せていた目を開くと自分の盾となっている人物が見えた。
特殊な武器、華蓮がそういった物に明るければトンファを長くして細くした物と説明できるはずだ。
ネボの武器、ヴァ・ルオラ。
それを扱う長髪の剣士。見慣れた背中がそこにあった。
「姫、お待たせしました」
「エーコ!」
フィエル=エーコ……彼女がヴァ・ルオラでラグナロクを受けているのだ。
そして力で勝るはずのタルウィを押していた。
「……よう、タルウィ。姫はあんたを探し求めて世界を旅してここに行き着いたんだぞ」
「知らんな」
「知らないで済ませるか!」
エーコは剣をはじくとヴァ・ルオラを回転させてタルウィに向けて突きを繰り返した。
「おらおらおらおらおらっ!」
そのほとんどはラグナロクの広い刀身ではじかれたが、五回に一回はそれをすり抜け彼の甲冑に届いている。
「なめるな!」
タルウィの声が響き、ラグナロクをエーコめがけて突き入れた。
エーコはそれをヴァ・ルオラの細い刀身で受け止めようとするのだ。
「だめ、エーコ!」
だが……簡単に折れてしまいそうなその細身の剣はたわむこともなくラグナロクの攻撃を防いだのだ。
「……なぜ切れない……」
「その剣は何でも切れるそうだが、意外と切れない物は多いさ」
「何?」
「特に……姫とあたしの間の絆ってやつはね」
エーコは華蓮を見て笑ってみせる。どちらかというと、栄子という雰囲気が彼女に混ざっていた。
「……ふざけるな!」
剣士と剣士、最強の剣と絆。
だが、これでは決定的ではない。
「エーコ、無理しないで!」
「姫、それは無理です。あたしはあなたを守る兵士ですから!」
「違うわ、そんな風に思ってもらいたくない……わたしとあなたは友達よ。わたしもあなたを守るから……だから無理しないで」
「『友達』ですって?」
その声は華恋から上がった物だ。
「そんな事を言っているから亜理寿を目覚めさせるなんて馬鹿なことを考えるのよ、その姫様は!」
「亜理寿?」
エーコは聞き返した。
「そこの‘あ・り・す’は世界の創造主を目覚めさせ全ての世界を無に返そうとしているのよ。それでもあなたはその‘あ・り・す’を守るというの?」
「……本当ですか、姫?」
振り返り華蓮を見るエーコに、ゆっくりとうなづいて見せた。
「判った? 理解したなら目の前の‘あ・り・す’を切り捨てなさい!」
何かを考えていたエーコ……やがて、ゆっくりと剣を振り上げそれを華蓮に振り下ろすかに見えたが……エーコは身体の向きを変えるとヴァ・ルオラを華恋に向かって投げつけた。
当たりはしなかったもののその剣は華恋の右頬に一本の筋をつけた。
エーコは予備のヴァ・ルオラを引き抜く。
「……残念だがあたしは友達の行為を信じる」
「なんですって?」
「例えそれが世界を破滅させる物でも、一度信じることができた友人の考えだ……あたしは反対しない。いや」
エーコはヴァ・ルオラを構え直すとタルウィを見た。
「その思いを成し遂げるために最大限に協力する!」
「所詮、愚か者の駒に過ぎないってこと?」
「エーコは駒なんかじゃないわ!」
華蓮だ
「わたしの大切な友人よ!」
「では、その友人ごと彼の剣の前に滅びなさい!」
華恋の号令のもとタルウィが一歩踏み出した。
当然それを受けようとするエーコだが、その目の前に華蓮が躍り出たのだ。
「姫!」
「タルウィ、見て!」
華蓮はそう言ってポケットから緑色の布地を取り出した。
それを持った腕をタルウィの前に突き出す。
「……ドゥルジは死んだわ」
その言葉を聞きタルウィの動きが止まる。
「最後まであなたから貰ったこれを大切に身につけていたわ。そしてこれを見たあなたが、自分の仇をとってくれたと喜んでいたのよ」
「タルウィ、その女を切り裂け!」
僅かに動こうとするタルウィ、だが、華蓮は続けた。
「ドゥルジは最期にわたしに頼んだの。もし、あなたに逢うことがあれば伝えて欲しいって……たとえドゥルジの名前を忘れていても構わないからこう伝えてくれって」
華蓮の頬にあの時の光景が思い出され、涙が頬を伝わった。
「……『ありがとう』って」
「あ・り・が・と・う?」
「そうよ。彼女はあなたが一瞬昔のタルウィに戻ったって喜んでいたの。そしてわたしにこの婚約の証を託したのよ! それでもまだこれを切り裂けるっていうの!」
華蓮は彼に近づいた。
「タルウィ……いいえ草薙くん。聞こえる? あなたの中に草薙剛史は存在するのよね」
「存在しない、彼の意識は消したわ!」
華蓮は華恋を見た。
「消すことはできないわ。だって彼も『最期の選択』に関係する人物ならたとえあなたでも自由に記憶を消すことはできないもの!」
華蓮は再度剛史を見た。
「わたしは亜理寿を起こすわ。彼女を現実の世界に戻すわ。だってそれ以外、草薙くんと手をつなぐ手段なんてないんだもん。この世界を維持し続けてもまたネボの‘あ・り・す’からやり直しても、結局あなたとは出逢うことができないのよ……」
「……く・さ・な・ぎ・た・け・し」
剣を持つ手が震えている。彼の中に何かの迷いが生じていた。
いや、眠っていた感情が引き起こされようとしているのかもしれない。
「だめよ、ネボに感化されては! 世界の破壊を防ぐのよ!」
「世界なんてどうなったっていいじゃない! 誰も好きになれない世界なんてわたしには何の価値もないわ!」
華蓮は叫ぶ。
「だって、だって……ハルワタートの頃から……そしてわたしもずっとずっとずっとずっと、あなたのことが――好きなのよ!」
「す・き……」
「離れたくない、一緒に居たい、手だってつなぎたい、腕も組みたい、肩に手を回してキスだってしたい……でも、今じゃそれが全部できないんだよ。
そんな世界にわたしは居たくない! だからわたしは亜理寿を起こすのよ!」
華蓮の叫びのあと……タルウィはその動きを止めていた。
エーコもただじっと向かい合う二人の男女を見ていた。
「……そんな、そんな理由であなたは世界を崩壊させるというの?」
華恋である。華蓮を見てそう言った。
「そんな事のためにあなたの姫は世界を崩壊させるのよ!」
エーコを見てそう叫ぶ。
「そんなのが許されると思っているの!」
「……あたしには判るような気がする」
その質問にエーコはそう答えたのだ。
「理由は判らないけど……でも、あたしにそんな運命が課せられていたらそうしたかもしれない」
「馬鹿な!」
「……たぶん姫の影響だと思うけど」
エーコの声に後押しされるように、華蓮はさらに一歩タルウィに近づいた。
「ねえ、草薙くんはどうなの? わたしの事はどう思っているの?」
「……ど・う・お・もっ・て・い・る?」
「ホントは西村さんが好きなの? それとも美雪ちゃんが好きなの?」
「タルウィ!」
華恋が叫ぶ、タルウィの腕が動く。
「教えて、あなたの気持ち……きっとそれが知りたくてわたしはこの旅を始め、そして終わらすのだから」
「……お・れ・の・き・も・ち」
「さあ、教えて、草薙くん……」
華蓮が両手を広げてタルウィに近づいた。
だが、その背後で華恋は水晶から雷の針を作り出し、タルウィに投げつけたのだ。
それはタルウィの首筋に刺さった。
「姫、危ない!」
エーコの叫び声が聞こえる。
目の前のタルウィがうなり声をあげた。
間近に迫るラグナロク、その切っ先が華蓮の差し出した婚約の証を貫通し、さらにそれは華蓮の胸に達していた。
「ひめぇ!」
再度のエーコの声。
だが、全ては終わっていた。
ゆっくりと瞳を閉じる華蓮。息を吐き出すタルウィ。
彼女の背中に向けて貫通したのはラグナロクの切っ先。
そう、タルウィの剣は婚約の証ごと、華蓮の胸を貫いていたのだ。
■Scene 48 幻影【Illusion】に続く




