■Scene 14 勝負【Fight】
レオグという単位は一日に人が移動する最適な距離らしい。
一レオグが約一五キロメートルに値するところから、ネボの世界の人々は旅慣れしていない事が判る。
とは言っても華蓮も遠足か臨海学校でも無い限り、そんな距離を歩くことはない。
第一、ちょっと遠出の旅行が絡むと例の遠足熱で参加した事がなかった。今回の預言者の元への旅も徒歩ではなく双角獣に乗ってのことだった。
乗馬など未経験な華蓮は最初見た目が非常にロマンチックなその生き物の背中に揺られることに、ある種のあこがれすら感じていた。
だがそれも三〇分もしないうちに見事に壊れていた。
乗り方に慣れていないせいも有るのだが、まず太股とふくらはぎの筋肉が痙攣しだし、膝の感覚が無くなる。
お尻を鞍にのせることが出来ず、背骨がぎりぎりと悲鳴を上げていた。
これなら馬を下りて徒歩で行った方がよほどましだと思ったが、預言者の祠は山の奥深いところにあり、かなりの高低差を覚悟しなければいけないらしい。
「‘あ・り・す’様は何でもお出来になるはずでは?」
頻繁に休憩を申し出る華蓮に対しお供の一人衛兵長のエーコはそう言ってせせら笑う。悔しいと思うが身体が言うことを利かないのだ。
「衛兵長、‘あ・り・す’様は乗馬のご経験が無いようです。無理は禁物なのではないでしょうか?」
地面に座り込んでいる華蓮に水筒を渡しながらもう一人のお供がそう言った。
出発ぎりぎりになってアールマティに紹介されたのは、華蓮がネボの街を初めて訪れたときに路地から飛び出してぶつかりそうになった男の衛兵だった。
名前をウォフ=マナフという。
ごく最近衛兵になったばかりの見習い兵士らしい。
彼がお伴として選ばれたのは衛兵としての腕前もさることながら、呪術も使用できる呪術剣士だと言うことだった。
「呪術って魔法みたいなの?」
挨拶もそこそこに華蓮は目をきらきらさせながらマナフに聞いた。ザンバラ髪で目が隠れているため正確な表情は掴めないが、彼は少し照れているようだった。
「魔法と言っても呪術師が行うほどはでなものではありませんよ」
「どんなのどんなの?」
「最近開発された呪術で空気の玉を作り出す物ですね」
「見せて見せて!」
華蓮の瞳が輝いている。魔法については今まで彼女自らが行使しているにも関わらず、それらは水晶が行っていると言う感覚なのである。
それに何と言っても‘あ・り・す’様のリクエストだ。拒めるはずも無くマナフは水路の中に右手の人差し指を漬けた。
指先が何となく光ったかなと思うとそこに空気の玉が出来ている。
「ここでは水路が浅いですからこのようなものですけど、人が入れるくらいの大きさまで作れます」
「これってどんな焼くに立つの?」
「この世界ではたまに湖に落ちておぼれる事故があるんですよ。その人を助けるために使用します」
「おぼれそうな人をその空気玉の中に入れるのね」
マナフは指先を拭きながらうなづいた。
「他にどんなのがあるの?」
「あとはできて催眠術くらいですかね。他の世界から来た兵士などの尋問用に使えるか研究しています」
催眠術というキーワードに引いてしまった華蓮だが、マナフは慌てて取りなそうとする。
「この催眠術は同性にしか効かないんですよ。だから‘あ・り・す’様には関係ありません」
真剣に申し開きする彼を見ていると、最初っからやる気満々のエーコと違ってまだ普通に付き合えるかもしれないと華蓮は思った。
「マナフ、あたしに意見するとはよい度胸だな」
「いえ、そんな……申し訳ありませんでした」
彼は首をすくめて頭を下げていた。
どうもこのエーコ、神殿の中の一件で話がこじれて以来自分に辛く当たる。華蓮は一日中騎乗の人であっても疲れなど見せそうにない女戦士を見ながらそう思っていた。
そんなところが栄子とそっくりといえばそっくりなのだが。
「まあ、実際に遺恨があるのでしょうな」
華蓮の隣にちょこんと座り、持ってきた人参モドキをかじりながらトールはぽつりとつぶやいた。
もちろんの事ながら今回の旅にもトールはついてきている。
何故、と聞くと、
「それは、『トール』というのが『‘あ・り・す’様にお仕えする者』という代名詞ですから、お側を離れるわけにはまいりません」
しらっと答えてみせる。華蓮にしてもこの世界での知識に欠けるため、トールの存在は不可欠だったが、よく言えばニヒル、普通に思えば嫌みな彼の言い方にどこかかちんと来る物もある。
体育館座りで膝を抱える華蓮、彼女の服装はこの世界にやってきたときのブラウス姿でもドレス姿でもない。
色の濃い麻のシャツ、それに少し緩めの巻きスカートである。
スカートは双角獣に乗るために、ネボの街の住人が着ていたものより短めだ。衛兵が着ているそれによく似ていた。
華蓮は最初男性もスカートを履いている事から下着……特に下半身の下着が存在しないのではないかと思った。
スコットランドのバグパイプの演奏者はスカートを履いているが、あの下には何も着けていないのをテレビのクイズ番組で知っていたからである。
だが予想に反してアールマティが用意してくれた衣服には、上も下も下着があった。どちらもかなり細い繊維で作られており、馬に乗って足腰ががくがくになっていても衣擦れを起こしていない。
少し不満だったのが胸に当てる方だ。肩紐がないブラジャーという形態なのだが、胸囲は丁度良いのに対してカップが少し緩いのだ。
それをはっきり告げるのも悔しくて、きつくないのだからとそのまま着けている。
「‘あ・り・す’様」
エーコの呼ぶ声に華蓮は顔だけひょいと向けた。
「……わたしを呼ぶときは華蓮で構わないわ」
「そうはいきません。何と言ってもあなたは‘あ・り・す’様なのですから」
「まったく、出逢ったときの栄子みたいに強情ね」
「ハ?」
「何でもないわ。それでどうしたの?」
「そろそろ出発しませんと予定の宿に着きません」
どうせここでごねてみても嫌みを言われて気分が悪くなるだけだ。
「よっこいしょ」
声をかけ、華蓮は立ち上がってぱんぱんとお尻を叩いた。
目の前には華蓮に用意されたつぶらな瞳の双角獣。しかしそれを見て出るのは大きなため息。
「……行きましょう」
華蓮は覚悟を決め鐙に足をかけた。
§
予定よりやや遅れたが日が落ちる前に宿に着くことができた。
ネボの世界の一日は約三〇時間であり、ここでは一日を一〇等分したものを『一トグ』として扱っている。昼は六トグ(一八時間)、夜は四トグ(一二時間)と昼の方が長く、昼から夜、夜から昼の空の色の変化は急激である。
双方空が赤くも蒼くもなることがなく、五分もかからずに青から黒、黒から青に変わる。
エーコが夜を懸念していた意味はそこにあり、双角獣は闇に弱いため夜になると動かなくなるのだ。
月が無いことと目立った季節がないため、年月日を現す単位が明確でない。
一応、雨期と乾期があり――ただ、雨の降る量が異なるだけらしいが――それが一二〇日周期でやってくることから、雨期の始まりから次の雨期までの二四〇日を一年という単位で現している。
今は乾期の三九日目。雨が降るときは雲が出るのだろうか、やはり空は暗くなるのだろうか、華蓮は雨空を見てみたいと思う。
ただ、エーコたちにとって雨はありがたい物ではないらしい。
宿といっても‘あ・り・す’の館同様無人であり、台所と寝室が五部屋ある程度。食料はマナフの馬に載せてあった物である。
その日の献立は乾パンに野菜スープだった。
乾パンはどちらかというとカロリーメートのような物だ。匂いはないが旨い物では無かった。
野菜スープは真空凍結乾燥した、『増えるワカメの卵スープ』といったもので、近くの泉から汲んできた水を沸かしそれを注いだだけである。
自分はともかくエーコやマナフがこの質素な食事で満腹になれるのかと思ったが、乾パンを食べ、スープを口にした直後に腹が膨れる感触がある。
「……姫、スープは最後に飲んだ方がいい」
‘あ・り・す’様とは言わなくなったが代わりに華蓮の事を『姫』と呼ぶエーコは、乾パンを全て食べ終えてからスープを飲んだ。
〈最初に言ってよ……〉
どうやら乾パンは胃の中に入って水分を含むと、かなり膨張するようである。
満腹感を得る事が難しいカロリーメイトに比べれば良くできた食品なのだろう。
食事を終え一休みした後はすぐに就寝となった。
華蓮の身体の節々も限界であり、起きていてもする事がない。
部屋は華蓮とエーコが同じ部屋、マナフが向かいの一室を使う。この世界でも未婚の男女が同じ部屋に寝ることについて問題有りという認識があるのだろう。
大きめのベットが各部屋に二つ。華蓮とエーコは衣服を脱ぎ下着姿になるとそれぞれにベットに潜り込み、ガスランプの明かりを落とした。
部屋の中の物音は二人が息をする音だけ。外から聞こえてくる音は何もない。
風も吹いていなければ、鳴く昆虫も居ないのだろうか? 昨日の晩は魚たちに囲まれている間にいつの間にか寝てしまった。
エーコはもう寝たのだろうか。
「……ここの夜って静かなのね」
華蓮は天井を見つめたままそうぽつりと言った。返事はない。
「静かすぎて……」
「姫は静寂が恐いのですか?」
隣のベットから聞こえてくる声。華蓮がその方向を見るとエーコは背中を見せていた。
「夜になれば物音がしなくなるのは当たり前でしょう……」
「ここには夜行性の動物って居ないの?」
「居ないことはないですが宿には結界がありますから近づいて来ません」
「人間も夜はあまり外に出ないのね」
「夜に外を出歩くと精霊にさらわれます」
なんとなく大人に夜遊びを注意されたような気分である。その相手が栄子のそっくりとなるとなおさらだった。
華蓮はクスクスと小声で笑った。
「何がおかしいのですか?」
「……ごめんね。栄子、ああ、これは元の世界のわたしの友だちの方なんだけど、彼女はどちらかというと夜遊びにわたしを誘ったから」
「あたしにそっくりという女性ですか?」
「うん」
エーコが見せている背中……華蓮はそれに栄子を重ねていた。
「栄子ってね……判るかな、わたしと逢うまで不良って呼ばれていたんだって」
「フリョウ?」
「やっぱり判らないわよね。なんて言ったらいいのかな、社会の規則とかを守らないで自分勝手に生きている人」
「あたしはそんなことないぞ!」
エーコは急に大声になり、寝返りをうって華蓮の方を向いた。
それがあまりに突然だったために華蓮は目を大きく見開き身体をひいてしまう。
「だ、だから元の世界の栄子の事だってば」
「……大声を上げ申し訳ありません」
「いいのよ……それでわたしが初めて彼女と話したのは、中学二年生の時だったかな。確か一四才ね」
「へえ、『慧香中の人魚姫』っていうからどんなヤツかと思ったらただのガキじゃねえか」
華蓮のニックネームは高校の時も中学の時もあまり変わらない。それに対して目の前の大柄な女の子はだいぶ違っていた。
中学二年の段階で彼女より大きな女子はすでに居なくなっていた。身長一六五センチあまり。見上げる首が痛くなりそうだった。
「だいぶいい気になっているってきいたけど、これが相手じゃなあ」
彼女はそう言って笑う。後ろにいた彼女のお付きの男も女も声をそろえて笑っていた。
それが北川栄子との最初の会話だった。
「わたしもあなたの噂は聞いているわ」
「ほう、どんな噂だよ」
「『慧香中の栄子姐さん』……」
栄子は何も言わない。だが、
「それとも『飛び魚の娘』?」
それを言った途端に栄子は華蓮の胸ぐらを掴んでいた。
「その名前は二度と言うんじゃねえよ」
「なぜ? この学校に入学したのだって水泳をやるためじゃなかったの?」
「うるせえ! そんなにあたしを怒らせたいのか」
「華蓮、もう辞めようよ」
華蓮の背後では同じ水泳部の女の子がおそるおそる声をかける。
華蓮はそれを無視し話を続けた。
「いいわ、わたしと勝負しない?」
「勝負? 人魚姫ってのは相当のバカらしいな」
「ケンカじゃないわ。一〇〇メートル自由形で勝負をつけましょう……それとも水泳では自信が無いかしら?」
栄子も言葉尻に相当かちんときたらしい。
「……面白い、受けて立とう。そのかわり負けた方は罰ゲームと行きたいね」
「そうね、逆立ちで校庭一周とかは?」
「それに裸でという条件も付けようぜ」
「……いいわよ」
売り言葉に買い言葉だが二人はそのまま慧香中学のプールへ。
元水泳部員の栄子、予備の水着は常にロッカーの中に用意されていた。
お互いの準備に一〇分もかからない。華蓮が顧問の許可を取り付け二人はスタートブロックの上に立った。
華蓮は二コース、栄子は三コース。二人とも長い髪は水泳帽の中に器用に押し込まれている。
栄子の華蓮を見る目は冷ややかでそして意味ありげな微笑みがあった。どんなにブランクがあっても自分が負けるはずが無いという自信があったのだろう。
そして……
ゴールへのタッチは一〇分の一秒差も無かっただろう。
本人たちには判っていた。その勝負が華蓮の勝利であったことを。
身体をプールに浸したまま華蓮は隣のコースでうなだれる栄子を見ていた。
何も言わない、華蓮も栄子も。栄子の右手はスタートブロックに触れたまま動こうとしない。まるでそこに手が接着されたかのように、空いている左手はふるえ、その振動が水面を揺らしていた。
華蓮は何も言わずプールから出ようとした。
「……あたしの負けってわけだ」
栄子のかすれる声が聞こえてくる。華蓮が振り返ると水泳帽を脱ぎストレートの長い髪を水滴に光らす彼女が、じっと自分を見ていた。
「もう一回勝負しろ!」
「……勝負に二回目はないよ」
「なに!」
「今、どっちが勝ったか勝負はついたじゃない」
栄子は悔しそうに両拳を水面に叩きつけた。
「約束通り、裸で校庭一周してやらあ!」
「それは敗者の条件でしょう?」
華蓮の敗者という言葉に栄子の肩が震える。
「どちらかというと勝者の条件を聞いてほしいな」
「……ああ、なんでも言ってみな」
「それじゃあお言葉に甘えてフローズンヨーグルト」
「……なんだって?」
華蓮の要求が理解できない栄子は不思議そうな顔をしてみせる。
「知らない? ファミリーストアで売ってるハーゲンダッツって高級アイスクリーム」
「あ、アイスだと?」
「高いんだよ。ちょっとしか入っていないのに三〇〇円もするの。でもすごく美味しいんだ。それをおごって」
華蓮はそう言いながら梯子に手をかけてプールサイドにあがり、水泳帽を脱いだ。
「その日から栄子は毎日プールにわたしを見に来て、そしていつの間にか練習して何回も勝負しているの。最初の頃はわたしが勝っていたから、よくアイスクリームをおごって貰ったわ」
「……姫の居た世界の栄子殿は、泳ぐことが出来たのですか?」
「うん、そうよ。彼女のお父さんが有名な水泳の選手でね、子供の頃から泳ぎを習っていたんだって。あなたは泳げるの?」
「湖や池に浸かる習慣はありませんから。泳ぐと言うことも想像できません」
そう言えばトールもこの世界には水の中に動物はいないと言っていた。陸に生まれた動物が水に浸かることがないという意味なのかもしれない。
「……でも、やっぱりよく似ている」
負けず嫌いなところ。あえてそれは口にしなかった。
§
目が覚めると隣のベットにエーコの姿はなく、外も明るくなっていた。
睡眠時間は八時間ほどだろうか、元の世界に居た日も加えればここ最近で一番熟睡出来たのだろう。
寝る前は少し固めかと思ったベットだが、乗馬による足腰の痛みはきれいに取れていた。
出発はすぐ、予定では昼前に祠にたどり着くという。
「その預言者ってどんな人なの?」
華蓮はトールではなく、前を行くエーコにそう聞いた。
「……あたしは預言者に逢ったことはありません」
「トールは知ってるの?」
「存じてはおりますが……多分それを知っているのは‘あ・り・す’様ご本人だけかと思います」
「わたし?」
「はい」
華蓮の背中にしがみつくように馬に乗るトールはそう言ったまま黙ってしまった。
祠への道は段々と険しくなる。
道らしい道が無くなり併走出来るほどの幅から双角獣一頭分の幅になり、踏み固められていた地面が砂利道に近くなっていた。
登坂については馬まかせである。華蓮に馬が操れるわけがなく、多分それなりに調教されているのであろう、エーコ・華蓮・マナフという隊列を崩さずに進んでいった。
華蓮は手綱を握っているだけでカーブや急勾配で振り下ろされないように鐙に力を入れる時以外は、周りの風景を見ていた。
単調のように見えて木々や山肌、そしてそこかしこにある泉。全てに表情があり見る角度が一度変わっても全く違った物に見える。
ずっと慧香町に住みたまに近所の遠足なども友だちと騒いだりする事に夢中で、風景などに注目したことはなかった。
今だって他の目的があるのに、自分を取り巻く壮大なパノラマに何故か酔うことが出来る。
ふと、エーコの馬が止まった。
「……ここです、姫」
道幅が広くなりそこに洞窟の入り口があった。華蓮もマナフも馬を下り、近くにあるあまりくねくねと動かない木につなぎ止めた。
洞窟の入り口は高さ二メートルほど。身体をかがめて入る必要はない。
「それでは姫、先頭をよろしくお願いします」
「……なんでわたしが最初なの?」
「洞窟に結界があるんですよ。‘あ・り・す’様が先頭にいないと誰も入れません」
トールの言葉に異論を挟むことはできない。
〈これっていわゆるダンジョンってのかな〉
華蓮はおそるおそる洞窟の中へと足を踏み入れる。続いてトール、エーコ、殿にマナフが続いた。
洞窟の中は外に比べれば気温が低い。湿気が無いために不快感を感じることはないがそれ以上に不気味さが漂うのも確かである。
明かりはエーコが用意していたガスランタンのみだ。壁面に三人の影をゆらゆらとうつしていた。
洞窟に入ってから五分ほど、空洞は大きく確保されているのだがくねくねと曲がっているので入り口の明かりは見えない。
どこまで続くのかと思われたそれに終点が見えた。目の前に壁が現れたのである。
「……行き止まり?」
「いえ……衛兵長、ここに文字が」
マナフの指さすところにエーコが顔を近づける。
「『明かりを消し、あなたの名前を告げなさい』……そう書かれています。どうします、姫」
どうすると言っても選択の余地は無いのだろう。
華蓮がうなづくとエーコはガスランタンの火を落とした。当然辺りは真っ暗になる。
音も無く光もない。自分の身体の鼓動が大きく感じられる中……
『わたしの目の前に居るあなたはだれ?』
華蓮の耳に女性の声が飛び込んできた。
「……わたしは美咲華蓮。ネボの‘あ・り・す’」
‘あ・り・す’という名前には抵抗があったがきちんとそう言う。
すると、周りの壁が鮮やかに輝くではないか。まるで宝石の照り返しのように、クリスマスツリーの電飾のようにきらきらと輝く。
やがて目の前の壁がゆっくり左右に開いていく。その奥には。
「……こ、これが預言者?」
そこには高さが一メートルほどの巨大な水晶があった。
何の色も持たない無色透明の水晶。その奥に女性の顔が見えた。
『ようこそ‘あ・り・す’様。お待ちしていました』
彼女はそう言って微笑んでみせる。
その顔はどこか元の世界に居る美咲三姉妹の次女、百合に似ていた。
■Scene 15 預言【Prophecy】に続く
 




