■Scene 15 預言【Prophecy】
預言者の祠の奥深く、行き止まりの壁が華蓮の呼びかけに応じて開く。
そこにあったのは巨大な水晶。そしてその中にまるで閉じこめられるように一人の女性の姿があった。
どこか無表情に華蓮を見つめるまなざしはすぐ上の姉、百合の姿である。違いはメガネをかけていないこと。
〈百合姉ぇってやっぱりキレイだよね〉
普段は野暮ったいメガネを着けている百合はおしゃれにとんと興味が無い。化粧についてもいちいち塗っては落とすものに効率がみられないと華蓮に言うが、家族の中では一番の美人がおだった。
エーコもマナフも、ただ唖然と水晶の中の女性を見ていた。
「……あなたが預言者なの?」
『そうです……‘あ・り・す’様がいらっしゃるのをお待ちしていました』
「水晶の中に閉じこめられているの?」
『いいえ。女性の姿は‘あ・り・す’様やお供の方々と接するための仮の姿です。わたしは水晶そのものです』
巨大な水晶はその輝きを増した。
「わたしはネボの街のアールマティに言われてここに来たわ。世界の構造とわたしについて教えてもらうために」
『判っています』
「では教えて」
『わたしは預言者、すなわち言葉を預かる物にすぎません。‘あ・り・す’様にお答えするのは別の方です』
「その人はどこに居るの?」
華蓮が周りを見ても三人以外に誰か居る様子もない。水晶の輝きがあっても薄暗いことに変わりはない。
『‘あ・り・す’様、ご自分の水晶を出してください』
華蓮はうなじに手をまわし金のネックレスを外した。上着に隠れていた華蓮の蒼い水晶はほのかな光を放っている。
それと呼応するように目の前の巨大な水晶も蒼い光を放っているのだ。
大小二つの水晶の間に静電気の放電のように白く強い光が飛び交う。それは華蓮の腕や顔をかすめるが痛みは感じなかった。
初めは二、三本だった放電の数が段々増え、三分としないうちに華蓮の手元から目の前の水晶に向けて全てを埋め尽くすような密度となった。
だがそれがピークだったのか、今度は徐々に放電が減り始める。
水晶の間を飛び交っていたそれは空間を自由に飛び回るようになり、その軌跡が何かを形作るようになった。
人型……そう、光はだんだんと人型になっていく。
華蓮の目の前には女性の体型が浮かんでいた。ただ表面は真っ白でまるで幽霊のようだった。
華蓮が手にした水晶から蒼い白い一本の光の線が、目の前の白い人型の額に向けて飛んだ。
すると人型の額からじんわりと着色が広がっていく。
そしてその姿は。
「……‘あ・り・す’様」
エーコのつぶやきが全てを言い表していた。
華蓮の目の前に登場した人物、それは華蓮にうり二つの人物だったのである。ただ、面持ちは華蓮より大人びて見える。
もう少し老けさせれば母親にもそっくりだ。年齢的には華蓮と母親の間といったところだろう。
目の前の女性はゆっくりと目を開いた。そして微笑んだ。
『水晶はあなたを選んだのね』
「あなたは……だれ?」
『ネボの世界の‘あ・り・す’と呼ばれた者。もっと簡単に言ってしまえばあなたの過去の姿』
「過去? でもわたしよりも年上に見えるけど」
『そう……今のこの姿はアールマティに預けた水晶が覚えている姿なの。だからただの幻』
「でもわたしとこうやって会話しているわ。わたしの質問に受け答えているのはなぜ?」
『それはこの祠の水晶の中に埋め込んだわたしの思考形式と、あなたの手にしている水晶の中の記憶によって作られた模造品よ。わたしはすでにあなたに引き継がれているわ』
「あなたの水晶は砕けてしまいました。これはその後偶然にできた水晶なんです」
『大丈夫。その水晶の中にわたしの水晶の一部も含まれているでしょう』
慧香高校のプールで水晶が再生したとき、確かに砕けてしまった水晶もその一部となっている。
『今のあなたの方が力が上なのよ。だからわたしの水晶はその許容範囲を超え砕けてしまった。それがあなたの能力に応じて再構成されただけ。そんなことより、いろいろと説明しなければいけないはずね』
「はい……」
『まず、この世界から説明するわ』
目の前の女性の姿がわずかに後退し、四角錐の映像が浮かんだ。
『これは今の世界がどのような構造になっているかを示す模型よ。四角錐の頂点に当たる部分が全ての世界を統一する次元――ただしこの次元という言葉は、座標系で言われる次元では無く階層の上下関係を現すものとして考えてちょうだい』
うなづきはしたが理解は無理だった。
『そして四角錐の底辺を構成する四つの頂点が、世界の元素を管理する次元。その中の一つに、ネボがあるわ』
「……すると、他の三つにも世界があるのね」
『そう。四元素とは「水」「大地」「火」「大気」。水を管理するのはネボの世界、大地を管理するのはニニブ、火を管理するのはネルガル、大気を管理するのはマルドゥック』
「……待って、わたしが居た世界はどこにあるの?」
『あなたが居た世界はこの頂点となる世界、イシュタルと四元素を管理する世界の間に存在するわ。五個の頂点の間の力の均衡によって位置が動く、それがシャマシュ』
ピラミッドの真ん中に光が一つ現れた。それは底辺のうち、蒼く彩られた頂点にやや近づきつつあった。
『もともとこの世界は全て一つの物、すなわちイシュタルに併合されていたの。それがある日とてつもない天変地異とともに分離して、五個の次元を持つ今の形になった』
「シャマシュは?」
『シャマシュはこの五個の次元が形成されてから発生した新しい世界なの。新しいと言ってもかなりの時間が過ぎているわ』
「世界の様子は……何となく判ったけど、わたしの役割って何?」
『‘あ・り・す’としての役割を説明する前に、世界に起きている事を説明するわ』
ピラミッドの図形が拡大された。
『世界がイシュタルから分離してシャマシュが誕生した直後はこれら全体は均衡を保っていたの。ところがシャマシュが現れてしばらく後、マルドゥックの‘あ・り・す’が他の世界に干渉を始めたわ』
「それって……戦争みたいなもの?」
『そう、各世界の‘あ・り・す’が持つ水晶を手に入れようとしたの。底辺次元の各頂点はチャンネルという門が常時開かれていて、それを通して自由に行き来できた。それが裏目になってマルドゥックの侵攻はあっというまだった。そこで、わたしとニニブの‘あ・り・す’は水晶のパワーを封印しチャンネルを閉じたの』
「ネルガルは?」
『ネルガルはマルドゥックに侵攻されていたわ。すでにチャンネルは開ける状態に無かった』
「……マルドゥックの人はわたしたちの世界に来たわ」
『わたしたちが力を封印したときすでにマルドゥックの‘あ・り・す’は各世界にチャンネルを開く力を手に入れていた。ただ、それには膨大な量を必要とするの。そう簡単には開くことが出来ない……』
「衛兵長……」
華蓮の背後でマナフがエーコを呼んだ。
「外の様子が気になります」
彼はエーコの目の前にコンパスのような物を差し出した。何かの警告装置のようだ。
「判った、ランタンは使えないが大丈夫か?」
「はい。ここまでは一本道でしたから出るのには問題ありません」
マナフはそう答えると壁に手を当てながら入り口へと向かっていく。不安そうに彼の背中を見る華蓮にエーコは、
「大丈夫です。続けて下さい」
と言ってみせた。
華蓮はそれに答えるように目の前の‘あ・り・す’に質問を続ける。
「でも、わたしはシャマシュの世界からここにやってきたわ」
『シャマシュの世界の位置づけが他のそれとは違うの。それにあなたが手にしている水晶にはシャマシュとネボを結びつける力が与えられているわ』
「……わたしは何をすればいいの?」
『まずニニブとネルガルの世界に行き、それぞれの世界の‘あ・り・す’と逢うこと。そして彼女らの水晶の力を分け与えて貰うこと。それからマルドゥックの‘あ・り・す’と……』
「闘うの?」
華蓮の言葉に‘あ・り・す’の表情は暗くなっていた。
『どうなるか判らないわ。もし、マルドゥックの‘あ・り・す’の狙いがイシュタルであるならば……』
イシュタル、ピラミッドの図形では四角錐の頂点に位置する白い輝きを示す次元。
「そういえば、イシュタルへの門はあるの?」
『あるわ。四世界の‘あ・り・す’がもつ水晶の力が結集すれば、そこにイシュタルへのチャンネルが開かれる。多分そこに到達できれば世界を自由に制御できるはず』
「なぜニニブとネルガルの‘あ・り・す’は何もしないの、自分たちの世界だって危ないんでしょう?」
『支配者というものはわがままなものなのよ』
‘あ・り・す’は自虐的とも言える笑い顔を見せた。
『お互いをつなぐチャンネルを閉じて以来、‘あ・り・す’は顔を合わせることも言葉を交わすことも無くなったわ。今でもそれは同じ』
「……代わりにわたしに世界を巡れというのね」
『そう』
華蓮は腕組みしじっと目の前の‘あ・り・す’を見ていた。
「……最後の質問よ。なぜ『あなた』はわたしになったの?」
‘あ・り・す’は答えず悲しげな表情を浮かべていた。
「どうしてもそれが判らないわ。あなたの記憶を水晶の中に封じ込めこんな仕掛けを作ったからには、いつかわたしがここに来るって判っていたんでしょう? わたしがあなたの未来だとしたら、過去に何があったの?」
『……わたしは‘あ・り・す’という立場にいながら、その資格はなかったわ』
「どういうこと?」
『だから……シャマシュに逃げたのよ……』
「答えになっていないわ、きちんと話して。あなたは知っているんでしょう、わたしは知らないのよ!」
華蓮は‘あ・り・す’に近づこうとした。だが目の前にトールが立ちふさがった。
「どいてトール」
「……もうお許し下さい‘あ・り・す’様」
『良いのですトール。わたしは水晶をアールマティに預けた瞬間からこの祠の水晶に言葉を預けた瞬間から‘あ・り・す’では無くなったのですから』
「‘あ・り・す’……」
『あなたの名前は?』
いきなりの質問に虚を突かれた華蓮だが。
「シャマシュの世界では美咲華蓮よ」
『わたしの名前はハルワタート……出来れば、その名前で呼ばれたかった』
目の前の映像がぼやける。テレビの画面に雑音が入るように色がずれ、身体の輪郭線がふれている。
「あり……いや、ハルワタート!」
『……ありがとう華蓮。でも、もうわたしの記憶を再生することはできない。あなたが、‘あ・り・す’の悲しい伝説まで伝承しないことを祈るわ』
「伝説?」
『……あなたはどんな……を選択するのかしら……』
その言葉を最後に、目の前のハルワタートの映像は消えた。
巨大な水晶だけが淡い白色光を発しているだけだ。そこはまた静寂が支配する世界になったのである。
華蓮とエーコはともに目の前の水晶を見ていた。光りがやむと同時に水晶も淡い輝きを残し百合の姿も消えていた。
「……トール、‘あ・り・す’の伝説とはなに?」
彼女の問いかけにトールは珍しく解答を渋っているように見えた。
「知って居るんでしょう? 答えなさい」
「衛兵長!」
かなり遠いがマナフの叫ぶ声が聞こえてきた。彼一人ではこの洞窟に入ることが出来ないのだろう。
「ネボの神殿より伝令が来ています!」
もう一度遠い声。でも内容は十分に伝わっている。
「姫、この洞窟を出ましょう」
「トール、答えなさい!」
「姫!」
エーコは華蓮の肩を掴んだ。だが、すぐにその手を離す。華蓮に対する不遜を恥じたのかもしれない。
華蓮はそんな態度には気に留めずトールをにらみつけていた。
泣き崩れる自分、未来の姿の過去の記憶に何かを感じ取っていたのかもしれない。
「神殿からの伝令と言うことはアールマティ様に何かあったのかもしれません。いったんここを出ましょう。姫一人残ってしまっては、あたしたちは中に入ることができません」
「判ったわ」
ようやく華蓮は動いた。トールはほっとした様子も見せず、俯いたままである。
〈何を隠しているの、何故隠すの?〉
洞窟の出口まで華蓮の頭の中からその疑問が離れなかった。
§
暗闇から青空に、光量の差に目が反応するのに時間がかかる。
祠の入り口近く、マナフに抱きかかえられるように男の衛兵が一人倒れていた。そこから少し離れた場所に、横たわった双角獣も。
双方とも虫の息であった。衛兵には背中に鋭い切り傷が、双角獣は多分無理のしすぎであろう。
「衛兵長のフィエルだ」
エーコはマナフに足早に近づくと、伝令の兵士の側にしゃがみこむ。
腰に付けていた水筒の栓を抜き、男の口に近づける。
もはやそれを口にする気力もないのか、栓から流れる水は男の口を潤すだけで、飲み込むことが出来ないようだ。
永くないことはしゃがみ込んで傷口を見た瞬間に判っていた。だから、あえて水を飲ませたのだ。
「……衛兵長、神殿に……奇襲が」
「どこからか判るか?」
「判りません…… アールマティ様の念術により、一時的に……撤退をしていますが……相手が……」
「もういい、しゃべるな。ご苦労であった。その傷は神殿での戦闘のものか?」
「違うね」
もう一つの声……それは女性の声だった。
エーコはとっさに腰に付けたヴァ・ルオラに手を伸ばす。マナフは傷ついた兵士をそっと地面に寝かせると、彼も腰に付けた剣に手を伸ばした。
「……だれだ」
「そこに居る女がネボの‘あ・り・す’ってわけだ」
声は鋭く洞窟の入り口に立っていた華蓮に向かって放たれていた。エーコとマナフは同時に動き、華蓮の前に立ちはだかる。
「姿を見せろ!」
「ではご期待に添えて」
周りの草木がざわめいた。
風が動き殺気が近づいてくる。
木々の間から浮かび上がるように現れたのは、背丈なら華蓮より少し高い程度の少女であった。
全身を覆うような大きめのローブ、ただ頭は隠されておらず大きな瞳に首筋で無造作に束ねられた赤い髪が風になびいていた。
「だれだ、貴様は!」
「マルドゥックの戦士タローマティ。そう言えば‘あ・り・す’様には判っていただけるかしら?」
「……狙いはわたしね」
華蓮は水晶をぐっと握り締めた。それに応えるように目の前の少女が笑っている。
「ご苦労な伝令さん」
「なに?」
エーコである。
「ネボの街に‘あ・り・す’が居ないようだから、きっと連絡に来ると思っていたら、やっぱり案内してくれた」
「……貴様ぁ!」
エーコは手首を反転させ少女に向かって駆け出す。その切っ先を少女の足に向けて大きく回転させたが。
突然その姿が消え気がつけばエーコの背後に立っている。
「エーコ!」
華蓮の叫び声、タローマティの右腕がローブから突き出て、その手のひらがエーコの背中に向けられた。
鈍い音がして少女の手のひらに出来た小さな火の玉が、エーコの背中に向けて飛ぶ。
それが背中についた瞬間に小さな爆発を起こした。
うめき声を上げ前のめりになって倒れるエーコ、うつぶせになるのは避けたが背中からは煙が上がっている。
「死なない程度に火力は調整しといたよ。身体は動かないだろうけどね」
タローマティは冷ややかな視線で笑顔を浮かべると華蓮を見た。
「でも、‘あ・り・す’様には手加減無用だね」
手のひらをこちらに向ける少女、華蓮は水晶に意識を込める。
さらに歌を唄うようにつぶやく。
「来て水蛇!」
「い、いけません、‘あ・り・す’様!」
トールの叫ぶ声が聞こえる、しかし水晶は輝いていた。
見える範囲に泉はない、だがあの木々の向こうに確か小さな水たまりがあったはず。
丁度少女の背後だ。うまく水蛇を召還できれば……
華蓮の予想通り木々の向こうで爆発音が、そして木々を押し分ける轟音がする。
「……何事」
タローマティは驚いて周りを見る。その瞬間、全長四メートルはある巨大な水の蛇が現れた。
〈やった!〉
水蛇は牙をむきタローマティに向かって突き進む。彼女はそれをすんでのところで避けるが……
本当なら避けたタローマティに向けてきびすを返すように襲いかかるはずなのに、水蛇はそのまま直進して華蓮に向かって牙をむいたのだ。
「どうして?」
華蓮の言葉が響く、しかし水蛇は方向を変えない。
スピードを増して華蓮に迫りつつある水蛇。
その目は神殿で華蓮に見せた穏やかな物ではなく、目の前の物全てを破壊する邪悪なそれであった。
■Scene 16 面影【Memory】に続く




