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聖女の座を降りた私。今はただのパン屋です。――天才神官の幼馴染が執着して追いかけてきました

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/04/26

 21歳になった私は聖女をやめてパン屋になりました。


 何故か猛勉強して神官になった幼馴染もパン屋になりたいと言い出して、一緒に働いています。


◆◇◆


 数ヶ月前——


「聖女ー! 俺、神官になったよ!」


 いつもの朝のお勤めの前に騒がしい人に会いました。


 幼馴染です。


 彼が神官になる為の勉強をしていて、神学校に入学したのも、首席で卒業したのも知っています。

 本人が知らせに来てくれましたから。


 だから、神官になったからと言って当然の気がするけど……。


「おめでとう! 幼馴染! ずっと頑張ってたもんね!」


 私はいつものように幼馴染に抱きついた。


 いつもみたいに幼馴染も私に抱きついて、一緒に喜んだ。


 私が8歳で聖女に選ばれてから、幼馴染が来るたびにずっとやっていることだ。


 ゴホンっと咳払いが聞こえた。


「聖女、神官。今までは多めにみましたが、あなたたちはもう二十歳を超えたいい大人です。正式な神官になったんですから、そういうことはおやめ下さい」


 シスターに怒られる。


「はい、シスター」


 幼馴染は素直に返事している。


 さすが神学校を首席で卒業し将来を期待されてる天才神官だ。


 私みたいに8歳から教会に入れられて、特に教育も受けていない聖女とは全然違う。


(聖女なんて、ただ笑顔で信者さんに愛想を振り撒いていればいいだけですから)


 努力もせずに授かった聖なる力でチヤホヤされてるだけの存在、それが聖女。


(聖なる力がなくなったらどうなってしまうんでしょう? 考えたくありませんね……)


「それじゃ、またな、聖女」


 小さく手を振って幼馴染の神官は何処かへ消えていった。


 私はそのまま朝の祈りのお勤めを果たす。


 私は聖女で、幼馴染は神官。


 そんな日々が永遠に続くんだろうと、この時は信じて疑わなかった。


 考えたくない事——それが現実になってしまうなんて。


◆◇◆


「聖なる力がなくなってる!?」


 私は神官長に呼び出された。


「正確には、“かなり量が減っている”です」


 聖女と呼ばれるために必要な聖なる力の量はまだあったけど、大幅に低下しているらしかった。

 私は聖女を辞めることを迫られる。


 でも、実際には私と次期大神官と噂される幼馴染との仲が良すぎるから引き離したいという考えがあったらしい。


 8歳から教会の都合でずっと監禁されていたようなモノなのに、今更、捨てるって酷い!


 とは思うけど……外の世界に行ける事にわくわくしていた。


 実は私、前世からパン屋さんになりたかったの!


「聖女、嬉しそうにして、どこに行くんだ」


 教会を去る時に、幼馴染の神官に声をかけられた。


「私、パン屋さんになるの! 幼馴染は神官のお仕事、頑張ってね!」


 明るく手を振る私に、幼馴染が唖然としている。


「は?」


◆◇◆


 聖女を辞めさせられてまずは実家に帰った。

 8歳の時から帰っていないから、私の部屋なんてない。

 姉の部屋で一緒に寝ると狭すぎた。


 両親は幼馴染の次に教会に頻繁に会いに来てくれたから、離れて暮らしていても関係は良好だ。


「まさか聖女を首になるなんて思ってもみなかったから、部屋なんて用意してないのよ。お姉ちゃんが結婚していたら良かったんだけど……」


 などと母が言うから、姉との関係はあまり良くない……。

 姉が私を無言でにらむ。


 私はパン屋になるつもりだから、姉の部屋に長く居続けるつもりはなかったけど……。



 いくつかのパン屋に面接に行くけど、聖女には無理と断られてしまう。


 七件目でやっと見つけた住み込みで働けるパン屋さん。


 店主は37歳独身で、亡くなったご両親の店を継いだらしい。


「両親は聖女のファンだったんだ。亡くなるまで熱心に教会に通って聖女に癒してもらってるって笑っていたよ」


 そう言うお話しを聞くとジーンとしてしまいます。

 私の聖女としての仕事は無駄じゃなかったんですね……。


「ああ……聖女様に泣かれると困るけど、働いてもらえると両親も喜ぶよ……」


 照れたように言う店主にときめいてしまいました……。


◆◇◆


「いらっしゃいませ!」


 神官がパンを買いに来る。


「幼馴染! 来てくれたの! お母さんもまだ来てくれてないのに」


 幼馴染の神官は暗い顔をしている。


「どう言う事だ、住み込みでパン屋なんて……!」


「ん? そのままの意味だけど……」


「あのオッサンはなんだよ!」


「店主だけど……?」


「い、一緒に住んでるって!」


「うん、住み込みだもん」


「ダメだろ! 聖女、あのオッサンが好きなのか!?」


 ストレートに聞かれて赤くなってしまう。

 幼馴染が青くなってる。


「店主にはまだ知られたくないの、静かにしてて」


 赤くなった頬を押さえながら、小さな声で幼馴染に言う。


 幼馴染が店主の方に歩いて行く。


「店主! 俺もここで働きたい!」


 店主が驚いている。


「君は教会で評判の天才神官じゃないか……」


 幼馴染は店主も知っているくらい有名人だったらしい。


「俺は神官になりたくて神官になったんじゃないんです」


「ん? どう言う事だ?」


「聖女のパートナーと認めて貰うには大神官になるしかないから、目指してただけだ」


 ま、また言ってる……。


 私が聖女になってからずっと言ってる。

 最初は教会内でも相手にされてなかったけど、神学校に入ってからは周りの見る目が変わった。


 聖女の周りをウロチョロする悪ガキくらいにしか思われてなかったのが、私の方が天才神官を惑わす悪女になってしまった。


「聖女なら私より、もっと綺麗で可愛い人がなるわよ」

「俺はお前がいいの!」


 幼馴染は、いつもこう言う。


 私が聖女のままだったら問題なかったのに、教会もこの執着男を囲い込もうと私を辞めさせるなんて面倒くさいことをする。


 もう教会を辞めてきたと言い張る幼馴染。


「俺も、神官を見習わないといけないかもな……」


 店主は今日だけと言う事で幼馴染を泊めてあげることにしたけど……。



 次の日は早朝からのパン作りに幼馴染も参加していた。


 「センスあるなぁ」と店主がつぶやいていてムカつく。


 パンを並べると、私は接客用のドレスに着替える。


「か、可愛い〜! 聖女の服より似合ってる」


 幼馴染はなんでも褒めてくれるから反応はわかってたけど、気分はいい。

 店主も私が接客をしてると売り上げが上がると言ってくれる。

 ……まあ、元聖女なので、会いたいと思ってくれる人はいると思います。


 でも、私が接客をしてる間も幼馴染が店主からパン作りを教えてもらってるのは気に入りません。

 私の方が、先にパン屋になったのに〜!


 午後にパン作りも完全に終わって、幼馴染も接客をしていると、教会からのお客さんが大量に来る。


 ……パンではなく、神官を連れ戻すのが目的のようだ。


 店主は私たち二人に店を任せてちょうど留守にしている。


「神官、戻ってきてください! 神学校を首席で卒業したあなたが神官にならずに、どうするんですか!」


「聖女とパン屋になります! 別に学費は自分でバイトして払ってるんだから、首席で卒業したからって神官になる義務はないでしょう」


 幼馴染、バイトして学費払ってたんだ……。

 神学校時代は会うたびに疲れてると思ってた。

 「聖女に会うと癒される」って言ってたけど……。


 教会も、ケチらないで首席の授業料くらい払っていれば恩が売れたのに。


「せ、聖女からもなんとか言ってください」


 教会の神官たちが私を見る。


「帰ってあげなよ、幼馴染」

「やだ」


 私が言って幼馴染が聞いてくれた事なんてない。


 神学校に入るのも、神官になるのも、私のためにそんな事するなって反対してたんだし。


 教会の神官たちが話し合ってる。


「聖女、教会にお戻りください」


 幼馴染がダメなら、私を連れ戻そうって魂胆らしい。


「嫌よ。聖女を辞めさせたのは、あなたたちでしょう? 私はパン屋になるんだから、教会には戻りません!」


 教会の神官たちは青くなる。


「パンを買わないなら帰って」


 今更戻れと言われても、もう遅いし、幼馴染のおまけみたいに戻れと言われるのもムカつく。


「聖女も俺と一緒にいたいんだね」

「……そんな事は言ってないけど……」


 この幼馴染からは絶対に逃げられない。


◆◇◆


 店主が帰ってくるけど、一人じゃなかった。


「綺麗な人だなぁ、ちょっと年増だけど」


 幼馴染がニコニコしながら私に言う。


 女の人は別の地区のパン屋さんで未亡人だと言う。

 店主はずっと好きで、幼馴染の行動力に感化されて告白したら両思いだったらしい。

 未亡人の店から自分のパン屋に通って、私達が一人立ち出来たら店を売ってくれるって……。


「え!?」


 失恋したり、店を持てるかも知れなかったり、トントン拍子に進んでいく……。


 幼馴染が裏で糸を引いている予感がする……。


「ところで、この店の白パンを食べると願いが叶うって、最近評判なのよ」


 未亡人が教えてくれる。


「白パンを作っているのは……」


 私だけど……?


「まさか!」


 幼馴染が慌てて一つだけ売れ残っていた白パンを手にする。

 何もおかしいところは無いけど……。


「……聖なる力が溢れてる……」


 パンを割ってみると、いつも教会で祈ったあとに溢れ出す光がパンの間からこぼれ出した。


 店主と未亡人には見えていないみたい。


「……聖女の聖なる力が弱まってるなんて嘘だ……。逆で、強くなりすぎて、祈りを捧げる器に入らなくなって、溢れた残りだけが見えていたんだ……」


 幼馴染が言う。


「パンをこねる時に祈ってるだろう、聖女」


「美味しく食べてもらえますようにって思ってるだけよ」


 幼馴染が頭を抱えてる。


「パンを食べた一人の人間に奇跡が集中するのはマズい……。パンの奪い合いになる」


 私も理解した。


「美味しく食べて欲しいだけなのに、食べる以外の目的で売れても嬉しくないわ……」


 店主と未亡人も自体が飲み込めて、顔を見合わせて不安そうにしてる。


「……私、パン屋になれないの……」


 私も、幼馴染を不安そうに見る。


「いや……祈る場所を変えよう!」


 幼馴染が言う。


◆◇◆


 パン屋の朝は早い。


 朝起きて、まずはかまどに火を入れる。


 うちのパン屋は特別で、かまどに火を入れる前に聖女が薪に祈りを込める。


 聖なる力をたっぷり含んだ薪を火が燃やしてかまどを暖める。


 パンを焼いて、香ばしい、いい匂いを含んだ煙には聖なる力がたっぷり含まれていた。


 煙突から出た聖なる力を含んだ煙は、風に乗って国中に届いた。


 国中に幸せの種をばら撒き、ちょっとだけ聖なる力を含んだ幸せになれるパン。


 元聖女と元神官のいるパン屋は評判になった。


 聖女を失った教会よりも、ずっと人々の信仰を集めていった。


「わぁ、パンの形の雲だ。教会じゃなくて、パンを買いに行こうよ!」

「教会で祈るより、パンを買いに行った方が幸せになれるのぉ」


 教会は、聖女を辞めさせた事を本気で後悔したけれど、もう遅かった。


 聖女のパンは人々になくてはならないものになっているのだから。


 人の来なくなった教会にも聖女の祈りが降り注ぎ、後悔に泣きぬれている神官たちも、パンだけは美味しく食べた。


◆◇◆


 私は、パン屋の閉店後に出かけて帰ってきた。


 店主はパンを作り終わる昼前には未亡人の店に帰って行くから、午後はずっと幼馴染と二人きりだ。


「おかえり、聖女」


 帰るなり幼馴染が抱きついてくる。

 私はにらみつけた。


「ん?」


 無害な顔で笑ってる。


「出っていって」


 私は怒って言う。


「? どうしたの」


 幼馴染は分かってない。


「……私は、元聖女なのに……! 幼馴染のせいでー」


「何? 何?」


 暴れる私を幼馴染が押さえてる。



 落ち着いた私は、ギュッと幼馴染の胸に顔を埋めて抱きしめられている。

 幼馴染は幸せそうにしてる。


「赤ちゃん……いるの。元聖女なのに、結婚もしてないのに……!」


 幼馴染が驚いた顔をした後に、ふっと笑う。


「だから結婚しようって言ってるのに。教会にいる時じゃなくてよかったな。結婚もしてない聖女が妊娠したら大問題になるし。俺は気にしないけど」


 ……だから辞めさせられたんだと思う。


「なんで、そんなに結婚を嫌がるんだ」


「……お姉ちゃんより先に結婚して、これ以上嫌われたくないの!」


「姉ちゃんはそんなこと気にしてないよ。俺におばさんと一緒に早く聖女と結婚しろって言うし」


(昔、教会から来るなって追い出された後に、『聖女は一人で寂しがってるから何があっても会いに行け』って言ったのは、姉ちゃんだった)


「……なんで幼馴染の方が私の家族と仲がいいのよ!」


「ずっと近所に住んでたし」


 ……だから幼馴染なんだった。



 私より、私の家族と仲良しな幼馴染と、ずっとパン屋をして行く。


 家族を増やしながら。


 私は幼馴染にギュッと抱きつく。


「眠いよ……」

「どっちの部屋で寝る?」

「もうどっちでも同じだよ……店主に言わなきゃ……」


 絶対に着いてくる幼馴染に、私は今日もくっついてる。



【終わり】


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