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‘あ・り・す’  作者: みやしん
■Channel 5 Marduk:
41/52

■Scene 40 反撃【Counter】

 その頃トールとドゥルジはエーコの部屋に居た。マナフも一緒である。

 水晶を手に入れたドゥルジとトールは、マナフたちが監禁されているフロアに急ぎ、マナフの部屋に入ったのだ。

 部屋の鍵は開けっぱなしになっており、中ではマナフが皆が来るのを待ちかまえていた。

 ただ、表情はすぐれず――とはいえ、目は髪に隠れて見えないのだが、どこか疲れているように思えた。

 しかし時間が迫っていたため彼の様子は後回しだ。

 すぐさまエーコの部屋の鍵を開ける。この鍵はフロアの入り口の番兵から、トールが預かった物である。

 つまり、あの番兵も単純な男であったという証拠であろう。

 エーコといえば部屋に入ってきたのがいつもと違うので、若干興味を示したようだがすぐさま窓の外に視線を移した。

「この後はどうする? この面子で‘あ・り・す’のところに切り込むつもりか?」

 ドゥルジがトールにそう訪ねるが、彼は首を左右に振った。

「いえ……わたしたちがここに居ては、‘あ・り・す’様のご迷惑となるでしょう。出きれば、別世界に移動した方が良いと考えます」

「逃げるというのか?」

「違いますよ」

 これはマナフである。

「衛兵長も居ますし、このままでは‘あ・り・す’様の人質として扱われる可能性が有ります」

「……なるほど」

「それに、わたしにも考えがあります。できればネボに通じるチャンネルが開けると良いのですが」

「ダメだ、ネボへのチャンネルは現在封鎖されている」

「それですが」

 今度はトールだ。

「多分、わたしであればチャンネルを開くことは可能かと思われます」

「おまえがか?」

「はい、こう見えてもわたしは‘あ・り・す’様にお仕えする者ですから」

 半開きになった扉の向こうから通路をあわただしく駆け抜ける兵士の足音が聞こえてきた。

「行こう、どうやらそれを協議している時間は無いらしい」

 ドゥルジは一人部屋の外に飛び出す。残りの者は通路の壁づたいに隠れて居た。

「……隊長!」

 通りかかった一人の兵士がドゥルジの顔を見て叫ぶ。

 まだ彼女の事は兵士の間に伝わっていないようだ。

「どうした?」

「‘あ・り・す’様とネボの会見が始まりまして、そのための非常配置です。隊長は?」

「‘あ・り・す’様の命でここの客人の様子を見ている。隣の部屋の客人も含め、別部屋に移動させる」

「隊長自らですか? ご苦労様です……護衛をつけましょうか?」

「わたし以上の護衛が居るのか?」

「失礼しました」

 兵士は敬礼をしてドゥルジを後にした。

 彼の背中を見送ると部屋の中の三人を外に出した。

 このまま発見されず移動できれば……しかしそれは、儚い希望でしか無かった。

 通路中に警報音が響き渡る。城内緊急配備である。

 その後に、

“衛兵につぐ、ドゥルジ隊長を発見次第そこに拘束し、騎士部隊に連絡されたし、繰り返す……”

「見つかったか……」

 ドゥルジは警報管を見つめそう言った。

 こうなれば最悪の相手が登場する前に、チャンネル送路に行くしかない。

「行くぞ」

 ドゥルジは剣を構えて先陣を切った。


  §


 『混沌の‘あ・り・す’』……過去数回、その単語を耳にした。

 ネボの‘あ・り・す’を示す言葉らしいのだが、

「……どうしてわたしが混沌なの?」

 と目の前のベテラン‘あ・り・す’に聞いてみるのだ。

「言葉通りだよ。全世界を混沌に導く存在だからさ」

「わたしにそんな力はないわ」

「気づいていないだけだ。それに、そんな力が自覚されていては困る。わしはその力が発動されないように、抑制するための存在なのだよ」

「なんか、わたしが最大の悪者みたいな言い方ね。見た目なら絶対わたしの方が良い役よ」

「見た目か……まあ、そうかもしれんのう」

 なぜか声を上げて笑うマルドゥックの‘あ・り・す’を不思議に思うが、華蓮は黙ったままだ。

「それで、わしの要求は飲んで貰えるのかね……」

「だが断るわ」

 暗幕からの言葉を全て待たずに華蓮が返す。

 さすがに唐突だったのかマルドゥックの‘あ・り・す’もしばし無言である。口を開いたのは華蓮の方だった。

「なかなか言えないものだと思ってたけど、言ってみると気持ちのいいものね」

「なんのことだね」

「それはともかく……信用できないもの。わたし、こう見えても蘭姉ぇの影響で時代劇はよく見るんだけど」

 そしてちらりと召使を見る華蓮。

「悪代官はたいていそんな事いうものよね。最初に甘いことをさんざん囁いといて、善良な町民に罪を全部押しつけて、やばくなったら殺しちゃうの。そんなワンパターンなんて見飽きたと思ったけど、まさか自分に降りかかるとは思わなかったわ」

「……なるほど、なかなかのおしゃべりだのう」

「ただの強がりよ」

「それでもわしを前に虚勢を張れるだけましだ。だが、わしとてそれで納めるわけにも行かなくてな……おまえにとって問題なのは、仲間がわしの手元にあることだ」

「……なるほどね」

 華蓮はため息をついた。

「卑怯者と叫ぶと思ったが、冷静よの」

「言ったところでどうなるものでも無いし、何となく予想したから。そういうからにはまだ無事なのね」

「見るかね」

 天井がやや暗くなり、透明なそれはどこかの部屋を写すスクリーンになった。

 しかも、二つの部屋を同時に表示しているのはいいが……

「だれも居ないみたいよ」

 華蓮の言うとおりスクリーンに大写しになった部屋には誰もいなかった。

 ドゥルジがきちんと約束を守ったらしく調度品は少ないものの、なかなか良い部屋である。

 ややあって、‘あ・り・す’の隣に控えていた女性の口がわずかに動いていた。

「‘あ・り・す’様より伝令です。『客人』はどちらに?」

 思った通り声は蘭そのものだ。

 よく響く声の後に雑音混じりの兵士の声が入ってきた。同時に兵士の姿がスクリーンに表示される。

『……ええ、ドゥルジ隊長が‘あ・り・す’様の命令と言うことで連れ出しました』

「ドゥルジはどこに?」

『現在、行き先は不明です!』

「……ドゥルジめ、ニニブを味方につけたか」

「それで、どうするのかしら? これで交渉は決裂ね」

「そうでもない。人質を取り返すには人質が一番だよ」

「別の人質って?」

 あまりに場違いな解答の直後、華蓮は突然虚空に放り出された。

 多分、腰掛けていたイスの下が抜けたのだろう、ふわりと浮いた後体重を無くしていた。

 自由落下である。

 そんなことを認識する時間も無かったが、身体は無意識に頭部の上下を調節していた。

 足下が明るくなったと思ったら、すぐに床が見えてくる。

 足腰のバネで吸収しようと試みたが結局大きな尻餅をつき、そこでほとんどの衝撃を受ける事となった。

 かなり痛いらしく両手でお尻を押さえたまましばらく動こうとしない華蓮。そのうち、

「……お尻だけ大きくなってバランス悪くなったらどうするのよ」

 と涙目で訴えた。

〈ところで、ここはどこだろう?〉

 辺りを見回すと何もない広い空間だ。明かりはあるもののその光量が敷地面積に足りていない。

 目が慣れてくるとそれなりに色々見えてくる。

 すると見えるのは薄汚れた壁ばかり。おまけに妙に生臭い。

 ひょっとしてゴミ置き場に落とされたかと思ったが、そのたぐいはいっさい無かった。

 一応お尻に何か変な物が付いていないか確かめたが、これも問題ない。

「……どこ、ここ?」

「闘技場ですよ」

 誰もいないはずの目の前から声が聞こえてきた。

 よく見ると人型に影が浮かんでいる。

「だれ?」

 華蓮の声に答えるようにその場全体の光量があがり、人物の姿が見えた。

 全身を深緑のマントで包み、フードから見える顔はまるで骸骨のようである。

 サルワであった。

「しばしの間、わたしとおつきあいください」

「イヤだって言っても無駄なんでしょ」

「その通りです」

 その骸骨顔が薄笑いを浮かべると恐怖以外の何者でも無かった。


  §


“逃走中の『客人』よ、聞こえるか"

 また居城全体に声が聞こえた。昇降機の中、現在は地下一階のチャンネル送路に向かっている。

 閉鎖中とはいえ重要拠点であるそこに詰めている兵士は多い。

 だが、どれもドゥルジの敵ではなかった。

 昇降機が止まってから三カ所の検問を全て突破し、すでにドゥルジがなぎ倒した兵士は一五人以上に及ぶ。

 息切れ一つしていないが、倒れた兵士は全て峰打ちである。

 どちらかと言えば切り捨ててしまった方が体力は使わないのだが、同胞を傷つけたく無かったのだ。

 今は最後の検問を突破し、奥に設置されたチャンネル送路を稼働させればそれでネボに向かうことができる。

 そこに放送が飛び込んできた。

“すぐに近くの衛兵詰め所まで出頭せよ。猶予は一レンフ(一〇レンフ=一レンク、約四分程度)だ。もし出頭しなければもう一人の客人の命は保証しない"

「どうやら‘あ・り・す’様を人質に取ったようですね」

 トールである。彼はネボへのチャンネルを開くために数多くの魔法文字が書かれた制御板を操作していた。

「どうされます、トール殿」

「いま、わたしたちが出頭しても結果は同じですよ。それより‘あ・り・す’様に粘って貰いましょう。水晶も必要ありませんし」

 ウサギの前足が準水晶でできた表示板の上を滑り、いくつかのルーンが浮かび出る。

 すると目の前の重々しい扉が開き、低い発信音が聞こえてきた。

「もう旅立てるのか?」

 ドゥルジである。

「あと半レンフほど……魔法力が充填されるまでに時間がかかります。それとこれを起動したことでここの‘あ・り・す’様に我々の居場所を知らせてしまいました」

「それは構わん。さあ、貴様らは早く行け」

「ドゥルジ様はいかがなされます?」

「ここを守る以外何がある」

 彼女はそう言って微笑んだ。

 背後でいくつもの円盤を組み合わせた装置に光が満ち始めていた。

 ‘あ・り・す’が操るチャンネルを擬似的に作り出す装置……これのおかげでマルドゥックの兵士は比較的自由に世界を移動する事ができる。

 しかしそれを開くには膨大なエネルギーを必要とする。いまその源は華蓮の水晶だ。

 ドゥルジはじっとトールを見た。

「おまえはここの‘あ・り・す’の正体を知っていたのではないか?」

「……はい、存じておりました」

「なぜ、おまえの主にもそれを黙っているのだ?」

「今はお話しできないからです……色々な事情で」

 そう言ってマナフの顔を見る。彼も押し黙っていた。

 ドゥルジは二人の返答にうなづいた。

「……行け、そして活路を開け!」

「ドゥルジ様、ネボの‘あ・り・す’様に御伝言願いますか?」

「何だ」

「……‘あ・り・す’様は水晶の操作説明書が無いとおっしゃっていましたが、水晶の使い方を決めるのは‘あ・り・す’様です」

「それだけか」

「あと、どのような者でも水晶は水晶。それを発動させるのはあなた次第だと」

「それを伝えれば良いのだな」

「はい」

 背後の装置の準備が整ったようだ。

 トールは制御盤から水晶を抜き取ると、それを胸に抱えてマナフとエーコと三人、疑似チャンネルに向かった。

「では、よろしくおねがいします、ドゥルジ様」

「ウム」

 三人がチャンネルに飛び込むと目もくらみそうな青い色を発光し、やがてそれは落ち着きを取り戻した。

 無事ネボに付くのだろうか。

 あのウサギが居れば大丈夫だろう。

 それよりもここだ。多分呪術眼が見つけているはずだ。

 ドゥルジはそれらしい気配を見つけ切っ先を向けた。

「ネボの‘あ・り・す’よ、仲間は旅だった。安心せよ。それと……」


  §


「水晶の使い方は自分で決めろ、ですって?」

 チャンネル送路の前のドゥルジの映像は、当然のように華蓮の前にも再生されていた。

“それと、ここの‘あ・り・す’はマルドゥックの‘あ・り・す’ではない、ネルガルの‘あ・り・す’だ”

「……ドゥルジめ、何を血迷った事を」

 サルワである。動揺はかけらもみえないところを見ると、狂言と思っているのだろう。

 だが、華蓮には何となくそれが真実だと思えた。タローマティの最期の言葉が思い出されたからだ。

“……ネボの‘あ・り・す’よ……わたしはわたしの同胞であるタローマティからそれを聞かされ、信じることが出来なかった。だが、今は戦う。おまえのためではない! わたしとわたしの同胞のためだ"

 映像はそこで消えた。

 その後、謁見の間のベールが大写しになったのだ。

『……‘あ・り・す’よ。おまえの仲間は逃げて行ってしまったよ。その罰はすべておまえが返さないとのう』

「言いがかりは良くないわよ」

「では‘あ・り・す’様……行きますよ!」

 サルワは腕を腹の位置でクロスさせた。

 右腕は木で作られた義手である。

 握られた拳が華蓮の方に向けて開いてみせると、そこから無数のツタが伸びたのである。

 最初の数本はよけた華蓮だが、左腕に二本、右足に一本からみつき、それが彼女の自由を奪った。

 それぞれがきつく締め付け別々の方向に引っ張る。

 その場に倒れることもできず、彼女の身体は宙に浮いた。

 うめき声をあげてもどうにもできない。指先に血が通わなくなり、しびれて冷たくなった。

 やがてツタが大きく反り返ると、壁に向かって華蓮をたたき付けたのだ。

 とっさの受け身で後頭部の直撃はさけたが背中を強く打って呼吸ができない。

 ゆっくりと身体を起こしながら、近づいてくるサルワを見た。

「……わたしの術が木々を扱うだけで無いことをお見せしよう」

 今度は右手を挙げて人差し指だけを伸ばした。

 その指先が一瞬光ったと思うとそこから指の太さほどの電光が華蓮の足下を襲ったのだ。

 直撃はしなかったが指先がぴりぴりとしびれた。

「大気を扱うマルドゥックの呪術……このように稲光を発生させることもできるのですよ」

 もう一度……今度は先ほどよりもやや太い光が、華蓮の左右に別れて落ちた。

 髪が静電気で逆立っていた。

「……今度は外しません」

 サルワの声と同時に横っ飛びする華蓮だが、稲妻はそれよりも早く彼女の右足首を襲った。

 全身を貫く痛みにその場から動くことができない。致死的な電圧ではないため気を失うこともない。

〈……だめだ、何とかしないと〉

 そうは思っても雷を防ぐ手段など考えつかない。あって避雷針ぐらいだがここにはない。

 そんな間にもう一撃、今度は顔の前で分岐した。

 かろうじて避けたが一本の雷撃が弾けて彼女の頬をしたたかに叩く。

 華蓮は悲鳴を上げ身体をふらつかせた。頬が痺れ目尻に涙が浮かぶ。

「ぶったわね!」

 じんじんする頬の痛みに奥歯を噛みしめサルワをにらむ。

 奴はまだ雷撃しようとしている。

〈雷の道を曲げるには? 何か通り道があれば〉

 その時、彼女の懐が温かくなった。頬以外に傷が出来ているのかと思って手を当てたとき、その存在に気がつく。

「さあ、もう一撃……」

 サルワは両手をあげてその指先全部から稲光を発生させた。

 華蓮にまっすぐ進むはずのそれは、途中でくるっと向きを変えサルワの足下、天井へと四散したのだ。

「な、なに……?」

 華蓮は足の痛みをこらえながらゆっくりと立ち上がった。そして、じっとサルワを見ていた。

〈……もしかしてトールの言いたかったことってこれ〉

「お、おのれ!」

 再度サルワは電撃を華蓮に浴びせようとするが、また途中で引き返してくる。

〈やっぱり、これが水晶の力の使い方なんだ〉

 彼女は腕組みして余裕の表情すら浮かべて見せた。ここに来てどや顔である。

「知ってる? 雷って一番近くにある物に落ちるんだよ」

 華蓮の言葉を理解しきれないサルワは、もう一度と思ったが、電光を発する瞬間、自分の目の前に有る物が浮かんでいるのに気がついた。

 まるで点線のように自分に近づく水滴……そう、サルワの発した電光はこの水玉で進路を変えられていたのだ。

 しかもこの水は伝導率を高めるために多量の二酸化炭素とカルシウムを含んでいる。純粋はまったく電気を通さない。そこに不純物が混ざることで導体になることを百合に聞いて知っていたのだ。

「……ば、馬鹿な、水晶は持っていないのに……では、これではどうだ!」

 サルワは開いた右手のひらを闘技場の地面に押し当てた。

 そして彼の低い声が聞こえてきたかと思うと、華蓮の目の前の敷石が持ち上がり、そこから無数のツルが飛び出て彼女の両手両足に巻き付いたのだ。

 幹ヶ原池公園での技である。

 締め付け方はその時以上だ。さらに数本のツルが華蓮の上着を襟元から引き裂いていた。

 下着までは切れなかったようだが、胸元から傷ついた胸当ては見えている。

 さらにもう一撃でスカート部分も太股が見える程度に切れた。

「……どうだ。このように辱めを受けてる気持ちは」

「わたしは許さないわ」

「何?」

「草薙くんを引き込んだこと、わたしの前から引き離したこと……絶対に緩さない!」

「許さなければどうすると言うのだ、おまえには手も足も出ないぞ」

「そうかしら?」

 華蓮の声にツタがもう一撃、今度は華蓮の顔に向かって飛んだ。

 直撃は避けた物の、頬にわずかな切り傷ができ、まとめてあった髪がほどけた。

「二度もぶったわね。パパにも叩かれたこと無いのに!」

「その顔、二度と見られないように切り刻んでくれる」

「……乙女の顔に傷を付けるなんて本気で許さない!」

 彼女は自由の利かない両手の拳を握り締める、そして。

「脱水[ドライ]!」

 その声とともに彼女の胸元が赤く光る。

 華蓮の身体の自由を奪っていたツタが、みるみるうちにしおれていく。

 水気を無くしたそれは、少し力を入れた程度でもろくも崩れ彼女の身体は自由を取り戻したのだ。

 これも同じく、幹ヶ原池公園で見せた水晶の技である。ただ、今は華蓮が発動したのだ。

「……何故だ、水晶もないのに!」

 華蓮は右手で自分の頬をぬぐい、そしてサルワを見据えた。

「全ては‘あ・り・す’が教えてくれた……水晶はただの引き金にすぎないことを。わたしにとって必要なのは力を想像すること」

「……なんだと?」

「水晶は魔法を作り出すための装置。どんな者でも水晶は水晶。やっぱり蘭姉ぇの言うことは聞いていて良かったわ」

 華蓮が手を添えたのはあのニセモノの水晶だ。複製品らしいが呪術を発動させるのは可能らしい。

 ただ少しずつその輝きが鈍くなっている。もしかしたら使用限度があるのかもしれない。

「水晶の使い方はわたしが決める……だから、こんな風に。『水壁[スライサー]』!」

 華蓮がそう言って右手で空を切ると、ツタから搾り取った水分が細い壁となる。

 ほとんど厚みがないそれがサルワに押し寄せた。

 避けるに値しない、そう思ったのだろう。

 だが、床から天井へ天井から床に跳ね返る水は、サルワの身体を通過するときにその圧力で……鎖骨を肩胛骨を肋骨を砕き、そして床にたたき付けたのだ。

 悲鳴が上がった。身体が切断されなかったのが不思議なほどである。

「……もっと水圧を上げればあなたなんてまっぷたつよ」

「と、とどめをさせ!」

 その言葉の後にサルワは口から血を吐き出すが、華蓮はじっと見ているだけだった。

「イヤよ。わたしはそんなことしたくない。そのままの姿で悔やむのね、自分のしたことを」

『……サルワよ。どうやらおまえには荷が重すぎたようだね』

「あ、‘あ・り・す’様!」

『おまえには失望したよ……』

「お、お待ちください、‘あ・り・す’様!」

 しかし、その言葉もむなしくサルワの身体は暗黒に包まれて虚空に消えた……というより、華蓮本人も何もない空間に居たのである。

「さて……今度はわしが相手をしてやろう」

 目の前に暗幕に包まれた玉座が浮かんでいた。それに付きそう女性も一緒だ。

 ‘あ・り・す’と‘あ・り・す’。その間に冷たい時間が流れた。

「……決着、付くのかしら?」

「それはおまえ次第だ」

 闘いは静かに始まったのだ。


■Channel 6 Sin:

■Scene 41 決着【Conclusion】に続く


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