■Scene 25 魔剣【Sword】
「……何の用か知らないけど、俺はこういう暗い部屋は苦手なんだよな」
珍しく不満顔の草薙剛史はマルドゥックの‘あ・り・す’の居城の中、彼にしてみれば悪趣味の極みといえる謁見の間に居た。
華蓮がそれなりに波瀾万丈な日々を送っているのに比べ、囚われの身の剛史はのんべんだらりと生活している。
運動もせずに食べては寝るだけの毎日を送りながら、余分な脂肪がついていないのは食べ物のせいかもしくは彼の体質かもしれない。
元々運動とは縁の遠い生活を送っていたのだ。ジョギングが行えるほどの広さの部屋をあてがわれても、絵に煮詰まって部屋をうろうろする以外ほぼ同じ地点でじっとしている。
自宅の自室は四畳半なのだが、ベットと大型テレビが入っているせいか非常に狭い。そんな生活に慣れているので広い部屋を広く使うことができない。
ちなみに片付けはそれなりに行う方だ。
それというのも少しでも散らかすとすぐに和美の強制大掃除が始まるためである。
年頃の男の子の持ち物が見つかるのが恥ずかしいということでもある。和美にしてみればそんなもので悲鳴をあげるほどネンネではないし、逆にそれを恐喝材料に使うほどしたたかだった。
マルドゥックでの剛史はずいぶんと前から監禁状態がとかれており、部屋を出ようと思えば自由に出入りできる上に、居城の中はおろか外まで出ることができる。
はっきり言えば逃げ出すことも自由なのだが、なにせどこに行けば自分の世界に戻れるか判らない。
城の外は見渡す限り森、森、森だ。
慧香町の自宅の周りは緑が少ないなどと嘆いていた自分が恨めしくなる光景である。
二回ほど城を出て森の中をうろうろしていたが見事に道に迷い、居城の兵士に案内されて部屋に戻った。いつでもどこでも監視されていたらしいが、それにしてもみんなの態度が仰々しすぎる。
廊下ですれ違う時も会釈でこちらに顔を向けないし、食事を運んでくれる女性も江戸時代の将軍様への物と同じように、トレイを自分の頭の上に差し上げてくるほどだ。
悪い気はしないのだがやはり貧乏性なのだろう。むしろ以前のように気軽に絵を描かせてもらえる方がありがたいのだがそれもままならない。
自由なようでやはり不自由な日々なのである。
彼もここに連れてこられてから一週間くらいまでは日数を数えていたのだが、それから先は無駄に思えてやめてしまった。
昼も夜もはっきりしないし、食事のタイミングを見るとここの一日は二四時間ではないらしい。
あーあれから何日たったのだろうと思いつつも、考えることさえおっくうになるほど平和な日々だった。
たまに思い出すことと言えば慧香町の事、そして華蓮の事だった。
剛史の前に現れて電撃的なキスを残して去っていったタローマティの言葉……いつか、華蓮と闘うことになる、それを思い出してみたり。
〈でも、闘う羽目になったらあの蹴り一発で俺の負けだな〉
とか考える当り、危機感が欠落していると言えるだろう。
だが一度思い出すと……なかなか気になるようだ。
アイツと最後に食べたかき氷は何だっけ、とか。
水着の絵を書く約束していたなぁ、とか。
トールハンカチの事を言っていたよな、とか。
ふと思い出して彼はポケットから一枚のハンカチを取り出す。
ライトブルーのハンカチ。四隅にウサギの刺繍が入っているそれは竜虎で雨宿りしているときに華蓮から借りたそれだ。
洗って返すと言って受け取ったそれ。ウサギの刺繍の右耳は途中で垂れたままだった。
『あげないからね』
これ以上汚したり無くしたりしたら烈火のごとく怒るだろう。彼はハンカチを畳み直すとポケットにしまった。
そこでため息をつく。
もっと別の人の何か……たとえば和美のこととか思い出しても良さそうなのに、浮かんでくるのは『慧香の人魚姫』の事だった。
暇つぶしも兼ねて華蓮の水着姿を思い出しながら絵を描いてみたがどこか納得できない。
机の上に広げた数枚の人物画は確かに華蓮である。しかし慧香の人魚姫ではない。
〈もうちょっと真剣に見ていれば良かった〉
出来損ないの絵画は破り捨てるところだが、華蓮の姿を引きちぎることも消すこともままならず、裏返しにして机の片隅に重ねている。その高さもそれなりに目立つほどになっていた。
気になると言えば部屋の隅に飾られている大きな剣である。
これもタローマティに教えられた事だ。
全体の長さが剛史の背丈ほど、刃の長さでも足先から胸元まであり、刃幅が三〇センチ近く、刃の一番あつい部分で一〇センチ近くあるそれが、自分が(というかタルウィという男性が)自由に振り回していたという事実。
試しにもう一度その剣を持ち上げて見ようと思ったが、前回同様持ち上げるどころか、ぴくりと動く気配すらない。
ぱっと見た目で百キロ以上有りそうだ。やっぱりみんなが言うタルウィは自分のそっくりさんだろうな……剛史は自分にそう言い聞かせていた。
そんな退屈が続くある日、食事のあと一人の兵士が部屋に入ってきた。
「‘あ・り・す’様がお呼びです」
断ることはできないのだろう、剛史はそう思いおとなしく兵士の後に従った。
一度だけドゥルジの後をついて謁見の間に行ったことは有ったが、方向感覚が鈍いために一回くらいでは道順を覚えるなど不可能だ。
かといって今回も道筋など覚える気も無く、
〈相変わらず、高い天井だなあ〉
などと思いながらてくてくと兵士の後をついていき、大きな門をくぐり急な階段を上りきった。
いかにもオカルト的な文様が刻まれた床の突き当たりに一段高くなった床が有り、暗幕の中に例の‘あ・り・す’が居るらしい。
いつものように暗幕の左右に二人、変形チャイナ服の召使の女性が座っていた。
いつもと同じ無表情である。そもそも目は閉じたままだ。
「……相変わらずの口ぶりだのう」
反響もせず籠もりもせず老女の声は明確に剛史の耳に飛び込んできた。
「若い者は敬語とか苦手なんだよ。俺もそうさ」
「知っておるよ。おまえにそんな礼儀は期待しておらん」
「タルウィくんは礼儀正しかったって事か?」
「当たり前だ。タルウィはマルドゥック全軍の範となるべき兵士だったからのう」
「……ソイツは残念だったな。ところで、俺を呼び出した理由は?」
「おまえもヒマをもてあまして居るだろうから、ちと余興を開こうと思ってな」
「余興?」
剛史はたまに言語のコミニュケーションが本当に正しく行われているのか疑問に思うことがある。
彼がしゃべっているのは日本語だ。それに対してこの世界の人間が同じ言語で話しているとは思えない。
彼の世話をする女性も話し言葉は日本語であったが、口の動きは発音に合っていなかったように思えるからだ。
故に余興という言葉も、それが自分の知っている言葉と意味が異なるのではないかと考える。
「何か面白い芸でも見せてくれるのか?」
「芸を見せるのはおまえだよ」
それじゃ余興と言えないぞ、そう毒づこうと思ったが、自分の真後ろに何かが現れる気配を感じ取って言葉をかみしめ素早く振り向いた。
「……晃!」
薄明かりの中に立っている大男の顔はまさしく剛史の知るところの兵藤晃だったのだ。
§
慧香学園生徒会副会長・兵藤晃。
どんなに暑いときでも上着を脱いだことが無く、なおかつ詰め襟をすべて止めている男。
しかも巨漢で中学時代はアマチュアレスリングでならした猛者だという。
慧香学園での名物男で別名仲裁魔。彼の半径一キロ以内で発生しているケンカにはものの数秒で現れそれを止めていくという。
たまに言葉で止まらないケンカは、彼が実力行使するらしい。本末転倒であるが彼がどれほどケンカを嫌っているか判る話しだ。
一説には職員室で起きた教師同士のケンカも止めに入ったことがあるという。
そんな彼は剛史と仲がいい。剛史から見れば普通の友だち感覚なのだが、晃からすれば同士なのである。
それは彼らが高校に入りたての頃、クラス内で起きたケンカを同時に止めたことから始まる。
剛史としてはただ単に騒ぎの元を何とかしたかったからで、別に正義とかそんな気持ちが働いた訳ではない。だが、晃にしてみれば自分と同じく正義を愛する人物が居ると思ったのだろう。
見た目がやや暑苦しい物の悪い男ではない。
校内ではむしろお笑い担当要因だがそれなりに人気もあった。
そのいつの間にか見慣れた顔が目の前にいた。
ただし、彼から漂う雰囲気はどこか違う。
この場所のせいだろう、剛史はそう思った。
「……まさかマルドゥックの英雄、タルウィにまで名前を知られているとは思わなかったぜ」
目の前の晃はそう言って暗幕の向こうにいる‘あ・り・す’を見ていた。
「本当にヤツを倒せばオレは無罪放免になるんだろうな」
「おい、晃……何を言ってるんだよ」
「無駄だよ……その男はおまえの知るところの兵藤晃とは違う」
剛史は男と暗幕に視線を何回も往復させていた。
「名前は同じくアキラだがその男はマルドゥックで一番凶悪な犯罪者だよ」
「犯罪者?」
剛史はそう言われて目の前のアキラの事をまじまじと見た。
腹の前で交差している両手首は木でできた拘束具で固定されている。その着衣もどこか薄汚れていた。
「軍記に反し盟友数十人を残虐した罪人だよ」
「言ってくれるな。オレは命令に従ってニニブの地に降りたち戦争をしたまでだ。死んだのは運が悪い連中だぜ」
確かに違う、晃とは根本的に違う何かを剛史も感じていた。
「オレは生き残った。そりゃ、踏み台になった兵士もいただろうがな」
「そこでだ、今日この場でタルウィと闘い勝つことができれば、そのまま放免するだけにしようと持ちかけたのだよ」
「……俺と戦え、と」
「誰もが尻込みする条件だ。英雄タルウィと剣を交えるくらいなら自らのノドを剣で刺したほうがましだろうからな」
「しかし……」
アキラは剛史を見て、口端をわずかに上げた。
「どうやら英雄と言うヤツも眉唾らしいな。オレはやっぱりついているぜ」
アキラはそう言って剛史に近づいてきた。
「お、おい、待てよ……こんなの余興でも何でもないぞ!」
「オレは素手でもかまわないがこれを何とかしろ!」
アキラが拘束具を暗幕に差し出すと、それと同時に小さな光が暗幕の中から飛び手首の周りを一回転した。
すると、頑丈で箱根細工のように入り組んでいたそれが、何の動作音もなく外れて床に落ちた。
さらに、二人の目の前に長さが一メートルほどの長剣が二本現れたのだ。
「それじゃあ行くぜ、英雄さんよ!」
「待てって言ってるだろうが!」
そう言いながら、アキラと同じく剛史もその剣を取ったのだが、予想以上の重量に振り上げることもままならない。
仕方なく剣を引きずるように後ろ飛びしたのだ。
一方アキラはというと剣を上段に構えさらに背中側に回して腹筋運動のように身体全体を利用して反動をつけ、切っ先を剛史に振り下ろした。
風を切る音の直後、アキラの剣は床をトウフのように切り裂いていた。
すんでのところで剛史がよけたのである。
今度は剣を左脇腹に向けて横方向に振り回したアキラは、身体をねじ切る勢いで右回転に剣を振るった。
剣の動きが大きいため今度はよけることができない。とっさに自分の剣を盾代わりに、うなりをあげるアキラのそれの前に差し出したが、刃と刃がかみ合い火花を散らす。
力は完全にうち消すことができず、両手で柄を握り締めたもののなぎ払われそうになった。
とてつもない衝撃だった。こちらが受け身なせいもあるのだろうが、剛史の両手は指先までしびれ剣を握ることもままならない。
三回目の攻撃の前に剛史は剣を杖に立ち上がって後ろに半歩飛ぶと、両手で何とか剣を持ち上げ正面に構えた。
アキラの攻撃はない。
「なかなかやるじゃねえか。まあそうでなくちゃな」
似合わない笑を浮かべてアキラは剣を床に突き立てた。
彼の剣は力と速度に頼った実戦の剣技である。技とは言えないかもしれない。
「こ、こら……こんなの、本当に余興じゃねえぞ」
「タルウィにとっては余興以下だよ。賭けがあるとすれば勝者ではなく勝敗までの時間だろうな」
つまり、必ずタルウィが勝つということだ。
「だから、俺は優等生のタルウィくんじゃなくて、一般高校生代表の草薙剛史なんだってば」
「ん? 何をごちゃごちゃ言ってるんだ?」
アキラは片手で剣を持ち上げると笑いながら剛史に近づく。
「やっぱりおまえはニセモノか……それでもオレの釈放条件は変わらないんだよな、なあ!」
「左様。そこにいるタルウィに打ち勝つことができればすべての罪を許し釈放してやろう」
ベールの中の‘あ・り・す’である。
それを聞いてアキラが声を上げて笑った。
「ということだ。悪く思うなよ、タルウィを語るニセモノくんよ」
「ニセモノでもいいから話しぐらいちゃんと聞けよ、晃!」
「問答無用!」
アキラが踏み込む、剣の柄尻を腹筋に押し当て、床に水平に槍のようにつっこんできた。
だめだ、よけられない……そう思った瞬間。
剛史は剣を自分の目の前で、切っ先を外側に向けてぐるりと回転させるとアキラの剣をはじき、バランスを崩した彼の脇腹に当て身を入れて横っ飛びした。
しかし相手の筋肉は防弾チョッキなみらしく、足腰は石垣並みらしい。
バランスを崩したが膝をつくこともなく、当て身を食らった脇腹を軽くもみほぐしながらまたにやりと笑ったのだ。
「やるじゃねえか……実は本物か?」
〈あの時と同じだ……〉
ここに連れ込まれてサルワと闘ったとき……無意識のうちにでた剣技。
一なぎしただけで目の前のあらゆる物を粉砕したあれと同様に、アキラの剣を受けた剛史にその自覚は無かった。
彼本人も気がついて居ないのだが、いつの間にか重く感じていた剣は片腕で支えており、しかも切っ先は宙に浮いているにもかかわらず微動だにしていない。
「だとすると……手加減したオレの方がヤバイってわけだ」
アキラは柄から左手を離すとそれを前に掲げて剛史に向かって突進した。
剣は右手後方にある。つかみ合いするつもりか?
腕力ではとてもかなわないだろう、剛史は剣を上段に振り上げた。
しかしアキラの左手は反動のための物だった。突進の速度と左腕の振り子と腰の回転で今まで以上のスピードが乗った剣を剛史ののど元へとたたき込んだ。
またもや意識が切り替わる、振り上げた剣を自分の胸元に引き寄せながら、切っ先と切っ先をぶつけたのである。
大型の剣とはいえ、その切っ先は針先と同じだ。
二つの剣はわずかな面積で力を殺し合う。お互いの身体の骨が逃げ切らなかった力に悲鳴を上げた。
押し合いはそれだけでは終わらない。金属のこすれ合う異音を放ちながら、アキラは剣を差し出し続けた。
柄が胸元にあるため、剛史は思うように力が入らない。
このままの体制では、いずれアキラの剣が自分のノドを切り裂くだろう。
タイミングは一瞬だ。わずかに力を弱める剛史、アキラの剣がまっすぐ自分に向かってくる。
剛史は自分の剣を胸元で半回転させ、相手の剣の腹を叩いた。
ほんのわずか、アキラの剣の切っ先が自分の鼻先をかすめていく、それと同時に身体を沈ませて背中に相手の身体がすり抜けていく一瞬をまって、剣の柄でアキラの腹をたたき上げた。
うめき声が上がった、だがそれも聞かずに間合いを取る。
致命傷のはずだ。だが、アキラは跪くことなく目をぎらつかせてこちらを見ていた。
「……なぜとどめをささん」
「何?」
それでもかなり深い位置まで柄が食い込んだのだろう、口元からは血がにじんでいるように見えた。
「柄でなく切っ先で突き上げればそれで勝負がついた物を!」
「バカ言うな、なんで俺がおまえを殺さなきゃいけないんだ」
「オレがやられなければおまえがやられるまでだ!」
その直後獣がほえた。
剣技などない。むやみやたらに剣を振り回し床にふれれば床を、天井に当たれば天井を斬りつけながらアキラは駆け寄った。
〈俺が殺される?〉
初めてそう実感した。
その場所だの‘あ・り・す’の御前だの余興など、すべて忘れていま感じているのは自分の命の灯火だ。
目の前からそれを吹き消す死神がやってくる。
どうする、避けるか?
避けたところで彼は何度でも自分に立ち向かってくるだろう。
自分を倒さない限り彼に明日が無いのだから。
刃音がする、バランスの狂った扇風機だ。
その向こうにうなり声が聞こえ、一番大きく聞こえるのは自分の鼓動と呼吸音だ。
泣き叫んでもおかしくないほどの局面なのに、自分は回転する刃をじっと見ていた。
恐怖で身体が動かないのではない。自分の中の自分が有るチャンスをねらっているのだ。
こんな局面なのに!
二人の距離がお互いの間合いに入った、アキラは十分威力を付けた剣を、剛史に向かって振り下ろした。
それとほぼ同時に、剛史はアキラに一歩踏み込むと、迫りくる剣を紙一重でよけ……実際には頬の皮と髪を数本切られたが、振り下ろされた剣と行き違いに自分の剣をアキラのあご先に振り上げた。
一瞬で決まるはずだった。
剣の速度は切り上げたにもかかわらず、剛史のそれの方が早かったのである。
常人にはよけられないそれをアキラはよけて見せた。
完全にはさけていない。剛史の剣はアキラのあご先から左耳まで切り裂いている。
だが、そこから後頭部への貫通を許さなかったのは、アキラの切り返しである。
振り下ろし、床にめり込んだ状態を物ともせず、引き抜くとそのまま、剛史の剣の腹を叩いたのだ。
鈍い音がした。
金属同士がぶつかったとは思えない音だ。
すぐさま後ろ飛びし、自分の剣を見るとちょうど半分のところで剣はおれていた。
いや、切られていたのだ。
「……そんな」
「おぬしの技が切れすぎたんだよ」
剣を見つめる剛史に‘あ・り・す’が声をかけた。
「あまりに速い切り上げにその剣では耐えられなかったのだ」
舌打ちしながらまだ自分はアキラを殺していないことに安堵する剛史。しかし相手はそんな彼の気持ちは察してくれないらしい。
彼にしてみれば好機だった。
どんなに剣技に優れていても途中でおれた剣で戦えるはずがない。半分残っているとはいえ今の衝撃で目に見えない無数の亀裂が入っているはずだ。
もはや剣の役目も盾の役目も果たさないだろう。
「……オレはついている」
また笑った、声を上げて笑った。
あごから頬にかけての裂傷で出血していながら、顔を自らの血で染めながらアキラは笑っていた。
そして踏み込み再度剣を振り下ろす。
剛史は自分の剣でそれを止めようとしたが、一撃で細かい鉄くずとなってしまう。もはや手の中には柄が残るだけだ。
幾度も幾度も振り下ろされる斬撃をよけるだけ、何回かそれは服をかする。痛みを意識するまもなくアキラの攻撃は続いた。
彼が斬りつけた床のでこぼこに足を取られ、間合いから抜けることができない。
だめか、今度こそ……無駄と判っても右腕で顔をカバーする。
多分腕ごと顔を割られるだろう。開ききった目がとらえたのは勝利を確信するアキラの顔だった。
だが。
何かがはじけた。それがアキラの身体を吹き飛ばし、剛史の目の前に光の束を作ったのである。
低い振動音がする。腹の底を揺るがす音だ。
一度見せて貰った栄子のバイクのエンジン音に似ている。
やがて光量が落ちると、そこには一本の巨大な剣があった。
それは剛史の部屋に飾られていた、彼の背丈ほどの剛剣である。
自分一人では持ち上げる事もできなかった金属の固まりが、なぜここに?
「ほほう……あるじの危機を察して駆けつけたか、『ラグナロク』が」
「ラグナロク?」
剛史の目の前の剣は彼の言葉に呼応するように、びんっと響いて見せた。
■Scene 26 覚醒【Wake】に続く




