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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

on its last legs

作者: 浮芥彼

『A Couple of Graves』と併せてお読み下さい。

世界が壊れる夢を視た。


エスニッククレンジング、独立紛争、テロリズム、国家間の歴史的背景による軋轢。世界中で起きていた諍いが、やがては一つの大きな戦争へと終着していく。核戦争が勃発し、人間たちは血で血を洗うようになった。『核の冬』が世界を覆い、食糧危機で大飢饉が巻き起こり、飢えた人間は人間を喰い始めた。治療法不明のウィルスが蔓延し、空気感染であっという間に感染爆発を起こす。その屍体を喰らい、それらは更に加速した。

行き着く先はただ一つ。人間という種の滅亡だった。


「ああ、またか」



>>>



「………」


少女は目を覚ました。

恐ろしく静かな瞳を湛えた少女が迎える朝は、鳥が囀り、通勤者の朝の喧騒を感じさせる活気に溢れていた。


スプリングの効いたベッドから降り、鏡台の前の椅子に座る。長い黒檀の髪を整え、部屋に掛けてある卸したての黒いセーラー服に袖を通し、身支度を整える。机の上に置いておいたサッチェルバッグを背負い、部屋を出る。


「………」


外の喧騒とは打って変わって、少女の家は音が拒絶されているかのように物音一つしない。


――ピンポーン


そんな少女の家のインターフォンの音が、静寂を破った。


「………」


ローファーを履き、玄関の扉を開ける。


「おっはよー!迎えに来たよ!彩香!」


「おはよう、アヤカ。チハルはあたかも自分で迎えに来たみたいに言ってるけど、起こしたのはいつもの通り俺だから」


「うるさいよ!尚哉!」


「………」


少女は二人の少年少女の言葉を聞き終えると玄関の鍵を閉めた。


「よっし!じゃあ行こう!」


三人は、並んで学校に向かって行った。

毎日の、有り触れた光景。

滲むように眩しい、有り触れた光景。



>>>



世界が創られる夢を視た。


人間が存在しない、正しい食物連鎖が支配する楽園のような世界。

しかし、ややもせず、その世界にも人間が現れた。

人間は、世界に欠かせない存在だ。

なぜなら、人間がいなければ世界が終焉を迎えることはないからだ。エゴイズムに塗れた人間がいなければ、世界は永遠となる。

永遠の世界など、必要ない。

世界は、壊れなければならない。

何度も。何度でも。

壊して、創って、また壊してまた創る。


それが至上命令。

目的は、ただ一つ。ただ、それだけのために、目が眩み、頭が眩み、心が眩む永い永い時を過ごしてきた。


いつしか少女は思うようになっていた。


――誰かに、止めて欲しい。


――この、血腥(ちなまぐさ)い連鎖から、救って欲しい。


けれど。新たな世界が創造されるというのなら。無情にも、今回の世界もそろそろ終焉を迎えるようだ。


「ああ、またか」



>>>



「………」


少女は目を覚ました。

恐ろしく静かな瞳を湛えた少女の耳には、確かな軋轢の音が聴こえた。


スプリングの効いたベッドから降り、鏡台の前の椅子に座る。長い黒檀の髪を整えもせず、少女は小さな口を開き、舌を出す。


「………」


少女は、普段の生活で言葉を発することはまずない。それは、『これ』を他人に見られるのを恐れてのことだった。


少女の舌には、数字が刻まれていた。黒い文字で、はっきりと。


――『002(セカンド)』


少女の舌に刻まれた文字。そして、少女の本当の名前。


「………」


少女は無表情にその文字を眺めていたかと思うと、机の上のサッチェルバッグの隣に置いてある重厚な装丁の本を鞄に入れると、身支度を整え、部屋を出た。


――ピンポーン


今日も、いつものようにインターフォンが鳴る。

玄関から出ると、明るい笑顔を向ける千晴と、その千晴に呆れ顔を向ける尚哉がいた。


「おっはよう!彩香!」


「おはよう、アヤカ」


「おはよう。千晴ちゃん、尚哉くん」


「え」


「うっそ」


彩香が挨拶を返すと、千晴と尚哉が驚いた声を上げる。


「彩香、どったの?具合でも悪い?」


「風邪か?学校休む?」


「………」


口々にそんな言葉を彩香に投げかける二人。表情は思いの外真剣だ。


「あ、いやーごめんごめん。彩香が喋るなんて珍しいからさ」


「天変地異だよな」


千晴と尚哉が口々に言葉を発する。

それ程までに、彩香が口を開くことは珍しいのだ。


「……天変地異」


彩香が尚哉の言葉を繰り返す。尚哉はそれを彩香の気分を害した言葉だったと判断し、直ぐに陳謝してきた。


「ああ、ごめん。気分を害したなら謝る。珍しいこともあるもんだと思って」


それを受け、彩香は首を横に振った。


「……そっか、良かった」


彩香の反応を見て、尚哉はやや緊張していた表情を弛緩させる。

が、次の彩香の言葉を聞き咎め、怪訝な表情をした。



――あながち間違いじゃないよ。



「え?」


尚哉は咄嗟に聞き返したが彩香からの応答はなく、聞こえていなかった千晴に早く行くよう催促され、それは尚哉に晴れぬ気持ちを抱かせたまま、霧散した。



>>>



その日の放課後、彩香はいつものように、鞄に入れておいた本を読みながら、千晴と尚哉と帰っていた。


これから起こることを、知っていながら。


「………か、……やか、…綾香!」


「………」


これから起こることを考えていたら、千晴の言葉に反応するのに遅れてしまった。


「もー、綾香ちゃんと聴ーてた?すっっっごい大事な話してるんだからね!」


「………」


本からちらりと視線を上げると、千晴が頬を膨らませているのが視界に入った。

そんないつもの光景を目に焼き付け、彩香は千晴の言葉に頷いた。


「あー、うんー、そうだねー」


唐突に尚哉が意味不明な相槌をしてきた。恐らく、いつものように千晴の話など聴かずに、聴いているかのように相槌をしているつもりなのだ。


「……今は尚哉に話してない」


千晴が殊更に頬を膨らませてそう言うが、尚哉の返事は、


「へえー、それでー?」


と、明後日の方向を向いてのモノだった。


「……むう」


千晴は尚哉のその態度に益々不機嫌になる。


「………」


今度はきちんと本から視線を上げ、千晴の方を向く。それを見た千晴の表情が明るくなる。どうやら、千晴は彩香が話を促していると思ったらしい。だが、それは間違いだ。ぼんやりとしていたこれから起こることが、はっきりと、具体的に視えたのだ。


「うん。それでね、今日放課後喋ってたことなんだけどね――」


「あー…あの三人でどっか遊びに行きたいってヤツかな?」


適当に相槌を打っていたのに、的確な返事をしてきた尚哉の言葉を聞き、千晴が悔しそうな表情を見せる。


「……うん。それ」


若干尚哉に返す言葉を刺々しくした千晴だったが、尚哉はどこ吹く風である。


「…高校生になってから、まだ一回も皆で遊んでないじゃん?中学校は三年生の受験直前はさすがに遊べなかったけど、その時以外は一杯遊んでたのに」


「んー…そー言われればそうかもね」


「………」


尚哉の肯定に同意するように、綾香もこくこく頷く。


しかし、この時彩香が考えていたのは全く別のことである。


「いいんじゃないかな?久し振りに三人で遊ぶのも」


「……」


(嗚呼)


「高校生になったっていうことで、遊びの範囲も広がったしね」


「……」


(千晴ちゃんと尚哉くんは)


「………」


「ん?アヤカ、どうしたの?」


「………」


綾香がこくこくと頷いて、頭と指で渦を描く。


「……あー、頷きすぎて目、回ったの」


「……」


(そういう風に)


「……ぷっ」


綾香と尚哉のやり取りをじーっと眺めていた千晴が、いきなり吹き出した。


「ん?」


「……?」


綾香と尚哉が不思議そうに千晴のことを見つめる。


「ん?あー、いや。なんか面白くって」


千晴は、まだ笑いたそうにしていたが、なんとか笑いを引っ込めた、というか無理やり引っ込めた。


だがその所為で顔が可笑しなことになり、今度は尚哉が笑いそうになった。


が、我慢し、千晴が喋るのを待つ。


千晴が頑張った、残念な顔で、


「今のやり取りさぁ~他の人が見たら絶対びっくりするだろうな~と思って」


「……あー、それね……ぷっ」


「…ん?尚哉、何に対して笑ってんの?」


「え?いやいやチハルは気にしなくていいんだよ…ぷっ…くくく……」


「……ふ~ん?ヘンな尚哉」


「………」


綾香が首を傾げた。


千晴と尚哉は、彩香が首を傾げたのは、二人の会話に疑問に思うところがあったからなのだと判断した。


「いやね、あたしと尚哉は綾香があんまり喋んないことも分かってるけど、周りの人はあんまり喋んない綾香が物珍しく映るじゃない?だから、あたしたちのいつもの会話は客観的に見たら、凄く変なんだろうなーって」


「……」


(私にも、ガタがきてるのか。二人は『最初』だけど、それを認識するのに時間がかかるんだ)


なるほど、と言うかのように綾香は頷く。


「そーそー。そうゆうことだよ」


尚哉も同意する。


「それと、高校生にもなって男の子がフツーに女の子二人と、しかも幼馴染みと一緒にいるのだって、世間一般では随分珍しいんだから!」


「…チハル、それじゃあまるで俺が普通じゃないみたいじゃないか」


「え、普通じゃないでしょ。どっからどー見ても」


「え」


「……」


(ああ、もうすぐだ)


「ええ!?」


「尚哉って普段全然驚かない癖に、ヘンなところで驚くよね~」


「……」


(さようなら、千晴ちゃん。尚哉くん)


「それにそれに、たまに何考えてるんだか全っっ然読めないんだよね~。綾香のお陰で人の表情読み取るのは得意なハズなのに」


「え、そうかな?俺は至って普通だけど…」


「うーむ……。って、あっ!」


「何?急に大声出して。そういうお年頃?」


「違うわい!話逸れまくりなことに気づいただけさ!」


「あ、言われてみれば」


「……」


(二人のことが、大好きだったよ)


今三人が歩いているのは、見通しの悪いT字路。明らかに速度オーバーしている車が、ろくに速度を落とさず、T字路に進入して来る。


綾香達目掛けて――。


「じゃあいつ遊ぶかとか、どこに行くかとか、具体的なことを――ッ!!?」


最初に異変に気づいたのは、細かいことによく気がつく、尚哉だった。彼が道路側を歩いていたことも、起因しているかも知れない。

とにかく、尚哉は気がついた。T字路に、自分たちが今いるカーブミラーの付近に、車が突進してきているのを。


「チハル、アヤカッ!危ない――!!」


「え?」


それが、千晴が発した最期の言葉だった。


危険を察知した尚哉は本能でカーブミラーの手前で立ち止まっていた。しかし、気が付かなかった千晴は、そのまま歩いていた。


速度を落とさなかった車は、カーブを曲がりきれず、カーブミラーに激突した。


千晴は、カーブミラーのところにいた。


つまり、千晴は車とカーブミラーに挟まれ、全身を強打した。

カーブミラーに後頭部を強かに打ちつけたらしく、白い脳漿が飛び散る。



即死だった。



「――チハル!チハルッ!!しっかりしろッ!!」


錯乱した尚哉が千晴に駆け寄り、千晴の脳漿を掻き集める。


そこで、エアバッグに助けられた車の運転手――中肉中背の男――が降りてきた。


「………」


尚哉は車の運転手には気にも留めず、ただただ無心になって千晴の脳漿を掻き集める。

しかし、ようやく事態を呑み込み始めたのか、目の前の千晴の屍体を見て、胃の中の物を嘔吐した。


「うぇ……」


その時、少しだけ冷静になったのだろう。尚哉は、車の運転手が降りてきていることに、ようやく気がついた。

そして、その車の運転手が虚ろな瞳をして、唾液を滴らせながら、大振りな包丁を持っていることに、気がついた。


車の運転手は、カーブミラーの手前で立ち止まっている彩香に向かってふらふらと歩を進めている。


「――ッ!!」


完全に頭に血が上った尚哉は、訳の分からない雄叫びを上げながら、車の運転手(恐らく薬物中毒者)の背中に体当りした。


後ろから倒された男は、歯を剥き出しにして唸り声を上げた。


「アヤカ!アヤカ、逃げ――」


それが、尚哉の最期の言葉だった。


体格差で負けた尚哉は男に簡単に引き剥がされ、そのまま猛り狂った男の包丁に滅多刺しにされた。

途中、刃が毀れ、男の手を切ると、それに更に逆上した男が懐から新たに取り出した包丁で徹底的に刺された。


千晴の脳漿と尚哉の血液が完全に混ざり合う頃、男の殺害衝動の対象は尚哉から彩香に移った。


「………」


ふらりと、男が立ち上がる。


それを見た彩香の瞳は、恐ろしいまでに静かで、醒め切っていた。


「……ヒッ」


思わず男がその瞳に慄く。しかし、直ぐに顔を怒りで埋め尽くすと、彩香に向かって無茶苦茶に突進してきた。


「………」


彩香は小さく溜め息を一つ吐くと、突き出された包丁の刃を、その白い掌で掴んだ。


「!!?」


目の前のか弱い少女からは想像も出来ない程の握力で握られた包丁は、抜けない。そしてそのまま男はあっさり彩香に包丁を奪われた。


「――グェ」


男が何か反応らしい反応をする暇さえ与えず、彩香は奪った包丁を男の喉に突き立てた。


そして、なんの躊躇も見せずに突き立てた包丁を引き抜く。

大量の返り血を浴びながら、しかし、彼女の瞳は醒め切っていた。

少女の掌に、自身の血液は、ない。



>>>



やはりそれが、引き鉄だった。


憎しみの連鎖が怨嗟を招き、積怨が不倶戴天を吐き、疑心暗鬼の闇に溺れ、敗滅し、廃滅し、必滅した。


やはり世界は、今回も滅んだ。



>>>



「………」


少女は目を覚ました。

恐ろしく静かな瞳を湛えた少女の迎える朝は、少女の瞳のように異様なまでの静けさに支配されていた。


スプリングの効いたベッドから降り、鏡台の前の椅子に座る。長い黒檀の髪を整え、部屋に掛けてある黒いセーラー服に袖を通し、身支度を整える。机の上に置いておいた本を手に取り、部屋を出る。


「………」


音のない世界で、少女の足音と衣擦れの音だけが響く。


「………」


ローファーを履き、玄関を出ると、少女は家の前に咲いている野花を摘んだ。


昨日から降り続いている雨の所為で、野花は露に濡れていたが、それを気にせず少女は即席の花束を作る。


少女が花を摘んでいる間に、雨は上がった。


そして、歩き出す。


少女の家の目の前には、広い空き地と小高い山があった。

山を登る長い階段があり、階段を上り詰めると鳥居が見える。

そして、その更に奥には――。



「さあ、今日で総てを終わらせよう」



――また繰り返す世界と、その終焉のために。

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