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ACT5 翼のために

2029年 8月7日 午前9時22分


第三人工島近海 上空


 縦横無尽の回避機動に、ブルーエンジェルズも真っ青になるような曲芸飛行を前に颯太は為す術も無かった。


 常識外れだ。眼前のF-28が繰り出すのは彼の知っている空戦機動では無い。もっと別の物を見ているかのようだった。


同じ機体なのにここまで違う動きをされると、困惑と自身の技量不足に対する悔しさの色が濃くなっていく。


 そして―――


 ビィイィイイィィイィィイ!!


 ロックオンアラートが颯太のコクピットの中に響く。抵抗空しく、颯太のF-28は始まって30秒で背後を取られてサイドワインダーでロックオンされた。


『ふふーん♪帰ったらエーデルワイスを私に献上なさい』


 ナターシャの歌うような声が彼のヘルメットのスピーカーから聞こえてくる。


「……うぅ」


 颯太はコックピットの中で返事とも呻きとも聞こえる声を上げた


 僕の体力は酷く消耗していた。今日のフライトはただの飛行時間稼ぎにあたる飛行訓練のはず――だった。


 だが、突然ナターシャが『模擬空戦をしよう』なんて言い出し、断ろうものなら人格否定レベルの煽りが飛ばされ、しまいには『ハンデで後ろから始めさせてあげる』なんて言われたもんだから、僕は挑発にまんまと乗って見事に敗北した。


『ったく。旋回のタイミングは良い線行ってるのに動きがワンパターンすぎるのよ。教科書通り過ぎるの』


「うるさいな……そっちは型破り過ぎだろ?コブラとか機体に負荷かけ過ぎたら弥生中尉にまたどやされるよ」


『う……実戦じゃそんな事言ってられないわよ』


「ご生憎さま、今は実戦じゃなくて訓練。しかも、模擬戦なんてする必要のない訓練飛行だよ」


『煩い!生意気な口は一度でも私に勝ってから叩きなさいよ!』


「へいへい」


 飛竜は銀翼を連ねて中空に真白き雲を曳く。澄んだ夏の空は変わらずに蒼い。


群青。


空と海のだけの群青の世界を亜音速でF-28は翔けていく。


 


同日 午後12時04分


第三人工島 滑走路


「このバカチン!!」


 エンジンの音が轟々と鳴り響く滑走路の上でも弥生那琥の怒声は良く響いた。


「あんたの無茶な飛行のせいで、この子のビスが吹っ飛びそうになっちゃってるじゃない」


 ナターシャのF-28をなだめる様に那琥は撫でながら檄を飛ばす。


「……だって、実戦ならこれくらい」


 ナターシャは口をとがらせて、那琥の言葉に反論する。


「実戦?あんたそればっかで、他の事考えていないん?」


「うっ……」


「整備班がどれだけ苦労して、あんたの機体を飛ばしているのか知ってる?パイロットは一人で飛べるもんじゃないって事をしっかり肝に銘じんしゃい。ソータもソータよ」


「あんたは、機体に負荷をかけずに飛んでいるのは良しとすんよ。百点満点よ。でも、ソータが挑発に乗らなければ、ナターシャは暴走しなかった。解る?」


「はお」


「バディの手綱はバディが握る。それを忘れないように」


「返す言葉もありません」


 弥生中尉の言葉に間違いなど微塵に存在しない。この叱責の原因が9割ナターシャのせいだとしても、1割は彼女の言葉に乗った僕にある。だからこそ、中尉の言葉は身に染みる。


「全く……こんなに機体を激しく扱う奴は整備士人生で二人と見ない。もっと優しく扱わないと、愛機があんたを裏切るよ?」


「はいはい。以後気を付けますよーだ」


「……ホントに解ってるん?」


「ダー」


「解ったら良し。ソータもじゃじゃ馬の手綱をしっかり握りんしゃい」


「はい」


「じゃ、行って良し」


 那琥は踵を返し、ナターシャのF-28の上部装甲に登り動翼の整備を始めた。その姿はまるで自身の子を慈しむ母親のようで、工具を握る手付きはどこか優しく滑らかだった。


「すごいね、那琥さん」


 隊舎に向かう途中、颯太は独りでに言葉を漏らした。


「ん?何当たり前の事言っているの?」


「え?」


「あの人、巷じゃ『整備の神様』とか『ワイバーンのお袋さん』とか呼ばれてるのよ?整備畑じゃ知らない者のいないような一流整備士なんだから」


「へぇ……」


「私、こんなだけど愛機を診てもらうならあの人以外は嫌だ」


「……だったら、もっと機体を優しく扱いなよ。あんな負荷ばかりかけてばかりじゃ愛想尽かされるぞ」


「うるさいわね。解ってるわよ」


 僕はまた自分達の機体が収容されているハンガーを一瞥した。むせ返るような暑さの中で、那琥は黙々と戦闘機の整備を続ける。


 人は彼女をこう呼ぶ。「整備の神様」「職人」などと……きっと整備に対する天性の技術を持っているからそう呼ばれるのだろう。しかし、それよりもこんな炎熱の下でも、あんな風に直向きに機体と向き合い続ける職人気質や真面目さが彼女を弥生那琥たらしめているのだろう。


同日 午後3時22分 184待機室


「最新のデータでは視界外でのミサイルによる撃墜が主体となって来たけれど、私達の任務――邀撃では敵を肉眼で捉える殆どとなっていて、格闘戦の技術は今でも必要とされています」


 小隊長の宮島奈々子大尉は海軍航空機搭乗員のマニュアルのネイトップスを片手に若手のパイロット達に講義をしている。陸に上がっているパイロット達の過ごす時間の殆どはスクランブルの待機、もしくは書類仕事かこの手の講義が殆どとなっている。


「大尉、質問良いですか?」


「はい、東少尉」


 颯太はさながら熱心な学生のように奈々子の話を聞いていた。


「大尉の見て来た実戦の場では実際にドッグファイトは起きたのですか?自分の読んできた教本ではBVRミサイルを撃って決着が着くのが殆どだったと書いてありました」


「うーん」


 奈々子はしばらく考え込む。


「確かに一般的な戦場ではBVRでの撃墜が主体だったと思われます。でも、私がいた極東戦線ではBVRミサイルでの飽和攻撃の後にドッグファイトになるパターンが殆どでした」


 宮島奈々子は激戦区の極東戦線で戦い抜いた古強者だ。彼女から学び取れることは多くある。颯太はそう確信して、彼女に質問を続けている――が、他の隊員は違っていた。ナターシャは熟睡し、マルコはネイトップスの後ろに雑誌を隠しそれを読み、ヘルガはノートに絵を描いていた……それもかなりのクオリティのを。


「ま、そんな事もあったから私達は来週、空軍の第64飛行隊とDACT演習をするのだけどね」


「え……空軍と模擬戦するんですか?」


「知らねぇのか?」


 ネイトップス(雑誌)を閉じて、マルコは颯太を見やる。


「三ヶ月に一度、64飛行隊とうちらで模擬戦やるんだよ」


「え……」


「そうだよね、少尉はまだここに来てすぐだもんね」


「さっき言った通り、矢吹隊長の意向で、ここの基地に駐留している第64飛行隊と交流と技術向上を兼ねて模擬空戦を行う事になってるの」


「模擬空戦……自分も参加するんですか?」


「うん。もちろん。空軍さんから技や戦術を学ぶ良い機会だからね」


 ……大丈夫なのか?


 颯太の胸に拭えぬ不安が湧き上がった。


 海軍の代表として空軍の戦闘機乗りと模擬戦とはいえ、刃を交える事になる。その責は颯太には重すぎた。


 そして何より、このメンバーで本当に戦えるのだろうか――あの第64飛行隊と。


 第64飛行隊はベトナム戦線で活躍した空軍の戦闘機隊だ。第三次大戦の開戦当初は日本系の部隊と初めてF-16ファイティングファルコンを運用し、数々の作戦に従事した。その度に多くの武勲を立て、いつしか人は彼らを「隼部隊」と呼んだ。


その活躍は輝かしく、かつてミグ回廊アレイと呼ばれた空域で多くのソ連機を撃墜し、その名前を「隼回廊ファルコン・アレイ」と改めさせた程である。


 その威光は今でも衰える事は無く、空軍の戦技大会ではいつも優秀な成績を収めている。


 そんな部隊と……僕達は戦えるのだろうか?


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