■Scene 38 疑惑【Suspicion】
ドゥルジが訪れてからマルドゥックの日付で半日後。
華蓮はエーコたちの事を心配しながらも、ぐっすりと睡眠を取っていた。
屋内の、しかもふかふかでは無いにしろベットの上で寝たのである。
例の指紋の付かない窓は寝ようと思うと不透明になり、部屋の照明も何故か落ちる。
マルドゥックには昼しかないと聞いていたから、どうやって寝ればいいんだろうと思っていた彼女にとっては好都合だった。
ニニブでは睡眠を取っていなかったし、ネルガルでは薄明るい赤い空の下で無理矢理目を閉じた。
そのため暗い部屋で寝ることがこんなに精神衛生上よいものかを初めて痛感したのである。
ただ単に習慣の問題かもしれない。
目が覚めると窓が透明になり、照明がじょじょに明るくなっていく。
そしておなかが空けばそれを見計らって食事が運ばれる。やや塩気が強いものの食べられない味ではないが問題は量だった。
美咲家の残飯処理班として栄子とともに蓮美が大量に作った料理の後始末を引き受けていた華蓮だが、それでも平行するような大量の食事が用意される。なんとかがんばってみるがいつも三分の一ほどは残ってしまった。
もったいないと思いつつこれを全部食べたら身動き取れなくなる。普段は過剰にカロリー摂取しても水泳で消費していたのだがここではそれもできない。
食事を片付けに来る召使に申し訳なくて頭を下げる姿は、つい最近まで同種の部屋を使っていた男と同じであった。
着替えはここの普通の服装らしい白のノースリーブのワンピースと(実際はスカート端の形状などが若干異なるのだが)、女性物と思われる上下の下着が配給される。
汗はかいていないのだがシャワーでも浴びようと浴室に立つと、また部屋に女性が入ってきて細々と世話をする。
さすがに身体を洗うのは一人で行ったが、ニニブの記憶の墓場で見たネボの‘あ・り・す’の生活を思い出すばかりである。
自分が何のためにここまで来たのか、それを忘れてしまいそうな時間だ。
平和で安楽で変化のない日々……
今もイスに腰掛けて窓越しに森林を見ていた。
他にすることもない。
彼女にはいつでも隣に友だちが居た。栄子だけでなく水泳部の部員、同級生、他の学校に入学した同窓生。華蓮のスマートホンのアドレス帳は検索しなければならないほどの数が登録されている。
なので一人で時間を過ごすとしたら門限を越えて自分の部屋に居るときだ。それでも家には家族が居るし二人の姉はよく華蓮にちょっかいを出してくる。
普段から退屈とは縁遠い生活をしているため、こうやって時間だけが淡々と過ぎていくことにあまり経験がない。
華蓮は大きなため息をついた。ため息をつくと寿命が縮むと言うが、ここに監禁されてからかなり寿命が縮んだと思う。
〈せめてスマホくらいあったらな〉
例えスマートホンが手元にあったとしても圏外だろう。それでも内蔵ストレージを圧迫する写真を見ているだけでだいぶなごむ。
今の自分の持ち物と言えば。
彼女はシャツの懐から赤い水晶を取りだした。
形状は六角柱。自分がずっと持って居たネボの水晶と同型だ。色はまるで血を固めたような赤。
ネルガルの‘あ・り・す’の神殿で拾った者だ。
タローマティに掴まされたニセモノである。マルドゥックの城に入るときにはボディーチェックを受けなかった。おそらくドゥルジの配慮だと思われるが、この部屋に案内され着替えを渡されたときに気がついた。
自分がこれを持って居ても平気なのだろうか。そう思ってもここの兵士に自己申告するほどお人好しではない。
〈蘭姉ぇが言っていたっけ。言われないことまでするのは誰かに言われたらで充分だって〉
どうせどこかの白ウサギと一緒で役立たずなのだ。ただのイミテーションだろう。
華蓮はそれを懐に戻した。
ふと、部屋の扉が開いた。空腹でもなく風呂に入ろうとも思って無く特に用事もない。
それなのに誰かが行って来ることなどここに来て二回目だ。
だが、入ってきた人物を見て華蓮は声を上げた。
「草薙くん……」
甲冑はつけていない。ここの男性の平服なのだろうか、見た目はTシャツにバミューダパンツでガラはない。
それに腰に布を巻いていた。マント代わりなのかもしれない。色は青緑色だった。
「……今はタルウィなんだっけ」
返事の無い彼に華蓮は今の彼の名前を言ってみた。
タルウィの表情に若干の変化がおきた。微笑んでいるようだ。
「ネボの‘あ・り・す’様」
「……記憶が無いから仕方ないけどあんまりその名前は呼んでほしくないのよね」
「では、なんとお呼びすればよいですか?」
「そもそもその口の利き方も慣れていないのよ」
華蓮はこめかみを親指で押しながら答える。
「エーコの時もそうだったんだけど、声も姿も同じだった人からそんなふうに畏まって言われるとどこか気持ち悪いのよ」
「気分が悪いのですか?」
「だから違うって……わたしの事を少しは思ってくれるのなら、ちゃんとため口きいてくれないと」
「タメグチ?」
どうやらネボにもマルドゥックにも無い単語のようである。
会話そのものに不自由は無いため、こういった単語レベルで意味が通じないのはなかなか面倒だ。
「いいわ、わたしが我慢すればいい話だし。ところで今日は何のご用?」
「あと一レンクのち、我が主マルドゥックの‘あ・り・す’様にお目通り願いたい」
ふとレンクの時間単位を思い出し、大体四〇分後か、と考えた。
ちなみにこの城では一レンクごとに小さな金の音が鳴っている。音色は耳障りになるようなものでは無いがやや長い音と短い音が組み合わさっており、五レンクごとに長い音、それ以外は短い音が鳴っていた。
「特に何か必要なのかしら?」
「いえ、‘あ・り・す’様の御身だけで結構です」
「禊とか必要なの? わたし‘あ・り・す’って言われているけどあんまり礼儀とか詳しく無いから」
「後で従女をよこしましょう。準備はそれに任せてください」
「判ったわ……ところで、少しお話いいかしら?」
華蓮はそう言ってテーブルに誘うと思ったが、食事の後かたづけがまだだったので自分はベットの上にすとんと腰を落とした。
タルウィはそれに習うように華蓮の隣に腰掛けるが、華蓮はすぐさま彼と一メートルほど間を空けた。
「……あなた、タルウィなんだよね」
「そうです。マルドゥックの戦士、タルウィです」
「名字はなんていうの?」
「ミョウジ?」
「たとえばわたしは美咲華蓮。華蓮が名前で美咲が名字。名字は家を表して家族はみんな同じ名字なの。たまに違うのがあるけどそれはおいといて」
「……家族」
「あなたにもお父さんとかお母さんとか居るんでしょ」
タルウィは何かを考え込んでいた。
〈そう言えば、草薙くんのお父さんってあんまり見たことないな。お母さんは小さな時に亡くなったって聞いたけど〉
家族の事は本人も話さないし、こちらから聞くことでも無いので華蓮も詳しく知らなかった。
一度進路相談で父親を連れてきた剛史を見たことがあったが、普段は海外出張が多いのでほとんど家に居ないらしい。
だから和美が普段の世話をしている訳だが、そこでなぜか勝ち誇った和美……ドゥルジではなく和美の笑顔を思い出してしまった。
「やっぱり普段はドゥルジとかのお世話になっているの?」
「お世話? 何の世話ですか?」
「ええと、日常生活」
どんなのが日常なのか判らないためどれといえない自分が歯がゆい。
「そうね、お掃除洗濯料理に、その他ええと……」
何となくあと一つは思いついているのだが、気恥ずかしさがあって訪ねることができない。
「その、『人の三大欲求の一つ』……なんちゃってね」
当然その言葉は通じなかったようだ。
にこりともしらけもしない彼の様子に、『言わなきゃよかった』と深く後悔していた。
「……でもなんか、タルウィって反応がロボットみたい」
「ロボットとは?」
「だって受け答えが台本読んでいるみたいなんだもん……やっぱり草薙くんじゃないのかな?」
「草薙では無いとは?」
「草薙くんだとわたしがちょっとでもつまんない事言うと、すっごくイヤな顔するんだよ。そのくせ自分が言う冗談がウケないとすぐ怒るの」
タルウィはそれに答えずただじっと華蓮を見ていた。
「だから……今のタルウィは……」
と言ったところでタルウィと自分の距離が先ほどに比べて、ぐっと短くなっているのに気が付いた。
そもそも、顔と顔との距離が近いではないか。
対応はともかく顔や声は草薙剛史である――ちなみに顔の作りとしては剛史としてのイメージがあるので、並という感覚だが、なんかこれはとっても変な雰囲気だった。
そう思ったとたんに窓の透明度が落ちた。
次に照明が落ちて色合いも白色光からピンク色になったのだ。
滅茶苦茶怪しい。入ったことは勿論無いがその手のホテルの中や風俗店のようである。
〈う、うっそー〉
辺りが暗くなると二人の距離もぐっと近くなったような気がする。
近いと言うよりほぼ密着だ。
華蓮が彼の身体から離れようと思った物の、すでにお尻はベットの端っこ、しきりが有るためにそれ以上動かず、できたことはベットにぱふんと横になってしまうことだった。
当然というかその身体を覆うようにタルウィの身体が重なりそうになった。
おまけに倒れた拍子に両手は小さなバンザイ型になっており、その両手首を彼にとらえられて居たのである。
何となく、今後の展開が容易に想像できる。
ピンク色の照明の中、逆光で見えないがタルウィの顔が迫っている。彼の吐息まで聞こえてきそうな距離になったとき、
「わたしと……エッチしたいの?」
と破裂しそうな心臓を何とか押さえつつもそう訪ねた。
「‘あ・り・す’様がお望みならば」
そんなタルウィの返事を聞くと、とっさに華蓮は押さえられていた両手を振りほどきタルウィを押しのけ身体を起こした。
さらにベットから離れる。
「イヤ!」
「どうしました?」
「わ、わたしはタルウィとなんかエッチしたくないもん。だから、部屋を出ていって」
そう言うと窓が透明になり照明が元に戻って白色光になった。
状況に取り残されていたタルウィだが、華蓮の言うとおり、ベットから離れておとなしく部屋を出ていこうとしたが、
「タルウィ」
華蓮に名前を呼ばれ足を止め振り返った。
「……あなたは勇敢な戦士だって聞いたけど、それじゃあまだ草薙くんの方がましね」
「草薙の方が?」
「アイツも結構鈍感だけどさっきと同じ場面ならどもりながらも、顔真っ赤にしながらエッチしたいって言ってたわよ。でもあなたはそんな事も言えないじゃない」
タルウィは無反応だった。
「アンタなんかに乙女の柔肌なんか見せてあげないわ!」
華蓮はそう叫んで見たが、タルウィの反応は相変わらずだ。華蓮に背を向けると部屋を出ていった。
そしてしばらくして。
その場にすとんと腰を落とし、女の子座りで両手で真っ赤になった頬を隠していた。
〈は、恥ずかしぃ!〉
もはや声は出せそうに無い。鼓動で上半身が揺れていた。
〈や、やっぱりハジメテの時ってあんな感覚になるのかなー。どうしよう、きっと耐えられないよー〉
そう言いながら、自分が思っているより神経が太い華蓮だった。
§
一方マナフは(マナフがエゴシフトした番兵は)、四階の兵士詰め所に来ていた。
‘あ・り・す’の居城は高い建物なのだが一階層の高さが高いので、階層数そのものはさほど多くない。
下に行けば行くほど兵士のランクも下がり、士官クラスはこのフロアには滅多に顔を出さなかった。
マナフはセルフサービスの棚から、蒸し肉とキノコのサンドイッチを取るとあいているテーブルを探してうろうろする。
「よう、ケルマー」
すると一人のひげ面の兵士が自分に向かって手を振っている。
どうやら、この番兵の知り合いらしい。無視するのも怪しまれると思い、彼の居るテーブルに近づいた。
「どうしたい、確かお客さんの番をしてたんじゃないのか?」
とその男はテーブルを詰めて、腰掛ける程度の空きを作ってくれた。
マナフはそれに「すまねえ」と言って腰掛けた。
「いや、フリッツが見張ってたお客に問題があってさ。それでちょっと早いが交代だ」
「そうか、そりゃ大変だな。そんでやっぱりその客ってのはネボの‘あ・り・す’がらみのかい?」
どうやらそこら辺の情報は一般兵士にかなり漏れているらしい。
サンドイッチをつまみながら、どこまで聞けるかと思案していると、ひげ面は肩に手を回してぱんぱんと叩いた。
「大丈夫だって。偉そうなヤツぁこんなところにこねえよ。なあ」
と周りの兵士に言うと、まったくだと笑い声があがった。
「そうだなあ、俺も詳しく聞いていないが‘あ・り・す’の連れらしい」
「そうか……ついにネボからこっちに攻め込んでくるってか?」
「さあな。ネボには兵隊なんて居ないって聞いたぜ」
「兵隊は居ないがおっかねえ神官が居るってよ。何でも上位騎士団がそいつに全滅させられたって。そんときに生き残って帰ってきた連中は口止めされているらしいがな」
〈アールマティ様のことか〉
「そう言えばよ、なんか二階の連中が慌ててたな」
これはマナフの目の前の兵士だ。
「今日、‘あ・り・す’様が直々に逢うって話しだぜ、そのネボに」
「ホントか?」
「なんだよ、聞いてなかったのか?」
「いや……さっき衛兵長に顔出せって言われてな」
するとひげ面が心配そうに言った。
「ホントかケルマー。ならここでサボってないでさっさと行かないと何言われるか判らないぜ」
「ああ、そうだな……じゃあ、悪いが、これで失礼するぜ」
彼はサンドイッチの残りを食べた。
マナフは兵士に見送られる形でその場を後にする。
〈……謁見か、何かを企んでいるな〉
そう思って昇降機まで足をのばすと、そこに見慣れた変な者を見つけた。
二足歩行するウサギ、多分彼に間違いないだろう。
丁度昇降機前には人気がない。
それに乗り込もうとするウサギを背後から忍び寄ってひっつかまえると、そばの武器庫に引きずり込んだ。
「な、何をなさいます! わたしを誰だと」
「……ずいぶんと余裕ですな、トール殿」
ウサギなので表情はよく判らないが、一回瞬きすると納得したかのようにうなづいた。
「マナフ様、でいらっしゃいますか?」
「さすがだな、すぐに判るとは」
「……ええ、これでも‘あ・り・す’様にお仕えするトールですから。ですが、さすがのわたしも少々驚きましたよ。あなたがまさかねえ」
「そんなことはどうでもいい。そろそろこの術も解けるだろう。その前にやるだけやっておかないと」
「何をお考えですかマナフ様」
「ネボの水晶のありかとここの者が使っているネボへのチャンネルです」
「……なるほど、それで一時的にネボに戻りますか」
「ここの‘あ・り・す’が押さえているとすればもはや打つ手は無いが、別の場所に保管されているとすれば取り返す事も可能……」
「難儀ですよ。水晶はこの城の保管庫に眠っております」
「九階か」
九階には上級士官用の部屋と戦利品の保管庫がある。水晶はその中に眠っているのだろう。
「マルドゥックの‘あ・り・す’様にとってあの水晶は特に意味はありません。また取り上げたところでネボの‘あ・り・す’様にも意味が無いのです」
「どういう事だ?」
「水晶は記録にすぎないということですよ。チャンネルを開くためには必須ですが呪術を使うためには代理品でも構わないのです」
「とすると水晶は俺が持って居ても‘あ・り・す’様には影響ないってことか。なら利用させてもらおう」
「ですが、あそこには強力な結界がございます」
「……問題はそこか」
「わたしをお連れくださいまし」
トールはそう言って右耳を立てて見せた。
「わたしの身体は結界よけにもなりますし、色々便利でございますよ。どうせ行き先も同じですし」
「……するとトール殿も」
「はい、ちと、‘あ・り・す’様の水晶を取り返しに」
目の前のウサギはそう言って笑って見せたような気がした。
§
「急ぎの用とはおまえにしては珍しいのう」
場所はマルドゥックの‘あ・り・す’の謁見の間。
暗幕の前には甲冑姿に帯剣したドゥルジが控えていた。
「それより……その甲冑姿も久しぶりだと見慣れぬものだ。おまえとて女、平素の服のほうが似合うのではないか?」
「は」
「して、用とはなんだ。わしはこれからネボの‘あ・り・す’と会見を開かねばならぬ。あまり時間は取れぬぞ」
「お願いがあって参りました」
「願いとな」
「は。このたびの作戦につきましてできれば恩賞をと」
「そのような事か。して、何を望む」
「できれば人払いを」
すぐさま暗幕の中から小さな金属音が奏でられた。
それと同時に謁見の間に控えていた兵士、従女が立ち去っていく気配が読みとれる。
暗幕の右側に控えている、召使姿の女性だけが残ったがこれは慣例である。人数の内に入っていない。
「望みをいうてみい」
「……お顔を拝見できましょうか」
「顔とな……それはわしの顔か?」
「いかにも」
「ふふ……わしの顔を見てどうする? 面白くもないぞ。もっと別の……」
「今ひとつお願いします。‘あ・り・す’様のお顔を拝見できましょうか」
凛とした声が謁見の間に広がった。‘あ・り・す’のお言葉を遮って、ドゥルジがそう叫んだのだ。
「……何を考えておる、ドゥルジ」
「今までマルドゥックの民で‘あ・り・す’様のお顔を拝見した者はほとんど居ないと聞きます。もし、そのお顔を拝見できればドゥルジ光栄のいたり」
「そうではない。正直に言うてみい」
「……わたしはあなた様が本当にマルドゥックの‘あ・り・す’様か知りたいだけなのです」
「わしがニセモノだとでもいうのか?」
ドゥルジは答えなかった。
「誰も知らぬ顔を見たところでそれで本物と偽物をどう判断しよう。それこそ無駄な事ではないか」
「無駄だとしてもお顔拝見、許し得ぬ願いでしょうか?」
「ドゥルジよ、わしの気遣い判らぬか。ここでわしができぬと言えばおまえにも恥をかかせることになる。わしがこう言っている間に別の恩賞を求めよ。されば、お互いに傷が付くこともない」
「わたしは傷を恐れません。ただ欲しいのはわたしが忠誠を尽くすべき相手が真にマルドゥックを支配するに値する者かどうかです」
「ドゥルジ……」
「お答えいただきたい! マルドゥックの‘あ・り・す’たる証を!」
「……おまえも長く生きることはできない運命のようだね」
暗幕の中から聞こえるのは低い笑い声だ。
「ではおまえに聞こう。おまえが忠誠を抱いている人物がおまえが生まれる前からニセモノだとしたら、おまえの忠誠は一体なんなのだろうね」
「‘あ・り・す’様!」
「おまえはわしに忠誠を誓ったのではないのかね? それが誰であっても忠誠の対象は変わらないのだ。何か問題があるのかね」
「有ります……いや、ある。わたしはマルドゥックを納めるべき‘あ・り・す’様に忠誠を誓ったのであり、その他の誰でもない。
たとえ他の世界の‘あ・り・す’であってもな!」
ドゥルジは跪くのを止め、身体を起こして真正面を見据えた。
「ドゥルジ、いまおまえが何をしているか判って居るのか? おまえはマルドゥックに反逆しようとしているのだよ」
「違う、わたしはマルドゥックに忠誠を誓った、だから、それを納めようとするニセモノを討つのもわたしの役目だ」
「わしをニセモノ呼ばわりするのかね」
ドゥルジは柄に手を添えていた。いつでも抜刀できる体制である。
「おまえは乱心者に成り下がったのだぞ、ドゥルジ」
「違う、わたしは討つ、マルドゥックを我が者としようとするおまえを!
正体を現せ、ネルガルの‘あ・り・す’!」
ドゥルジの叫び声にも関わらず、謁見の間に聞こえてきたのは暗幕の中からの笑い声だった。
■Scene 39 乱心【Madness】に続く




