■Scene 27 砂漠【Desert】
『月の砂漠をはるばると 旅の駱駝[らくだ]が行きました
金と銀との鞍置いて 二つ並んで行きました』(作詞:加藤まさを)
水晶が導いた世界はまたもや砂漠であった。
ただ、ここの砂漠の方が華蓮の記憶の中の砂漠に近い気がする。
不快感を生む感触の砂と若干の暑苦しさ。そして砂の色を反射するような夕焼け空。
もしかしたら朝焼けかもしれない一面朱色の世界。
ネルガル、火という元素を管理する世界にふさわしい光景かもしれない。
「姫、今の歌は何ですか?」
一面の砂漠を見ているうち思わず口ずさんだそれを、エーコは聞いていたのだろう。
たまに吹く風に巻き上げられた砂が口に入るために、あまりしゃべりたくなくなる。
訊ねたエーコは顔をしかめる。
華蓮は照れ笑いを浮かべていた。
「わたしの世界にある歌なの。何となくね、こんな景色を見てたら思い出したのよ」
「姫の居た世界にはこういう土地があったのですか?」
「わたしは直接見たわけじゃないけどこういう風に砂ばっかりの土地もあったの。ニニブとここと連続で砂漠に遭遇するなんてね」
「はあ」
「エーコは砂漠って見たこと無かったの?」
「はい、ネボには無い風景ですから」
「あら、でもマナフの生まれ故郷には砂漠があったっていってたけど、ねえ?」
「え、ええ」
華蓮に名前を呼ばれ辺りを見ていたマナフが振り返った。
その彼にエーコが視線を向けた。
「そうなのか? どこの出身なんだ?」
「フランジュという街です。ネボからはかなり離れていますから」
「そうか……そういう地形もあったんだな」
「ネボの中でもエーコが知らない場所ってあるんだね」
「そうですね。わたしもネボの街から離れた事はありませんから」
「ふうん……そういえば、カズミさんの居たマルドゥックにはこんな砂漠はあるの?」
華蓮は辺りの様子を不安げに見ているカズミに声をかけた。とたんにエーコの視線がきつくなっている。
彼女をさん付けで呼んでしまうのは『和美』の記憶を引きずっているからかもしれない。
「いえ、わたしが居た城の周りはすべて森でしたから」
「そうなんだ……それにしてもずっと夕焼けだね」
「ネルガルは黄昏の世界……ずっとこのままですよ」
なにげにニンジンもどきをかじっていたトールが振り返って答えた。
「……このまんま?」
「ええ……きちんとした昼と夜があるのはネボの世界ぐらいですよ」
「夜だけって世界よりも気が滅入りそうね」
確かに見渡す限り赤い大地である。
以前見たテレビのドキュメンタリーで火星の大地を放映していたことがあったが、ちょうどそれによく似ていると華蓮は思った。
刺すような光もなく肌が感じる気温もほんの少し暖かい程度であり、アフリカの砂漠地帯のような灼熱地獄ではない。
チャンネルから抜け出て少し歩いたが思ったよりも体力の消耗が少ない。
ニニブである程度慣らされたのかもしれない。
「それでこれからどこに向かうの?」
「当然‘あ・り・す’様のところですが、まだだいぶ先なので今日は休息がとれる場所に向かいます」
「オアシスみたいなところ?」
「そうですね。暗くなるわけではありませんがみなさんそれなりに睡眠も必要でしょうから」
言われたとおり華蓮もややおなかが空いていた。
空腹を覚えると言うことはこの世界は生きている人々の世界であると言うことだろう。
ならばこの先、それなりの生理現象も発生するわけだ。
「急ぎましょ。どうせ歩くんでしょ」
「よくお判りで」
「まあね」
そう答えて華蓮は腰を上げた。
§
華蓮の体感時間で一時間ほど歩いただろうか。
砂漠が途中でとぎれ土がむき出しの大地が現れてからすぐに小さな建物が見えてきた。
敷地内に入ってみると住人はいないものの、旅人用の宿泊設備がそろっていた。
ネボの預言者の祠へ向かう途中に利用した、あの設備とほぼ同じらしい。ただ、あまり利用する者がいないのかこちらの方がやや荒れていた。
しかし旅生活が長く続いたせいか、それはあまり気にならなかった。
気になったのは入浴施設が無いことである。
風呂にゆったりつかりたいとまで言わないが、せめてシャワーか行水で汗でも流したいと思ったのだが、
「この世界では砂風呂になりますね」
トールは食事の支度をするカズミを手伝いながらそう言った。
「水って貴重品なの?」
「それもありますけど水による入浴という習慣はあまりありませんから。すべては砂が代用品になります」
確かに泉はあるようだが、飲むためと食事用にやっと使える程度だった。
しかしそれも水ではないとトールは言う。
「どういうこと?」
「飲んでみれば判りますよ」
そう言われて一口飲んでみると……不味くはないし変な匂いもしないのだが、初めて体験する味がついていた。
ちなみに美味しいものではない。
「……なにこれ?」
「まあ、簡単に言えばこの世界の地下水ですが、水の代用品です。この水を身体に浴びると糖分を多く含んでいますから逆にべたべたになりますよ」
「糖分……甘く感じないけど」
「砂糖の原料であるショ糖も直になめると苦みを感じますからそんなものです。ですがこの水だけで栄養を補給することも可能ですから」
代用品と言うより味が強く付いているためにあまり料理にも向かないな、華蓮はそう思った。
その勘どおりできあがった料理はまずくは無かったものの、胃袋に押し込むのがやっとという感じだった。
食料はエーコとマナフがネボから旅立つときに持ってきた保存食料と、ニニブで手に入れた果物である。
ニニブの果物は他の世界に持っていっても食べることができる上に腐ることが無いらしい。
消化されないのではなく、他の世界の腐敗菌が分解できないのだとトールは言っていたが、例によって華蓮には完全に理解できなかった。
時間的に夕食後なのだが外は相変わらずの黄昏である。
砂嵐はここまで届かないが、宿泊施設といっても屋根はとってつけた程度であり、天井を見ると赤い空がよく見えた。
〈何となくどこかで見た空だなあ〉
それが何だか華蓮はすぐに思い出した。
竜虎である。
慧香学園の近くにある喫茶店……火事のために焼け落ちた天井の代わりにエンビ性の屋根をつけたオープンカフェ。
かき氷が安く食べられるために学園の憩いの場であった。
〈草薙君、元気かなー〉
いつもトリコロールなトッピングでかき氷を食べていた彼。
自分は冷たいのは苦手だった。その代わりデコレーションが好きなので食べ終わるのに時間がかかるが、彼はいつでも華蓮の事を待っていた。
ぶつぶつ文句を言いう姿も今は懐かしい。
華蓮は胸元から水晶を引っ張り出した。
二つの門で見た自分の最後。
タルウィの剣で胸を刺され、彼と二人チャンネルの中に落ちていった。
その後、自分はシャマシュの華蓮として生まれ変わったのだろうか。
あの水晶が飛んだ先。おおよその方向感覚では預言者の祠がある場所だ。そこにハルワタートの最期の記憶を刻みに飛んだのだろうか。
「どうしました?」
じっと水晶をのぞき込んでいるとエーコが声をかけてきた。華蓮はそっと彼女の前に水晶をかざした。
「色が変わったでしょ」
「そうですね……前はもっと青かったのに今は淡い黄色ですね」
「あの時わたしはニニブの‘あ・り・す’から彼女の力を分けて貰ったけど……結局ニニブの力ってどんなのだろう?」
エーコに聞いたところで答えは得られない。視線は自然とトールに向かっていた。
「ねえ、ニニブの力って何?」
「一つはネルガルへのチャンネルを開く力です。これはもう体験積みだと思いますが」
華蓮とエーコはかくんと頭を下げた。
「あと水蛇のようなはっきりとした形で現れる効果は無いかもしれません。どちらかといえば術者に力を注ぎ続けるための存在ですから」
「ふうん」
華蓮は少し残念そうな表情を見せた。
新しく貰ったおもちゃがあまり派手な働きをしないからだろう。彼女は自分でもミーハーな方だと思っているから、アイテムにしても見た目重視である。
「‘あ・り・す’様の水晶は力を発現させるための物ではなくて、各世界とのチャンネルを開くための物ですから。……水の力は、アールマティ様から受け継いだものですし」
トールからアールマティの名前が出たとき、華蓮ははっとして再び手元の水晶を見ていた。
「……そっか。これってわたしだけの力じゃないものね」
「ですから水晶の力は無駄にしてはいけないのです」
ただ、華蓮は最初の橋を越えるときの映像を思い出した。
ハルワタートが言っていた、水晶が大切なのか、それとも‘あ・り・す’が大切なのか、はたまた自分が大切なのか。
今の華蓮にそれを聞く勇気はない。
「聞くだけ無駄かもしれないけど」
「なんでしょう?」
そんな事はないと言いたげに、トールは背筋を伸ばして見せた。
「あの山の中で『最期の選択』って聞いたのよ。それって何?」
「……それは‘あ・り・す’様に課せられた義務です」
「その義務の内容は?」
「‘あ・り・す’様によって異なりますが、世界の命運を決定するような大きな義務とだけ言えましょう」
「つまり、以前のわたしの‘あ・り・す’と今のわたしでも異なるって事?」
「はい、その通りです」
「じゃ、前のわたしの選択とは何?」
「それにお答えすることはできないのです」
「ならばわたしの場合は何を選択するの」
「それはまだ決定していません」
「誰が決めるのよ」
「この旅を通して‘あ・り・す’様ご自身が決められることです」
そこでため息をつく華蓮だ。
「……ま、そんな答えだと思ったわ。大体『‘あ・り・す’の伝説』の事だって教えてくれなかったし」
「‘あ・り・す’様の伝説ですか?」
それまでじっと話しを聞いていたエーコが口を挟んだ。
「エーコ、知っているの?」
「はい、『龍に乗った‘あ・り・す’様』の伝説なら」
どうもタイトルを聞くと違うもののように思えるが……
「それ、どんなお話?」
「昔、‘あ・り・す’様が聖なる湖で行水をされていると、その姿を見初めた龍が人に化けて‘あ・り・す’様に近づき、隙をみて連れ去ろうとしたのです」
「へえダイナミックねえ」
「元々龍ですから逃げ足は早かったのですが、‘あ・り・す’様をお慕いする魚の内、一番巨大なオオアオハンテンザメが龍に体当たりして‘あ・り・す’様をお救いしたそうです」
多分、祠から‘あ・り・す’の神殿まで自分を運んでくれた、あの鮫の仲間だろう。
「それ以来、湖の中の聖霊は‘あ・り・す’様に服従を近い、以後人も湖に入る事は無くなった……というものですが」
「エーコがハンテンザメさんに驚いたのはその伝説を知っていたから?」
「その通りです。その言い伝えがありますから特に湖に入ることは禁忌です」
「ふーん。それにしてもネボにも龍ってイメージがあるんだ。それって怪物みたいに大きくて羽根があって口から火を噴くの」
「はて。羽根はありませんね。以前姫が召喚された水蛇をもっと巨大にして角と鬣があるような者です。手足はありますがとても小さいです」
エーコの説明で思い浮かんだのは昔話のアニメーションのオープニングで登場する龍だ。
華蓮が最初に想像していたのは竜、すなわちドラゴンだがネボの世界のそれは龍、こちらはラングと呼ばれる。
知能が高いドラゴンは人語を放したり魔法を詠唱したりできるとされるが、総じて暴力の限りを尽くす最悪のモンスターなのに対して、ラングはむしろ神の使いのように扱われる聖獣である。
「‘あ・り・す’様にまつわるお話は他にも色々とございますよ」
トールの言葉に華蓮は大きく瞬きした。
「あ、そうなんだ」
「それはどの世界でもお慕いされている人物ですから、色々な逸話もございましょう」
「どれでも良いから教えて」
「それはご自分で色々とお聞きになった方が良いかと」
トールの言葉が終わると、華蓮は不気味なくらいにっこりと微笑んで彼の耳を引っ張った。
「あんたねえ、いい加減にわたしの言うことぐらい素直に聞きなさいよ!」
「お、おやめください、‘あ・り・す’様!」
「止ーめない……ちょっとトールを甘やかしすぎていたわ」
と耳をぐいぐいと引っ張った。
エーコもトールが気の毒になったのか、華蓮を取り押さえようとする。
それを避けながらふと部屋の中を見回すと、なんだか人数が一人足りない。
「あら、マナフはどうしたの?」
「先ほど外の様子を見てくると出て行かれました」
答えたのはカズミである。
華蓮はトールの耳を引っ張るのは止めたが、握り締めたまま考えた。
「……女の子ばっかりで遠慮したのかな」
もちろんトールは性別の勘定に入っていない。
「マナフ殿は‘あ・り・す’様と違ってよく気がつかれるようで……」
「へえ」
華蓮の目が怪しく光った。
「今度はその減らず口を広げてあげるわ!」
「お、おやめください!」
「絶対に止めない」
そう言いながら華蓮はトールの耳を引っ張り続けた。
§
華蓮とトールがじゃれついている間、赤い空と大地をじっと見ている者がいた。
マルドゥックのカズミ……ことドゥルジである。
「……マルドゥックの召使にですか?」
華蓮たちに合流する前、マルドゥックの‘あ・り・す’に呼び出された彼女は御前だというのに珍しく声を荒げていた。
ただ、その不敬は自分ですぐさま気がついたらしい。
「申し訳ありません」
「よい。戦士としてのプライドを思えば声の一つもあげよう」
暗幕の中の声に変化は無い。かといってそれ以上の無礼を働くわけに行かないだろう。
「納得がいかないかドゥルジ。召使に化けてネボの‘あ・り・す’の中に合流することが」
「……いえ」
「隠さずとも良い。己が実力であれば単身切り込んだとしても仕留める事はできる……そう思っておろう」
「ご察しのとおりで」
「確かに今の‘あ・り・す’の力で有れば、ドゥルジほどの剣士の力を使うまでも無い。だが、それではいかんのだ」
「と申されますと?」
「おまえの役目は‘あ・り・す’を仕留めることではない。各世界を回りここにつれてくることだ」
ドゥルジは一瞬耳を疑った。
「……それではわたしにネボの‘あ・り・す’の護衛をせよと」
「そういう言い方もできるのう」
「しかし、‘あ・り・す’様は以前ネボは始末すると……」
「状況が変わったのだ。ネボは水晶にアールマティの力を宿した。その時点でハルワタートとは力もそれが向かう方向も変わってしまったのだ」
「ですが、ネルガルにはすでにタローマティが向かったと聞いております。それもネボ討伐に……」
「そうだ。先日許可した。タローマティは喜び勇んで向かったがな」
「そちらはどうされるおつもりで?」
「好きなようにさせるさ」
言動の矛盾を整理しきれないドゥルジは言葉を失っていた。
あまり質問しても失礼に当たると思ったのだ。それを察したのか、‘あ・り・す’が語り始めた。
「タローマティではネボの‘あ・り・す’を始末する事はできないよ」
「しかし、ネルガルはタローマティの生まれ故郷。しかも火の聖地ではネボの呪術も利きません」
「そうだな」
「それでもタローマティは勝てないと……」
「そうだ、勝つことはできん」
「では、援軍を……」
「その必要はない」
「では」
ドゥルジは言葉を続ける事ができなかった。
目の前の女王はタローマティを見捨てろと言っているのだ。
確執はあるものの同じ戦友である。
「……ドゥルジ」
「はい」
「おまえが考えなければいけないのは、‘あ・り・す’をどうやってマルドゥックまで無事つれてくるかだよ。そして間違えていけないのは水晶だけがくればよいというわけでは無いのだ」
「つまり、ネボの‘あ・り・す’の命そのものも必要と言うことですか?」
「そうだ。そうでなければ今後の事に意味が無くなる」
「……もし、タローマティがネボの‘あ・り・す’を討ち果たすことができそうな場合はいかがされますか?」
「ネボの命を優先するがよい」
「タローマティが従わなかった場合は?」
「それ以上わしの口から話させる事ではなかろう」
つまり殺せと。
「失礼しました」
「ネボの‘あ・り・す’がニニブに入ったらすぐに合流させる。一応兵士一個師団をニニブ遠征として派遣するからそれに合流すればよい。もちろん召使は格好だけだ。兵士長には伝えておく。あと、名前はカズミと名乗れ。それが一番効果的であろう」
「このことは他の者に隠さなくて良いのでしょうか?」
「……心配せずとも誰も帰ってこれないよ」
ドゥルジの胃がわずかに持ち上がったように思えた。
確かにマルドゥックのニニブ遠征部隊はほんの数人を残して全滅した。
後方に控えていたドゥルジはそのまま召使に姿をかえ、オアシスに潜んでいたのである。
‘あ・り・す’の計画通り潜入することには成功したが……
ドゥルジは華蓮を見た。彼女が主が危惧する‘あ・り・す’だという。
だが、自分から見ればまだ未成熟な子供の女にすぎない。
マルドゥックの‘あ・り・す’様が必要としているのはネボの持つ水晶でも、今のネボの命でもない。少なくともネルガルの‘あ・り・す’と謁見をすませ、水晶の力を引き継いだ後だという。
自分と同等の力を持つことになる敵……なぜ自分はそれを養護しなければいけないのか?
多分、この疑問を浴びせることはできないのだろう。
ふとトールと目があった。
彼は自分の正体を知っていた。それで居て主にしゃべるつもりは無いという。
このウサギもマルドゥックの‘あ・り・す’様とつながっているというのだろうか。
わずかに風が出てきた。
空はこれから流れるであろう血の色に染まっていた。
■Scene 28 伝説【Legend】に続く




