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ACT6 風の導きを

2029年 8月14日 午前9時23分


第三人口島航空基地 滑走路


滑走路は物凄い賑わいを見せていた。整備士や誘導員、その他のスタッフたちが滑走路でパーティーをするが如くに集まっていた。というか、もはやパーティーであった。非番者はキンキンに冷えたビールやコーラを片手に騒ぎ、食堂のスタッフ達は基地祭用のガスコンロでホットドッグを振る舞っていた。


 軍規がどうのなどと言う者はおらず、軍務のストレスを発散する為のお祭りと基地司令ですら割り切っている始末である。


「模擬戦か……」


そんなたぎる様な熱気の渦の中、愛機の前で颯太は不安を隠せずに溜息を吐いた。


「どうしたよ、腹でも下したか?」


 溜息を吐いた颯太の方にマルコは手を乗せ、相談に乗らんとした。


「いや、緊張でね」


「まぁそんな気張る必要はない。どうせ本当の弾は飛んでこない」


マルコとしても新しく入ったばかりの颯太の事が気がかりであり、少しでも緊張をほぐすことが出来ればいいと思っての行動であった。


「でも、緊張感は保たないと」


 緊張感を保たずにフライトをすれば事故を起こす確率が上がる。いくらそれが訓練と言えども、常に実戦のような緊張感をもってやらないとならない。そう、僕は航空学校では教わって来た。


「そうだよ、緊張感を捨てて良いって誰が言ったの?」


「げっ……大尉」


 奈々子の登場にマルコは顔をしかめた。宮島奈々子の外見は少女ように幼く見えるが、その経歴と実力は熟練のパイロットと変わらず、何よりもそのオーラが常人とは違う。184の殆どのパイロットは、そんな彼女に敬意を抱いている。


「解ってますって。このマルコ、標的は絶対に外しませんから。戦闘機から敵艦からなんでもござれ。勿論、ご婦人シニョリーナもね」


「はいはい。ヘルガも大丈夫?」


 奈々子はマルコのF型のコックピットに佇み、空を眺めるヘルガに問うた。大丈夫かどうかは彼女を知らない人間が見ても「大丈夫」という判断は出来ない。だが、ヘルガを良く知る人間、とりわけ奈々子はヘルガがいつも通りであるとはっきりと解った。


「ヘルガ、大丈夫……」


「うん――大丈夫だね、東少尉は?」


「少し、緊張しています」


「まぁ、この小隊になって初めてのDACTだからね。ナターシャとの連携をしっかりして」


 ナターシャとの連携――はっきり言ってそれが難関だ。


 彼女の技術は申し分ない事は先のフライトで証明されている。プガチョフコブラみたいな難易度の高い技を戦闘に使用できる腕前の持ち主である事は僕も知っているだが……命令違反の常習犯という部分がネックだ。


「おう、宮島」


 僕たちの前に一人のパイロットスーツ姿の日本人男性が現れた。中肉中背で、その表情は自信に溢れ溌剌としている。


「あぁ、加藤くん」


「今日こそお前を落とすからな。俺がお前を落としたら……約束通り奢れよな」


「うん。私から撃墜認定取れたらドンペリでも何でも奢るって」


「言ったな。今日はドンペリタワーをおっ立ててやるからな」


 そう言って加藤と呼ばれた男は去っていった。


「大尉、あの人は?」


 颯太は奈々子に問う。


「今日DACTやる第64航空隊の加藤少佐だよ。私とは……一種の腐れ縁かな?」


「腐れ縁?」


「私がここに赴任した時からの仲でDACTの度にいっつも一騎打ちを挑んでくるの」


「戦績は」


「私の12勝0敗」


「え、あ、そうなんですか」


 空軍の第64航空隊はF-29C雷燕を運用する部隊で、この島の防空を主な任務としている。


通称『隼』部隊。


第二次大戦中の日本陸軍『加藤隼戦闘隊』と同じ部隊番号で、何の因果か隊長の名前も加藤勇人少佐と同じ。軍上層部の悪ふざけなのか神のいたずらか……だが、加藤少佐はその悪ふざけじみた境遇を悪く思わず、部隊のマークも隼を象った物としている。


部隊の規模も颯太の所属する184航空隊と同程度であり、その事もあって互いにある種のライバル意識を燃やしている。


「磯臭い海軍野郎に負けるなよ!!」


「玉無し空軍に負けたら去勢してやるからな!!」


 口汚いヤジが飛ぶ。非番の物は今日の演習を一種のエンタテイメントと考え、部隊の勝敗や誰が落とされ誰がMVPを取るかが賭博の対象となっている。


「はいはい。今日は三ヶ月に一度のお祭りよ、賭けんしゃい賭けんしゃい」


 ちなみに胴締めは海軍航空隊整備士の弥生那琥中尉である。軍規に違反しているが、基地司令も今日だけは大目に見て、飲酒をしなければ多少の賭博も許容されている。


「あれ、そう言えばナターシャは?」


「ナターシャならあそこで……」


「あそこ?」


 奈々子の指差す方を見ると、颯太は空軍のF-29の前でナターシャが一人の女性と会話……というより言い争いをしている姿を見かけた。


「そろそろ演習開始の時間だから呼んできてくれる?」


「あ、はい」


 颯太は駆け足で、前哨戦の行われている地点へと向かう。


「ナターシャ、そろそろ時間……」


「今日こそは勝ち越させてもらうわよ、インケン女!!」


「私はあなたとの勝敗なんて気にかけてはいませんが、私は私のやる事をやるだけです」


「そのスカした態度がずっと前から気に入らない!!」


「気に入ってもらわらなくて結構です」


 両者、空中戦の前に舌戦を繰り広げていた。ナターシャの対戦相手は――外見からして日本人だった。黒く長い髪が特徴的で、顔つきも凛としており全体的にクールな雰囲気を持ち合わせている感じだ。襟の階級章は少尉で、年頃も颯太やナターシャと大差なさそうにみられる。


「ナターシャ、出撃だよ。空に上がるんだよ」


「解ってるわよ、バカソータ」


「空で吠え面かかせてやるんだから」


 ナターシャそう吐き捨てて颯太の前を乱暴に通り過ぎる。


「すみません、うちのナターシャが……今日はよろしくおねがいします」


「こちらこそ。どちらにも実りのある演習にしましょう」


そう少女は颯太に応え、会釈を一つして踵を返し自分の愛機へと向かった。




『イーグルナイト1より、各機に告げる。ブリーフィング通りだけど、もう一度確認するよ。僕と奈々子を4がバックアップ、2を3がバックアップという形で行くよ』


『2了解』


『3了解』


『4了解』


 上空3000メートル、4機のF-28が3つのダイアモンド編隊を組んで、目標の射爆上へと向かっていた。


2個エレメントを一つの単位として、海軍機が沖合の射爆上にあるプレハブ小屋に爆弾を落とそうとするのを、空軍機が阻止するといった内容の演習である。


 イーグルナイト隊は4機で一個の『小隊』を3つにて構成されている。小隊はCAPなどの小規模な任務を目的とした部隊単位で、稼働機を全て上げる様な大規模な戦闘に際しては大隊となるのが第三次世界大戦からの習わしである。


通常、F-28は索敵と爆撃が行える複座型2機とそのカバーを行う単座型の2機で行動する。だが、第三小隊軍縮の影響で184には複座型が足りておらず、単座型三機で運用することになっている。その穴を他の小隊から複座型を一機借りて、それに奈々子と隼人が乗って参加するという形で埋め合わせた。


『イーグルナイト4、聞こえるかい?』


「はい」


 『イーグルナイト4』これが僕に与えられた大隊単位でのコールサイン。小隊でも大隊でも同じ4だから覚えやすい。


『今日はある種のイベントだけど、実戦のような緊張感をもって任務に励んでもらいたい』


「はい、少佐」


『ナターシャも聞いているかい?』


『解ってますよ』


『南雲少尉と切磋琢磨するのも良いけれど、君の本分を忘れないで。君の任務は爆撃だからね』


『ダー、そろそろ降下ポイント?その本分たる爆撃コースに入らなくても良いんですか?』


 鬱陶しそうにナターシャは隼人に返答。


「そうだったね。イーグルナイト5――ハーソン機に続いて、爆撃隊はコース侵入。あとの直援隊はこちらに続いて」


 『ウィルコ』と異口同音に返信が届き、隼人はF-28の後席で小さく頷く。そして、腕時計に目をやった。時刻は午前10時30分。作戦開始時刻だ。


「よし、作戦開始だ。各機、風の導きがあらん事を」


 『風の導きがあらん事を』この言葉を隼人は12年の前から言い続けて来た。この言葉はF-28のパイロット――ワイバーンドライバー達が戦いに赴く前に戦友たちにかける祈りの言葉である。良い風が皆を勝利に導いてくれるように祈ったのだ、第三次世界大戦の燃え盛る地獄の様な空で。


 だが、今日の空は蒼く、血と炎で赤く染まる事など無い。


 隼人の号令のコンマ数秒の後、12機の火竜達は銀翼を連ね真夏の群青を切り裂きながら、己が目指すべき場所へと機首を向けた。ある者は爆撃目標のある場所へ、ある者はミサイルを携えた燕の群れへ……


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