■Scene 45 箱庭【Miniature】
四方上下をチェック柄で囲まれた部屋の真ん中で、ベットに横になって寝ている少女、彼女を華恋はこう言ったのだ。
「創造主?」
華蓮は言葉をそのまま復唱していた。
「創造主の意味くらい知っているわよね」
「マジメに聞いているのよ。あんまり莫迦にすると病人でも本気で怒るわよ」
「まあ、怖い」
華恋は肩をすくめて見せる。頬をふくらませて、華蓮は話を続けた。
「この子が世界を作ったってどういう事?」
「あなたは自分の住んでいた世界以外にファンタジックな四つの世界が存在するなんて言われて、素直に信じられる方かしら?」
「信じられないけど実際に見ているし……それはあなただって同じでしょ」
「でも、あまりに荒唐無稽よね。朝方・夕方が無い世界、また、ずっと黄昏の世界、夜だけの世界、昼だけの世界……太陽も無いのに植物は育つ、鉄はなくても生活に困らない、共通に『時間』が無くても集団で生活する――ねえ、これってまるで、夢の中みたいよね」
「夢?」
そう言われ華蓮はベットの上の亜理寿を見ていた。
「気が付いた? もし、これらの世界が誰かの夢の中の世界だとしたら、何となく納得できない? 奇想天外な世界もみんな誰かの夢の中」
「それじゃ、ネボもニニブもネルガルもマルドゥックも、この子の夢の世界のお話ってこと?」
「それだけではないわ。シャマシュもシンも、この子の想像だとしたら?」
華蓮は苦笑いを浮かべている。何かがおかしかった訳ではない。
「そ、そんな……だって、子供の想像なんでしょ、どうしてわたしたちが……」
「この子は今、子供の姿をしているけど本当は二〇歳くらい……いえ、もう二一になったのかしら。しっかり大人よ、心も身体もね」
「でも」
「起こさないようにこの子の額にふれてみて。そうすれば全てが判るから」
華恋に言われ華蓮は亜理寿の額に手のひらを向けてそっと乗せてみる。
“お話聞かせて!"
はっとして額から手を離した。
今の声と映像はなんだ? 子供の声と目の前に女性の顔。
どことなく蓮美=アールマティに似ていたが。
「さあ、怖がらずに続きを見るのよ」
華蓮は再度額に手を置いた。
“ママ、どうして夜は来るの?"“ママ、どうして雨は降るの?"
“ママ、虹の向こうにはなにがあるの?"“ママ……さみしいよ"
“ママ……どうしてパパは居ないの?"
目の前に女性の顔がアップになった。彼女は困っていた。何度もその質問を聞かされて、その答えに困って。
“……いい子にしていたらすぐに帰ってくるわ"
違う、いい子にしてもパパは帰ってこない、だってパパとママは離婚したのだから。二度と亜理寿と逢わないと言う約束を交わして、別れてしまったから。
“ねえ、ママ……明日の参観日、来てくれる?"
“うん、行けるようにするわ。でも、お仕事があるから遅れるかもしれないわね"
“大丈夫、亜理寿、ちゃんと待ってるから"
でも、ママはこない。いくら待ってもママはこない。
「しょうがないよ、ママはしごとでいそがしいんだから」
……子供心にそう言い聞かせた。言葉の意味なんて判らないのに。
だから、わたしは――いつも、わたしは――つねにわたしは
公園で月を見上げていた。
ママが迎えに来てくれることを。パパは迎えに来てくれなくなったけど、ママは迎えに来てくれるから。
ママはわたしの誕生日にいろいろなプレゼントをくれた。
真っ白なウサギのぬいぐるみ。かごの中でキレイな歌を唄う小鳥の人形。
ドレスを着た女の人の人形と双子の女の子の人形。
まだまだあるけど特にお気に入りなのは透明な水晶。
ママはそれをわたしの手の上に乗せた。
「これはね、お姫様の涙なのよ」
「なみだ?」
「そう、とても悲しいことがあって涙が我慢できなくなるとお姫様はね、満月の夜を待って岩場にあがって、だれにも見られないようにそっと涙をこぼすの。
こぼれた涙が波に触れた瞬間、こんなに綺麗な宝石になるのよ」
「だから暖かいのね」
わたしはその水晶を握り締めた。
大切な宝物だから。
そして寂しいときは水晶にお願いした。
好きになった男の子……健史[たけし]という名前。高校生の時。
でも、評判が良くない……女の子で遊んでいる……でも、違う。
健史=剛史=タルウィ。
“持ってやるよ"
学校の廊下で荷物運びをしていたわたし。それを見つけた彼がそんな事を言う。
キライだった。彼の事なんて。
きっと下心があるから、男なんて……
“平気……一人でもてるから"
“ホントか?"
“ホントよ……あっ"
結局躓いて荷物を廊下に散乱させる。
彼はしょうがないなってそれを拾う。
途中で手が触れた。思ったより柔らかくて暖かい手。
なぜ、わたしは男の子を好きになってはいけないの?
中学生の時から男の子の友達は家にあげてもらえなかった。
何となく判っていた。ママは自分とわたしを重ねてみている。
ママが失敗したように自分も失敗するのではないか、そんな風に思っている。
“わたし、ママのことはキライ"
健史は意外そうな顔をした。そして「そんなものかな」と言った。
彼は子供の頃母親と死別していた。それから彼の前でママの話はしていない。
とても寂しそうだったから。
「お兄ちゃんを取らないで!」
美雪=深雪=タローマティ。
彼女は健史の従姉妹。歳も近いし、いつも彼の事を兄と慕っていた。
だから、わたしが健史と一緒に居るのがいやだったのだろう。
わざとわたしの前で「お兄ちゃん」といって抱きついて見せる。
わたしのいやがる顔を見て喜んでいる。
いつも笑顔なのに笑っていない。
“どうして、わたしは男の子と付き合っては行けないの?"
でも、わたしは……好きだったから、わたしは……どうしても押さえられなかったから、わたしは……自分の思うままに、わたしは……
「……好きよ、健史くん」
「俺もだよ」
「ああ、もっと強く抱いて」
「判っているって」
「ねえ……わたし、初めてなの」
「ああ、判っているって」
判っている、知っている、理解している
そんなのウソ、誰もわたしの事なんか判っていない。
判ってない! みんなウソ! うそつき!
「そっか。おまえに先を越されるとは思わなかったよ」
乱暴な男言葉とは裏腹に目の前の大柄な少女は微笑む。
栄子=映子=エーコ。
中学生の頃から不良と呼ばれた彼女と知り合ったのは図書館だった。
彼女は拾った猫をどうやって育てて良いか判らずに図書館に調べに来ていた。そしてわたしと同じ本の背表紙に触れた。
それから図書館の談話室で何となく話す仲になった。
話題は色々。猫のこと小説のこと、そして男の子のこと。
不良と呼ばれているわりに彼女には彼氏が居なかった。わたしはいつの間にか健史を自慢していた。
彼とどんな風に過ごしたかを。まるで日記に綴るように。
わたしと彼が一つになったことも告げた。
彼女は頬を赤くしたけどそのあとすぐにこう言った。
「幸せなんだな、おまえ」
わたしは唖然とする。顔に出ていたのだろうか。
「でも気を付けろよ。男なんて何を考えているか判らないぜ」
「大丈夫よ」
そう応えてわたしは微笑む。
大丈夫よ。
「お話を作るのが好きなの」
わたしのママもお話を作ってくれた。今思えばたわいのない話し。
でも、わたしがママの血を受け継いでいる証拠。
「おもしろいでしょ、ネルガルとかマルドゥックとか、古代バビロニアでね」
「アールマティって天使の名前なの。タローマティは悪魔の名前だよ。
違う違う、キリスト教じゃなくて、ゾロアスター教って」
「トールはわたしのお人形……お気に入りはみんなトールなの」
「そう、不思議な名前」「すてきな名前」「お話が好きなの」「とっても」
「今度、読ませてあげるね」
「あなたでしょ、亜理寿って」
和美=和実=ドゥルジ。
彼女はわたしの目の前に居た。
「一つ忠告して置くわ。健史はわたしの者よ」
「どうして?」
「だって、わたし……いま、妊娠しているの」
妊娠……わたし、だって、彼は、わたしと、いま、目の前で?
“お話を聞いてくれる?"
――無理だよ――
――だって彼、妊娠中の彼女と一緒に――
――バイクで二人乗りで――
――カーブを曲がりきれなくて――
:
健史、死んだよ。
しってる。
いま、めのまえにねているふたりがいるから
ナカヨクフタリデ
イツデモフタリデ
ワタシハヒトリデ
いやぁっ!
「……判ったみたいね」
華恋の声だけが響く。
華蓮の身体は震え立っていることもできなくなり、おもちゃが散乱している床にぺたりと座り込んだ。
「信じられない……今のはこの子の記憶なの?」
「そう。亜理寿の恋した健史は幼なじみの女の子と事故で死んだの。病院でその遺体を見た彼女はそのまま心を閉じた。眠り姫になったのよ」
「どうして……どうしてそんな風に冷静に言えるの!」
「だってこれがこの世界が出来たきっかけなのだから。‘あ・り・す’が自分の愛する男性に殺されるという伝説も、あの馬鹿げた世界も秩序も人々も、みんな彼女が作り出したの」
「でも……あなたが居た世界だってわたしの住んでいた世界だって実在するわ!」
やっとの事で立ち上がった華蓮に、華恋は冷たい視線を向けていた。
「そうよ、これは亜理寿の夢かもしれないけど、わたしの世界はきっと実在するわ!」
「……シンの世界に来て変だと思わなかったかしら?」
「変?」
「何度も隣町に行こうと思ったのに西恵夏町以外出ることができない……変よね。道路も電車も無いなんて。まるでこの町に閉じこめられているみたい」
「……そ、それは……でもわたしの慧香町は」
「確かにそうね。あなたの慧香町はとっても広いわ」
「そうよ、だから……」
「でも、あなたはその慧香町から出たことがあるかしら?」
「出た事って」
華蓮にとっては思いもしなかった質問だ。
「あなただって小さな頃は病弱であまり外では遊んでいないわよね。小学校一年生からスイミングスクールに通ってそれからは泳ぎ三昧の日々。実は慧香町から出ていない」
「そんな事ない、お正月には近所の親戚周りをしたもの!」
「……東京の遠征、行けなくて残念だったわね」
「遠征?」
「なぜかしらね。慧香町を出て遠出をしようとすると必ず遠足熱が出るんでしょう」
「そ、それは……」
「元気で活動的な設定のあなたを、慧香町の外に出さないためにはそんな設定が必要だったの」
「わたしには……小さな頃からの記憶があるわ、パパやママや蘭姉ぇや百合姉ぇと一緒に暮らした思い出があるわ!」
「知っている? 人間の記憶にはそれを保存した日付や時刻、タイムスタンプと呼ばれる補助情報が無いの」
華蓮にとって突然の話だった。華恋はかまわず話し続ける。
「記憶が刻まれた情報は無くて、前後の記憶からそれが起きた時刻を推察するの。だから前後の記憶が曖昧だとそれはまるでフラッシュバックのように掻き混ざる。逆に記憶が明確であれば刻まれた順番が滅茶苦茶でも順序だった記憶だと認識できる」
「それが何!」
「あなたの記憶は本当に一七年間生きてきた軌跡かしら。一七年分の記憶をあらかじめ与えられてついさっきあなたが誕生したとしたら、記憶はその違いを認識することができないの」
「わたしの記憶はウソだっていうの!」
「ウソとは言っていないわ。本当に一七年間の記憶か、ハルワタートがチャンネルに飲み込まれた直後にあなたが作られてその時に封入した記憶かを判定できないって事。真実と虚実の区別ができないのは仕方の無い事よ。だからあなたがお正月にお年玉をもらった親戚の家だって本当にあるか判らないわ」
「じゃあ、慧香町の外は無いっていうの!」
「慧香町だけではないわ。全ての世界だって存在する街は一つだけよ。ニニブに至ってはオアシスが一つ、山が一つ……この子の想像が及ぶ範囲以外には何一つ無いわ。規模が大きな箱庭と同じよ」
「箱庭? だって他の子は街の外に行っているもん!」
「わたしとあなたがこの子にとって特殊な存在だからよ。わたしたち以外は夢の中を彩る飾りにすぎないわ」
「……どういうこと?」
「ようやく話の本題になったみたいね。わたしとあなたは『最期の選択』を決定する要因であってこの子の人格の一つなの」
『最期の選択』……このキーワードも何度も何度も登場しておきながら結局その意味を知ることがなかった。
「亜理寿の中にもこのまま寝ていたいという因子と、目を覚ましたいという二つの因子があるわ。もっとも後者は眠りについてからだいぶ後になってできた因子だけど」
「それで」
「彼女は起きるのを怖がっているわ。現実世界に戻ることでまた自分が傷つくのではないかって。だからそれに耐えうる人格が欲しかったの。そのために生まれたのがあなた、『内気な人魚姫』である美咲華蓮。その人格が確かなものか途中色々な障害を置いてテストする……これがあなたの旅の目的よ」
「旅の……目的?」
「だけど当然このまま夢を見続けていたいという欲求もあるから、その人格であるわたし、美咲華恋と力比べをするのよ……簡単でしょう。あなたが勝てば亜理寿は目覚める。わたしが勝てば眠り続ける……でもね」
「でも?」
「あなたが勝てばこの子は目を覚ますわけだから、夢の中の存在である全ての世界の全ての存在は消えてしまうわね」
「そんな!」
「わたしが勝てば世界はそのまま維持されるけど、あなたは‘あ・り・す’として不完全な存在なのでこの世界から消える事になる……もう一度ネボの‘あ・り・す’として経験値をためるのよ。でも、記憶はリセットされるから辛い事なんてないわ」
華蓮は何も言えずじっと華恋を見ていた。
「判ったでしょう。あなたが『混沌の‘あ・り・す’』と言われる意味が。あなたが選択すればこの世界なんて全て消えてしまうのよ」
「ウソよ!」
「ウソではないわ。それだけ強い決定権を持っている人格だから彼女の想像の範囲から出ることができないの。いざとなったらその人格が主となる可能性だってあるんだから」
「それが『最期の選択』だっていうの?」
「そう。この子の未来を取るか、それともこの子の中の全ての世界の未来を取るか。決めるのはわたしたちって訳」
「でもわたしがニニブで見たハルワタートは一人で『最期の選択』を行おうとしていたわ。あれは何だって言うの」
「言ったでしょう。ハルワタートは不完全にしかこの世界の有り様を理解していなかった。自らの恋愛が『最期の選択』に繋がると理解していても、それが世界をリセットさせるとしか考えていなかった。むしろ彼女はそんな重圧から逃げたかっただけかもしれないわ」
華恋は小首を傾けると亜理寿の寝姿を見る。
「そもそもそんな中途半端な水晶と理解で『最期の選択』は行えない。だから水晶は彼女を守らなかった。そのあとにあなたである美咲華蓮と草薙剛史を生み出したのだから」
「なぜ?」
「もう一度混沌の‘あ・り・す’としてやり直せるかを試験するために。果たして混沌の水晶はあなたを選ぶかわたしを選ぶか。アールマティはわたしの手に落ちることを拒んで水晶に選択をゆだねた。結果は残念なことになったけど」
「それであなたはわたしの水晶を取り上げようとしていたの」
「そう。せめて同じ顔同じ名前の‘あ・り・す’としての情けよ。何も知らないまま混沌の水晶から切り離せば、あなたは草薙剛史の記憶も消えて慧香の人魚姫としてあの箱庭の中で幸せに暮らしていけるから」
「幸せ?」
「知らないことは幸せよ。あなた、今し方それを体験したばかりだと思うけど」
せせら笑う華恋に言い返すことができない。
「でも知った以上は行わなければいけないわ。さあどうするの混沌の‘あ・り・す’。あなたはどちらを選択するのかしら?」
「そんな……決められないよ」
「よく判るはその気持ち。だから第三の選択肢もあるの。『選択を行わない』っていう」
「行わない?」
「お互いの世界に戻って何事も無かったかのように生活すればいい。単純な話し、亜理寿は自分の分身であるあなたとわたしのどちらかが恋愛することによって『最期の選択』を発動するから、それを避けていれば今まで通りの楽しい生活が待っているわ」
華恋は腕組みする。
「……あの入院生活も退屈だけどその分‘あ・り・す’として世界にちょっかい出せば結構面白いものよ。あなただって同じ事ができる」
「わたしにも?」
「『慧香の人魚姫』としてあの街で暮らして、飽きたら‘あ・り・す’の力で四つの世界を引っかき回せばいいの。だってネボもニニブもネルガルもマルドゥックもみんなわたしたちが好きに遊んでいい『遊園地』みたいな物なんだから」
華蓮はそれを否定できずただ押し黙っているだけである。
「……なかなか決められる事ではないわ。だからあなたを懐かしいシャマシュに帰してあげる」
華恋の言葉のあと、彼女がもつ黒い水晶が光を放ちだした。
「ゆっくり考えるのね。何日でも、何年でも……もちろん、帰ってこないという選択肢もあるから」
華蓮の周りに幾重もの光のリングができていた。
それが重なって回って、足下に黒い空間ができて……
華蓮はチャンネルの中に落ち込んで行った。
§
目の前から光の輪が消えたとき……立っていたのは東慧香駅の前である。
時間は夜の八時ぐらいだろうか、自分の姿は慧香高校の夏服になっている。
蒸し暑さを感じ街いく人々は軽装だ。
華蓮は思わず目の前の駅に飛び込んで路線図を見た。
そこにはきちんと隣町の名前まで書いてあるではないか。
〈……そうよ、ここにはちゃんと隣接する街があるわ!〉
急ぎ券売機で切符を買おうとした華蓮だが、
「ああ、お客さん。今、車両事故があって電車動いてないですよ」
と駅員が張り紙を指さした。確かにそこには大きな事故が起き電車が全く動いていない事、復旧時期が未定であることが簡潔に書かれていた。
「全然……全然動いていないの?」
「申し訳ありません、今、全力で復旧工事をしていますから……」
〈そんな……なら、タクシーで移動すれば……〉
だがタクシー乗り場に車はなく、いつまでたっても来る気配がない。
〈どうなってるの、どうなってるの!〉
華蓮は焦りその場を立ち去るといつもは行くことすらない街の端へと向かった。
だが不思議なことに入り組んだ路地を進んでいくと、いつの間にか元の場所に戻るのである。
似たような通りを間違えているのかと思ったが電柱の住所表記は同じだ。近所の地図を見ても外に向かって走っているのに、いつの間にか同じ地図版の前に居る。
「どうして、どうして!」
彼女は走った、息を切らして走った。
ただ隣町の住所表記を見たかったのに、どうしてもそれができない。
何度も何度もぐるぐると街を回ったあげく、そう言えば幹ヶ原池公園の裏の砂利道が隣町に続いている事を思い出した。
どの世界にも存在していた幹ヶ原池公園のレイアウト……これも亜理寿の想像だというのか?
華蓮は裏側に回り歩き慣れない砂利を踏んで、そのまままっすぐ……
だが、目の前に現れたのは土の山だった。
乗り越える事のできないような山。その脇に『不法投棄禁止』の看板がある。
華蓮はそこを上った。
雨が降り出して足下が滑る、何回か転んでスカートを泥だらけにして、手を真っ黒にして汗をかきながら上った。
そして上り詰めて反対側に滑った……ついに隣町に。
そう思ったのだが。
目の前にあったのは幹ヶ原池公園だった。
華蓮はその場に座り込んでいた。
雨が降る。彼女の身体をぬらす。
もう動く気力も無かった。
〈……箱庭〉
華恋の言葉が思い出される。そうだ、慧香町も亜理寿が美咲華蓮のために用意した規模の大きな箱庭にしかすぎない。
雨に打たれながら華蓮は笑っていた。
自分の存在を――泥で汚れた手を、何回も地面にたたきつける。
何度も、何度も。
自分が巡ってきた世界も旅も仲間も……全部他人の夢の中の一シーンにすぎないなんてそれをどうやって受け止めればいいのだ。
〈莫迦みたい〉
前身ずぶぬれの華蓮。それはどうでも良いことだった。
ふと、彼女を叩く雨がやんだように思えた。
だが周りではまだ水滴がはねている。自分の周りだけが雨が落ちていない。
見上げると透明な傘、自分の背後からそれを差し出している人物は……
「華蓮、何やってるんだ、こんなところで?」
男言葉で長身でまっすぐな髪。切れ長の目……それは、
「栄子!」
「お、おう……」
あまりに大声で名前を呼ばれたため彼女も少し驚いているらしい。
さらに不思議そうに華蓮の事を見ていた。
「なんかその歳にもなってドロンコ遊びが好きなんて思ってもみなかったぜ。これじゃ少女趣味というよりただのガキだぞ」
「栄子、わたしが判るの?」
「だれって……『慧香高の人魚姫』じゃないのか」
華蓮は小さくうなずく。
「それとも、『ベリーフラットバストの華蓮さん』とかな」
そう言ったあと栄子は笑ってみせるが、華蓮はじっと彼女を見ていた。
華蓮の頬には雨粒とは別に涙が流れているのが判った。
「な、なんだよ。泣くことは無いだろう……そりゃ言い過ぎかもしれないけどさ」
「栄子!」
華蓮は目の前の栄子に抱きついた。
しゃがんでいたため抱きついたのは腰回りである。
「わ、やめろよ。そんな泥だらけで抱きついたらせっかく買ったシャツがだめになるだろう!」
「栄子、栄子!」
「……おい、華蓮……どうしたんだよ」
心配そうに見る栄子の声を無視し華蓮はやっと出逢えた悪友にずっとしがみついていた。
■Scene 46 決断【Definitedecision】に続く




