■Scene 37 困惑【Lost】
マルドゥックの‘あ・り・す’の居城には上級士官用に個室部屋が割り当てられている。
居城は背の高い作りになっていた。
最上階から順に来賓用、将校用個室、上級士官用個室、下士官用個室、一般兵卒用雑居部屋と階級がそのまま階層の高さに現れている。
ドゥルジの実力はすでに将校クラスだが、まだ年齢が若いという理由で上級士官止まりだ。
彼女もその事についてあまり気を止めていない。今のマルドゥックの将校は老人ばかり、女性の将校は前例が無いからだ。
彼女としては政治に深く関わるつもりもない。
前線で闘うのが似合っていると思うし、時が来れば戦場から離れようと思っている。
彼女の部屋は上級士官用の中でもレベルは一番高い。それは部屋の窓の大きさにも現れ、ドゥルジの部屋は壁一面が窓となっており、そこに準水晶で作られたガラス素材がはめ込まれていた。
準水晶の身体は限りなく透明に見えるが、身体全体が光の交換作用を行うために、反対側にある風景を見ることができる。
つまり、正確には透けているのではなく、反対側の風景が写されているのだ。
その他にも近くに居る人間の思念を読み取り微妙に反応し、表示を任意に切り替えることもできる。これは野生の準水晶を呪術で改良した結果である。
今もドゥルジの部屋の窓は外の様子を映し出していた。
そんな明るい部屋の中に彼は立っていた。
タルウィ……マルドゥック一の戦士であり、兵士全体のあこがれの存在である。
そして今はドゥルジの婚約者だ。。
ドゥルジは扉を閉め、ゆっくりとタルウィに近づいた。
「そちらの作戦も無事終了したようだね」
タルウィは微笑みながらそう言ってドゥルジに近づくと、その身体を抱き締めた。
彼女も以前のように彼に身体を預けていた。
「タルウィはいつネルガルから戻ったの?」
「二日前かな……」
「……では知っているのね、タローマティの事」
「ああ、知っている」
ドゥルジは彼の胸に自分の耳を押し当てた。落ちついた彼の鼓動が聞こえてくる。
「可哀想な事をした。俺も作戦に参加すれば良かったかな」
「……でも、‘あ・り・す’様はネボの討伐に反対していたわ」
「ああ」
「……もしかしたらわたしがタローマティを討っていたかもしれない。もしそんな事になっても、今みたいにわたしを抱いてくれる?」
ドゥルジはほんの少し顔をあげ、タルウィの顔を見た。
「何を言っている……どんな事になっても俺が愛しているのはドゥルジだけだ」
「……本当に?」
「なぜそんな事を聞くんだ? ドゥルジらしくないぞ」
「……たとえわたしが‘あ・り・す’様の敵になっても?」
「ドゥルジ」
タルウィの表情が真顔になった。それに答えるように彼女は微笑んで見せた。
「冗談よ」
「その口を塞いであげよう」
そして二人の唇が重なり、窓の透明度が落ちて部屋がやや暗くなった。
「別に隠すことは無いだろう」
タルウィの言葉に窓の透明度は元通りになったが、それもすぐにまた不透明になる。
「ここはネルガルではないわ」
「……そうだったな」
タルウィは彼女の身体を抱き寄せ抱き上げた。
その腕や胸板のたくましさ、感触や匂いは全てタルウィのはずだ。
あれほど待ちこがれた彼なのに、ドゥルジはどこかで何かの違和感を感じていた。
どこかやっぱり違う。
部屋に備え付けのベットの上にゆっくりと下ろされた。
いつもこうやって壊れ物を扱うように優しくベットに運んでくれたのも同じ……
タルウィはベットに腰掛けてドゥルジの右肩に手を添えると、服をすっとずらした。
そしてここでもう一度、自分に口づけする。
こんなクセまで同じなのに。指先に針がわずかに押し当てられるような感覚は何なのだろう?
それでも構わない。
今、目の前の彼は自分の物だとドゥルジはタルウィの背中に腕を回した。
§
華蓮以外の仲間の処遇はドゥルジが約束していた通り悪いものではない。
ただ、こちらは下級士官用の個室を割り当てられているために、階層はドゥルジの部屋の下になる。
部屋に窓があるが見えるのは木ばかりで空を拝むことはできない。
間取りはベットに身体を洗う場所(浴室とは若干異なる)、それにトイレがセットになっており、一定時間に食事が出される。
マルドゥックでは一日五食が原則だがここの一日はネボの二日にあたるために、一日二食半という中途半端なタイミングだ。
マナフとエーコの部屋は隣どおしだが、壁に耳を当てたところで隣の様子は聞こえてこない。
その代わりこの部屋を監視している側には、どんな物音でも聞こえるという便利な構造になっている。
自分がこの扱いなので‘あ・り・す’に失礼は無いだろうと思うが、何か魂胆があっての事だろう……マナフは差し出された食事を取りながらそう思った。
〈しかしこの献立は衛兵長にきついかな〉
マルドゥックは基本的に肉食である。
ネボの民は基本的に草食のため食べ物の趣向が合わないはずなのだが、マナフは残すことも無く全て平らげていた。
エーコは意識が無いといえ食習慣が無いものだから、胃が受け付けないかもしれない。
穀物パンとスープで栄養はとれるだろうが、あまり長居はできないだろう。
〈そろそろ出番だぜ〉
その声にマナフはこくんとうなづいた。
ややあって、
〈タローマティは死んだ〉
〈……ああ〉
声のトーンが低くなりマナフは拳を握り締めていた。
〈目覚めるのが遅すぎた〉
〈今更悔やんでも無駄だろう……それに、タローマティは迷っている〉
〈迷う?〉
〈気配を感じるんだ〉
マナフは顔を上げ窓の外を見た。
〈……いずれにせよ今は姫の事を考えろ〉
〈判っている……〉
もう少しすれば食事が運ばれるだろう。
あてがわれたベットの上に横になっていたマナフがゆっくりと上半身を起こした。
服装はここについてから用意されたマルドゥックの剣士の平服である。武装は当然のように取り上げられた。
マナフは部屋の中を見回すと、口の中に右手の人差し指を入れ、上あご左外側に何回か指先をすべらす。
やがて目的の物を見つけたのか、ゆっくりとそれを取り出した。
太さは髪よりも細く、長さは指先ほど小さな針である。
ややあって、壁に亀裂が入ると扉がゆっくりと開き、女の給仕がいつものトレイを持って部屋に入ってきた。
「ありがとう」
机の上にそれを置いたとき、マナフはそう言って頭を下げた。
相手もつられて頭を下げる、素早くマナフの右手が動き彼女の襟首に人差し指を軽く押し当てた。
一瞬目を見開いたがその後すぐにまぶたを閉じて倒れた。もちろん、床に倒れ込まないようにマナフがそれを支える。
そしてすでに閉じている扉をどんどんと叩いた。
「おい、給仕が倒れたぞ」
少しして扉が開くと、マナフの部屋の番兵がひょっこり顔を出した。
どうやらマナフとエーコは一人ずつしか付いていないらしい。
「おまえ、何をしたんだ?」
「何もしてないよ。食事を机の上に置いたら急に倒れたんだ」
「どれ、そこを動くなよ」
番兵は部屋に入って来たが……
§
しばらくして。
「おい、ちょっと来てくれ」
マナフの部屋の中から担当の番兵の声が聞こえた。
どうやらエーコの部屋の番兵を呼んでいるらしい。
任務中は所定の場所を離れるわけにも行かないのだが、隣同士のしかも監視対象部屋で何か起きているらしい。
それを無視しては処分されかねない。呼ばれた男はのっそりとマナフの部屋に近づいた。
この階層で現在使用されているのはマナフとエーコ、それとトールの物だ。
ちなみにトールの部屋はいつも空っぽだ。上からの指令で特に監視を必要としていないらしい。
マナフとエーコについても詳しい話は何一つ聞いていない。ただ、ウワサではネボの‘あ・り・す’に関係する人物らしい。
「どうした?」
エーコの番兵がそう言って部屋の中をのぞくと、給仕の召使を抱きかかえた番兵が出てきた。
「いや、なんかこの女が急に気を失って倒れたらしい」
マナフ当ての番兵が抱きかかえているものの、全身に力が入っておらずくたっとした感じで気を失っていた。
瞳は閉じられ口はほんの少し開いている。例の変形チャイナ服の胸元は少しめくれ、足も太股までが大胆に露出していた。
マルドゥックの‘あ・り・す’を世話する給仕だけあって召使という身分ながら顔の作りはよく、男を無言で誘う身体であった。
エーコ当ての番兵は知らず知らずに唾を飲み込んでいた。
「なあ、すまないがこの子を給仕係のところまで運んでくれないか?」
「え、俺が?」
驚いたのはエーコ当ての番兵だ。
「俺はこの部屋を調べないといけないし、隣の部屋の客人はおとなしくて暴れる心配は無いんだろ? 俺がついでに見てるからさ」
「……うーん、おとなしいというか、まあ、大丈夫かな」
「交代の時間には早いし。な、いいだろ?」
「う、うん判った……そ、それでさ」
目の前の男はどこか目尻が下がっている。
「ちょ、ちょっとぐらい……な、いいと思うだろ?」
「……あんまり派手なことはしない方がいいぜ」
そう言って抱えていた給仕をもう一人の番兵の背中に背負わせた。
たぶん背中越しに柔らかい感触が伝わるのだろう、エーコ当ての番兵の鼻の下がのびている。
「わ、判った……なるべく早く帰ってくるからな」
「ああ、よろしく……そうだ、念のために鍵を貸してくれ」
「ああいいぞ。腰につけてあるから取ってくれ」
と突き出された腰に引っかけてある鍵を、手早く取った。エーコの部屋の鍵である。
給仕を抱えて一目散にかけていく番兵、それを見てそこに残った兵士はほくそ笑んでいた。
〈ま、これでしばらくは帰ってこないな〉
たぶんどこかの空き部屋にでも連れ込むのだろう。心配なのはやりすぎないかである。
〈こちらも時間がない。さっさと仕事を済ませるか〉
番兵はまず自分自身の身体を触り、腰に結んだ板状の鍵をほどくとマナフの部屋の扉を開きベットに腰掛けている彼に近づく。
そして鍵をマナフの懐に押し込んだが、その間中マナフは何も言わずにじっとしていた。
〈しかし何だな。こうやって自分を見ているのは変な気分だ〉
そう、実は目の前のマナフは深い睡眠状態にあり、マナフの精神は一時的に番兵の中にあった。
自我移動という高度な催眠魔法である。
空気玉と一緒に華蓮に説明したマナフの操れる呪術である。あの時彼女には引かれたが対象が同じ性別に限定されるのはこんな理由からだ。
試しに女性にもかけたことがあったが身体構造の違いから自由に動くこともできなかった。それと同性であっても移動した先の記憶を覗き見ることができないという欠点もある。
継続時間はネボの反日、一五時間である。相手がどれほど単純化によって変わってくる。効果範囲はマルドゥックの城の中であれば結界さえ無ければ問題無いだろう。
当人が大きなショックを受けなければまず解除されない。
〈さて、これで隠蔽工作は大丈夫。次は情報収集か〉
番兵=マナフは外に出て、もう一枚の合い鍵で部屋の扉を閉じた。
今、このフロアには誰もいない。彼はとりあえずエーコの部屋の鍵を開けた。
中をのぞくとエーコがベットに腰掛けてぼんやりとしている。
世話役の召使がきちんと面倒を見ているのか、部屋の中は綺麗に片づいていた。
エーコは番兵をちらりと見たが興味なさそうに窓の外に目を向けた。
「衛兵長、また来ますからね」
彼はそう言って扉をしめ鍵をかけた。まだエーコを助けることはできない。
ともかく階を移動してもう少し色々な情報を手に入れなければ……マナフは先ほどの番兵と別方向に走り出した。
やがて通路の終端、大きな昇降機の前に着く。この階を警備する衛兵の顔が見えた。
この昇降機は風圧(空気圧)で動いている。
マルドゥックでは魔力により圧縮した空気の圧力を利用する風圧機関が利用されているが、その利用用途はほとんど鉄器の鋳造・鍛造過程に使用され、動力として使用されるのは階移動の昇降機用ぐらいだ。
「おい、どうした……特別客の警備をフリッツとしてたんだろ? 交代か?」
「いや、フリッツの部屋の客の様子がおかしくて、アイツはそれを伝えに行ったんだ。だがなかなか戻ってこないんだ。それで俺が呼んでこようと思って」
「そうか……俺は見なかったな」
「医術担当の呪術師が必要かもしれない……何階だったっけ?」
「容態が判らないがとりあえず六階に行け」
「判った……ああ、それといざというときのためにフリッツの部屋の鍵を渡しておく」
マナフはそう言って衛兵に予備の鍵を手渡した。
それから昇降機に乗り込むと六と四の数字のボタンを押し始動ハンドルを回した。
六階はダミーである。四階には確か兵士の寄り合い場と給仕の控え室が有るはずだ。
ネボの水晶の場所と姫の正確な部屋番号……それが判ればなんとかなるかもしれない、マナフはそう考えていた。
昇降機が下に向かって動き出した。ちょっとした落下感に胃が持ち上げられる感覚に襲われた。
〈落ちるのは苦手なんだよな〉
彼は表示が切り替わるフリップ式の回数表示を見ながらため息をついた。
§
ほんの僅かの間だがドゥルジは自分が普通の女に戻った気持ちだった。
この部屋にもうタルウィは居ない。
ゆっくりできないらしく身体をふくとそのまま部屋を出ていってしまった。
ドゥルジはまだベットの中にいた。
身体全体は火照っているのに、心のどこかに寂しさを感じている。
いつまでも彼の体温を感じていたいからだろうか? それだけでは無い……
彼女は身体を起こし、乱雑に脱ぎ捨てられた平服をたぐり寄せ自分の胸元に引き寄せた。
まだ彼の精は自分の身体の中にあるから、あまり動くと溢れてしまう。
寝床を汚すぐらい何でも無いし召使にそれを見られることに抵抗は感じない。
だが、今はそれがイヤだった。
彼は自分の物である、そんな証明が欲しかったのだろう。
だが、こんな事がその証明になるのだろうか。
ドゥルジは机の上の一枚の布きれを見つめていた。婚約の証にと儀礼通りタルウィが自分にくれた物だ。
幼い頃から目指していたあの背中にやっと追いつき、ほんの少しだけ回り込んで抱きつくことができた。
彼が自分だけをまっすぐ見つめていてくれた……それだけで幸せだったのに。
ネボ遠征の途中、ネボの‘あ・り・す’とともにチャンネルの向こうに消えてしまった。
マルドゥックの‘あ・り・す’様からは、
『タルウィは世界の混沌を未然に防いだのだよ。いつかチャンネルが開くときまた逢えるだろう……』
そう言われ、タルウィの代わりを果たすべく剣の修行も積んだのだ。
あれほど逢いたくて抱きつきたくて一つになりたかった相手が居るのに。
いや、一つにさえなれたのに……このむなしさは何だろう? そしてこのはっきりしない気持ちはなんだろう?
『わたしは‘あ・り・す’じゃない……美咲華蓮よ』
ドゥルジの瞼の裏に現れた映像、それはネボの‘あ・り・す’だった。
『何となく、友達みたいだから、かな』
わたしはおまえに勝ったのだ。おまえの探し求める草薙剛史は、タルウィはわたしの物だ!
『わたしはただ、草薙君に逢いたいだけだったのに』
逢ったとしてももうおまえの事は見ない。彼はタルウィなのだ。
しかし!
ドゥルジは平服を握り締めそして床に投げ捨てた。
〈何なのだこの感覚は! どうして勝ったという実感がわかない、なぜ?〉
『それは順番が逆だったからだよ』
耳元ではっきり聞こえた声にドゥルジはとっさにベットの下に隠した剣を取り上げて身構えた。
声のする方向……ドゥルジの意識を読み取り、半透明となった準水晶の窓の前に陽炎のように揺らめく少女の姿があった。
「……タローマティ」
それは確かにネルガルで‘あ・り・す’との闘いに敗れ、流砂の中にその遺体を沈めたタローマティの姿である。
ただ、それはどこか不安定な存在であった。
「残留思惟か?」
『似たような物かな。記憶だけの存在。あともう少しで記憶の墓場に取り込まれるわ』
記憶の墓場……死者の世界といわれるニニブにあるという故人の記憶が集まる場所。
「でも……なぜここに現れたの」
『あそこの双子の番人にお願いしてね。マルドゥックの‘あ・り・す’の事であなたに伝えたいと言ったら無理を聞いてくれたわ。トール同士ってことかもしれないけど』
「でも、あそこの姉妹は」
ドゥルジも聞いたことが有る。決して自分の考えで動くことのないニニブの‘あ・り・す’に対して絶対服従の存在。
『……それでもネボの‘あ・り・す’に思い入れが有るみたいね』
「順番が逆ってどういうこと?」
『わたしとあなたの順番って事。自分はなぜタローマティの後なんだろうと』
「そ、それは……」
『判っているでしょ、その気持ちは。ネルガルの礼儀とかそんなのは関係なく、記憶が戻ったのなら自分が一番に抱いて欲しかった』
ドゥルジはそれに答えることができなかった。
『……あなたの思うとおりタルウィはどこか違うかもね』
「なぜそういえるの?」
『根拠は判らない。でも原因はわかるわ』
「それは?」
『マルドゥックの‘あ・り・す’よ』
その名前が出たとき、ドゥルジの身体は小さく震えていた。
「まだ言うの、そんな事を」
『……ドゥルジもうすうす感づいているんでしょう? ホントは‘あ・り・す’が何を考えているか判らなくて不安なんでしょ』
「黙りなさい!」
『一つ教えてあげる。わたしを倒したのは‘あ・り・す’よ』
「判っているわ。だから、‘あ・り・す’様も弔いを」
『違う。ネボの‘あ・り・す’ではなくマルドゥックの‘あ・り・す’がわたしを倒したの』
「馬鹿な!」
そう叫んだ後、ドゥルジは笑っていた。
「そうか判ったぞ……これはネボの‘あ・り・す’の作り出した魔法映像だな」
『……そう思うのは勝手よ。でもわたしはあの流砂の前でマルドゥックの‘あ・り・す’を見たわ』
「未だかつて‘あ・り・す’様の素顔をごらんになった方は居ないのよ。なのになぜそう言える」
『それよ……それを疑問に思ったことはない?』
タローマティの身体が大きく揺らいだ。
『……もう時間が無いわ。でも考えてみて。あなた達の‘あ・り・す’が‘あ・り・す’である証明はだれがしてくれるのかしら?』
「それは……‘あ・り・す’様が、ご自分で……」
『その言葉に自信がもてないのね。でもわたしは見たわ、マルドゥックの‘あ・り・す’の姿を。いえ、本当は……』
「タローマティ!」
その後、タローマティの唇が何事かを告げ、陽炎は消えていた。
ドゥルジはその場に剣を落としていた。
タローマティの最後の言葉が耳から離れなかったからだ。
ドゥルジの両膝は身体を支えることができずその場に座り込んでいた。
「そんな……馬鹿な」
彼女の言葉はどこか悲壮感に満ちていた。
■Scene 38 疑惑【Suspicion】に続く




