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ACT4 小隊

2027年 8月3日 午前10時02分


訓練空域 


極東の空を梯形編隊エシュロンで飛行するF-28の一群あり。先頭を飛ぶのはエースパイロットの証であるオレンジ色の個人塗装と機首にテディベアの個人パーソナルマークの施された宮島機。その左斜め後方を二番機であるマルコ、さらにその後ろにナターシャ、そして最後を飛ぶは新入りの颯太だ。


 今日は新しく小隊に入った颯太の習熟飛行を兼ねた編隊訓練である。


 編隊飛行。それは基本的かつ最も集中力を要求する動作といえよう。長機の行く方向へ二番、三番、四番機はリールに繋がれた忠犬が如くについていく。しかも編隊の間隔を狂わす事無く、長機を追わなければならないのだ。


『ヘルハウンドリーダーより各機へ、これより単横編隊アブレストに移行する。続いて』


『2、ウィルコ』


『3、ウィルコ』


「4、ウィルコ……」


 颯太の声には疲れの色が含まれていた。無理もない。かれこれ、2時間以上も奈々子の戦場仕込みの編隊訓練の洗礼を受けているのだ。編隊を組んだまま縦横無尽に空を翔け、時には海面すれすれで飛んだり、新米の颯太にはハードな内容になっていた。


『4、遅れてる。もう少し速度を上げて』


「了解です……」


 神経と体力をすり減らすハードな飛行に颯太は音を上げかけている。自分の事で精一杯ながらも、颯太はマルコとナターシャの技術に舌を巻いている。あの宮島奈々子を先導にしても余裕そうについて行くのだ。こんな練度のパイロットを颯太は兵学校でも見た事も無い。そして彼は同時に1つの疑問符が頭上に浮かび上がった。


 本当にこれが『お飾り部隊』なのか?


 こんな凄まじい練度のパイロットのいる部隊が本当に役立たずの掃き捨て場なのか?


 そんな疑問が音速で飛んできては、そのまま飛び去って行った。


 だが、戦闘機乗りの真価はそこには無い。


 戦闘機は読んで字の如く、戦う為の航空機。空の敵を倒し、空行く味方、陸行く味方を護る事がその存在意義。


 編隊を組んで飛ぶ事はアマチュアのアクロバット飛行士でも出来る。今から彼らは戦闘機乗りとしての本領――空中戦を行うのだ。


『ヘルハウンドリーダーより各機へ。これより格闘戦の演習を行う。私と2のペア、3と4ペアで同位空戦を行います。特に3と4はお互いのチームワークを確認するようにね』


『2、りょーかい』 


『3、了解』


「4、了解」


『じゃあ、マルコは私についてきて』


『はいはい。任せて下さい』


 バンクを振った奈々子の機にマルコの機は追従して颯太達の3キロ先の位置へと移動した。


「3、作戦はどうする?先に宮島大尉を攻撃する?」


『正面突破。各個撃破、吶喊あるのみ!!』


「え、そんなのって――ナターシャ!?」


 ナターシャのワイバーンは、アフターバーナーを吹かして颯太を残して飛び去った。


「一匹狼って奴か」


 颯太も残されないように加速。彼女の残した紅蓮の尾を追いかけて、群青を飛翔する。


 ナターシャは軍規を逸脱し、手の付けられない問題児であると訊いた。そして、その事は僕自身も初日の洗礼で思い知らされた。


 確かにナターシャが腕の立つパイロットであることは知っている。だが、今の時代の空中戦は個人の実力よりもチームで動き、チームで勝利を勝ち取るのが主流だと学校では教わった。実力が戦況を覆すのはごくごく僅かな事。


 故に僕は焦った。


 相手はあの宮島奈々子。個人の力も飛びぬけ、きっとチームワークを以て戦うのであろう。いくらナターシャといでも彼女に勝てる見込みはそう濃くない。


 最初に彼女と共に宮島大尉を倒すか?いや、彼女を信じて各個撃破でマルコを倒してから宮島大尉に攻撃を仕掛けるべきか?


 迷う。


 迷っている間に、上方からマルコのF-28がこちらに急接近してきた。


「くっ!!」


 颯太は機を大きく左に旋回させ、マルコの急降下射撃を回避する。


『お、ルーキーにしては良い反応だな。ソータ』


 無線から聞こえる歓喜と称賛の声。しかし、今はそれに耳を貸している余裕なんて無い。


M61ガトリング砲から放たれるのは実弾では無く、弾頭を粘着性のある特殊ゴムに換装した演習用の弾丸だ。しかし、それに甘んじて緊張感を欠いたら訓練の意味が無くなる。颯太は気を引き締めて操縦桿を握り直す。


「くそ……どこだ?」


 颯太は首を大きく動かし、マルコの機体を探す。あたりは広大な空、青と雲だけの世界。そんな中で高速で移動するF-28を目視するのは簡単な話では無い。右、左、上……どこにいる?


 どこから攻撃してくる?


 手袋の内側で手汗が滲みだす。


『ヘルハウンド4、ヒットだぜ』


 その声と共に眼前のHUDに『HIT』の文字が浮かび上がる。機内に組み込まれたセンサーが衝撃を受け、機のメインコンピューターに信号を送りだした。


「え……」


 僕は訳も解らずに左右を見回した。そして、僕の右斜め上方を悠々とマルコの機は飛行していた。


「どういうこと?」


 僕は被弾個所を、右上のタッチパネルを操作して確認する。機の三面図がスクリーンに映し出され、被弾個所が赤く点滅していた。


 被弾個所は下部のエンジン付近からコックピットにかけて。


 これから解る事は二つある。


 マルコは下方から上昇しながら僕の機を攻撃した事。


 そして、もしも彼の放った弾が実弾だったら――僕は死んでいたのかもしれない……という事。


『まぁ、気を悪くなさんな。年季の差って奴だからよ』


「……くっ」


『あと、あちらさんも決着がついたようだ』


 銀翼を連ねて二機のF-28が颯太とマルコの左翼に着いた。オレンジ塗装の機は新品のように美しい姿を保っていたのに対して、その隣のF-28はペイント弾の弾痕だらけで装甲板がまばらに装飾されていた。


 完敗だ。


 敗北にかかった時間はわずか40秒だった。



同日 18時02分



 負けた――いや、生きているけど死んだんだ。


 生きてクレイドルの滑走路のアスファルトを踏みしめたけれど、僕の心はまだ空の上にいる。地に足がついていない、と言うのが正しい。


「ありゃ……やられちゃったね~」


 颯太の機をひとしきりに見回した那琥は颯太に告げた。


「誰にやられたんよ?」


「ヘルハウンド2……マルコです」


「あぁ――なら仕方ないね」


「仕方ないって……」


 悔しくて仕方ない。一応空中戦に自信はあった……でも、ここに来てその自信は粉々にうちく壊されてしまった。


「だって、マルコは地中海管区のエースだったんだから」


「マルコが?」


「うん。エリート中のエリートだったんよ?」


「ちょっと、おかしくないですか?なんでそんなパイロットがこんな辺鄙な場所にいるんです?」


 いや、マルコだけじゃない。ここにいる兵員――特に問題児小隊と呼ばれる第三小隊の面々はエリート部隊にいても遜色ない実力の持ち主だ。それなのにどうして、お飾り部隊と今では揶揄されている184にいる?


「うーん。ソータは今いる小隊が問題児小隊って呼ばれているのは知ってるよね?」


「えぇ、まぁ」


「あの子達は問題児であっても劣等生じゃない。言える事はこれだけ」


「どういうことですか?」


「うーん……優秀なパイロットが必ずしも優秀な軍人じゃないってこと」


「は、はぁ」


「じゃ、整備整備っと」


「はい。お願いします」


弥生中尉の言った事を良く理解できないまま僕は自分の機を後にした。


黄金色の夕陽に照らされ、彼は滑走路に長い影を一つ刻む。そして、隊舎の道すがら、颯太はF-28の前で立ち尽くすナターシャの姿を見かけた。その姿はどこか悔しそうで、爆発しそうな感情を堪えているように見える。


励ましてやろうか、僕は少し悩んだ。だけど、体が動く前に僕の右肩に手が載せられた。


「一人にさせてあげた方が良い……」


「ヘルガ?」


 颯太の後ろから音もなくヘルガが現れた。


「ナターシャ……ソータの優しさに傷つく。だから、そっとしてあげて……」


「そうなの……」


「うん……今のナターシャ、そんな色してる」


「わかったよ。ヘルガは人の心が読めるの?」


「色が……見えるの。みんなの体を覆ってる……」


「色?オーラみたいな?」


 こくり。ヘルガは言葉なく頷いた。 


 ……ヘルガは本当に不思議な人だ。目の色が左右で違う、銀色の髪の毛――アニメや漫画に出てくるような外見もそうだけど、彼女にはどうやら人の『色』が視えるらしい。多分、心が読めるという事なのだろうが、それはでまかせでは無い事が解る。


 現にヘルガは僕のやろうとした事を予測し、ナターシャの気持ちも読み取ってそれを止めようとした。


 本当に不思議だ。


 ヘルガだけじゃない。ここにいる人全員が不思議だ。


 大戦の英雄にエリートパイロット、人の心が読める少女にじゃじゃ馬娘……全員がお飾り部隊には相応しくない程の凄腕パイロットばかりだ。


 そんな人達がどうして……?

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