1-5. みんなは家族
「シリル」
ジオルドルは、小屋の外の明るい場所を指差した。
「視覚強化になれてきたし、実践ね。ガレオンがそばにいない、間に合わない時、シリルは無防備になる。今日の相手はジオルドルです。まあ適当にやってみるといいよ」
ジオルドルの背後から出てきたナナーリカが言った。
ジオルドルは、ナナーリカにとって助手のようだが、シリルにとっては兄弟子のような存在だった。何より、彼の持つ土属性と狩人としての実戦経験は、シリルの訓練に不可欠だった。
「うむ」
ジオルドルはそう言うと、地面から小さな石を三つ作り出し、手に持った。
「シリルは、ジオルドルの動きを見て、魔力の波を読めばいい。ジオルドルは優秀な狩人だしね。今からシリルに向けて石を投げてもらうよ。それを、強化した知覚でみてよける訓練だよ」
シリルは、ナナーリカに促され、立ち上がった。眼鏡がない彼女は、まだ曖昧な世界を捉えている。
ナナーリカが杖を振ると、シリルの体が白く輝いた。
「これは保険ね! 体にシールドを張ったから、当たっても石は弾かれるよ」
「わかりました。始めてください」
シリルは目を閉じて魔力感知に集中し始めた。
「よし! 始め!」
ジオルドルが石を投げた。
ーードッ!
石の一つが放たれた。シリルは反応できなかった。石は彼の頬を掠め、シールドに当たった石が砕けた。
「くっ…!」
ドッ、ドッ。立て続けに二つの石が放たれる。シリルは感覚をすませ、訓練で強化された魔力感知にだけに集中した。
(風の音……魔力の流れではない。もっと感覚をすませて魔力を感じないと……)
次の瞬間、シリルの知覚が捉えた。ジオルドルいる場所、そして石の準備のために魔力を練って手に魔力が集まったことを。シリルはそのまま石を作る、そしてその石が持つ魔力がからの手から投げ出されたのを感じ取った。
シリルは、その情報に合わせて、最小限の動きで身体を右斜め後ろに引いた。
ーーヒュッ!
放たれた石は、シリルの鼻先を通過し、背後の丸太に突き刺さった。
「…成功した?」
シリルは目を開けてキョロキョロ周りを確認した。
ジオルドルは満足げに微笑んだ。
「シリルはすごいね! なかなか難しいのに!」
シリルは眼鏡をつけ、静かに頷いた。一つ壁を越えたという達成感が彼女を興奮させていた。
「良かった」
ナナーリカは目を細め、静かに言った。
「その感覚を忘れないようにね。シリルの身を守るためにも必要でしょう」
小屋の外では、ガレオンの豪快な笑い声が聞こえてくる。彼は、皆のために、今日の狩りの獲物を捌いているところだろう。シリルは再び目を閉じ、強化された知覚の中で、この仲間たちの魔力の光を、静かに読み取っていた。
◇
リオヴェンとカグリナは、ブリルの小さな手を引いて、3人並んで共に森を歩いていた。
歩きたいと駄々をこねたブリルは手を繋いでいるだかでと終始上機嫌で、ひとり歌を歌っている。その間もリオヴェンは警戒を怠らなかった。
(親を探している、にしては……妙だ)
リオヴェンは、影の探知であらゆる情報を読み取る。近くには生き物の気配がない。
ブリルが身につけている衣服は、粗末ではないが、最近手入れされた形跡がない。泣き方が悲痛だった割に、周囲を警戒する様子も、親を捜す焦りも薄い。
「蝶々だー」
黄色に光る蝶が2匹、飛んでいるのを見かけると、ブリルは走って追いかけまわし始めた。
リオヴェンとカグリナは顔を見合わせ、その場合に2人で腰掛けた。
「カグリナ」
リオヴェンはブリルが離れていることを確認してから、声をひそめて話す。
「ブリルの両親は、近くにいない可能性が高い。あるいは、意図的に彼をこの森に置いて行ったかもしれません」
カグリナは足を止め、リオヴェンを見つめた。彼女の静かな瞳には、既にその可能性が映っていたようだ。
「ええ。私もそう感じてる。彼がママを探しているという言葉には、ママはもういないという諦めが混じっている」
カグリナはそう言って、ブリルのかける様子を見る。
「彼を問いただすのはやめましょう。ただ、彼の望む場所を与えればいい」
リオヴェンは、カグリナの優しさと、その優しさの裏にある冷徹な現実認識に、再び心を掴まれた。彼女の炎は、温かいだけでなく、現実を正確に照らす光でもあるかもしれない。
なんだかんだ遊びながら帰り、小屋の戸を開けると、ジオルドルが小屋の掃除を終え、ナナーリカが古文書を広げ、シリルとガレオンが地図を広げていた。
「ただいま戻りました」
カグリナが告げると、全員の視線が、カグリナの足元にいるピンク色の獣人、ブリルに集まった。
「わっしょい! すごい人たちがいっぱいだぁ!」
ブリルは怖がるどころか、目を輝かせた。
ガレオンは目を丸くした。
「おいおい、カグリナ。そいつは獲物か? いや、獲物にしては派手すぎるだろ!」
ナナーリカはブリルの毛皮を観察し、静かに言った。
「珍しい。純粋なピンクの獣人種の幼生体。魔力の流れも安定している。そして、とても……清潔感に欠ける」
「うむ」
ジオルドルが一言のみ発しててどこかへ行った。
「汚れているのは、森を歩いてきたからです」
リオヴェンはブリルに優しく屈み込んだ。
「ブリル、ここはこれからあなたの家になりますよ」
その温かい言葉に、ブリルの目が潤んだ。
「ほんとに!」
シリルはリオヴェンとカグリナを一瞥しただけで、状況を察した。彼女は地図を畳み、ブリルの目線に合わせてしゃがんだ。
「私はシリルよ。君はどこから来たのかな? 家族はどうしたの?」
「わからないんだ。森を歩いていて、ママはいなくなっちゃった……」
しょんぼりとしたブリルはとぼとぼ歩き、カグリナの足にしがみついた。
「周りには誰もいない、泣いていたから放っては置けなくね。連れてきちゃったよ」
カグリナがそう言うと、隣のリオヴェンが頷いた。
「ナナーリカ、この子はなんの種族か、どこらへんが住処か分かりますか?」
ナナーリカはブリルの方へ近づき、じっと観察し始める。
「……うーん。ベアベアっていう熊の獣人は狩りをしながら旅する種族だけど、彼らは黒や茶色の毛皮をしているはずだ。明るい色でも小麦色くらいしか見たことないな」
カグリナとリオヴェンはその言葉を聞いて、先ほどの推測がまた頭に浮かんだ。
ナナーリカが観察をやめて、シリルの方を見た。
シリルは、首を振った。そして皆が考えた推測を嘘偽りなく伝えた。
「ブリル。君の両親は見つからないかもしれません。この先、私たちはこの森を出て旅に行く。危険な旅だ。君は、両親を探す旅を続けるか? それとも、この危険な旅に、私たちと一緒に行くか?」
ブリルは、シリルを見つめた後、カグリナに抱きついた。
「カグリナのお姉ちゃんのお側がいい! それでリオヴェンのお兄ちゃんも、一緒にいたい!」
ブリルの言葉は単純明快だった。
カグリナはブリルを抱き上げ、静かにシリルに言った。
「わかったわ。私はママで、リオヴェンがパパよ。それでいいわね?」
「やったあー!」
ガレオンはため息をついた。
「ま、カグリナがそう言うなら仕方ねぇな。俺たちで連れてってやるか。ちゃんと飯は食わせてやる」
「おじちゃんもありがとう!」
「お、おじちゃん!?」
ブリルがガレオンに言った一言で、ナナーリカとシリル、カグリナは大きく笑った。
「いいわね。おじちゃん」
「まだ若いのに残念だな」
「おじいちゃんじゃなくてよかったわね」
その時、ジオルドルが親の入った桶とタオルを持ってきた。
ブリルを洗ってやるつもりのようだ。
(このチームは、闇に追われる者、過去に傷を持つ者、常識から外れた者、そして親に捨てられたかもしれない者を、すべて包み込む新しい家族だ)
リオヴェンはその一員として、カグリナの光を、その仲間たちを永遠に守り抜くと、心の中で固く誓った。




