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2-2. 心の弱いエルフの騎士



ノヴァウィングがC級に昇格し、次の任務の準備を進めている頃。



ブリルは、カグリナに連れられ、薬草を探して森の小径を歩いていた。彼らの護衛は、もちろんリオヴェンである。



「ねえ、カグリナのお姉ちゃん。この森、なんだかチクチクする匂いがするよ」



ブリルは、立ち止まって鼻をヒクヒクさせた。

リオヴェンは即座に周囲の魔力濃度を調べた。



「ブリル、それは瘴気ではないが……この森の魔力は平穏だ」



しかし、カグリナはブリルの言葉に頷いた。


「チクチク、ですか。ブリルは感受性が強いのですね。私は人の魔力の質がなんとなく見えるのだけど……この森には、魔物ではない、澱んだ負の感情が溜まっている。人間の悪意とか、いやな部分だね。それが匂いで感じるのかも……」




リオヴェンは、カグリナの言葉に驚いた。カグリナの炎の感性は、闇のリオヴェンでさえ感知できない、人間特有の悪意の魔力を読み取っていた。



その時、ブリルが突然、茂みの方を指差して叫んだ。



「わっしょい! カグリナお姉ちゃん、あそこになんかキンキラしたのが倒れてるよ!」



リオヴェンはすぐに茂みに忍び寄った。倒れていたのは、金髪の男だった。彼は騎士風の装いをしていたが、その顔は蒼白で、唇はひどく乾燥している。彼の周りには、微かに風属性の魔力が漏れていた。




「風属性の魔力か? 意識不明のようだが……」



「リオヴェンお兄ちゃんその人の体から、ひどいチクチクが滲み出てるよ! 助けてあげて!」



ブリルは、その男が発する苦痛のオーラに、泣きそうな顔になった。






カグリナは倒れている男の額に手を当てた。



「高熱ではない。ですが、魔力の流れが極度に乱れています。これは、物理的な負傷ではなく……精神的なものかな?」




リオヴェンは、男の横に落ちていたギルドの登録証を拾い上げた。名前はゲイル・フレイア。職業:風の騎士。そして、彼の種族にはエルフのクォーター(四分の一)と小さく書かれていた。




「エルフの血が、彼の感覚を鋭敏にしているのか。人間の悪意を、魔力的な攻撃として受けてしまう体質……とか? ナナーリカに見てもらった方がいいかも」


カグリナはそういうと、体のチェックをし始めた。



「特にポーションも何も持ってないみたい。私たちもないし……外傷はなさそうだから、とりあえず街に戻りましょう」



リオヴェンは、すぐに状況を理解した。


ゲイルは、誰かと共にいた最中、その中のの悪意を吸収しすぎて、倒れたのだ。人間社会の闇の中で生きてきたリオヴェンからすれば、害意や悪意に晒されることなど珍しいことではない。だが、ゲイルにとっては致死的な症状だ。




「カグリナ、早くここを離れるんだ。彼の意識が回復すれば、再び周囲の悪意を吸収してしまう」


リオヴェンは、迷わずゲイルを背負い上げた。



リオヴェンがゲイルに触れた瞬間、ゲイルの体から発せられるチクチクの悪意が、リオヴェンの皮膚を通して彼の精神に流れ込んできた。それは、怒り、嫉妬、軽蔑、裏切り……リオヴェン自身が経験してきた闇とは異なる、集団的な負の感情だった。





「……くっ!」


「リオヴェン!」




リオヴェンは一瞬、眩暈に襲われたが、すぐに彼の闇の魔力で、その悪意を遮断した。闇は、悪意を増幅させることもできるが、隔離する防御壁にもなり得る。




カグリナは、リオヴェンが顔色一つ変えずに悪意を処理したことに、驚きと安堵の視線を向けた。

3




リオヴェンがゲイルを背負い、カグリナとブリルに導かれ、彼らが滞在する町のギルドが経営している宿に戻った。






宿屋に着くとギルドの受付嬢をしている、若い黒髪の女性ーールミララがゲイルを見て慌て始める。


「また倒れちゃったんですね! ゲイルさん」


カグリナとリオヴェンが顔を見合わせ驚いた。

「この人はここに長いこといるんですか?」


「ええ。田舎に帰ると行って、臨時パーティとクエストしながら移動するというのですが……。途中で行き倒れているのを見つけられたのがもう五度目です」


「なんて運が悪い男なんだ」


リオヴェンはゲイルを医務室まで運んだ。



シリル、ガレオン、ナナーリカ、ジオルドルが、倒れている金髪の男を見るために集まってきた。



「ゲイルさん! 大丈夫ですか?」


ルミララが声をかけるが、ゲイルは起きそうにない。


リオヴェンが持っていたギルドカードをシリルたちは覗き見ていた。



「ゲイルさん、治療士の方にも対処不可って言われていて。ポーション飲むしかないんですが、起きないことにはなんとも……」




「悪意を浄化は神殿の管轄だろうね。それにこの風の魔力は……確かにエルフの系統だね。」



ナナーリカは、ゲイルの顔色を見てすぐにリオヴェンに尋ねた。


「リオヴェン、この男を追っていた者はいるか?」


「いいえ。追跡者の気配はありませんでした。ただ、彼を取り囲んでいたのは、人間が発する集団的な悪意です。もしかしたら襲われたか、何かかもしれない」




ナナーリカは、ゲイルの額に手を当て、氷の魔力でひとまず精神を沈静化させた。



「彼は優秀な能力を持ちながら、それを妬まれたのでしょう。彼の精神は非常に純粋で、悪意に抵抗する壁が薄い。このままでは、彼は冒険者として生きていけないだろうね」



ナナーリカの冷静な診断に、ブリルが泣きそうな声で訴えた。



「じゃあ、このままじゃ、このお兄ちゃんはまたチクチクで倒れちゃうの? かわいそうだよ!」



カグリナはブリルの頭を撫でた。


「大丈夫。ブリル。今この部屋には、悪意はない。そして、彼を護る壁となる人間がいる」



彼女は、リオヴェンとジオルドルを見た。



「リオヴェンの闇は、悪意の魔力を隔離できる。そしてジオルドルの土の魔法があれば、物理的に囲うこともできる」



カグリナは次にシリルの顔を見た。


「そうね。私たちと共にいれば、だけどね」


シリルは、ゲイルの体質と、ノヴァウィングのメンバーの属性の適合性を、一瞬で計算した。



「とりあえず現状ではこの宿の横にでも彼の安息地を作ろうか。ルミララさん、いいでしょうか?」


「はい! ギルドでも困っているので助かります! マスターには私から伝えてきます」



ルミララは慌てて出て行った。

ノヴァウィングのメンバーはゲイルを連れて宿の外へ出ていく。


シリルの指示のもと、とりあえず全員が入れる四角い土の部屋を作る。

窓と入り口しかない四角の中に、ゲイルを横に寝かせた。



「リオヴェン、君の闇の力でこの中だけ魔力の遮断ができるかい?」


「もちろん、可能だ」


リオヴェンは外からの魔力や気配が探知できないよう全てを遮断する魔法を使った。


「ナナーリカ、とりあえず体力を回復する魔法をお願いします」


「了解」


ナナーリカはジオルドルと手をかり、できるだけ弱い魔力で負担のないように回復魔法をかけた。


「彼が我々のメンバーになるといえばだけど、受け入れてあげる?」


シリルの言葉を否定するものは誰もいなかった。



シリルはリオヴェンに命じた。


「リオヴェン。彼が目を覚ましたら、君の言葉で伝えてほしい。ノヴァウィングには、彼の風の力と、悪意に晒されない居場所があると」



リオヴェンは、シリルが自分という闇の存在に、エルフの騎士のスカウトという重要な役目を任せたことに、胸を熱くした。


「承知いたしました。私の闇の力で、彼の風を護りましょう」




「では少しお願いするので、ついていてやってくれ。私たちはギルドから彼の情報を集めてこよう」


「了解」



一行はリオヴェンとゲイルを残し、その部屋を後にした。



二時間ほど経った頃、ゲイルが手を覚ました。


「ここは?」


「気がついたか。ここはギルドの宿だよ。君は森の中で倒れていたんだ。覚えているか?」



「ああ。パーティを組んだ奴らが碌でもなくて……。ギルドがくれたポーションを盗んで行きやがった」



ゲイルは仲間に裏切られ、その悪意で倒れて置き去りにされたようだ。



「ついてない男だな。今この空間は俺の闇の魔法で外の魔力を遮断している。だから回復したと思うだが、調子はどうだ?」


「ああ、君には悪意がないのはわかるよ。助かった」


ゲイルは体を起こした。青い瞳のまだ幼さの残る少年のような顔つきだった。



「君が良ければだけど、俺たちと一緒にくるかい? 俺のいるパーティは、少なくとも君を置いていくような奴はいないよ」


「……本当かい? ぜひ会ってみたいな。少し話してみてからじゃないとなんとも言えないけど。昨日の人たちは、そんなに悪意が酷くなかったんだけど、うまく隠せるタイプだったみたいだね。騙されてしまったよ。なかなかいい人に出会えなくてさ。メンバーって人たちが、みんな君のような人なら一緒に行きたいな……」


ゲイルは心底参っているのか、とても弱々しく答えた。


こうしてノヴァウィングは、エルフの騎士、しかしながら最も心の脆い風の力加えることになったのだった。


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