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‘あ・り・す’  作者: みやしん
■Channel 5 Marduk:
35/52

■Scene 34 追悼【Mourn】

 私立慧香高校。

 元々は受験校のつもりで創立されたが、どういうわけか強い運動部で有名になった。

 文化部もその活動が各方面から注目をあびるなど、いつの間にか部活校として認知されている。

 もちろん、進学校としての実力もなかなかのものだ。国立大学への現役受験率もそこそこ高いのだが、今ひとつ評判にあがるまでに至っていない。

 その運動部も全国的にメジャーな野球やサッカー・ラグビーは何故かさほど強くなく、陸上や水泳やレスリングなど個人競技が強い。

 個性を大切にしようという校風が強く生かされているといえば良いのだろうか。

 近隣校に比べれば校則も甘いため、毎年受験者は数多くそれなりの倍率になっている。

 華蓮がこの高校の附属中学を選んだのは水泳部の魅力もあるのだが、歩いて一〇分以内という距離の近さもある。

 故に、小学校からの友達も数多く通っていた。

 慧香高校は慧香中学のほぼ隣にあるが、別敷地になっている。

 慧香大学もふくめこの三校は付属校という扱いなのだが、書類上は別系列の学校になっていた。

 中学から高校、高校から大学に進む場合は入学試験が存在する。

 それを回避できるのは一部門以上に秀でた生徒なのだが、今日、職員室別室に呼び出されている北川栄子も美咲華蓮も、水泳という実力ではその規定に有りながら高校入学試験を受けて合格した口だ。

 ともに学力に問題ない。

 午前一〇時、夏休み中ということもあってその時間となった。

 部活校だけあって夏休みでも校庭からは生徒の声が聞こえていた。

 別室に居るのは校長、風紀担当の教師、そして華蓮と栄子の担任である。

 口を開いたのは風紀担当の教師だった。

「今日来てもらったのは他でもない。昨日未明、二年B組美咲華蓮が二年D組北川栄子に幹ヶ原池公園で暴行を受け立科総合病院に運ばれたと、慧香署から連絡が入った。その経緯を確認するためのものだ。

 まず、美咲華蓮が北川栄子に暴行を受けた事実の確認を行いたい」

〈暴行……かあ〉

 華蓮は栄子をちらりと見て考え込んでしまった。

 それを勘違いしたのだろう、教師が北川を目で制する。

「美咲、恐れることなく正直に話すんだ」

「……別に恐れているとかじゃないんですけど。アレって暴行なのかな」

「暴行に決まってるだろう」

 栄子が華蓮をにらんでそう言う。

「あれが暴行じゃなかったら、何だっていうんだよ」

「だって、暴行って言うとなんか顔とか変形するぐらいの暴力でしょ」

「あのなあ。そんな事したらここじゃ無くて警察で調書取られているよ」

「ああ、そうか」

 と頭をかきながらにこやかに微笑む華蓮だ。

「美咲、北川、静かにしなさい……それで暴行は受けたのか?」

「栄子がそう言うのなら暴行かもしれません」

 何とも変な形だが一応暴行は認められた。

「それで、その原因は何かね?」

「ええと、わたしが公園で栄子を見つけて、それで彼女が一番気のさわることを言ったんです」

「なんと言ったんだね?」

「飛び魚の娘って」

 その単語が出たとたんまた栄子の表情が変わったのが判った。

 それどころかお互いの担任も風紀の教師もみな血相を変えていた。

 かなりの禁句だったらしい。

「ええと、そしたら丁度」

 と、華蓮は栄子を指さした。

「こんな表情になっちゃって、それで暴行を受けたんです。だから半分はわたしのせいですから」

「なぜそんな事を言ったのかね?」

「ちょっと確認で」

「……北川、それは本当かね?」

 教師に尋ねられてもふくれっ面のまま答えない栄子。明らかに脳の血管が大量に切れているような表情である。

「答えたまえ、北川」

「……ウソに決まってんだろう」

「え?」

 華蓮である。

「そこのガキが公園でうろうろしていたからちょっとカツ上げして差し上げたんだよ。ほれ人魚姫って最近いい気になっているからさ」

「え、栄子!」

「それで痛い目逢いたくなかったら今日のコレは口裏合わせろって言ったら、よりによってとんでもないウソつきやがって……」

「な、何言ってるのよ。わたしは栄子に……」

「あーうるせぇうるせぇ。こんな風にむかつくから腹を何回か殴りつけたさ。顔を殴るとすぐにばれるからよ。そしたらポリ公がやってきて捕まっちまったってわけだ」

「……なるほど」

「ちょっと待ってよ先生! 栄子はそんなことしてない!」

「もう良いんだよ人魚姫様。ばかばかしくなっちまった」

「今の証言はすべて証拠として扱われるぞ」

「だから証拠も何もあたしがむかついたからコイツをぶん殴ったって言ってんだろう!」

「栄子!」

「……判った。君への処分は追って通達する。本日は解散だ!」

 その後、華蓮は何度か抵抗を試みたが受け入れられず、その日の内に北川栄子への処分が決定していた。


  §


 その日の帰り、校門のそばに栄子は一人で立っていた。

 華蓮を待っていたのだ。

 友達は仕返しだよと忠告してくれたが、華蓮は臆することなく栄子の目の前に立った。

 そして栄子が口を開く前に、

「どうしてあんな事を言ったのよ!」

 と怒鳴りつけていたのである。

 その勢いに少し驚いて見せた栄子だが、その後すぐになんと笑って見せた。

「ちょっとつきあわないか?」

 もしこれが慧香の栄子さんのお誘いなら逃げるところだが、華蓮は何も言わずに彼女の後を追った。

 栄子が行き着いた先は幹ヶ原池公園のブランコであった。

 二人は並んでブランコに乗った。栄子は華蓮の向かって右側だ。

「……どうしてあんな事言ったの?」

 往復するブランコ。小さな金属音がして目の前で子供たちが遊んでいた。

「ねえ、どうして?」

「まさかさ、おまえが本当のことを言うとは思わなかったんだよ」

 栄子はそう言って微笑んだ。

「昨日はさ、あたしを退学にしたいヤツの手下の差し金かと思ったんだよ。あんたみたいな小柄でしかも有名人だから……おまけにあたしを呼び捨てにするし」

「……ごめん」

「いいんだよ。気にしてないから」

 そしてしばらくの間二人が漕ぐブランコの音が響く。

「ねえ、これからどうするの?」

「どうするって?」

「学校、アレじゃ退学になっちゃうわよ」

「……そうだな。もうダメだろうな。でも止めてすっきりするかもな」

「どうして? もう泳がないつもり?」

「あたしはおまえほど才能無いよ。それにもうずいぶん泳いでいないからダメさ」

「何で諦めるのよ!」

 華蓮はブランコを降りると栄子を見ながらそう叫んでいた。

「まだ判らないじゃない、今から始めたってまだ速くなるかもしれないよ」

「……おまえ、面白いヤツだな」

「え?」

「取り調べの時から思っていたんだけどさ、おまえとあたしってずいぶん前からのダチみたいな感じがするよ。昨日逢って話しをしたばかりなのにな」

〈違うよ栄子……あたしたちは三年も友達なんだよ〉

 華蓮は拳を握り締めていた。目の前の栄子に言えない言葉をかみしめていた。

「あたしさ、女のダチなんて居ないし、いても面白くないって思っていたんだけど、あんたとだったら面白かったかもしれないな」

「栄子、今からでも遅くないよ」

「……あたしはさ、正直苦痛だったんだよ。泳ぎができるからってあの中学に入っても自分では思うように泳げなくてな……なのにみんなあたしの事を飛び魚の娘って目で見るんだよ。だから昨日とさっき、ああ言われたときはマジでむかついたぜ」

「……ごめん」

「謝んなよ。もう終わったことだ」

 栄子の目の前に小さなゴムボールが転がって来た。

 それを追いかけて小さな男の子と女の子も近づいてくる。

 栄子はボールを拾って、二人にひょいっと投げて渡した。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 二人は大きな声でお礼を言うと背を向ける。栄子は笑顔を浮かべていた。

「……もっと早く」

 栄子はそこで言葉を切った。それからゆっくりと華蓮を見た。

「もっと早くおまえと逢っていたら、もっと面白かったんだろう」

「栄子……」

「おまえだけだよ。最後まであたしを名前で呼び続けたのは」

 彼女はそう言ってブランコから降りると背を向けた。

 そのまま片手を降ると公園の出口に向かう。

「待って、栄子、栄子!」

 華蓮は彼女の背中を追おうと思った。

 だが、どんなに早く足を動かしても彼女に近づくことはできない。

 それどころか二人を黒いドームが包み込んでやがて栄子の姿は見えなくなった。

「栄子!」

「……‘あ・り・す’様」

 背後から聞こえた声に振り向かず華蓮は栄子の消えた空間を見ていた。

 視線はどこにも合っていない。

 ただ、顔だけが向いていた。

 ややあって、

「トール……ここには栄子とのつながりが無かったわ」

「はい。多分そうなるでしょう」

 華蓮は背筋を伸ばし深呼吸をした。

「進むしか無いのね、これからも」

「……そのようです」

「判ったわ」

 制服のポケットから水晶を取り出した。

 まだマルドゥックには向かわない。彼女が望んだ先はネルガルだった。

 言葉を発することなく水晶は華蓮の望む道を開いた。


  §


 シャマシュでは一日が過ぎていたが、ネルガルではあの戦闘の直後のまま時間は止まっていたようだ。

 砂嵐もなくなり赤い砂漠は一面に広がっている。

 そこにエーコ・マナフ・トール、トールによって無事街を出ることができたというカズミ。

 そして華蓮が居た。

 あともう一人。

 すでに記憶はここには無くなってしまったタローマティの亡骸が横たわっている。

 チャンネルから降り立った華蓮はタローマティに近づいた。

 あれほどまでに強烈な憎しみを放っていたとは思えないとても小柄な体つきである。ただそこに眠っているようにさえ思えた。

 しかしもう彼女は起きてこない。

 トールの指示で顔に布を巻くと、タローマティの身体は流砂の中に投じられた。

「ネルガルの民が亡くなった時は、その身体を砂漠の中に返すのですよ」

「返す?」

 流砂に飲み込まれ消えていく彼女を見ながら、華蓮は聞き返した。

「大地から生まれた物は大地に返す。どんな動物でも人でも例外ではありません。こうやって大地に帰ることでまた新しい命の糧となるのです」

「……そう」

 その言葉の内容を理解した訳ではない。

 だが、命の輪がそこで終わりになったわけでは無いことを聞いて、ほんの少し、安心するのだった。

 そして次はエーコだった。

 エーコが額に受けた傷は華蓮の涙を媒体とした回復魔法で治癒することができた。

 しかし……

「エーコ、しっかりしてよ、エーコ!」

 エーコの身体は華蓮に揺すられるまま何の反応もない。

 寝ているのではない。瞳は開いている。

 エーコの鼻に耳を近づければ一定間隔で呼吸をしているのが判る。

 だが、瞳に精気はなくどこでもない場所を見ているようだった。

 華蓮が声をかけながら彼女の身体を揺らすと一瞬瞳が動いて華蓮の方を見るのだが、反応はそれだけである。

「精神的なショックでしょう」

 トールはエーコを見てそう言った。

 あの時、タルウィ=剛史の剣は……正確に言えば剣はおろか切っ先もふれていないのだが、それはエーコの額に何かを打ち込んだ。

 あれは表面の傷ではなく、その内側……頭蓋骨の中・脳髄に直接作用したのかもしれない。

 ならば、最悪はこのまま復帰しないことも考えられる。

「……姫、ネボへのチャンネルを開いて衛兵長を送りましょう」

 マナフはそう進言した。しかしトールは首を左右に振ったのである。

「何故です?」

「この水晶ではここからネボにチャンネルを開くことはできない……そうでしょうトール」

 代わりに答えたのは華蓮であった。

「‘あ・り・す’様、お気づきで?」

「何となく……つまりこの水晶は一方通行なのね」

「一方通行?」

 マナフが聞き返した。

「最初のネボの水晶の力でチャンネルを開けるのはネボからニニブだけ。ニニブの力はニニブからネルガルまで。ネルガルの力はネルガルからマルドゥックまで……つまりネボにチャンネルを開くにはマルドゥックに行ってマルドゥックの‘あ・り・す’の水晶の力を引き継がないといけない」

「でも、姫は何度もシャマシュにお戻りに……」

「シャマシュだけは別空間なのですよ。それにシャマシュにチャンネルを開いたとしても逆方向の世界にまたチャンネルを開くことはできないのです」

 トールである。

 その言葉を聞いて華蓮はうなずいた。

「……この世界にエーコを置き去りにはできないわ。だからマルドゥックに連れて行く」

「ですが、衛兵長はほとんど意識もありません!」

「わたしが守るわ、エーコは」

 華蓮はエーコの手を取りゆっくりと立ち上がらせた。

 基本的な運動機能に問題は無いらしい。一度立ち上がらせると視線は泳いだままだが身体が左右に振れることなく、しっかりと立っていた。

「エーコの面倒もわたしが見る……」

「しかし、姫!」

「よいのですか、‘あ・り・す’様」

 トールはエーコを見て、そして華蓮を見た。

「あなたの言いたいことは判るわ。でもね、あなたの考えている選択ができないことぐらいすぐに判るでしょう」

 トールは珍しく返答をさけ、そして小首を傾げてうなずいた。

「確かにそのようです。ですが、これから先はより困難な道となりますよ」

「それがわたしの運命でしょ」

「いえ、あなたに課せられたそれはもっと過酷です」

「……少しは励ましなさいよ」

 華蓮はエーコの手を引いた。反対隣にマナフが立ち、やはり手を取って身体を支えた。

「早くマルドゥックの水晶の力を引き継いでネボに戻りましょう。アールマティ様が復活されれば、何か手段を考えていただけるかもしれません」

「そうね……アールマティも待っているんだから。さあ、行こう、トール、カズミ」

 華蓮は水晶を握り締め、そして次なる目的地の名を頭に浮かべた。

「水晶よ、マルドゥックへのチャンネルを開いて」

 水晶から発した同心円の光は幾重にも華蓮たちを包む。

 その密度が限界に達したとき……一筋の風が砂漠の砂を巻き上げると、そこには華蓮たちの姿は消えていた。


  §


 一方、ここはマルドゥックの‘あ・り・す’の居城。そして薄暗い謁見の間である。

 ‘あ・り・す’の姿は暗幕に遮られて見ることはできないが、その前に跪いているのは……

「さてサルワ。ようやくおまえの出番が回ってきたようだ」

「は。光栄です‘あ・り・す’様」

 あげたフードの中には骸骨と思えるやせた顔があった。

 その中でも眼下の中に埋没したような目は、怪しい碧色の光を放っている。

 マルドゥックの呪術師、サルワであった。

「どうだ、右腕はすでに己が物としたか?」

 サルワの右腕はアールマティの呪術によって水晶化し、それが全身に広がる前にサルワが自分で切り落とした物だ。

 その後、‘あ・り・す’の手によって義手がつけられた。

 彼はローブの中から右腕を‘あ・り・す’に差し出す。指先は関節一つ一つまで自由に動いてるようだ。

「もはやこの腕はわが右腕。なんの不自由もございません」

「そうか……ならばまずはドゥルジを迎えに行くがよい。ネボの‘あ・り・す’とともにそろそろこのマルドゥックに入ってこよう」

「では、‘あ・り・す’様。そこをねらってネボを……」

「殺すことは成らん。そのままこの城までつれてこい」

「生かしてですか?」

 サルワはその命令が不服だったのだろう、やや間をおいた返答をしたのだが、

「……聞き落としたかサルワよ。殺すことは成らん」

「は。失礼しました……ですがドゥルジの迎えで有れば、記憶を取り戻したタルウィを向かわせるのが一番では?」

「ネボがおる。またタルウィがネボの感化を受けないとも限らん。それ以上にこの役目は重要なのだ」

「は。いらぬ事を考えました」

「では行け。時は迫っておる」

 サルワは頭を下げるとそのまま謁見の間を出ていった。

 そこに静寂が戻る、ベールの横に控える女性は相変わらず無言だ。

 ややあって、

「……どうだわが駒はよく動く。そうおもわんかおまえも」

 サルワの居た空間に揺らぎが起きた。

 陽炎のように視界がゆがみ、やがて高い金属音とともにそこに一人の剣士が現れたのだ。

 タルウィである。

 彼はネルガルで着ていた甲冑をそのままつけていた。ただし、エーコのヴァ・ルオラで傷つけられた部分はきちんと修復されていた。

「タローマティとの再会はどうであった?」

「‘あ・り・す’様のご命令通り喜ばせて来ました」

「そうか……それではドゥルジも不満であろう。この城にドゥルジが戻り次第婚約者としての責務を果たさんとな」

「は。畏まりました」

「して、ネボの‘あ・り・す’はどうであった?」

 タルウィはやや考えて、そして顎をあげた。

「お許しが出れば、一太刀の元に」

「ウム。良い返事だ」

 そして暗幕の中から‘あ・り・す’の乾いた笑いが謁見の間全体に響き渡った。


■Scene 35 裏切【Betrayal】

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