2-3. 風をつかんだ金色の大鷲
ユースティス王国のギルド「銀の剣」。
その片隅で、ゲイルは肩を落として座っていた。
彼のギルドプレートは、初心者を示す鉄製のFランク。端正な顔立ちと鋭い剣技を持ちながら、彼は一度も昇格できていなかった。
「またダメだったの、ゲイルさん」
声をかけたのは、受付嬢のルミララだった。彼女はこのギルドで唯一、ゲイルの真の実力に気づいている人物だ。彼が臨時パーティを組むたびに、仲間の嫉妬や陰口による「悪意」に体調を崩し、任務を失敗扱いされるのを見てきた。
「…すみません、ルミララさん。また途中で眩暈がして。仲間の『早く死ねばいいのに』っていう声が、魔力になって耳に刺さるんです」
「あなたは優しすぎるのよ、ゲイルさん」
ルミララは、カウンターの下からそっと特製の鎮静薬を差し出した。ギルドが特別に手配した、エルフの血を鎮めるための高価な薬だ。これを買うだけで彼の収入はほぼなくなっている。
「またこれを飲んで。それと……今、一風変わったギルドがこの街に来ているわ。『ノヴァウィング』。彼らなら、あなたの繊細さを『弱点』ではなく『武器』にしてくれるかもしれない」
「いやもういいんだ。俺は田舎に帰るよ……」
◇
リオヴェンによって保護されたゲイルは、ルミララの助言もあり、ノヴァウィングの客分として任務に同行することになった。
彼が交流してはじめての依頼は、街の交易路を塞ぐB級魔獣『岩嵐のグリフォン』の討伐。
現場に到着したゲイルは、驚愕した。
「なっ……なんだ、このパーティは……」
そこには、今まで彼が経験してきた「他人の足を引っ張る悪意」が一切なかった。
シリルは冷静に戦況を計算し、ガレオンは相棒を信頼して背中を預け、リオヴェンは影から静かに死角を埋める。そしてカグリナの炎は、仲間の意志を繋ぐように温かく燃えている。
「ゲイル、準備はいいですか」
シリルが眼鏡を押し上げた。
「君の役割は、グリフォンの旋風を読み、それを逆回転の風で相殺すること。悪意を読み取ってしまうその耳で、大気の悲鳴を聞き取ってください」
「大気の、悲鳴……?」
「不必要なノイズ(悪意)は、私の闇で遮断しました」
背後から、リオヴェンが静かに告げた。リオヴェンは闇の魔力で、先頭のフィールドの周囲に薄い結界を張り、外部からの不要な干渉をすべてシャットアウトしていた。
グリフォンは縄張りに侵入した人間達をキツく睨みつけていた。
ーー静寂。
リオヴェンの闇に守られたことで、ゲイルの世界から他人の悪意が消えた。
代わりに聞こえてきたのは、グリフォンが翼を羽ばたかせる際に生じる、純粋な風の魔力の奔流だった。
「……見える。風の道が見えるぞ!」
ゲイルが剣を抜いた。その瞬間、彼の周囲に凄まじい神速の旋風が巻き起こる。
Fランクとは到底思えない、洗練されたエルフ流の剣技。
グリフォンが必殺の突風を放つ。
しかし、ゲイルはそれを避けるのではない。風の節を読み、自らの剣で風の軌道を書き換えたのだ。
「カグリナさん、今だ!」
ゲイルが道を作った。カグリナの炎が、ゲイルの作った風のトンネルを通り、一点の狂いもなくグリフォンの眉間を射抜く。
「すごい……! 俺の風が、誰かの役に立っている……!」
戦いが終わった後、ゲイルは膝をつき、自分の震える手を見つめた。
そこには、自分を蔑む視線も、妬む陰口もなかった。あるのは、「いい風だったぞ、相棒」と笑うガレオンの拳と、「素晴らしい風読みでした」と頷くナナーリカの微笑みだけだった。
街に戻ったゲイルを待っていたのは、受付で祈るように待っていたルミララだった。
彼女の手には何かが握られていた。
「戻りました」
シリルを先頭に、メンバーはギルドに戻った。
ルミララと報告と報酬の話を終えると、シリルはゲイルを呼んだ。
「こんにちは、ルミララさん」
「ええ、こんにちは。よく戻りましたね」
ボロボロのFランクプレートを出し、報告を終えたゲイルに、彼女は満面の笑みで新しいプレートを差し出した。
「おめでとう、ゲイルさん。特例よ。今回の功績と個人でAランクのガレオンさんとシリルさんの推薦で、一気にC級昇格が決まったわ」
ルミララの目に、涙が浮かんでいた。
「やっと、あなたの風が、自由に吹ける場所を見つけたのね」
「……はい。ルミララさん、ありがとうございます。俺、この翼と共に、どこまでも飛んでみようと思います」
ゲイルの顔には、かつての陰りはなかった。
リオヴェンは、そんなゲイルとルミララのやり取りを、ギルドの柱の影から静かに見守っていた。
(俺たちと同じように、この風の騎士もまた、誰かの光に救われたようだ)
リオヴェンは心の中で呟き、自身もまた、この新しい家族を守るための闇をより深く研ぎ澄ませるのだった。




