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‘あ・り・す’  作者: みやしん
■Channel 6 Sin:
47/52

■Scene 46 決断【Definitedecision】

 栄子の家は幹ヶ原池公園の近所にある。

 自室にクーラーの無い彼女は、夏の夜など気晴らしに公園を散歩することが多い。

 雨の日でも気が向けば傘をさして出かけるという。華蓮を見つけたのは散歩の途中だった。

 とりあえず泥だらけだったので家に連れてきてシャワーを浴びせた。

 下着はそのまま洗濯機行き、上着は栄子のワイシャツとスカートを借りることになった。

 栄子の部屋に入ったが彼女は居ない。

 勝手知ったる悪友の部屋だが夏場は華蓮の部屋に来ることが多く、何か久しぶりな気がする。

 とてもシンプルな部屋だ。本棚と洋服ダンスが一つずつあり、他にベットとテレビとラジカセがおいてある。

 棚には「県大会」で取ったカップがあり、そのすぐ横にバイクのプラモデルが置いてあった。

 それと写真が数枚。栄子の友達の写真であり、当然華蓮も写っている。

「よう、お待たせ」

 栄子がそう言って部屋に入ってくる。

 すると口笛を吹いて華蓮を見た。

「何よ」

「いやさ、そうやって素肌に大きなYシャツ着ていると、なんかエロビデオに出てきそうなシチュエーションだと思ってさ」

「もう……」

「あ、そうそう。新しいエロビデオ手に入れたんだ。また華蓮の部屋でみんなで見ような」

 とベットの下から段ボール箱を取り出すと、無地のDVDケースを見せた。

 栄子の部屋にもテレビとDVDが再生可能なゲーム機があるが、華蓮の部屋の液晶テレビの方が画面が大きいのと画質が良いのでそちらで見たがるのだ。

 いつもならそんな話題で盛り上がるのに、今日の華蓮はうつむいたままだった。

「下着は乾燥機にかけるからすぐに乾くと思うぞ。それより何があったんだよ」

 栄子は華蓮の前に缶を差し出してそう言った。

 すでにリップルは引き上がっている。だがしかし、

「これビールでしょ」

「それ飲んだ方が色々言いやすいだろ、それに発泡酒だよ。アルコール度数は低いから」

 といいながら栄子はすでに半分ほど開けていた。

 華蓮は酒にほとんど耐性が無いが、確かにここは栄子の言う通りかもしれない。

 彼女は思いきって缶を傾けた。

「……おいおい、大丈夫か?」

「ねえ聞いてくれる?」

 切り出し方がいきなりだが、まだ酔っていない。

「ああ、構わないぞ」

「笑わないって保証してくれる?」

「それはできないな、華蓮の話し次第だよ」

 そう言われたがそれでも構わないと思って華蓮は今までの全てを栄子に語りかけた。

 プールの底で見つけた水晶、サルワにさらわれた剛史、それを追いかけて旅を続けた四つの世界。

 栄子にそっくりなエーコというなの戦士、和美にそっくりなドゥルジという戦士……

 どれだけの時間話しただろうか。

 途中酔いが回ることもなくともかく話し続けた。

 自分の体験したことを言い出したらそれこそ一晩ではとても話しきれないだろう。だがどこかを端折ったら、そこで話は通じなくなりそうなのだ。

 しゃべりにしゃべってようやく一段落着いたとき……華蓮はノドの乾きを覚えて缶の残りを空けた。

 華蓮が話す間、栄子は自分の缶に口を付けることなく、ただ黙って華蓮の話を聞いていた。

 部屋の中に扇風機の音だけが聞こえている。

「……それでつまり華蓮は、『最期の選択』でどれを選ぶか迷っているわけだ」

 ぽつりと栄子は言った。華蓮はうなづいただけだった。

 ところが、

「何で迷うんだ?」

 栄子はそうきっぱり言ったのである。

「何でって……迷うでしょ」

「おまえさ、何のために旅に出たんだよ。その草薙って男に逢いたいからだろ?」

「……うん」

「そしたら三つある選択肢の中で『女の子を寝かし続ける』と『選択を行わない』ではソイツに逢うことは絶対できないじゃんか。なら『女の子を起こしてみる』しかないだろう?」

「だって、それを選んだら……みんなは……」

「なあ華蓮……今、あたしが何を考えているか判るか?」

 そう栄子に聞かれてぱっと思いついたのは、

「わたしの事、また莫迦な事考えているって思ってる」

「はずれー」

「じゃあ、こんな話し止めて欲しいと思っている」

「それもはずれー」

「……じゃあなに?」

「以外と他のヤツの事を考えて居るんだなって思ったよ」

 栄子はそう言って笑った。

「華蓮ってもっと自分勝手だと思ったから……あたしにとっては信じられない夢の中のような話だけど」

 そうだ。言われてみれば今の今まで信じられない話に栄子は一言もちゃちゃを入れなかった。

「……どうして莫迦にしないの?」

「夢みたいな話だけどさ、おまえがそんだけ言うんだからこっちだって真剣に聞かないといけないだろう・。そういえば、その旅をしていて華蓮は何を思った?」

「何をって?」

「感想だよ感想。遠足でも感想文書くだろ?」

 今までの旅で自分が感じたこと……

「……なんでみんな運命とか掟とか定めとかに縛られて生きているんだろうって」

「それで?」

「もっと自由に生きればいいのにって。自分の思うとおりに信じるとおりに生きればいいのにって思った」

「ならさ、華蓮もそうすべきだろう」

「え?」

「自分が他人に対してそう思うのならまず自分が実践しないとな……説得力がないぞ」

 栄子の問いかけに華蓮もいつの間にか笑顔でうなづいていた。

「そうだね」

「それにさ。あたしがそう簡単に消えると思うか? こう見えても慧香中の栄子さんと言えばそこいらのヤンキーは泣いて頭を下げたんだぜ。その栄子さんにアイスクリームを奢らせたヤツが居るんだ。消えるはずがない。

 そいつの鼻っ柱をこれでもかとへし折るまであたしは居なくなったりしないぞ」

「……そうよ、この間の勝負は栄子が勝ったんだし、今度はわたしが勝つわ」

「よーし。それじゃあ明日、学校のプールで勝負な」

「明日?」

「明日は練習ないだろ。あのプール貸し切って勝負だ!」

 そこに栄子の母親から「乾燥機止まったわよ」と声がかかった。

 それに答えて部屋を出ていく栄子……そうだ、自分が道を選んだのだから自分の思うとおりに進めばいい。

「それにしても、おまえかわいいパンツ履いているなあー」

 と言いながら栄子は華蓮のショーツをのばして遊んでいる。

「ちょ、ちょっと止めてよ、のびちゃうでしょ!」

 その後、部屋でどたばたした後華蓮は栄子の家を出た。

 もう雨はやんでいた。


  §


 家に向かう途中華蓮は和美の家に寄っていた。

 確認したかったのはその隣の家である。

 以前の記憶であれば右隣は草薙家の持ち家になっているが、今は空き家になり表札もなく人が住んでいる気配もない。

 さっきの栄子の様子でも判っていたのだが、この世界に草薙剛史は居ない。

 あきらめてため息をついた背中を誰かに叩かれた。

「……何してるの、美咲さん」

 それは私服を着た西村和美だった。

「こんな時間にわたしに何か用だったの?」

「西村さんこそこんな時間にどうしたの?」

 と思って彼女の手元をみると、白いビニール袋にファミリーストアのマークが入っていた。

「ちょっと夜食の買い出し。ほら、慧香祭に向けての作品を書いているんだけど、なかなか終わらないのよ」

 そう顎に人差し指を当てていつものポーズだ。

「ところで西村さん、隣の家って空き屋だったの」

「そうよ、ずいぶん前から誰もいないわ。でもね、その方がいいのよ」

「どうして」

 和美は二つの家の境目を指さした。

「ほら、あの向かい合わせの部屋があるでしょ。あそこのこっちがわたしの部屋なのよ。隣にも同じ位置に窓があってね」

「……大変ね」

「そうなのよー。今はだれも居ないからいいけど男の人でも入ってきたら窓開けられないわ」

「もしかっこいい男の子が入ってきたら?」

 またもや考えるポーズに入る和美、そして誰が見ても判るいやらしい笑顔を浮かべると、

「シルエットで悩殺ってのもいいわよね」

 ある意味こういった話題では栄子よりも上手に見える和美だった。

「それじゃ美咲さん。お休みなさいね」

「ねえ、西村さん」

「ん、なーに」

「明日、栄子と勝負するの。良かったら見に来る?」

「勝負?」

「水泳の自由形、一〇〇メートルでね」

 さらに何かを考えている和美だが……

「判ったわ、楽しみにしているから」

 その答えに一抹の不安を覚えたが、その場は和美と別れて自宅に向かった。


  §


「ただいまー!」

 そう言って家のドアをあける。

 もし、この家に自分の居た痕跡がなくなって居たらどうしようと思ったが、

「お、ようやく帰ってきたなあ」

 玄関口で出迎えたのは長女の蘭である。

「ぎりぎりなんて珍しいじゃない……栄子の家か?」

「そ、あたり」

「夏場にあんな蒸し暑い家にいっても汗かくだけだろう」

「シャワー借りたし、雨が降っていたから涼しかったよ」

「晩ご飯、どうするんだ?」

 奥からもう一人の声がかかる。次女の百合だ。

「まだ残っているの?」

「ああ……栄子を連れてくるかと思ったから三人分あるぞ」

「三人分?」

 さらにもう一人。

「パパね、今日残業なんですって。だから華蓮先に食べちゃってね」

 居間でテレビを見ている母親の蓮美だった。

 みんなわたしの事を覚えている。

 いつもの家族、いつもの家。華蓮はいつの間にかくすくすと笑っていた。

 それに百合が気がついた。

「ん? どうしたんだ。随分とたのしそうだけど」

「……百合姉ぇ、マルドゥックって言葉知っている?」

 百合はその言葉に困惑気味だ。

「ああ、知っているけど」

「古代バビロニアの言葉で木星なんだよね」

「そうだけど……」

「アールマティって天使でタローマティって悪魔なんだよね、ゾロアスター教で」

「……なんだそりゃ」

 これは蘭だ。

「華蓮、いつの間にそんな事に詳しくなったんだ?」

「ヒミツ」

「何言ってるんだかよく判らないが、そんな事に詳しくなるくらいなら早く彼氏作れよな」

「蘭姉ぇもね、わたしに構ってばかり居ないで彼氏作れば?」

「な、なにぃ!」

「ほーら。華蓮も早くご飯食べちゃいなさい!」

「ハーイ」

 蓮美に呼ばれて華蓮はダイニングに急いだ。

 ここにある家族は壊したくない。だから覚えておくのだ。


  §


 翌日、天気は快晴。

 場所は慧香高校のプールである。

 屋外プールには水泳部員用にいつでも水が張ってあるが、今日は部活もお休み、プールは華蓮と栄子の貸し切り……のはずだったが。

 プールサイドにはなぜか一般の生徒を含め、あふれんばかりのギャラリーが居たのである。

「……どういう事?」

 すでに水着に着替えており、準備運動を終え軽く泳いだ華蓮はスタートブロックまで近づいて、ストレッチをしている栄子に尋ねた。

「大方あたしの素晴らしいボディラインを見に来た、というところだが」

「はいはい」

 華蓮の対応はとっても冷たい。

「……ホントの原因はアイツだよ」

 と指さす先にいたのは眼鏡をかけ、ロングヘアを白いヘアバンドで押さえた慧香高校の才女の誉れ高き西村和美である。

 彼女は持ち込んだホワイトボードを前に、ギャラリーに何か解説していた。

「どこで聞きつけたか、あたしたちの勝負で賭けをするらしい」

「かけ?」

「胴元が西村だってさ」

 昨日の楽しみにってこれだったのか……華蓮は関心しながらも栄子に告げるのは止めた。

「よく顧問の先生が許したわね」

「先生も参加してるんだそうだ。ちなみに掛け率はわずかだけあたしがリード」

「……なんか腹立つな」

「仕方ないだろ? これも遠征の実力だよ」

「負けないわよ」

「あたしもだ」

 身体を軽く動かし二人は長い髪を器用に水泳帽にしまい込んで、スタートブロックに足をかけた。

 華蓮は二番、栄子は三番である。

 プールサイドは観客の歓声で騒がしいが華蓮にはほとんど聞こえなかった。

 自分の心臓の鼓動と目の前の水が自分を誘う声だけ……

 スターターは和美が買ってでた。

「Take your marks!」

彼女の声に二人は飛び込み姿勢に入る。

 それから三拍目、スターターの破裂音が響き渡った。

 スタートはほぼ同時、いつもなら栄子の方が泳ぎだしが遅い。華蓮の体重が軽いためにすぐに水面に出るからだ。

 だが、今回は違っていた。

 華蓮は水の中をまるでイルカのように進んだ。水の抵抗など関係なしに全身をくゆらせそして進んだ。

 腕を使い始めたのは二〇メートルも進んでからである。

〈……そう、わたしは水の女王〉

 なぜ、こんなに速いのかと言われた。水泳向きではないと言われた。

 肩幅だって普通の女の子なみだし、筋肉だってついていない。腕だって細いし足だって頼りない。

 ただ、水が好きだから。泳いでいるのが好きだから。

 ターンする、身体が全ての水を受け流していた。

 両足が壁をキックする、さらに加速する。

 わたしは人魚姫……それも自分で選択したのだ。

 腕の降りが大きくなる。もう息継ぎもいらない。

 ぐんぐん加速する、目の前にゴールが見えてきた。

 華蓮の右手がゴールにタッチした。

 すぐ隣に栄子が居ることが判る。二人とも息を切らし、水泳帽を外してお互いをじっと見た。

 先に口を開いたのは栄子だ。

「……速いな」

「うん」

 それだけでいい。

 プールサイドでさらに歓声が起きているが二人には関係無い。

 華蓮の瞳には涙がたまっていた。

「昨日の話し、信じられないと思うから見せてあげるよ」

 華蓮がそう言うと水着の中から真っ白な水晶を取り出した。

 それが太陽光の中でも判る淡い光を発すると、華蓮を中心にプールの水がお椀をかぶせたように凹んでいく。

 物理法則に完全に逆らった現象、しかも水が無いにもかかわらず華蓮はそこに浮かんでいた。

 それは栄子も同じだ。栄子も足首のあたりまで水が引いている。だがまるで水の中にいるように浮かんでいた。

「……華蓮」

「わたしが消えたらみんなわたしの事を忘れちゃう……でも栄子、あなたのことは絶対に忘れないよ」

「もちろんだ。あたしだって忘れてたまるか。ちゃんと旅行の予約取ったんだぜ。今更キャンセルは認めないからな」

 栄子の笑顔に華蓮も笑顔で答えた。

「……じゃあ行って来る」

「ああ。行ってきな」

 栄子がそう返事をすると華蓮の周りに幾重もの光のリングが回転した。

 いくつもいくつも重なって、やがてそれが突然消えた。

 プールの中の水の凹みも無くなり、波紋だけが彼女の痕跡を残していた。

 ややあって、和美が身を乗り出して栄子に向かって叫ぶ。

「ちょ、ちょっと。今のプールのあれなに? 美咲さんどこに行ったのよ」

 彼女の慌てようを見て栄子は小さく笑った。

「すぐに帰ってくるさ」

 プールの波紋はすでに収まっていた。


  §


 実は華蓮は、ちょっと寄り道をしていた。

「‘あ・り・す’様!」

 どうやらマルドゥックから戻っていたアールマティが神殿に突然開こうとしたチャンネルに衛兵を集めていたようだ。

 光輪がすべて消え去った後そこに現れた華蓮を見て、大きな声を上げていた。

 それにつられ剣を抜き構えていた衛兵すべてがその場にひれ伏したのである。

「……へへ、ごめんなさい、突然戻ってきて」

 照れ笑いを浮かべながら華蓮は頭をかいていた。

 華蓮はネボに戻っていた。

 どうしても自分の気持ちをアールマティに話して起きたかったからだ。

 華蓮は‘あ・り・す’の執務室にアールマティと二人で入った。

「あなたは『最期の選択』についてどれくらい知っていたの?」

「トールから聞いた程度です。『世界を破滅させて最初からやり直すか、自らを犠牲にして平和を維持するか』と」

 確かにその表現に誤りはない。

「……申し訳ありません。トールから‘あ・り・す’様にそれを教えてはいけないと言われていましたから」

「ううん、別に怒ってる訳じゃないの」

「そういえばトールはどちらに?」

 あれと思い返すと、恵夏総合病院の華恋の病室の中だ。

〈どうせ今回も役立たずなんだし〉

 あのままでも問題無いだろう。すでに自分一人で決めなければいけないのだから。

「ちょっとね、休憩中……それよりもわたし『最期の選択』を行うわ」

「……そうですか」

「だから……」

「‘あ・り・す’様は世界を自由にする権利をお持ちです。ですからご自分の判断に迷わないでください」

 華蓮は苦笑いを浮かべた。

「……女王って大変ね。躊躇ってできないんだ」

「今頃お気づきですか?」

「……言い方がトールみたいよ」

 二人は小声で笑った。

 そして華蓮の表情が硬くなった。

「エーコに逢えるかな」

 アールマティも表情を硬くしたが、うなづいて華蓮を別室に案内した。

 湖の畔の療養施設である。

 広々として緑も多く、魚が何匹も空を泳いでいた。

 たくさんの魚に囲まれてエーコは椅子に腰掛けている。

 その様子は初めてネボの夜を迎えた華蓮が、魚たちに子守歌を聴かせて貰ったときのようだった。

 医師の話では日々記憶が回復しているらしい。ただ、時間はかかるという。

 さらに昔のように衛兵ができるかは判らないそうだ。

 華蓮はそっとエーコに近づいた。エーコも彼女のことに気がついたのか、顔をむけやがて微笑んだ。

「……わたしが判る、エーコ」

 しかし返事はない。

 華蓮はより彼女に近づくとその大きな身体をそっと抱いた。

「エーコ……わたしはあなたを忘れないよ。たとえどんな事があってもね」

 エーコはじっとしている。

 何も反応はないだろう、そう思っていたのだが。

 彼女の唇が小さく動いていた。何か言葉を発しているのだ。

 華蓮はその声に耳を傾けた。

「……つきの……さばくを……はる……ばると」

「エーコ……」

「たびの……らくだが……ゆき……ました……」

「そうだよ、月の砂漠だよ。覚えてくれたんだね、エーコ……」

 華蓮は何度も抱き締めた。そしてエーコも何度もその歌を唄った。

 華蓮の脳裏によぎるのは彼女との記憶。

 ネボの神殿で口げんかをしたこと、預言者の祠への旅、ニニブでのオアシス、ネルガルでの先頭、記憶を無くしてしまった彼女、そしてマルドゥック。

 この記憶が虚実であるものか。自分の記憶は皆真実だ。

 ついに居たたまれなくなって後ろ向きにその場を離れた。

 療養所の敷地から出ると、そこにマナフが立っていた。

「マナフ……」

「衛兵長に逢っていたんですね」

「うん、彼女、歌を唄ってくれたの」

「そうですか」

 マナフはそれに驚いたようだが、すぐに真顔になった。

「……姫、お願いがあります」

「なに?」

「もしネルガルの‘あ・り・す’が最後の手段に出たら、迷わず俺を呼んでください」

 マナフは自信たっぷりにそう言ったが、華蓮にはその言葉の意味がよく判らなかった。

「……どういうこと?」

「迷いは禁物です」

 マナフはそう言ってその場を立ち去る。向かっている先は療養所だ。

 これからエーコの様子を見るのだろう。

〈……もちろん、もう迷わないよ〉

 華蓮は水晶を取り出しそれを握り締めた。

 いつものチャンネルの輝きはなく、華蓮の姿は忽然と消えていた。


  §


「あら、早かったのね」

 目の前に華恋、周りはチェック柄の壁、そして大きな扉。

 この向こうに居るのは亜理寿だ。

 華蓮は凛として目の前の同じ顔の少女に向う。

「それでどうするのかしら?」

 華蓮はそれに無言で答えると自分の水晶を華恋に差し出した。

 それを見てスツールの少女は微笑む。

「いい判断ね」

 だが、それが手渡る直前、華蓮は手首を返して自分の手の中に納めると胸元に引き寄せた。

「わたし決めたわ。亜理寿を起こすのよ」

「……そう、そう言うこと」

 二人は笑っている。

 だが、元になる感情は異なっていた。


■Scene 47 復活【Revival】に続く

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