風船
『膨らみすぎた風船』
小さな手のひらから離れた風船は、 風に身を任せ、空へと昇っていった。
地上を見下ろし、こう思った。 「ずいぶん高くまで来たものだ」 「あいつらはまだ、あんな低い場所にいる」
昇れば昇るほど、 自分が偉くなった気がした。
風に乗っただけの軌跡を実力と呼び、 偶然の高さを努力の証と語り、 誰かに支えられていた過去さえ、 いつしか自分の力だと思い込んだ。
もっと高く。 もっと上へ。
誰よりも高くなければ、 自分の価値を証明できないから。
空気を吸い込むたびに、 膨らんでいくのは身体だけではない。 小さな風船の胸の中で、 プライドという名の空気が満ちていく。
地上から声が聞こえた。
「もう、そのくらいにしておけ」
けれど風船は笑った。 「嫉妬するな。お前たちとは違うんだ」
忠告を見下し、 謙虚さを弱さと呼び、 自分を疑うことさえ忘れていった。
そして、ある日。
張り詰めたその身体に、 ほんの小さな衝撃が走った。
パンッ。
空に響いたのは、 栄光のファンファーレではなかった。
誰もが振り返るほどの音を立て、 風船は一瞬にして姿を失った。
地上に残ったのは、 ほんのわずかなゴムの破片。
かつて見上げていた人々は、 もう空を見てはいなかった。
風船が高く昇れた理由も、 どこまで昇ったかという記録も、 破裂した瞬間には何の意味も持たなかった。
風は今日も吹いている。 新しい風船が、また空へ昇っていく。
地上から手を離され、 少しずつ膨らみながら。
そして、また誰かが思う。
「自分だけは、破裂しない」と。
――空高く昇ることと、 偉大になることは、同じではない。
高くなりすぎたプライドは、 いつか自分自身を支えきれなくなる。
空が広いからといって、 どこまでも昇れるわけではない。
風船は空の広さを知らなかった。
自分の限界を、 知ろうともしなかった。




