■Scene 17 不安【Uneasiness】
夢には二つの種類があるらしい。
覚めてからもそれを覚えている物とすっかりと忘れている物。
その他に楽しい夢と悪夢という分類があるが、覚えている悪夢より覚えていない悪夢の方がより恐怖を煽るのも事実である。
華蓮が目を覚ましたとき、目の前に見慣れた天井があった。
大きさの異なる二つの円形蛍光灯が付けられた照明器具、そして梁がそのまま模様として感じられるタイル。
慧香町の美咲家の二階、三女で末娘の華蓮の部屋の天井。そして、
「華蓮、いい加減に起きないと練習に遅れるでしょう」
彼女の顔をのぞき込むのはまるで三人の娘がいるとは思えないほど童顔の女性、華蓮の母親・蓮美だった。
「……ママ」
「さあ、ご飯の用意は出来てるから、早く起きて着替えていらっしゃい」
蓮美はそう言って微笑むと、すたすたと部屋から出ていく。
「栄子ちゃんが迎えに来るわよ」
そして部屋のドアを閉じるときに忠告していった。
〈……ここはわたしの家、わたしの部屋。そしてママ〉
華蓮の記憶は混乱していた。
自分はどこかに行っていたような。それもおとぎ話の本に出てきそうな不思議な世界に居たような気が……
華蓮が目を向けたのは本棚の文庫本。そこにはルイス=キャロルの「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」が置いてある。
春休みに近所の本屋で売られていた豪華装丁本を衝動買いしたものである。
ベットから起きあがって机の上を見る。
そこには数学の教科書とやりかけの夏休みの宿題……ハンガーにつるされた慧香高校の制服、そしてオレンジラインの入った競泳用の水着。
ベットの上には右耳が途中でたれたウサギのぬいぐるみ、トールがつぶらな瞳で自分の事を見ている。
いつもの風景、いつもの部屋……
「……そうだ、学校に行かなくちゃ」
どこか心に不安を残しながら華蓮はパジャマを脱ぎ捨て、制服へと着替え始めた。
§
「どうしたんだよ、元気ないな」
慧香高校のプールサイドで腰を下ろし、膝を抱えて水面をぼんやり見ていた華蓮に声をかけたのは栄子だった。
母親の忠告通り、ゆっくり食事をしていたらドアをぶち破るような勢いで栄子が迎えに来る。
それを出迎えたのが万年低血圧の美咲家の長女、蘭だったので一瞬気まずい雰囲気になったものの、どういうわけか蘭と栄子は仲がよい。
すぐさま華蓮の悪口に華を咲かせた。
いつもの華蓮ならそれに飛び入りし玄関先でちょっとした姉妹ゲンカになるのに、きょうは食べかけのトーストを口にくわえながら栄子の横をすり抜けていく。
それから学校についても、筋力トレーニングを行っていても、着替えてプールに入っていても同じだった。
どこかふぬけているのだ。
「昨日、何か悪い物でも食べたんじゃないのか?」
「……確かグラタンを食べたと思うんだけど」
「いや、そうじゃなくてさ……」
真剣に答えられかえって言葉を無くす栄子である。
彼女はプールの縁に両手をかけて声をかけるとプールサイドに転がり込んだ。
「なんか切ない表情しているぜ。そんなんじゃ人魚姫が台無しだよな」
「そうかなあ……なんだかよく判らないんだけど、大切な事を忘れているような気がして」
「旅行の事じゃないのか? ああ、そうそう人数はあたしと華蓮と加藤と鈴木は確定な。あと誰を誘おうか?」
「人数、そんなに多くて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。あと三人くらいは」
「……西村さん、どうする?」
「来るかなあ……知らない仲では無いから無視するのもなんだし」
栄子は和美のことが苦手らしい。一番苦手なのは亜美だがあれは勘違いという事も考えられる。
「あいつも男がいるわけじゃ無いから誘えば来るだろう」
気持ちよく笑おうとした栄子だが、華蓮の表情が気になるらしい。
「……どうしたんだ?」
「西村さんって彼氏いないんだっけ?」
「あのなあ。あの女に男なんて出来るわけないだろう」
「だーれに男が出来ないんですって!」
背後から突然にかけられた声に栄子と華蓮は同時に声をあげ、真後ろを向くとそこにはサラサラの長髪を白いヘアバンドで止めた和美がいた。
彼女は両手を腰に当てて仁王立ちしている。
今日は珍しく黒縁のメガネをかけている。普段から才女の彼女がより一層賢く見えていた。
「な、なんで西村がここにいるんだよ!」
「夏休みの部活動について水泳部の部長さんに相談しにきたの。それより、ききずてならない発言だったような気がするんだけど……」
「か、勘違いだよ。なあ華蓮」
栄子は華蓮に話題を振ろうとするが。
「ふーん、あ、あれ?」
和美が指さす方向に栄子は何だろうと注目する。その一瞬の隙をついて和美が中腰になった栄子の背中を押した。
悲鳴と大きな水しぶきをあげてプールの中に突き落とされる栄子、和美はなんでも無かったように栄子が腰掛けていた位置に腰を下ろす。
とはいえ、水着を着ていないので中腰だ。
ややあって水中から栄子が飛び出した。
「な、なにしやがる!」
「別に……ねえ、美咲さん」
そうにっこり微笑む和美の表情を、華蓮はじっと見ていた。
「どうしたの?」
「ううん……西村さん。八月の第二週って予定入っている?」
和美は斜め上を見て顎に右手の人差し指を当てる。この少女が考え事をするときの無意識の動作らしい。
「特に入ってないわ。部活ぐらいだけど」
「栄子の田舎が静岡にあって、そこの温泉にみんなで遊びに行くことになってるの。西村さんもどう?」
「みんなってだれ?」
「わたしと栄子と陸上部の加藤さんと華道部の鈴木さん」
「へえ、あのふたりが来るんだ……面白そうだけど文化部出身って少ないわね」
「栄子の田舎の家ってあと二人くらいは泊まれるって、ね!」
プールの中の栄子にそう言ったものの彼女はぷいと横を向いた。
「じゃあ、吹奏楽部の霧島さんと文芸部の維泉を呼びましょう。いいわよね!」
「勝手にしろ!」
相変わらず栄子は膨れたままである。
霧島香里と東雲維泉は仲が悪いと聞いたが大丈夫だろうか? 華蓮の懸念も和美の自信たっぷりの笑顔を見ていると引っ込んでしまう。
今度こそ遠足熱を出さないように気を付けなければ……
“無駄よ”
華蓮の身体が小さく震える。周りから見ればプールで失った体温に身体が反応したように見えたのかもしれない。
華蓮もただの空耳だと思った。だが。
“あなたは旅行に行くことなんかできないわ”
もう一度同じ声で同じ様な聞こえ方。華蓮は周りを見た。
「……どうしたの、美咲さん」
和美が腰を下ろしたままで華蓮の見回した方向を追跡する。
「うん、今声が聞こえたの」
「声? きっとあれでしょう」
和美が指さした先はプールの中だ。
「ちくしょう!」
栄子はプールの水をプールサイドの二人に向けて浴びせた。
甲高い悲鳴をあげる和美にげらげら笑う栄子。
そして……その光景を見ながら水滴を浴びる華蓮は声が再び耳に飛び込んでくる瞬間を待っていた。
なぜそれを聞きたいと思うのか、それは判らなかった。
§
水泳部の練習が終わるのが午後五時。華蓮と栄子はプールから追い出されいつものようにファミリーストアに向かう。
夕方、風も涼しくなっているが半日近く太陽の光を浴び続けた肌の火照りは、容易に冷めそうにない。
特に自分の部屋にクーラーなる高級品を持たない栄子は、なかなか家に帰りたがらないのだ。
「……どうせならわたしの部屋に行く?」
華蓮は買ったばかりのかき氷のパックに木の匙を突き立てながらそうつぶやいた。
「うーん……あんまり毎日行くのはちょっと気が引けるな」
栄子が買ったのはアイスバーである。ソーダ味でともかく硬いのが評判のアイスだ。ついこの間も噛む力が強すぎて奥歯のクラウンを外したばかりなのに、きょうも果敢にその氷柱にチャレンジしている。
「ついこの間も晩御飯ごちそうになったばかりだし」
「いいのよ。どうせ蘭姉ぇか百合姉ぇ、家にいなくておかず余っちゃうんだから」
「もったいねえなあ。うちの母さんももう少し料理が旨ければ自慢できるのに」
「他の家の料理を美味しく感じる方が珍しくない? 栄子だって一七年間食べ続けて居るんだし」
「一六年だよ」
少し強い口調で言う栄子。
華蓮は九月生まれだが栄子は一二月生まれなので、実質三ヶ月ほど華蓮の方が年上なのだ。
今日は二人だけで来ているが、練習が終わったときに後輩がいれば必ずといっていいほど一緒にファミリーストアに立ち寄る。
それは栄子の姉御肌と華蓮の明るさにひかれ、自然に集まるのだろう。
身長差で二〇センチあまり、その他にも顔つきやらプロポーションやら華蓮は栄子に対してコンプレックスの固まりである。
最近では水泳でも栄子が本来持っていた実力が余すことなく出ている。
それが強烈な劣等感になって表れないのは、母親である蓮美の、
「あなたはあなたなんだから誰かと比べてもしょうがないでしょう」
という教育方針のためであろう。そのせいか三姉妹は好みや性格は異なるものの、小さい頃からお互いが比べられたことはない。
物事に対して冷静に計算する蘭、必ず裏から本質を探ろうとする百合、どちらかというと行動が先に出る華蓮……通知票にはそのことについて注意を促す文章が必ず書かれているが、それは長所や短所でなく個性というものだと蓮美は納得して子供たちに注意もしなかった。
栄子はそんな華蓮の家の事情をよく知っているから、たまにこんな事を言う。
「華蓮の家、羨ましいなあ」
華蓮も栄子の家の事情を知っている。
オリンピックで活躍し現在も事業団で競泳のコーチをしている父親を持つ栄子。
子供の頃からプールで遊び、速く泳ぎ父親に誉められることが一番の楽しみだった女の子。
いつの頃からかそれが彼女にとっての大きな重しになっていた。
無我夢中で泳いでいればそれなりの成績を上げることが出来た小学校の低学年、大会という文字と優勝という文字と、それが報道される事をしった高学年。
やがて期待はプレッシャーという文字に置き換わり、自分は何のために泳いでいたのか判らなかった中学時代。
栄子は言う。
「あの時華蓮と勝負していなければ、どうなっていたんだろうな」
今日もそんな事をいいながらアイスバーにかじりつく。
「そうだね……でもあの日に勝負してなくても、次の日には勝負していたかもしれないから」
「それであたしが負けるのか?」
「どうだかね」
「あたしが勝っていたら、絶対に華蓮に裸で校庭一周させていたと思うぜ」
「……どうだかね」
「信じてないな!」
ムキになる栄子に華蓮は流し目で答える。
栄子は優しい女の子と言われるのが嫌いだった。
中学の頃、付近のヤンキーを束ねて不良していた肩書きのせいもあるのだろうが照れもあるのだろう。
あえて口に出さないのも彼女が嫌いな言葉、友情というヤツだ。
だが……それはいつもの事なのに栄子の面影に何かが重なった。
全く同じ様な顔つき、そして……
「……どうしたんだ?」
「ううん、なんでもない。きっと冷たいのがキーんときたんだよ」
「まったく、華蓮はかき氷となると容赦がないな。どうせなら竜虎に行けば良かったかな」
竜虎は五時にしまっちゃうぢゃない」
「それに、雨がふるとすぐに閉店だし」
雨が降ると閉店……雨が降る……
「雨が降ると?」
「そうだよ。この前だってちょっと夕立が降ったと思うともう店を閉めてやがんの」
店を閉める……シャッターが降りる……雨のスクリーンに濡れたYシャツ、カバン、人影、そして。
華蓮の頭の中に何かが巡る。思いだそうとしているのか想いが自然と心に浮かぶのか、キーワードと映像と音。言葉と記憶とシーンがいくつも重なる。
セルロイドの上に書かれた水彩の模様が水に溶けて渦となって、それぞれの色が単独で浮き出て。
「おい、華蓮」
栄子、栄子、この目の前の栄子は泳げる。泳げるはずの栄子、飛び魚の娘・栄子。しかし自分の知っている栄子は水の中に入れない。
どうして? 栄子は今日だってプールの中にいたのに。だが昨日は?
〈違うわ。昨日じゃなくて、もっと遠い記憶〉
かしゃっ。
華蓮の手を離れたかき氷のカップが足下に落ちた。華蓮の大好きな練乳あずき、まだ半分近く入っていたそれは中身を熱したアスファルトの上にまき散らし、あっというまに蒸発していく。
「あーあもったいない。どうしたんだよ、ハーゲンダッツではないにしろおまえがアイスを……」
「……何かが足りないの」
「なんだって?」
「何かが足りない……何かが足りない……何かが……」
何か、それが何なのか。
自分の心の中のどこかにぽっかりと大きく開いた穴。何色・大きさ・深さは判らないがそこに大きく開いた穴。
そこに手を伸ばせばマジシャンのシルクハットのように何かが取り出せるかもしれない。自分が一番欲している何かを得ることが出来るのかもしれない。
だが。
その逆に……真っ暗なその奥から自分の欲していない何かが自分の手を引きその奥に自分を連れていきそうで。
夕暮れの風は華蓮の髪を揺らす。
髪と一緒に心も揺らしながら。
§
自分の家に帰った華蓮は、久しぶりに両親と二人の姉をまじえて五人で夕食となった。
どうやら蓮美は「絶対誰かひとりはかけるが栄子がやってくる」と読んだのか、いつもより少し多めのおかずを用意していた。
余ったら余ったで華蓮に食べて貰おうと思ったのだが、存外華蓮はいつもの半分も食べない。
「どうしたんだい華蓮。食欲が無いようだけど」
蓮美のすぐ横からそんな声が投げかけられた。
美咲家の唯一の男性、華蓮の父親である美咲敬一郎は声の通りとても心配そうに華蓮の顔を見ている。
背が高くしっかりとした体格だが運動関係に全くと言ってよいほど才能が無い。蓮美ほど外見は若くないが引き締まった腹筋はそれなりに割れているのに見かけ倒しと皆に言われている。
そもそも美咲家の住人は基本的に理系である。
長女の蘭は市立大学の四年生だが来年の春には大手電機メーカーの研究職として内定を得ている。次女の百合も言うに及ばずだ。
蓮美も敬一郎と結婚するまでは製薬会社で研究員として働いているし、父親は管理職だが叩き上げである。
つまり一家の中で唯一華蓮のみが体育会系なのだ。
家族の中では一番小柄だがカロリー消費量の激しい水泳を行っていることもアリ、食事では家族の中で一番食べる量が多い。それでも栄子の半分ほどだが。
そんな彼女の箸が進んでいない。
「パパ。華蓮にも調子が悪いときくらいあるよ」
蘭は末娘をどこか依怙贔屓する父親に冷たい視線を向けた。
「そうそう。たまにはゆっくりと食べて栄養を確実に全身に行き渡らせないと、いつまでたっても幼児体型のままだからね」
続けて百合がいつものように華蓮をからかう。普段ならそこで真っ赤になると怒り出すはずなのに今日は静かなままだった。
華蓮以外が声を失う。皆が動きを止めた中最初に復帰したのは敬一郎なのだが、
「か、華蓮、具合が悪いのならもう寝なさい。いや医者に、医者はどこだ」
「あなた落ち着いて」
そこでふうと蘭がため息着いた。
「パパ、落ち着きなさいよ。そんなに騒いだらご飯食べられないでしょ」
「何を言っているんだ蘭。これが黙っていられるか」
「あーうるさいうるさい。ママ。パパをどこかに閉じ込めちゃってよ。できれば押し入れとか」
「姉さん、小さい頃にいたずらしすぎて押し入れに閉じ込められたからってパパにそれをするのはよく無いよ」
「何言ってんのよ百合。あんた経験無いからわかんないでしょ。暗くて狭くて惨めであれで幾分わたしの性格ねじ曲がったのよ」
〈そっか。蘭姉ぇって閉所恐怖症だったっけ〉
そんな喧噪の中、華蓮はマイペースに箸を進める。
いつもの食事風景、いつもの午後。まだ夏休み中なので食事時間が少し遅いが、きっと九時になればテレビでニュースを見る。
それを蘭が解説し蓮美が相槌をうち、敬一郎がうなづく。
そんな当たり前の風景が展開されるはず。
当たり前……その風景なのに自分が感じる違和感は何なのだろう。
華蓮は自分の部屋の中に入りイスに腰掛け周りを俯瞰した。
本棚・タンス・ベット・机、絨毯・テーブル・ゴミ箱・ハンガー。何も変わっていない部屋の中のオブジェクト。
しかしどこかに間違いがありそれはかくれんぼの最後の一人のように、自分に見つけられるその時をじっと待っている。
間違い探し、ふたつの絵。ただし正解の絵は自分の記憶の中にしかいない。
同じ? いや違う。どこかが違う。それが判らない。
何回も何回も見ているのにそれが判らない。
もう一度……本棚・タンス・ベット・机……スケッチブック。
スケッチブック?
〈美術の時間に使ったのかな、でもそれにはなにか……〉
華蓮はそれを取り上げてみた。
裏表紙にT.K.の文字が。
イニシャルだろうか、自分はK.M.だから全然違う。
思い切って表紙を開くとそこには西村和美の水着姿。しかもそれは非常に生き生き書かれていて、自分が書いた物ではないことなど一目瞭然である。
その絵を見るのと同時に……不思議な感情が。なぜだろう、いらいらする。その絵を見ていると何故か。
華蓮は続けてページをめくる。白紙のページが続いたあとそこに居たのは自分だった。
制服姿の彼女、肩にカバンをぶら下げてこちらを見て笑っている。次のページは竜虎でかき氷を食べる華蓮。その次のページは真夏の太陽のした、日の光を手で遮る華蓮。
その次のページは中庭でサンドイッチを食べる華蓮。
みんな自分、どれも自分。誰かが書いた自分がそこにいる。
そしてまた想いがわき上がる。
この絵を書いたのは誰?
なぜ、このスケッチブックはここにあるの?
再び間違い探しをする華蓮。
絨毯・テーブル・ゴミ箱・ハンガー・ベット・トール……
トールの首に何かが付いている。
華蓮は立ち上がりベットに近づき、右耳が途中で垂れ下がったウサギのぬいぐるみをひょいと取り上げた。
その首には金色のネックレスと一個の水晶が。海のような蒼さにほんの僅かの碧をとけ込ましたような不思議な色あい。
華蓮はそっとそれに手をふれて……
その途端に、目の前に映像が、音、シーンが蘇る。
栄子が剣の様な物をふるう姿――ちがう、あれは栄子ではなくエーコ。
蓮美がドレスを身につけ――ちがう、あれはアールマティ。
空を飛ぶ魚、くねくねとねじれて見せる木々、水で出来た蛇、角が二本ある馬、突然暗くなる空、自然の風景、巨大な水晶、神殿、光、水!
わたしが忘れていた物、そのすべての映像がでもまだ何かが足りない!
いくつもの映像が流れる中に一番奥に、何かが見える。人、男の子、だれ、だれなの?
『美咲!』
声……聞いた事がある。わたしを呼ぶ声、わたしはそれに答えるために、チャンネルを抜けたのよ!
「く・さ・な・ぎ……草薙くん!」
目の前にその少年の映像が、そして素早くすり抜け背後に消えた。
だが思い出した。わたしに欠ける何か、そして。
『……ようやくお目覚めですか、‘あ・り・す’様』
目の前のぬいぐるみがそうつぶやいた。華蓮は大きく息を吸ってそっと答えたのである。
「ここはネボではないのね、トール」
トールの首に下がる水晶は、それに答えるように輝いて見せた。
■Scene 18 仲間【Party】に続く




