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ACT2 184飛行隊

同日 午後4時51分


第3人口島 クレイドル海軍基地 隊舎


 フライトで汗をかいた大いに颯太はシャワーを済ませ、案内役のナターシャと合流した。


「で、どこ行くの?」


「隊長の所」


「そうか。で、隊長ってどんな人?」


 颯太がそう問うとナターシャは複雑そうな顔を浮かべる。


「第三次大戦の生き残りよ。優そうな外見をした日本人……でも、書類とかのミスはとことん追求してくるし、レポートの提出とかにも煩い人で、少し苦手」


「書類もレポートも人としてやらなきゃいけない事なんじゃ……」


「うるさい!!とにかく、私はあの人が苦手なの。優しい顔してお小言をネチネチと……身も心も小さい奴よ!!」


 ここの隊長がそういうのにうるさい事は納得できる。


隊長というのは戦時指揮の他にも普段のデスクワークなどもこなさなければならない。整備士含め百を超す人数で構成されている飛行隊のトップ故に書類におけるミスは許されないのであろう。


「だから、覚悟しなさいよ。私も着任早々レポートを書かされたから」


「そ、そうなんだ」


 ものすごい剣幕のナターシャ。見た感じ、彼女はデスクワークが得意ではないようだ。デスクよりも現場の方が好きなタイプなのであろう。


 シャワー室から歩く事5分。


 ナターシャは最上階の4階にある『執務室』と記された看板の前で止まる。その顔には、怒られることを前提として職員室の前に立つ学生のような苦々しい表情が浮かんでいる。


「いくわよ」


 コンコンコン。木製のドアは小気味のいい音を立てる。


「チェレンコフ少尉、参りました」


「どうぞ」


 ドアの向こうから声がすると、ナターシャはドアを開けて執務室へ颯太と共に入る。


 執務室は実に落ち着いた雰囲気の部屋だった。木の調度品と整理された書類と机は部屋の主の几帳面さを物語っているかのようだ。


「東颯太少尉、ただ今到着しました」


「ご苦労様、少尉。ようこそ第184航空隊へ」


 この部屋の主、隊長はナターシャの言う通り優しそうな外見をした小柄な日本人の若い佐官だった。


 口調や雰囲気から彼は優しい人間だと思う。しかし、相当な修羅場を潜り抜けた歴戦の古強者のような風格も兼ね備えている……不思議な人物だ。


 外見年齢から察するに、彼は第三次大戦の少年兵だと思われる。


 少年兵の教育は鬼畜の一言でしか言い表すことが出来ない。


 パイロットを生み出すには5年以上かかった。だが、それは昔の常識で今の時代は2年半で作り出すことが出来る。発達した睡眠教育のおかげで……


 戦争末期になると慢性的な人員不足に両陣営とも陥り、少年兵の登用を始めた。それ程までに疲弊した状況で、5年以上かかるパイロットの育成を行っている余裕はない……そこで軍が目に着けたのは、青少年の柔らかい脳と睡眠教育だ。


 昼は座学や戦闘訓練を行い、眠っている間も睡眠教育で更に知識や技術を脳に刷り込む。これによって青少年を効率よく殺人マシーンへと仕立てていった。


 人権、子供の権利……今ではあたりまえの言葉だったが、戦争で疲れていた当時の大人達にはそんな言葉を思い出す余裕はなかった。でなければ、人間を機械的に戦闘マシーンに仕立てたりはしないはずだ。


 第三次大戦の生還者。だとしたら、時より見せるオーラのような物も納得できる。


「僕は矢吹隼人少佐。この隊の隊長だ」


「は、はい」


 矢吹隼人……その名前なら何度か聞いたことがある。あの大戦で最強と言われた風宮翔の後席に座り彼をサポートし続けた、索敵士だ。そんな伝説的な人物の前に僕は緊張のあまり声が上ずった。


「ところで、ナターシャ。挨拶したんだろ?どうだった、彼?」


「まぁまぁって所。他の連中よりはましだったって感じです」


「そう。なら、彼を君のバディにする。彼の面倒を見ておいてね」


「はぁ~!?」


 思いっきし嫌そうな声を上げるなよ……。少し傷つくだろ?


「不服かい?」


「はい!!私はパイロットです!!ベビーシッターなら他を当たって下さい」


「新人育成もパイロットの仕事だよ。それに、バディがいなきゃ哨戒任務にもつけないんだよ?良いの?」


「う……それは……」


 無言のプレッシャーがナターシャにのしかかる。説教されていない颯太ですら居たたまれなくなるようなプレッシャーに彼女は顔を渋くさせた。


「わかりましたよ!!組めばいいんでしょ、組めば!!」


 考える事十数秒。渋々ながらも、ナターシャは隼人の説得に折れた。


「うん。それでいい。じゃあ、二人は明後日の0900(マルキューマルマル)からスクランブルのシフトに入ってもらうね」


「了解しました」


「りょーかーい」


「話は以上だ。じゃあ、解散」



 第11航空群第184戦術飛行隊『イーグルナイト』。その発足は戦後、5年後の事だった。


 戦後5年の間は国際的にも混沌の時代だった。反米、反資本主義の旧ソ武装組織や軍閥の反抗活動が活発で、それを抑止する為に国連は専用の軍事組織を発足させた。それが今、僕の所属するUNN(United Nation Navy)、国連多国籍海軍だ。


UNNの発足に際して、あの戦争において極東戦線でソ連側に大打撃を与えた、第184戦闘飛行隊『ヘルハウンズ』を前身とする『イーグルナイト』隊が風宮翔少佐を隊長として、結成された。


 しかし、風宮少佐はすでに退役しており、その後任は彼のバディであり副隊長であった矢吹少佐が引き継いだ。


 そんなすごい部隊に配属された僕は場違いな気分を感じつつも期待に胸を躍らせている……隣で『ぶす~』としている奴がいたとしても。


 副長との顔合わせが終わり、颯太達が宿舎へ向かう頃には太陽は西の水平へと沈もうとしていた。


「ねぇ……笑えとは言わないけどさ……その顔、どうにかならないの?」


「あら、ごめんあそばせ。生まれつきでして」


 さっきからナターシャはずっとこの調子だ。無理やり組まされた事は少し気の毒に思うけどさ。


 息苦しいこの空気を打破する為に颯太は彼女と話すことにした。でも、話題が……好きな音楽?好きな映画?全部だめそうだ。きっと、ナターシャはつっけんどんに返すだろう。


 何がいいだろう?


 考え込む内に自分の脳が一つの疑問符に触れた。そして、それは突発的に喉から零れ出る。


「ねぇ……さっき僕の後ろを取った、あの技ってどうやったの?」


「……アレ?勘よ。勘。体が勝手に動いたのよ。方法なんて無いわ」


「え……?」


「自分でもよく解んないんだけど、操縦してる時は考えるより先に体が動くのよ」


 ……ひょっとして、ナターシャって天才なんじゃないのか?


 戦闘機の操縦は思った以上に繊細で神経をすり減らす物だ。空力と自機の状況を完全に理解して、身を潰すようなGの中で操縦しなければならないのだ……。


ナターシャはその全てを動物的な勘でやってのけてしまうのだ。


「そ、そうなんだ。凄いね……僕じゃマネ出来ないよ」


「……おだててるつもりなの?」


「いや、そんなつもりじゃないよ。本当に凄いと思ってるよ」


「う、うるさい!!私はあんたと組むつもりは無いって事をキチンと覚えておきなさいよ!!」


 夕日のせいだろうか……そう宣言したナターシャの頬はどこか赤かった。


「そんな事より、次はあんたの所属する小隊の連中と顔合わせするわよ」


「はいはい」


 気恥ずかしさを隠すようにナターシャは歩幅を広げ、目的地へと急いで行った。




 第184戦闘攻撃隊イーグルナイトの第二小隊。東颯太の所属する部隊だ。


戦闘攻撃隊とは読んで字の如く、制空戦闘と地上攻撃を行う航空隊であり、そもそもは航空母艦での運用が前提とされた部隊だったが、今は空母を運用する機会が減ったのもあり、地上でのスクランブル発進などが主な任務となったのだ。


しかし、太平洋のど真ん中にある第三人工島に領空侵犯するような不審機などほぼ無く、訓練などで時間を費やすのが実情である。


今の主な戦場は西アジアをはじめとするユーラシア大陸……ここから数千キロ向こうの世界だ。


 書類の上ではあの戦争は終わった。だが、まだ戦争を終わらすことが出来ずに戦い続けている旧ソ連の残党を筆頭にする武装勢力が未だ素材氏、共産党が瓦解して生まれた中国の軍閥達が群雄割拠している……今の世界は平和だと言うにはほど遠い。


 あの戦争で命を落とした人々はこんな未来を望んでいたのか?


 そんな救いの無い世の中の事を考えているうちに、颯太は目的地のドアへと到着した。


「ふぅ……入るか」


 重くなった自分の心を溜息で一新し、颯太は拳で『184th SQ』と書かれた金属のドアに手を伸ばす。


 この中にはエリート部隊の精鋭たちがいる。彼らに顔を合わせるのは結構緊張する――固唾を飲んでから颯太はノックした。


「東少尉であります。着任の挨拶に参りました」


『入って』


 ガチャリ。意を決して、颯太は室内へ入った。


「東颯太少尉であります。本日より第二小隊に配属される事になりました。ご指導のほどよろしくお願いします」


 颯太の敬礼は固く、声は少し上ずりがちになっていた。そして、室内にいる面々を見て彼は妙な衝撃を受けた。


 部屋の中には4人の男女がいた。そして、そのどれも若かった。自分と同世代かそれより少し上くらいか……?


 基本的にF-28の一個小隊は単座機と複座機の四機を運用する。単座機は基本的に前衛、複座機は後方で索敵もしくは精度の高い火器管制システムを以て地上目標や洋上目標の攻撃を行う。この人数で見ると、単座機が3機で複座機が1の制空部隊と見える。


 若い。本当に若い――彼らが最強と呼ばれているイーグルナイト隊の精鋭なのか?


「百里からだよね、遠路はるばるご苦労様」


 『入って』と颯太に言ったであろう、髪をポニーテールで結った女性がそう言った。その女性は、アジア系特有の少し幼く見える顔立ちをしている。


「ようこそ、第二小隊――ヘルハウンドへ。私はここの指揮官、宮島奈々子大尉。これからよろしくね、東少尉」


「はい……」


 童顔の女性の名前には聞き覚えがあった……。そして、その名をどこで聞いたかを思い出した颯太はハンマーで殴られたような衝撃を味わった。


 宮島奈々子大尉。


第三次世界大戦でF-28のパイロットとして第184飛行隊に所属。その間、現在のイーグルナイト隊の前身とも呼べる、第1飛行小隊で東京攻防戦などの大規模空戦で活躍した。一説によると、旧ソ連のエース『雌豹』ことリジーナ・カリヤスキーは彼女の空中戦で敗れて戦死したとある。


 生粋の竜騎兵ワイバーンドライバー。生きる伝説ともいえるパイロットの指揮する小隊が自身のパイロット人生のスタートだと思うと、妙に居たたまれなくなる。


「はい。じゃ、みんな東少尉に挨拶して」


「うぃーっす」


 そう言って白人――顔立ちからして、イタリア系であろう青年が砕けた敬礼を颯太にした。


「俺はマルコ・カメリーニ少尉、生まれはイタリアのナポリ。コールサインはヘルハウンド2。空でもベッドでも負け知らずだ。よろしくな」


「よろしく」


 黒いくせ毛を手櫛しながら、軽口でマルコと名乗った青年パイロットは挨拶をした。


「で、あそこにいるのが、マルコの索敵士のヘルガ。ヘルガ、挨拶は?」


 奈々子は窓際にいる少女を手招きし、颯太の方へと呼び寄せた。


そこに現れたのは、真っ白な少女だった。


白金プラチナブロンドの髪を短くボブに切りそろえ、その肌は雪のように白かった。その姿は精巧な人形だった。


ヘルガは颯太の前――かなり近い位置で立ち止まり、彼を嘗め回すように見た。


「ちょっ、どうしたの――って、ん?」


 最初は初対面の人を近距離でまじまじと見る奇行とも呼べる行為に驚いただが、彼は次第に気づいていった。自身を嘗め回すように見る彼女の瞳の色が左右で違う事に。


右目は青で左目は緑。金銀妖瞳ヘテロクロミア、いわゆるオッドアイという奴だ。


「……蒼。優しい人」


「はい?」


 見終わるや否や、ヘルガは意味深な発言をした。


「ヘルガは、ヘルガ・アンテロイネンっていうの……よろしく」


 どことなく抑揚のない口調でヘルガは颯太に挨拶を終える。


「よ、よろしく」


ヘルガと名乗る少女は挨拶を終えると、再び窓際へと戻っていった。


「悪いな、ヘルガって少し変わった奴でな……聞くところによると霊的な力かなんかで、色々な物が見えるんだとよ」


「そう、なんだ……」


 颯太はあまりの衝撃に苦笑いしつつ、目線を部屋の端でパソコンと格闘するナターシャに移した。


「改めて紹介するのもなんだけど、あそこにいるのがナターシャ。東少尉のバディーだね」


「……よろしく」


 こちらを一瞥したナターシャの虫の居所は悪そうだった。


「ごめんね、さっき矢吹隊長に提出したレポートが再提出になってね」


「余計な事言わないで下さい、ナナコ大尉」


 ムスッとした顔をしてナターシャは奈々子に突っかかった。上官に対しての態度をこいつは知らないのか……。


「あらら、怒られちゃった」


 奈々子は部下の無礼に怒りを露わにするのでもなく、舌を出して照れ隠しをしていた。


「じゃ、改めてようこそ東少尉。ヘルハウンド小隊――通称問題児小隊に」


「は、はい」


厳めしさの無いベテランの女隊長。ノリが軽く見るからに女たらしのパイロットと漫画とかに出てきそうな不思議な少女。そして、高飛車で凄腕の相棒。この隊のメンバーの強烈過ぎる個性の前に颯太は呆然とするほか無かった。


 こうして、僕のイーグルナイト隊での日々が始まった。



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